次期公爵様に婚約をせまられてますが公爵夫人なんて向いてないので全力で逃げたいと思います
「次はどこへ行くの?」
当たり前のようにヴィクトルが聞いてくる。それに今日は付き合うしかないようだ。
お一人様を封印しないと、と開き直ってレティシアは歩き出した。
「今日は私専属の侍女のサラにお土産の約束をしたからそれを買いに行こうかと思ってます」
人が行き交う裏通りをスルスル進むレティシアが「こっちですよ」、とヴィクトルに伝えると手を握られ思わずビクッと手を引いたが離してはくれない。
「迷子になりそうだから手を繋いだ方が良いかと思って」
ヴィクトルがそう言ってより強く握ってきた。
「はあ。わかりました」
もう今日は諦めるしかない日のようだ。こうなったらあれこれ考えるよりレティシアがやりたいことを好きにやるしかない。それで離れて行ったらそれでいいじゃない、と思い直し再び歩きだした。
「ここです。うちの侍女たちの間で今人気のアクセサリー店です。侍女たちにも手が届く金額でデザインもカワイイと人気なんですよ」
カランカラン。扉を開けるとベルが鳴り、中にいた店員全員の目がヴィクトルに向いたのが分かった。それに合わせるように客たちもヴィクトルへと目が向いた。ざわざわと話し声がするがレティシアは気にしてはいけないと気を取り直してお土産を選び始めた。
仕事中にも使える用が良いか、外出用が良いか。
「迷うなあ」
「本当に迷うね。僕も妹に何か買っていこうと思って見始めたんだけど、どれにしたらいいかさっぱりわからないよ。普段は本人が欲しいと言うものをあげているから」
ヴィクトルが心底困ったという顔をしている。
「妹さんは何歳なんですか?あと髪の色は?」
「14歳。髪も目も僕と同じだよ」
「なるほど。それじゃあ一緒に選びましょう。ヴィクトル様自ら選んだなんてきっと喜ばれますよ」
これは頑張らないと。レティシアの姉はいつも出掛ける度に何か買ってきてくれる。それでもレティシアは毎回嬉しいのだから、普段自分で選ばないヴィクトルが選んだとなれば妹さんはきっと驚き喜ぶだろう。
店内を二人で回りながら選んでいるが、あちこちからの視線が辛い。レティシアは庶民に見えるだろうが明らかにヴィクトルは貴族のお忍びに見えるだろう。しかも超美形だ。うっとりとした目とため息が聞こえてくる。
そんな中、ふとある商品に目が止まった。シルバーでできた枝に小さな紫の花がいくつも咲いている髪飾りで、まるで雪が積もった木の枝に咲く花といった感じだ。
14歳にしたら大人っぽいかもしれないが、大人ぶりたい年齢でもあるから良いかもしれない。屑アメジストを使っているのかお値段は貴族が買うにはかなり安めだ。普段家にいる時ならこれくらいでも良いだろう。
「これなんてどうですか?三本の枝に分かれていてそれぞれにたくさんの花が咲いていて綺麗ですよ。アメジストだから妹さんの目と同じ色ですし」
レティシアは手にとってヴィクトルに渡す。
「良いね。花も本物のアメジストだな。それでこの値段なら何個でも買えそうだ」
「そうでしょう?私は侍女によくこのお店でお土産を買うんですよ」
そう言ってレティシアは透明な薔薇の耳飾りを手に取った。うん、サラにはこれにしよう。
「お会計してきます」
ヴィクトルに断りを入れ、サラの分はラッピングしてもらい、自分用にとサラと色違いで買ったオレンジ色の薔薇の耳飾りを別袋に入れてもらった。これらはガラスだ。だが、細工が細かくきらめいていて宝石に負けない美しさを放っていた。
レティシアの後ろで列についていたヴィクトルに外で待っている旨を伝えて先に外へでる。
少し寒くなってきたなと思い待っているとヴィクトルが店から出てきた。
「レティシア嬢のおかげで良いものが買えたよ。ありがとう」
「いいえ。お役に立てたなら光栄です」
お礼は素直に受け取る主義だ。お礼を言えない人とは付き合いたくない。
「この後はどうするの?」
まだ付いてくるか。仕方ない。
「今から、うちのお店に行きます」
「ということはオブラン伯爵家は薬草が今は主要産業だから薬草の店かい?」
「そうです。ですが、薬草薬の方ではありません。まだ王都とうちの領地にしかないんですけど、うちの領地で栽培された薬草を使った肌のお手入れ用のクリームとかを売っている店です。
薬草薬店の横に丁度空き店舗が出たのでそれを買って2年前から営業しているんですよ。お肌のお手入れをする商品で、貴族用ってどこの店も値段が高いんですけど、うちのは薬草を薬にする際の工程をアレンジして作っているものだから、割と安価に作って売ることができるので庶民向けなんですよ。
でも出来は良いですよ。試作品を私が自分で実験台に志願して作成に加わったの。私も顔に塗る化粧水とクリームとか、手に塗るクリームとかはうちの商品を使ってます。うちの使用人たちも使ってますし。ついでに、私の営業努力でソフィーリアとルシールも使ってます。両家の使用人たちも影響されて使ってくれてますし」
「それは凄いね。そんな店があるなんて知らなかったよ」
「裏通りにありますからね。大々的に宣伝もしてませんし。特許も取ってあるし、口コミでじわじわ売上を伸ばしていく予定です。庶民向けって粗悪品が多いんですよ。けどうちの商品はオススメです。
他者には真似しようと思っても中々できないようになっていますしね。だから使用人たちにも他家の使用人との情報網がありますからそこ狙いです。で、今回は手に塗るクリームを買いに行きます」
「それも侍女にかい?」
「いいえ、姉と母にです。いつも仕事で紙を触るから指紋がなくなるって言っているから執務室に私が時々買い足してるんです」
「はは、指紋はなくならないだろう」
「そう思うんですけどね。指先が荒れているのは間違いないので欠かせないんです」
「そうかあ、じゃあ僕も母上に買って行こう。母上も書類仕事を毎日のようにしているから」
「ではあちらです。ここより更に裏に一本入ります」
「そこら辺は更に行ったことないなあ。楽しみだ」
そう言ってやはりレティシアの手を握ってくるので、そんなに裏通りは不安なのかしら?と思いながら店に向かう。一本入ったら、より細々とした店が増え始める。
オブラン伯爵家の薬草薬店はその一角にある。症状を言えば薬草薬について詳しく勉強した店員が薬を選びそれを渡す。病院に行けないけれど薬は欲しいという人たち向けだ。
その他にも町医者から大きな病院までが顧客の薬問屋もあるが、そちらは王都の外れのオブラン領に続く道の側にある。いくらで売るかはこちらの指定になっている。バカみたいな金額で売られたらたまったもんじゃないからだ。
そして薬草薬店の横にオブランローズという肌を整える商品を扱っている店がある。隣のオブラン薬草薬店は木造建築だが、それとは違った少しカワイイ作りの店だ。女性一人でも入りやすいようにしている。
「お疲れ様。みんな元気にやってる?」
レティシアが扉を開けてそう問いかけると
「レティシア様!いらっしゃいませ!」
と全員が一斉にお辞儀した。これはレティシアだからではなく、名前がわかるお客様全員にすることになっている。わからなくても元気に挨拶が基本だ。元気で笑顔の方が肌の艶が良く見える。
「手荒れクリームを買いに来たの」
そう言うレティシアに店長が近づき手を握ってくる。
「とうとうレティシア様にも素敵な方がと思うと感無量です」
「何をいっているのよ。学園で同じクラスなだけ。今日は商品の紹介よ」
「そんなそんな。手を繋いで入って来られたんですからただのご学友ではないでしょう?隠さなくても良いんですよ。奥様からレティシア様が近々婚約するってお聞きしましたもの」
何を勝手なことを言っているんだ。まだ答えは出ていないのに。
「とにかく今は違うの。言いふらしたらダメだからね!」
「はいはい。楽しみですね」
「もう!違うったら」
二人が言い合っている間、ヴィクトルは店内を見て回っているようだった。
「レティシア嬢、これはどうやって使うんだい?」
慌ててレティシアはヴィクトルの元へ行った。
「これは美肌水レベル3という商品で、主に吹き出物が顔にできた時に顔を洗ってからこれを塗ると治って、すべすべのお肌になりますよ」
「本当かい?じゃあ妹に買って行こう。妹がニキビで悩んでるんだ」
「ニキビならこれがピッタリです。そのあとこのゼリー状のも塗ってください。おススメします!」
そう言って商品を説明しているうちにヴィクトルの手に持たれた籠は商品でいっぱいになった。籠は商品を複数買う人様に入口に置かれているものだ。
母の、妹の、女性使用人たちのと、レティシアの説明を聞いて良いと思うと直ぐに籠に入れるので、既に籠は3個になった。籠は両手で抱えられるくらいの大きさで、こんなに買う人はいない。
「ありがとうございました!またのご来店お待ちしております!」
元気な声に見送られ二人は店の外に出た。
「買い過ぎじゃありませんか?うちとしてはありがたいですけど重くありませんか?」
「重くはないよこれくらい。でもレティシア嬢と手が繋げないのが残念だ」
こちらは全然残念ではないが、これでは馬車まで大変そうだ。
「こちらの薬草薬店の方で人手を借りましょう」
レティシアは隣の店に入ると声をかけた。
「お疲れ様。調子はどう?」
「レティシア様!どうされたんですか?体調不良なら呼んでいただければ直ぐに参りましたのに」
店長のローレンが駆けつけてきた。
「体調不良だったらこんな風に来ないわよ。フランの手が空いてるなら貸してくれない?」
「良いですよ。フラーン!」
ローレンが奥に向かって声をかけると青年が出てきた。
「こちらジョフロワ公爵家のヴィクトル様。大通りの馬車止めに御者を待たせているそうだからこの荷物を荷車を使って届けてきてくれない?」
「もちろん良いですよ!この後まだまだデートを楽しまないとですからね!」
「違うわよ!同じクラスなだけなの」
「おや、私はレティシア様に婚約者ができそうだとお父様から聞いてますよ」
「ローレン!とにかく、まだ違うのよ。そういうんじゃないから。もうフランは早く行って来て」
フランはレティシア様をよろしくお願いします、などとヴィクトルに言いながら荷物を受け取ると後ろへと走って行った。
「色々薬があるんですね。丸かったり、茶葉だったり、液体もありますね」
「その薬に使われている薬草によって違ったり、用法によっても違うんです」
ヴィクトルが珍しそうに店内を見ている。そりゃそうだ。筆頭公爵家ともなれば医者が常駐しているだろうから、渡された薬を飲むだけで店に本人が買いに来るなんてことはありえない。
「この瓶に入った液体は何に効くんだい?」
ヴィクトルが深緑色の液体が入った小瓶を見せてくる。
「それは疲れたときとか、体が怠いときに飲む薬というか栄養剤です。そのまま単体でも良いですし、風邪をひいたときにうちでは一緒に勧めます。その方が治りが早いので。体の毒素を排出して、栄養が凝縮されていて元気が出てくるんです」
ローレンが説明してくれるのをうんうんとヴィクトルが聞いている。
「横の透明な緑色のはそっちのより効果は落ちるんですけど、私は試験前に勉強頑張るぞ!って時に飲んでます。もの凄く疲れた時は深緑の方を飲みますけど」
「レティシアも飲んでるの?何だか味が怖そうな色だよね」
それにレティシアは笑いながら答える。
「大丈夫ですよ。苦いだけです。まずくはないですよ」
「それが怖いんだよ」
「でも効果は抜群です!うちの主力商品ベスト5に入ります」
そこまで言った時だった。ローレンが少し唸っている。
「まだ上に報告は上げてないんですが少しずつ売上が落ちてきてるんですよ」
「そうなの?」
「少し調べてからと思って、ここ数日調べてたんですけど、2か月前にできた町医者でうちのと似たような商品を買えるそうです。そこは町外れにあるみたいで、連日人が絶えないそうですよ。
うちの常連さんに聞いたんですけどね。体が怠い。風邪をひいた、とかで行くとそれを渡される。しかもうちより少し安い上、飲むとてきめんに治って直ぐに動き出せるらしいです。それにうちより飲みやすい。だからそっちに客を取られているようで」
「あら、強敵ね。何を使っているのかしら?そんな直ぐに治るなんて」
「それが、その常連さんも一回行ったらしいんですよ。噂を聞いて。そしたら本当に直ぐに体調が良くなったらしいんですけど、2週間もしないうちにまた怠くなったそうで、その常連さんの感想は、直ぐに治る反面効きすぎて2週間くらいで反動が出てまた怠くなるんじゃないかって。それでうちに戻ってきてくれたそうです。うちは治ったら当面風邪をひいたりしませんからね」
「何だか怖いわね。そんな凄い効き目なんて」
「今日の午前中見に行ったんですけど、疲れた顔をした人が何人も入って行きましたよ。もう少し調べますけど、レティシア様からお父様にお伝え願えますか?もう少ししたら正式な調査報告書を出しますと」
「良いわよ。でも、ちょっと怪しくない?」
レティシアがこぶしを顎に当てながら首をひねる。
「ええ、ちょっと気になるんですよね。王都には何軒も町医者はありますが、全部の薬じゃなくても大半がうちの薬を仕入れているはずなんですよ。
馴染の町医者の何人かに聞いてみましたが新しくできた町医者について誰も知らないって言うんですよ。王都の医療専門学院を出た医者ではなさそうです」
「え。でもうちの国では医者になる為には王都の学院を出ないとなれないわよね?」
「そうなんです。だから他国から来たのかな?と思っているんですが、それなら他国での医師免許を提示して開業許可をもらう必要があるんですが、それが院内に貼られてなかったそうです」
「益々怪しいわね。お父様に伝えておくわ。ローレンも調べるのは良いけど気を付けてよ」
「はい。かしこまりました。よろしくお願いいたします」
しばらく他の会話をしているうちにフランが帰って来たのでヴィクトルと店を出た。
相変わらずヴィクトルがレティシアと手を繋いできたがそれに気付かないほどレティシアは考え事をしていた。
怪しい。怪しすぎる。あの栄養剤は様々な薬草を凝縮して作られているから、農業として栽培されているオブラン領だからできる値段なのだ。
オブラン領では生の薬草だけを売ることはない。薬やハーブティーなど何らかしらに加工するか、乾燥したものを信用できる薬の調合士に売るかだ。何にせよオブランの商品より安いのに効果が高いというのはどこかに瑕疵があるはず。
「調べないと」
「何を調べるの?」
「わ!!」
すっかり隣にヴィクトルがいるのを忘れていて、レティシアは引っ張られるように歩いていたようだ。
「ごめんなさい。考え事をしていてヴィクトル様のこと忘れてました」
「酷いなあ。でも真剣に考えるレティシア嬢の顔が見られて良かったよ。で、何を調べるの?」
そこを聞いてきますか。思わずつぶやいたレティシアが悪いのだけど。
「例の町医者の薬の特許とか、許可証とかを役所に確認に行ったりしようかなあと」
「そういうのは御父上にお任せした方がいいんじゃないの?」
「そうなんですけど、気になったらずっと気になってしまって。自分で動かないと気が済まないというか、、、、、」
こういったところがレティシアの良くないところなのはわかっているのだ。家の者に任せたり頼ったりすれば良いのについつい何でも自分で解決しようとしてしまう。
「じゃあ、一緒に調べよう。レティシア嬢一人だと危険なこともあるかもしれないからね」
ヴィクトルが良いことを思いついたと言っている。
「ダメです。危険だとおっしゃるなら余計にヴィクトル様には離れていただかないと。お立場をお考えください」
レティシアが冷たく言い放つ。優しく言えば効果がないからだ。
「そんな怖い顔をしても無駄だよ。一緒に調べないと言うなら、このまま家に連れて帰るよ。そしてもう出してあげないよ?」
ヴィクトルがレティシアの顔を覗き込んでくる。
「そ、そんなことできるわけないじゃないですか」
レティシアは抵抗するがヴィクトルは引かない。
「うちは公爵家だよ?伯爵家に婚約を申し込んでそのまま婚約期間中も公爵夫人の勉強と言って連れて帰ってもオブラン伯爵家は何も言えないよ」
確かにそうだ。婚約の話が来て返事を待ってもらっている事態が異例なのだ。上位貴族からの婚約の申し込みをそう簡単に下位貴族が断ることはできないのが普通だ。
「ズルいです。待ってくれるっておっしゃったじゃないですか」
「そうだね。でも一人で何かをしようとしているのなら見過ごせないな。どうしてもっていうなら僕が一緒じゃないと」
レティシアは渋々と頷くしかなかった。
「そろそろ帰ろうか。寒くなってきたしね」
明るい声でヴィクトルが言うがレティシアは頷くことしかできない。ちょっと調べるつもりがヴィクトルが付いてくるとは、これでは大事になってしまう。
「怒ってるの?」
レティシアは首を振る。怒っているわけではない。不安なのだ。もしヴィクトルが我が家のことで変なことや危険なことに巻き込まれたらと。
そうこうしているうちに馬車止めに戻ってきた。
「レティシア嬢、これを」
そう言ってヴィクトルが袋から取り出したのは先程のアクセサリー店でレティシアがヴィクトルの妹にと選んだものだ。
「これは妹さんの」
「うん。レティシア嬢が選んでくれたんだけど、僕にはこれはレティシア嬢の方が似合うと思って、というか、僕の目の色のものを付けていて欲しいなって願望」
そう言ってレティシアの髪に留めた。
「妹には色違いを選んだよ。花の色は赤。婚約者の目の色にした。だからレティシア嬢にはこれを受け取って欲しい」
その目はどこまでも澄んでいて見つめられると素直にうなずきたくなってしまう。
「外しちゃダメだよ。お願いだからつけていて欲しい」
そうこわれるともうダメだった。
「ありがとう。大切にします」
「うん。最初の思い出の品だからね」
そんな風に言われるとこれから思い出が増えるようではないか。レティシアは断りたいのに。
「じゃあ、またね。行動するときは必ず連絡すること。わかったね?」
ヴィクトルが馬車にエスコートしてくれてそのまま乗り込んだ。頷いたレティシアに満足気に笑うと御者に馬車を出すように促した。真っ直ぐ邸に向かうようにと付け加えて。
帰りの馬車の中、レティシアは髪飾りに触れてみた。ヴィクトルの目と同じ色。ふと外すなと言われたことを思い出し慌てて手を離す。家族以外からこんなプレゼントをもらったのは初めてだ。
レティシアはどこかそわそわする気持ちで馬車に揺られ、結局ヴィクトルの思い通りに進んだ日だったなあと思い返していた。




