公爵夫人なんて無理!お一人様が大好きだから逃げさせて欲しいのに周りから逃げ場が減っています
休みが明けた月曜日。学園に恐る恐る行ったレティシアは杞憂であったことに安堵した。ヴィクトルがレティシアに婚約の申し込みをした、という話はどこからも聞こえず、ヴィクトルもいつも通りだった。それに安心しいつも通り講義を受けることができた。
そんな中、友人たちと過ごす日々に一つ変わったことができた。
友人たちがヴィクトルの良さを度々話題に乗せるようになったのだ。
「ヴィクトル様のお母様は伯爵家のご令嬢で、公爵様が舞踏会で一目惚れして婚約を申し込んだらしいわ」
「へ~」
「ヴィクトル様は今回の試験は学年で首位だったわね。文武両道ねえ。剣術の授業でも負け無しらしいわよ」
「へ~」
そんな返事しか返さないレティシアに二人が見つめてくる。
「レティシア。レティシアがヴィクトル様が嫌で婚約をお断りしたい、というなら私たちも全面的に協力して諦めてもらうようにしむけるんだけど、ヴィクトル様が嫌なわけではないでしょう?」
「まあ、良い方だと思うわ」
「レティシアは、うーん。ヴィクトル様が嫌だから拒んでいるんじゃなくて、結婚に消極的というか、興味がないという感じよね。私は子供の頃にクラディオン殿下と婚約が決められて、その道を歩むことしか考える暇もなくて、でも今はアレンディード殿下の婚約者になってって感じだけど、あのままクラディオン殿下と結婚してたら早々に離婚していたわ。望まれない結婚なんて不幸になるだけだもの。些細なことだっていいのよ。
望まれていると感じるもの、最低限信頼できるものが欲しいのよ。誰だってね。でも貴族だからそうも言ってられないし」
「そうそう。私だって、貴族の中では当たり前の政略結婚をしないといけないかなと思ってたけど、ヘンリー様が求婚してくださって。
結婚してみたら変な人だったとか、冷たい家庭を築くより、私が良いと言ってくれる人と結婚した方が良いかなと思ってお受けしたのよ。それまで特別な感情なんて特になかったんだけどね。ソフィーリアのお兄様なら問題ないかなって」
「うん」
「レティシアは自分は公爵夫人に向いてないって思ってるみたいだけど、それは違うと私は思う。いくつもの領地領民を抱える公爵家だけど、ヴィクトル様はいずれ宰相になられる方だから、それを運営していく主軸はレティシアになるわ。あなたにはその力がある。あなたは明るくて優しくて、そして賢い女性だもの」
ルシールが手を握ってくる。
「そうよ。それに公爵夫人ていうのはただ扇をパタパタさせてお茶会や舞踏会を開くだけの存在じゃないのよ。それを通じて男女の出会いの場所作りや情報交換の場所作りとか、それはとても必要なことで、下位貴族から求められている場所を望まれている通りに提供するのも仕事のうち。
それに王家の次に国民に好かれないとならない家門だし、多くの使用人もいるから采配しないとだし。やることは数えきれないわ。でもそれをレティシアならできると思っているの」
ソフィーリアが手を重ねてきた。
「だって私なんて、見た目も地味だし綺麗でもないし、取り立てて良いところなんてないのに何故私が選ばれたのかわからないんだもの」
「それはヴィクトル様とちゃんと話し合うことね。ゆっくりでいいから」
「変な女が筆頭公爵家夫人になんてなったら社交界は大変なことになるじゃない。私たちの世代をレティシアが引っ張ってくれるなら頼もしいわ」
「無理矢理婚約を勧めるつもりはないの。だけど、初めから無理とかできないとか、レティシアらしくないかなって。結果受けても受けなくても良いのよ。レティシアのやりたいこともあるだろうし。それに今私たちが知っているヴィクトル様が全てではないからね。きちんと話し合って、レティシアの目で見て考えて結論を出して欲しいの。私たちはあなたの気持ちを尊重するわ」
「まあ断って欲しくないのが本音だけどねー」
「ねー」
二人して真面目なんだかどうなんだか、レティシアは笑いが込み上げてきた。
「ありがとう。ちゃんと向き合ってみるわ。断るにもちゃんとした理由がいると思うし」
「そこは断る前提なのね。レティシアらしいと言えばレティシアらしいかも、ふふふ」
「しょうがないわね。断るなら協力するけど、とりあえず逃げずに話し合ってよ」
「わかったわ」
二人に言われ、確かに即お断りではなく、もう少しきちんと考えてお断りしようとレティシアは気持ちを新たにした。二人は受けて欲しそうだけど、やっぱり向いてないように思うというか、何故自分が選ばれたのかがわからない。他に適任者はたくさんいるはずで、クラスでも会話をする方でもない。何故自分が、なのだ。
二人の言いたいことはよくわかった。その気持ちはありがたいことだし、レティシアのことを思って言ってくれているのだから、二人と友人になれて幸せだ。
きっとどんな結論を出してもレティシアの意見を認めてくれて友人でいてくれる。そう信じられるからどんな結論でも出せそうだと思った。
「レティシア様。またですか?前回から一週間も経ってませんよ」
「良いじゃない。今回はお土産買って来るわ」
「もう。そういうことではありません。本当に気を付けてくださいよ」
「はいはい。いつも通り行って帰って来るから」
そう言ってレティシアは今日も街へと向かった。
馬車の窓に自分の姿が薄っすら映っている。黄色に近い淡い茶色の髪に茶色の目。何の変哲もないいつもの見慣れた自分の顔だ。
どこをどうやって見たら自分なんかに婚約を申し込んでくるのか?変な人だなあとしか思えない。
「まあ、良いわ。今度正式に話す場所を作ってもらわないと」
レティシアは馬車止めでいつも通り御者に銀貨を渡しいつもの店に向かった。
「こんにちは。隅っこの席は空いてるかしら?」
「いらっしゃいませ。いつもご贔屓にありがとうございます。ご案内しますね」
給仕に案内され席に着くと注文を始める。
「やっぱり、アップルパイは外せないのよ。あ、お茶はミルクティー。栗のカップケーキ、イチジクのタルト、フルーツロールケーキ、キャロットケーキには生クリームたっぷり、でお願いします」
「かしこまりました。しばらくお待ちください」
給仕が下がり店内を見るとレティシア以外の店内で食べる客がいなかった。寒くなってきたからかしらと思いながら持ち帰りの列を見る。あっちの方が寒そうだけど、温かい家に帰って誰かと一緒に食べるのかしら?とぼんやり眺めていた。
「お待たせしました」
給仕が頼んだものをどんどん並べていく。ああ、今日も美味しそう。
精霊リューディアとスティーナに恵みを感謝するとレティシアはフォークを握った。そこに影が差す。
「ここに座っても良いかな?」
え?と見上げるとそこにはヴィクトルがいた。ちょっと裕福な商家の跡取りの様な服を着ていて一瞬誰かと思ったが、すぐにこの輝く金の髪と紫の瞳にヴィクトルだと気づいた。
気まずい。机には五つのケーキ。しかもキャロットケーキの皿にはケーキより生クリームの方が多く載っている。
「ほ、他にもたくさん席は空いてますわよ」
おほほ、と言いながら何故ここにいるんだと混乱する頭を必死に回す。
「ここがいいんだ。君、僕にも彼女と同じものを」
様子を見ていた給仕に声をかけるとまだレティシアが許可していないのにヴィクトルが向かいの席に座った。
「ごめんね。レティシア嬢が大切にしている時間だって聞いたんだけど、どうしてもどんな風に過ごしているか見てみたくて来ちゃったんだ」
来ちゃったんじゃない。どこから漏れた?この店の事は数か月前に使用人に聞いてから通っているが、今になると誰から聞いたかも覚えていない。ここに来ていることも誰も知らないはずなのに。
レティシアは諦めると覚悟を決めてケーキを食べ始めた。大食い女だと思って断ってくれないかな?とかちょっとした期待をしながら。
レティシアが二個目のケーキを食べ始める頃にヴィクトルが頼んだレティシアと同じものが続々と並んだ。机の上はいっぱいである。ヴィクトルを見ると祈りを捧げ食べようとしているところだった。その仕草は服装では隠し切れない筆頭公爵家のオーラが出ていて見事なフォークさばきだった。
「このアップルパイ、美味しいね!」
満面の笑みを浮かべたヴィクトルにそうでしょう!!と自分のことのように嬉しくなった。
「でしょう?リンゴの甘さが丁度いいんですよ。それにこのサクサク生地!香ばしくてこれだけでも食べれそうですよね」
「うんうん。ミルクティーもうちで飲むのと遜色ないね。特別良い茶葉じゃないけど淹れ方がいいんだろうな」
そういながらペロリとアップルパイを食べ終えるとレティシアが食べていたフルーツロールケーキにフォークが刺さった。
「この生クリームも甘過ぎずちょうどいい。スポンジもふわふわでいいね」
「でしょう?季節によって使われるフルーツが変わるんですよ」
「へー、それはまた来たくなるね」
「そうなんですよー、、、」
あ。何普通に会話しているのか?この量を見て何も思わないわけ?
「どうかした?」
「いえ、何も」
甘いものなど好みそうにないのにどんどん食べ続けているヴィクトルにレティシアは目を離せなかった。
「このイチジクのタルトもタルト生地が良いね」
「そうなんですよ。ここはタルトも美味しいんですよ!どのタルトを食べても外れはないですよ!っていやいや、そうじゃなくて」
「レティシア嬢も食べないと。こっちのキャロットケーキかな?オレンジ色のケーキも美味しいよ。生クリームをたっぷりつけるとまた美味しさが増すね」
そんなやり取りをしている間に先にヴィクトルが食べ終わった。そしてレティシアを見てくる。
正直食べづらい。
「ヴィクトル様。あまりこちらを見ないでください。食べにくいです」
言いたいことは正直に言う。それが嫌なら諦めてくれるだろう。
「ごめんごめん。美味しそうに食べるなあって思って。ついつい見ちゃったよ。じゃあ紅茶のお替りでももらおうかな」
そう言ってヴィクトルは紅茶を頼み、飲みながら外の風景を見ていた。
貴族が行く店がある大通りより少し入った裏道にあるこの店の周りはやはり小さな店が多い。そんな街並みが珍しいのだろう。
レティシアは残りのケーキを何とか味わいながら食べ終えると席を立った。
「じゃあ次行こうか」
ヴィクトルがスマートにカウンターまで行き会計をしようとしているのでレティシアはそれを止めた。
「自分の分は自分で払います」
「それはできないな。美味しいケーキをレティシア嬢と楽しめたのだから僕が払うよ」
「いいえ、ダメです。私が一人で来て帰るつもりだったのですから、たまたま相席しただけです。私の分は私が払います。譲れません」
ここで出してもらえばなし崩し的になっていくようで嫌だった。
「困ったな。僕はレティシア嬢にごちそうしたいんだけど」
わからずやめ!それが嫌なのだ。
レティシアは急いで財布を出すと銀貨を数枚カウンターに置いた。
「残りをヴィクトル様が払っておいてください」
そう言ってレティシアは急いで店を後にした。
こういうところが可愛げがないところなんだろうとは思っている。にっこり笑って『ごちそうさまです』と言える性格であれば良かったのにそれができない。
男性に頼りたくないとかそういうのではない。これがソフィーリアの兄なら素直にお礼が言えるのだ。そこにあるのは妹の友人のレティシアという存在であって、それ以上でも以下でもない。だから素直に受け取れるのだが、どうもそれができない。素直になれない自分がいる。
置いて行くのもと思い店の前で待っているとヴィクトルが出てきた。不快そうではないことに安心した自分にちょっと驚いた。嫌われれば良いと思いながらもヴィクトルの反応に安心するとか矛盾した感情にレティシアはもやもやしたものを感じた。