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次期公爵様から婚約を申し込まれ逃げようとしましたが逆に捕まえることにしました

 レティシアが目を覚ますと自室のベッドの上だった。右手が温かい。

 右を向くとヴィクトルがレティシアの手を握ったまま俯いている。

「ヴィクトル様」

 ハッとしたようにヴィクトルが顔を上げレティシアは抱きしめられた。

「ヴィクトル様苦しいです」

「レティシア、どこか苦しいところや痛いところはない?」

 そう言われて左手を見れば包帯が巻かれている。少し喉の乾きを覚えて、ヴィクトルに支えてもらいながら起き上がると、差し出された水を飲んで一息ついた。

 そして改めてヴィクトルを見るとその両手は包帯を巻かれ、頬には切り傷があることに気づく。

「僕はレティシアが目覚めたことを伝えてくるよ」

 そう言ってヴィクトルが部屋を出て行った。

 生きて無事に帰ってこられた。しかしレティシアはあの薬を飲んでいる。

 どんな後遺症が出るかわからない不安に膝を抱え顔を埋める。

 ヴィクトルに抱きしめられた時、深い安堵を覚えたが、あの怪我を見て巻き込んでしまったことをどれだけ謝罪しても足りないと思った。

 自分が先走りあの建物に入らなければヴィクトルを巻き込むことはなかった。

 正義感と言えば聞こえは良いが、実際は考えなしで自分で何でも動きたがる迷惑な人間なのがレティシアなのだ。

 ジョフロワ公爵家のご家族に合わせる顔がない。大事な嫡男を危険に晒したのだ。

 レティシアが膝を抱え涙を堪えていると扉が開いた。

「レティシア!」

 そう言って走り込んできてレティシアに抱きついたのはクラリスだ。

「お姉様」

「無事で良かった。ほんとにもう、あなたって子は!お姉様に心配ばかりかけて!カワイイ妹にもしもの事があったらお姉様の手でサロモンとかいう男を殺しに行ったわ!」

「レティシア。無事で良かったわ」

「お母様。ごめんなさい。みんなに迷惑をかけたわ」

「そうね。あなたはいつも一人で何でもしようとする。危険をかえりみずね。

 でもそのおかげで助かった命が今のところ一つ。

 あなたがうちの店に行くように言ったあの病院の患者の女性は、ちゃんとあなたが教えた通りにうちの店に行ったの。

 そこでローレンたちが保護して治療薬ができるまで色々気持ちが安定する薬を使ってみるみたい。

 子どもたちがいる場所も聞いて連れてきて店にいるそうよ」

「良かった」

「そう。あなたの行動で助かった人がいる。けれど、二度とこのようなことはしてはなりません。

 何故かわかる?」

「お母様たちを不安にさせました。あと他の人たちにも迷惑をかけました。

 ヴィクトル様には怪我をさせてしまいました」

「そうね。今回はヴィクトル様と一緒だったから助かったのよ。ヴィクトル様が機転をきかせてくれたのもあるし。

 あなたが一人の時間を大切にしていることはわかってるわ。

 でももっとたくさんの人に頼るべきところは頼ることをあなたは覚えなさい。人は一人で生きていくことはできないのよ」

 優しく抱きしめてくる母の腕の中でレティシアは泣いた。

「ごめんなさい。お母様」

「ちょっと診察させておくれね」

 そこにオブラン伯爵家がお世話になっている医師がやってきた。

 脈を測り熱がないのを確認すると、目を見て口の中も確認する。

「今のところ大丈夫そうですな。レティシア様が飲まされたという薬については、伯爵様とケヴィン様が調べています。

 あのお二方に任せておけば大丈夫ですよ。レティシア様ができることはたくさん水を飲むことです。

 体の中から薬を少しでも早く出せるように頑張って水を飲んでください。

 それから食事も気をつけると良いですね。消化の良いものにしてください。お腹に負担をかけない方が良いでしょうからね。

 あと香辛料は控えてください。味付けも薄い方が良いですね」

「はい、わかりました。先生いつもありがとうございます」

「レティシア様がご無事であればそれで良いのです。私ならいつでも駆けつけますから気にせんでください。

 あ、しばらくは絶対安静で。学園も休んでください。もし体調が急変したら困りますからね。

 私もしばらくこのお邸に滞在しますからね。何かあったらすぐに呼んでください」

 そう言って医師は出て行った。

「お父様たちは研究所?」

「ええ。ヴィクトル様が残りわずかに液体が残った小瓶をお持ちになられてね。中身が安全か調べてほしいって。

 ヴィクトル様は私たちにレティシアが目覚めたことを伝えた後王城に行かれたわ。

 詳しい説明をしないとならないけどレティシアが目覚めるまで側にいたいっておっしゃってね」

「そう。私はたくさんの人に迷惑をかけたわ。ちゃんと見たこと聞いたことを私も話すわ」

「聞き取りに来ると思うわ。あなたは絶対安静だから。その時はついていてあげるから落ち着いて話すのよ」

 母の言葉に頷くとクラリスがベッドに座りレティシアの頭を撫でてきた。

「ヴィクトル様には感謝しかないわ。無謀なこの子に付き合って不法侵入までしてくれて。

 レティシアが連れ去られた後ヴィクトル様は店から出て、近くの店の男の人たちに頼んで気絶している犯人たちを縛り上げてもらったそうよ。

 その間にうちの薬草薬店まで走って簡単に状況を説明してうちに伝えるように言ってから、レティシアが連れ去られた病院に行ってあなたを助けてくれたの。

 陛下から指令をうけていた特別捜査隊が来るまで、気を失って倒れたレティシアを抱き上げたままずっと立ってサロモンが動かないよう見張っていたそうよ。

 その後もうちの迎えの馬車でもあなたを抱えたままだし、部屋に運んだのももちろんヴィクトル様。

 手当てが済んだ後もレティシアから離れたがらないから公爵家に連絡したの。もう遅い時間だったしね。

 あなたが眠っていたのは2時間程かしら。早目に目が覚めて良かったわ。

 ずっとヴィクトル様はレティシアの手を握っていたのよ。

 あなたは本当に愛されてるわね」

「うん」

「さあ、お水を飲みなさい!今晩はお姉様が見張っています。あなたが寝ているうちに苦しみ出さないか心配だもの」

 レティシアは水差しからコップに水を入れるとそれを三杯飲んで横になった。

 着替えて枕を持った姉がレティシアの隣に寝転ぶ。

「さあゆっくり寝なさい。お姉様が見ててあげるから」

 その言葉にレティシアは安心して目を閉じ再び眠りについた。


 翌朝オブラン伯爵家にやってきた捜査隊にレティシアは全てを話した。

 事細かに聞かれるがまま話し、捜査隊はまた聞きたいことが出てきたらまた来ると言って帰っていった。

 その夜、オブラン伯爵家では家族会議が開かれた。父が話し始める。

「陛下にもお伝えしたが、レティシアが飲まされた薬は確かに妊娠を促す効果があると言われている薬草を混ぜたもので、危険な薬草は使われていない。

 謳い文句の9割妊娠はサロモンを喜ばせて金を引き出す嘘だろう。

 うちでも似たような薬を作っていて、子どもを欲しがっている夫婦にしか売らないんだが、効果は5割あるかどうかだな。

 あと、レティシアが飲まされた薬は飲むと体から性欲を促す香りがする薬草も入っていたから、まあなんだ、ヴィクトル様はよく耐えてくれたよ。

 それに気づいて家に着くまでずっと守ってくださっていたんだろう」

「確かに連れられて帰ってきたレティシアからは甘い香りがしたわね。何の香水かしら?と思ったのよ」

 姉の言葉にレティシアは真っ赤になった。そんな香りをずっとヴィクトルは嗅いでいたのかと思うといたたまれない。

「まあ念の為薬が完全に抜けるまで当分外出禁止は変わらないな」

 レティシアが行くところにはずっとサラが水差しとコップを持って付いてきてくれている。

「それにしても、まさか反逆に繋がるとはな。薬を使って庶民を扇動するとは、人を兵器にするのと変わらない卑劣なやり方だな」

 ケヴィンが心底嫌そうな顔をしている。

「もう少しであの病院の薬で苦しんでいる人たちの為の薬ができるんだよ。今回は急を要するから治験無しで使用する許可がでたから、今王都では飲んだ人は聖堂に集まるようにとあちこちに張り紙をしている。もちろん病院の前にもね。

 あと、王家に贈られたハーブティーだが飲んだのは侍女たちだった。

 疲労回復と書かれていたから、王妃殿下が侍女たちに配られたそうだ。少しずつ何人にも渡したから、一人が飲んだ量は少なくてね、体に影響はないだろうと思っているが、念の為薬は飲んでもらうことにした。

 王妃殿下もまさかサロモンから贈られたものにそんなものが入っていると思われてなくて、かなり衝撃を受けられたようだよ」

「お父様申し訳ありませんでした。お母様。お義兄様。お姉様も、みんなに心配と迷惑をかけました」

 レティシアが頭を下げるとクラリスが抱きしめてくれた。

「これからは気をつけること。あなたに何かあったらオブラン家は深い悲しみで立ち上がれなくなるわ」

「まあ、なんだ。いつもやっている一人歩きも行くのはいいが、事件にだけは首を突っ込まないように。

 あの日連絡を受けてからレティシアを見るまで私は生きた心地がしなかったよ」

「そうね。罰として一ヶ月一人歩きは禁止にします。出かけたかったらどうすればいいかはわかるわね?」

 母の言葉にレティシアがうなずくと家族会議は終了した。


 レティシアが療養に入って一週間。新聞では毎日一連の事件が掲載されていた。

 チャンパオ商会は商会と名乗っているが、どこの国にも商会登録されていない架空の商会だった。

 色々な商会名であちこちの国で違法な薬などを売って、さっと儲けてさっと消えるのを繰り返す東国からきた闇組織だったらしい。

 サロモンが隣国聖コーランド王国に旅行に行った時に、たまたま飲み屋で一緒になったリンガがサロモンに目をつけたところから話が始まっている。

 リンガは次の売り場を探していて、サロモンと話すうちに薬を売るのに利用するのにちょうど良いと判断し、サロモンもそれに乗った。

 それにサロモンのギャンブル仲間のデオダ男爵も加わり、どんどん話は大きくなり一国を動かす大きな儲話になりそうだとリンガたち闇組織は欲が出た。

 いつもならさっと儲けてさっと消えるのだが、何ヶ月もかけた計画に変更したらしい。

 しかし、逆にそれが仇となった。やりなれないことをするから穴ができる。

 それこそレティシアたちが侵入できたように戸締りを厳重にしなかったのも気が大きくなっていたからだろう。もちろん新聞にはレティシアたちの名前はなく、特別捜査隊が侵入したことになっている。

 デオダ男爵の領民は薬漬けにされていたそうだ。薬が完全に抜け正常に動けるようになるには時間がかかりそうだと書かれていた。

 この事件の発覚で王都の民は恐れおののき、一度でも飲んだことがある人々が聖堂へと殺到しているらしい。

 出来上がったばかりのあの薬を体内から排出するのを促す新薬は国費で賄われ、全ての被害者に無料で配られているとのことだった。

「お父様たちはさすがね」

 レティシアが新聞をたたみながら言うとクラリスが嬉しそうに言った。

「今回の新薬はケヴィンが主導で開発したのよ。

 極秘事項だったからお父様も普段通りにしていなければならなかったから、アドバイスはできてもかかりきりになれなくて、研究室にこもりきりが普通のケヴィンと後輩君とで開発したのよ」

「ふふ。お姉様嬉しそうね」

「なんと内々に打診があって勲章がもらえそうなのよケヴィンと後輩君二人が。いい子よ後輩君。

 レティシアにヴィクトル様という素敵な人ができなければ、実はレティシアに紹介しようかとこっそり思ってたくらいよ」

「ヴィクトル様はもう私のことなんてどうでもよくなったかもしれない」

「レティシア。そんなことないわ。確認してないでしょ?」

「だってこの一週間一度も連絡がなかったの」

「お忙しいだけよ。事件の関係者だし」

「そうかしら?私に呆れたのかもしれない」

「はあ。あなたはどうしていつも急に自分のことになると自信がなくなるのかしら?」

「だって、逃げてたし。一度はお断りもしたし。

 考えさせてほしいってお伝えしたけど、本当は受ける気なかったし。

 たくさん迷惑をかけて怪我もさせてしまって。

 そんな私が今更婚約のお話を受けますなんて言えないわ」

「レティシア。それはヴィクトル様が好きってこと?」

「・・・・・うん。一緒にいると安心する。

 楽しいし、たくさんケーキを食べてる私を優しく見ててくれる」

「ふふ。随分最初の頃からもう好きってことじゃない」

「うん。そうだったみたい。みたいっていうか、たぶんそうだったの。気づかなかったというか、蓋をしたというか」

「うん、続きが聞きたいわ」

 クラリスに促されるままレティシアは思いを語った。

「初めて学園に行った日、張り切って早く行ったから講義室に着いたのは私が一番だと思ってたの。

 そしたらヴィクトル様が先にいて窓の側に立ってらしたの。

 陽の光を受けてキラキラしてて、なんて素敵な人なんだろうって。ドキドキしたわ。

 その後クラスの友人たちと話している時も公爵家なのに気取った感じがなくて気さくで良い人だなあって思ったの。物知りだし、頼りになるし。

 でも自分とは縁がない人だなあって思って。

 こういう気持ちが人を好きになることだって思わなくて、なんだかこの気持ちが怖くてあまり近づかないようにしたの」

「今はどうしたい?」

「できることなら側にいたいわ」

「なら、ちゃんとそれを伝えないと」

「でも私、婚約は申し込まれたけど、ヴィクトル様から、なんていうか、好きとか言われてないの」

「ははーん、だからずっと断るとか言ってたのね。

 ヴィクトル様が直接的な言葉をおっしゃらないから、レティシアは自分が選ばれたことに自信が持てなくて、それで逃げてたのね。

 なんて臆病な子なのかしら。普段のあなたの行動を考えると同じ人物だとは思えないほどね」

「お姉様。だって私、」

「だっても何も無いの!しっかりしなさい。レティシア。

 聞き方を変えるわ。あなたはどうなりたいの?」

「ヴィクトル様の婚約をお受けして、いずれはずっと側にいられる存在になりたい」

「だったらそれを伝えなさいと言っているの。他の誰かに取られる前に。自分で行動するのがあなたでしょ?」

 クラリスの言葉に勇気をもらった。

「そうね。断られるとしても言わないよりは良いわ」

「何で断られる前提なのよ!ほんとにもう!

 あなたは私のカワイイ妹よ。どこに出しても恥ずかしくない私の宝物なの。自信を持って!良いわね!」

「ありがとう。お姉様」

 ヴィクトルに手紙を書いてみよう。会って話がしたいと。返信がなければ公爵家まで会いに行こう。

 それでも会ってもらえなければ、自分のことを好きになってもらえるように頑張ろう。

 まずはとレティシアはペンを持った。


 翌日レティシアは、登校許可が出たがもう一日学園を休んだ。

 昨日ヴィクトルに出した手紙の返事がその日のうちに来て、今日の講義後に馬車の迎えを出すから公爵家で会おうと書かれていた。

 講義室で先に顔を合わせるのがためらわれて、いわゆるズル休みをしたのだ。

 朝からずっとそわそわしているレティシアに、クラリスがそんなだったら学園に行けは覚悟が決まってかえって良かったでしょ!と呆れていた。

 迎えの馬車が来て乗り込むと更に緊張が増し、そっと髪飾りに手を当てた。ヴィクトルにもらったものだ。

 そうすると不思議と心が凪いで落ち着いた。

 公爵家に着くと執事が出迎えてくれて庭園へと案内された。

 ガセボに座るヴィクトルを目にしてレティシアは言葉を失った。

 たった一週間会わなかっただけなのに、ヴィクトルが今までにも増して精悍な顔立ちになり、やけに大人びて見えたのだ。

「レティシア様をお連れしました」

 執事の声でこちらを見たヴィクトルは優しく微笑んでくれた。

「いらっしゃい。体調はどう?今日から学園に来るのかと思っていたのに来てなかったからどうしたのかと思ったよ」

 レティシアを横に座るよう手を取って促してくれる。

「念の為もう一日お休みしました。

 あの、ヴィクトル様、」

「ちょっと待って。話があるって手紙に書かれていたけど、その前にこの事件のまだ発表されていないことを先に言わせて」

「はい、わかりました」

「まず、あの医者とリンガという男は処刑されるだろう。手下たちも同様だ。あの薬で何人も死んでいるからね。

 でもどうやらリンガたちはこの組織の支部長で、本部がどこかにあるらしい。それがどこかは絶対に言わないそうだ。

 王都の他にもデオダ男爵領の領民が何百人も亡くなっている。デオダ男爵が薬を使い過ぎたらしい。

 それからそのデオダ男爵だが、当然廃爵になる。若くして父親を亡くし当主となり、母親がそれを支えることなく夫を追うように亡くなった。

 デオダ男爵領は山地で木製品と農業が主力産業だったが、利益をギャンブルにつぎ込んでいて、結婚と離婚を繰り返し、今の妻が3人目。事件後すぐに実家へ帰りそのまま離婚になるだろう。

 デオダ男爵も処刑だ。反逆罪に手を貸し、領民に危険な薬を使い死に至らしめたり、生きている領民についてもその思考も自由も奪ったのだから。

 サロモンは当然処刑だ。どんな手法だろうと反逆罪には変わりがない。

 ましてや怪しい他国の人間と手を組み、弱っている人々を逆に苦しめたのだからな。

 僕への憎しみだけかと思っていたら、王太子殿下へも恨みがあったようだよ。

 自分にも王位継承権があるのに、現国王の長男だからというだけで王太子になっているってね。

 おかしな話だが、自分の方が優れていると勝手に思って不満があったらしい」

 そこでヴィクトルが言葉を切った。

「可哀想な人ですね。人を妬むことしかできないなんて」

「そうだね。でも学園生の頃から酒場に行っていて、そこで次期公爵様と女性たちからもてはやされ自惚れていたんだろう。

 クララック公爵家は現公爵が実直な方でね、いくつもある領地の領民の為に様々なことをしていたのをたくさんの人が知っているんだ。

 サロモンに生活指導もしていたようだけど効果はなかったようだね。

 だから廃爵にするのはどうかとなって、侯爵家に降爵にしようという話に初めはなったんだよ。母君が王家なのもあって。陛下とは従兄弟だしね。

 でもクララック公爵がそれでは世論は納得しないからもっと罪を重くして欲しいと願い出たんだ。

 でも陛下がクララック公爵の母親でもある叔母君に懐いていたこともあるし、親しくしていた従兄弟であるクララック公爵が反逆の意思がないのはもちろん、実直で領民思いの人だってことを一番知っているから、領地はそのままで伯爵家というこで決着した。

 おもしろいのは、サロモンが事件を起こしてすぐに、たくさんの宝飾品やドレスを持って、公爵夫人が娘を連れて実家に帰ったそうだ。

 酷いよね。自分の息子がしたことなのに何よりも先に逃げた。離婚届を置いてね。

 廃爵されると思ったんだろう。実際そうなる可能性が高いと公爵が言っていたのかもしれないけど。

 実際は功績を認められて伯爵位まで降爵したけど領地はそのままだから、公爵の人柄を知っている人たちは手を切ることはないだろうし、収入面ではあまり変わらないんだけどね。

 陛下と父上が怒って、すぐに後妻を探すと言っていたよ。

 公爵夫人が廃爵にならなかったことを知って戻ってきても、離婚届は受理されているからもう遅い。

 逆にクララック公爵が息子の犯した罪で苦境に立たされている時に、さっさと逃げたことで再婚は無理だろう。実家に縋って生きて行くしかないだろうね。

 あとは、オブラン伯爵家が侯爵家に上爵することになった。以前断られているが、今回ばかりは反逆を食い止めた功績を何かで示さないとならないと言って陛下が押し切ったから、レティシアはもう少ししたらオブラン侯爵家令嬢になるよ。

 凄いのはね、オブラン伯爵がだったらデオダ男爵の領地を欲しいとおっしゃったんだよ。領民たちの回復を進めながら領地の改善もしていくって。

 王家ではデオダ男爵領は王家の所領として何とかしようと思っていたらしいんだけど、オブラン伯爵が是非自分にさせて欲しいって。

 普通はあそこまで領民がボロボロな領地なんて誰も欲しがらないのに、自分が責任を持って回復させるって。尊敬の念しかないよ。

 さあ、こんなところかな。

 レティシア嬢の話を聞くよ」

 いよいよだ。レティシア、ちゃんと言うのよ。

 自分に言い聞かせるとヴィクトルの方を向いた。

「申し訳ありませんでした。

 私の浅はかな行動でヴィクトル様を危険な目に合わせ、更にお怪我までさせてしまいました。

 たくさん迷惑をかけてしまい、ご家族にもご心配をかけさせてしまいました。

 どれだけ謝っても謝りきれません」

 レティシアは息を整える。

「それでも、こんな私で良ければ婚約してもらえませんか?」

 レティシアは真っ直ぐにヴィクトルを見て言った。断られるなら思い切り断られた方が良いと。

「どうしてそうなるかなあ」

 ヴィクトルの言葉にレティシアは震えた。断られると。

「もう遅いですよね。あんな私を見て婚約を申し込んだのは間違いだったと気づかれましたよね」

「いや、だから、そうじゃない。遅くなんてないよ。

 そうじゃないんだ。普通だったら、婚約の申し入れをお受けします、だろ?

 先に婚約を申し込んだのは僕だ。

 何でレティシアが婚約を申し込んでくるの?」

「いや、まあ、その、気持ちを伝えたくてですね」

「そっか。レティシアらしいといえばらしいよね。うん、これこそレティシアって感じかな。

 じゃあ、婚約の申し入れをお受けします」

 そう言ってヴィクトルはレティシアを抱きしめてくれた。

 レティシアはヴィクトルの背に腕を回しその温もりを確かめる。

「やっと僕のレティシアになってくれた。嬉しくて今夜は眠れそうにないよ」

 二人は抱擁を解くと向かい合って手を握りあった。

「ヴィクトル様、あのですね、言いたいことがあります」

「何?」

「ヴィクトル様が好きです」

「僕も好きだよ」

「え!本当に?」

「何故疑うの?今婚約を受け入れたよね?それに元々先に申し込んだのは僕だよ」

「だって一度も言ってくれたことなかったですもん」

「そうだった?全力でアピールしてるつもりだったのに」

「全然ないです。それにたぶん私の方が先にヴィクトル様のこと好きになってますよ!」

「そんなことないよ。僕の方が先だよ」

「いいえ、私です!」

「じゃあいつから好きか一緒に言ってみよう。

 せーの」

「「入学した日初めて会った講義室!」」

「え?」

「え?」

「うそ!何で一緒なの?」

「レティシアにそんな素振りなかったじゃないか。本当に?」

「本当よ。素敵な人だなあって思ったんです。一目惚れってやつですよね。きっと。

 その後も公爵家だっていうのに気さくで親切だし良い人だなあって。

 でも、その時私は異性を好きって気持ちがわからなくて、身分も違うし、だからなんだかわからなくてそのもやもやした気持ちにすぐに蓋をしたんです!」

「僕だって本当だよ。講義室に飛び込んできた君は本当に可愛かった。キラキラ輝いて見えたんだよ。

 僕だって一目惚れってあるんだなって思ったさ。レティシアは誰とでも明るく話し、朗らかに笑っていて、それを見ているだけで幸せを感じたよ。正直で真っ直ぐで友達思いで。

 いつもその場を明るくしているレティシアが眩しかった。

 レティシアと一緒に過ごせたら僕の人生は楽しいものになるだろうなって。

 けど、僕と話す時だけよそよそしくて、公爵家ってことで緊張されてるのかな?って思ってたんだ。

 レティシアに婚約の話とかがないのは調べてわかってたから、じわじわ僕を見てもらおうって考えてたんだよ」

「何調べてるんですか!素行調査ならわかりますけど」

「素行より大事なことだよ!婚約者がいたらなんとか解消させないとレティシアを諦めることになるんだから。

 それで、少しずつ話しかけて慣れさせようとすること一年半!

 アレンディード殿下と普通に喋っているのを見て驚いたよ。身分でよそよそしくしてるんじゃないって知って。

 だから焦ったんだ。じわじわなんてやってられない。早くしないと他の男に取られるってね。

 だからすぐに行動に移した。

 レティシアとデートするためにオブラン伯爵家に行って使用人に好みを聞いたら、一人で出かける時があるからその時を狙ってくださいって言われたんだ。出かけたら教えてくれるってね」

「誰に聞いたんですか?」

「それは言えない。極秘に教えてもらったんだから」

「絶対サラですよね?サラしか私が行く店とか知りませんもん!」

「帰って怒ったらダメだよ」

「わかってますよ。サラは私のために教えたんですよね、きっと」

「それから、事件については謝る必要はないよ。僕はレティシアを止めることができたんだ。

 あの店に入る前に止めて、オブラン伯爵に教えれば良かったんだ。でも僕はそうしなかった。

 レティシアがどんなことをするか気になって。凄く真剣な目で、困っている人を助けたいっていうのが伝わってきたのと、付いて行ったら楽しいことがあるんじゃないかな?って。

 で思った以上に大変なことになってしまった。僕の好奇心でレティシアを危険な目に合わせてしまった。申し訳ない。

 この一週間、どんな顔をしてレティシアに会えば良いのか悩んでいた。

 もちろん、色々な人に会って話したり説明したりと忙しいのもあったけど。それを理由に会いに行かなかった。

 昨日レティシアから手紙が来て話したいことがあるって書かれていて、正直断られるんじゃないかと思ったんだ。

 あの日レティシアがデオダ男爵たちと戦っている姿があまりにも生き生きしていて。一人で自由に生きるのがレティシアは好きなのかもしれないって。

 でも、僕も諦めきれないから断られても申し込み続けようって思ったんだだけど、まさか婚約を申し込まれるとはさすがに思わなかったよ」

「もう。その話は終わりです。

 私は公爵夫人になっても自由にできる時は自由に出かけると思います。控えないといけないところで突き進むこともあるかもしれません。

 でも、ジョフロワ公爵夫人として相応しくなれるよう努力します。今はまだまだなのでたくさん学ぶことがありそうですけど。

 私が公爵夫人に相応しくなれるよう隣で見ていてくれますか?」

 レティシアが問いかけるとヴィクトルが破顔した。

「もちろんだ。今でも相応しくないってことはないけど、レティシアが頑張りたいって言うなら止めないよ。母上に厳しい特訓をお願いしよう」

「え!何だか大変そう。でも、ヴィクトル様に相応しいと思われたいから頑張るしかないですね」

「じゃあ。婚約式の日取りを決めるのに両家に伝えないとね」

「はい!あ、地味目でお願いしますね」

 固く結ばれた二人の手はこれから共に生きていく間、ずっと繋がれたままでいられるはず。

 お互いがお互いを尊重し、愛し合い、助け合うことでどんな困難も乗り越えられると、そう信じて歩んでいく。

 レティシアはヴィクトルの耳元で囁いた。

「ちゃんとした初デートは、遠乗りにしましょうね」 

 ヴィクトルは一瞬驚いた顔をしたが

「喜んで」

 と言ってくれた。

 青空の下遠乗りするのは楽しいだろう。しかもヴィクトルと一緒だからもっと楽しいに違いない。

 これから二人で色々なことをしていこうとレティシアは空を見上げて精霊リューディアに誓った。



完結になります。

イライラするほどヴィクトルへの恋心を打ち消し見ないようにとしていたレティシアが、最後は激甘でベタベタな恋愛展開になっていくように頑張ってみましたがいかがでしたでしょうか?

少しでも楽しんでいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
ドキドキハラハラして面白かったです! 嫌なことを言われてもきちんと言い返すレティシア、格好良かったです!
レティシアが自分の評価があまりに低いのなんで?と思ってたけどこの思いを封印していたからだったんですね…かないっこないと否定から恋に入ったらそりゃ自分の評価下がるわ…。 好きな人に好かれない私に価値はな…
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