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次期公爵様に婚約を申し込まれ公爵夫人なんて向いてないと逃げようとしましたがどうやら掴まりそうです

 翌日昼休憩にいつもの三人で向かおうと講義室を出ようとしたら声をかけられた。

「レティシア嬢。少し時間をもらえるかい?」

 ヴィクトルだ。どこからかどれかの話を聞いたのだろう。

「私は今日はヴィクトル様といることにするわ」

 二人に手を振るとレティシアはヴィクトルに向き直った。

「どこで話をしますか?」

「二階の方で食事をしながら話そうか」

 レティシアは「はい」と返事をするとヴィクトルに付いて行った。

 二階は一階のカフェとは違ってレストランだ。どちらかと言えばしっかり食べたい年ごろの男子学園生が多い。

 レティシアはチキンのグリルのコースを頼むとヴィクトルに改めて向き直った。

「レティシア嬢。ちょっと耳にしたんだけど、クララック公爵家のサロモンに婚約を申し込まれたそうだね」

 そっちか。そっちは別に何を聞かれても良い。直ぐに答えられるから。

「はい。でもその場でお断りしました。お話を聞いても私と合いそうな要素が微塵も感じられませんでしたし」

「うん。それは聞いている。でもどうして僕に教えてくれなかったの?人から聞いたときは驚いたよ」

「その場で終わったことです。オブラン伯爵家として正式にお断りの手紙も出していますし。いずれお時間があるときにお話しようと思っていました」

「でもサロモンは諦めてないよ」

 その言葉にゾッとする。そんなにレティシアにこだわる必要性を感じない立場の人間のはずだ。

「そんな。ちゃんと私自身もその場で断って家からも断ったのに」

「それは知っている。その場で困っているレティシアを見た人間が大勢いるからね。ただ、サロモンはただ断るだけでは簡単に諦めない」

「どうしてですか?薬学研究を一緒にしたいとか言ってましたが私はあの方が本気でそう思っているとは感じませんでしたし、私に拘る理由はないと思うのですが」

 ヴィクトルが困った顔をしている。

「それは僕のせいだ。サロモンは三歳年下の僕が嫌いなんだよ。僕が六歳の時に公爵家の集まりで剣の模擬大会を二人でさせられたんだよ。当然みんなサロモンが勝つと思っていて、言い出したのもクララック公爵家だったのもあってお遊び程度のつもりで大人たちは見てたんだ。

 サロモンも初めは手を抜いてて適当なところで転ばせようとでも考えてたんだろうけど、僕がサロモンの模擬刀を軽々躱すものだから大人たちは段々盛り上がってきてね。

 サロモンも段々真剣に打ち込んでくるから長引くと体力のない自分の方が分が悪いと思って、適当なところで剣を跳ね飛ばしてやった。もちろん僕の勝ちだ。

 それからだよ。僕に執着するようになったのは。集まりで毎回模擬大会をさせられるんだけど、僕が負けたことは一度もない。

 そんな僕が婚約を申し込んだと聞けば当然割り込んでくるよね。セリアから聞いたんだろう」

「そんなことがあったんですか。でも断るので大丈夫ですよ。あんな妹いりませんもん。マリーなら良いですけどね」

 言った瞬間にあっと思った。これではマリーなら妹になっても良いといっているようなものだ。

「ああ、その、他にも色々聞いているよ。これも僕のせいで申し訳ないけどセリア嬢が失礼なことをかなり言ったようだね。彼女はマリーを泣かせたから絶対にない。もちろんあの思考もついていけないし。

 何度も断っているんだけど、曲解して捉えているみたいでいずれは正式に婚約者になると思っているようなんだ。正式にも何も、婚約者候補ですらないけどね」

「そうなんですね。私もマリーを泣かせたことは許せませんわ。

 そうそう。この前の薬の話に進展があったんです」

 とにかくこの話題から離れようと、連日行われた家族会議での話をヴィクトルにした。するとヴィクトルが真剣な目をレティシアに向けてきた。

「レティシア嬢。僕と約束したよね?何か調べる時は一緒にしようって。何故一人でその病院に行ったの?」

 あ。そうだった。

「忘れてました。本当に忘れてたんです。早く調べたいって気持ちばかりで」

「うん。レティシア嬢は正義感が強いからそうなるだろうと思って僕が提案したんだけど。そんな危険なことを一人でしてはいけない。僕は信用できない?存在を忘れるほど」

 そう言ったヴィクトルの目は悲しそうに見えた。そんな目をさせるつもりはなかった。

 ただ本当に何も考えずいつも通り一人で行動してしまった。それをヴィクトルとの約束を忘れたと言われればその通りだ。

「信用してないわけじゃなくて、一人でいつも街に行っていたから気にならなくて。

 ううん。言い訳ね。ヴィクトル様との約束、完全に忘れていました。ごめんなさい」

 レティシアが頭を下げる長い指がレティシアの鼻をつまんだ。

「ふぁにふるんれすふぁ!」

 思わず声を上げたレティシアに笑い声が聞こえた。

「うん。お仕置きはこれでおしまい。これからはちゃんと僕に声をかけること。いいね?」

 レティシアは鼻を撫でるとうなずいた。

「それにしても危険なものを売っている病院だね」

 二人で昼食を取りながらやはり話題はあの病院だ。

「そうなんですよ。先日は列についてて全体を見れなかったので、一度並んでいる人全体をしばらく見て患者の様子を知りたいんですよね。丁度向かいに食堂があるんです。そこで食事をしながら観察できたらなって」

「うん、それから」

「後は、あの病院は平屋なので医者はどこかから通っているんだと思うので、後を付けてどこから通っているのか知りたいです」

「なるほどね。それをレティシア嬢はやりたいと」

「やりたいですね、って。あ・・・・・・」

 向かいでヴィクトルが苦笑している。

「わかった。今日一度帰って着替えたら迎えに行くよ。それでその食堂でしばらく観察してみて、病院が閉まって医者が出てきたら後をつけてみよう」

 まさかの提案にレティシアが思わず立ち上がる。

「良いんですか?でも公爵家のヴィクトル様に何かあれば大変なことになるのでやっぱりダメです」

「でもレティシア嬢だけではさせられない。レティシア嬢も行かないなら僕も行かない。

 レティシア嬢が行くなら僕も行く」

「そんなあ」

「レティシア嬢は約束を反故にするような性格ではないよね。けれど、自分で目的地に辿り着きたい。それならどうする?」

 ヴィクトルを巻き込むのは申し訳ない。でも早く解決しないと街の人たちが人ではなくなってしまう。そんな恐れがあるものを放置しておけない。 

 陛下が極秘で調査すると言っていたが、貴族も役人も信用できないなら動かせる人員は限られるのではないか。そんな不安もある。

「レティシア嬢。そんなに悩むこと?レティシア嬢の出す答えは本当は決まっているんじゃない?」

 ヴィクトルが促すように言って来る。こんな私の出す答えに応えてくれるの?

 レティシアは目を閉じしばらく考えると決意した。

「ヴィクトル様、私に付いて来てください」

 真っ直ぐヴィクトルを見るとヴィクトルが嬉しそうに笑ってくれた。

「もちろん。レティシア嬢が行くところにはどこでも付いて行くよ。

 はは。何だかプロポーズみたいだね」

「は!」

 レティシアは真っ赤になって慌てて俯いた。男性が女性にいうプロポーズの言葉の中に確かにこういったセリフがある。しかも恋愛結婚の時に使われるのだ。観察にと付ければ良かったと後悔してももう遅い。

 レティシアは行動も言動も先走り過ぎる自分を反省した。


「レティシア様。ジョフロワ公爵家のご令息と出かけられるとおっしゃったので張り切っておりましたのに、またこのような服で。一体ご令息とどこに行かれるのですか?」

 一人歩き用の服を自分で着ているレティシアにサラがぼやく。

「私を知ってもらうならこれが一番手っ取り早いでしょ。いいじゃない」

「ご令息が一緒とはいえ気を付けてくださいよ」

「はいはい。迎えが来たようよ。行って来るわ」

 レティシアは迎えにきたヴィクトルにエスコートされ馬車に乗り込むと街へと向かった。

 ヴィクトルは以前より地味な服になっている。高貴さを消すためか帽子も被っているが消し切れていないのがさすがヴィクトルといったところだろうか。

「レティシア嬢。これだけは必ず守って欲しい。絶対に無理はしない。諦めるのも大切なことだよ。

 陛下も動いてくださっているからレティシア嬢が最低限知りたいこと見たいことをやったら帰ること。

 約束だよ」

「わかりました。無茶はしません」

 その後しばらく静かに流れていく景色を眺めていた。

 いつもの馬車止めまで来ると二人で歩き始めた。もちろん手は繋がれている。

 ただ歩くのも面白くないと町医者へ向かう道すがら、レティシアは気になる店がないかの探索に余念がない。すると一件の新しい店を見つけた。

「ここ、新しい店になったのね」

 改装された店の看板にはチャンパオ商会と書かれている。

「この店がどうかしたの?」

「前は木製の商品を扱っているお店だったんです。この辺りは結構奥行きがある店が並んでて、ここもそうでした。だいたい、半分が食器、半分が家具でした。小物もありましたね。

 庶民向けだからお値段もお手頃で、これでこの価格って安いなあっていう家具が結構ありましたね。

 二階は在庫置き場だって店員さんが言ってましたから品揃えは良かったんじゃないかなあ。

 一度だけ入ったことがあるんです。素朴ながらも丁寧に作られたのがよくわかる商品で、木目の風合いも良かったので一つ買ったんですよ。

 手のひらに乗せられるくらいの大きさのうさぎの置物なんですけど、今にも動き出しそうな感じで可愛かったんです。

 それが先月通った時に閉店してて、しばらく何も入ってなかったんですがいつの間にか入ったんですね。

 チャンパオ商会なんて初めて聞く名前です。何を扱う店なのかしら?」

「商会というからには色々扱ってそうだけど、入ってみる?」

「そうですね。じゃあちょっとだけ」

 店内に入ってみると以前の木製品の店より狭くなっていた。以前は正面入口だけではなく裏口も見えてそちらからも出入りできるようなほどの広さの中商品が並べられていたのだが、今はその半分以下しかない。

 売っているものを見ていると茶葉が主な商品だった。

「オリジナルブレンドのハーブティーですね。これは睡眠を促すから寝る前に飲むと良いと書かれていますね。他は、疲労回復、心が安らぐ、食欲増進とかもありますね。あ、お通じ改善もあるから侍女長に買って帰ろうかしら。説明書きがあってわかりやすいですね」

「ハーブティーってうちの母親が淹れるのは生のだけどこれは乾燥させているんだね」

「そうですね。生のハーブティーは家に生えている新鮮なものを使った方が美味しいですから、一般的には売られているものは乾燥したものが多いですよ。

 料理用のハーブもありますね」

「料理にハーブを使うの?」

「そうですよ。肉の臭みを取ったり、香りづけにつかったりと結構万能です。

 ああ、こっちのは茶器みたいですね。珍しい形のものが多いですね。輸入品かな。一人で一杯飲むのにちょうど良い大きさのものが結構ありますね。庶民街だから一人暮らし向けですかね。

 あ、可愛い。このティーポットの上にカエルが乗っていますよ。本物そっくりです」

 狭くなった店内はあっという間に見終わった。ハーブティーや茶器の他にも白磁の食器なども売られている店だった。会計に行くとその後ろに扉が見えちょうど店員が奥から品物を出してきたところだった。レティシアは侍女長に渡すハーブティーを購入すると店を後にした。

「前より店内が狭くなっていました。後ろのスペースに在庫を置いているのかしら?まあ前の店みたい二階からおろしてくるより楽ですものね」

 そういってヴィクトルを見ると店を見上げていた。

「どうかされましたか?」

「いやなんでもない。見たことがない商品があって面白かったなあと」

「そうですか。では行きましょう」

 レティシアはまた手を繋がれて街外れの病院の向かいの食堂へ向かった。


「いらっしゃいませー」

 食堂の扉を開けると覇気のない声で出迎えられた。店員を見ると少し疲れた顔をしている。レティシアたちはちょうど病院が良く見る窓際の席が空いていたのでそこに陣取ることにした。

 メニューを見ると肉類が多い。その中で豚肉の香草パン粉焼きを頼んだ。香草は先ほど行った店で売られているオリジナルハーブを使っていると書かれていたので気になったのだ。

 ヴィクトルは、豚肉のソテーと牛肉のシチューを頼んでいる。食べ終わったらまた追加すると言っているので相変わらずの大食漢だ。

 レティシアは病院を見た。今日も列になっている。初めて来たのかそわそわとしている人もいれば、やはり青白い顔の人もいる。先頭に並んでいる人はうつむき加減で顔色は分からないが口が動いているように見えるのは独り言でも言っているのか。

 数えてみると二十人ほどが院内に入れず並んでいる。院内には15人程座れる椅子があったので合計今は35人ほどが待っている状態だ。

 ちょうどそこに病院から一人出てきた。顔は赤らみ溌溂としてやる気に満ちている。先頭で並んでいる人との差が激しい。

 そこに病院から一人の患者と思われる女性が扉から押し出されてきた。看護師二人に病院の前でそのまま倒れこんだ人が何かを訴えている。レティシアは窓を少し開けて聞いてみた。

「給料日になったら払いますからお薬をください!お願いします!お薬がないと働けないんです!」

「薬は金と交換だよ!薬代が払えない人間が来るんじゃないよ!」

「お願いします!必ず払いますから!」

「ダメなものはダメだね。帰りな!」

 跪いて懇願する患者に対して看護師がとる態度とは思えないようなやり取りだ。レティシアが立があろうとするとヴィクトルがそれ止めた。

「ダメだよ。観察に来たんだから。それに飲まない方があの患者の為にもなるだろう」

 ヴィクトルに言われ席に座り直すと窓の外を見た。女性が地面に頭を擦り付けて頼んでいるがダメなものダメだと言うと看護師たちは病院に入って行った。

 列に着いている人の中で初めて来たような感じだった人はそれを見て列から抜け街中へと消えて行った。その他の人たちは何の反応も見せず跪いていた女性はゆっくり立ち上がりふらふらと街中の方へと歩いて行く。

 レティシアは店のカウンターに行き紙とペンを借りると走り書きをし店を飛び出した。

 レティシアたちが来た方向にあの女性が歩いているのが見えた。レティシアは追いかけると声をかけた。

「体調が悪そうだわ。このお店に行ってレティシアから薬を出してもらうように言われたと言ってみて」

 虚ろな目をした女性がゆっくりとレティシアを見た。

「それで治りますか?」

「直ぐには治らないと思うけど、お金は後で良いって私が言っていたと言えばいいわ」

「そんなんじゃダメなんです!すぐ直らないと!私が働かないと子どもたちを育てられないんです!」

 そう言ってレティシアの肩を掴む手の力は強い。目も虚ろな目から怒りの目に変わっている。

「それでもあの病院ではお薬がもらえなかったんでしょ?だったらこっちに行ってみて。お金は後で良いから。子どもの為にはどちらを選ぶの?そのまま倒れるの?それとも数日かかってでも治すの?」

 すっと女性の目からポロリと涙がこぼれた。

「子どもの為。子どもの為。私が働かないと。あの子たちが可哀想」

「そうね。母親であるあなたが倒れたら子どもたちが可哀想。でもこの店に行けば数日かかってでも治るから。お金もあとでいいし。お願いだから行ってみて」

 レティシアが手を握り伝えると女性は頷き紙を握りしめて去って行った。

 あのままオブラン伯爵家の薬草薬店に行ってくれれば保護してもらえるだろう。そのように紙には書いた。彼女が助かることを願うしかない。

 店に戻ると窓の外を見ていたヴィクトルが振り向いた。

「結局助けに行かないといられないのが出ちゃったね。それがレティシアなんだろうけど、大丈夫?顔色が悪いよ」

「あの女性、元に戻るのかしら?子どもがいるって。育てるために働いているからすぐ直らないと困るんだって。許せないわ。そんな人たちからお金を巻き上げているなんて」

 レティシアが席を外している間に出されていた料理にフォークを刺すとナイフで真っ二つにした。料理に罪はないけど怒りのやりどころがない。

「落ち着いて。深呼吸しよう」

 言われた通りレティシアは深呼吸した。少しずつ冷静さを取り戻してきた。

 助けなきゃ。あんな人が増えては最終的に家族も友人も悲しい思いをすることになる。今できることをレティシアはしようと引き続き病院の観察を続けた。

「また列が長くなったわ。仕事を終えた人が増えたのかしら?」

「そうだね。普通の病院ならそろそろ閉まるはずなんだけどそんな感じしないね」

 どんどん列が長くなっている。しかし、レティシアがされたように薬を出すだけなので次々と患者が出てくるので待ち時間が長くて困るというほどではない。

 ヴィクトルが三回目のオーダーで出てきたものを食べ終える頃、患者が途絶え中から看護師が出てきた。閉院と札を出し帰っていく。いよいよ医師が出てくる頃かと思って待っていると案の定医師が出てきた。

 今回は揉める暇もないのでヴィクトルが会計するのを横目に店の前で医師の歩いて行く方向を目で追った。冬が近いこともあって日が沈むのが早い為もう暗い。中から出てきたヴィクトルに小さな声で「ごちそうさまです」と伝えた。

 ヴィクトルはそれに答えるかのようにレティシアの手を握ると医師の後を付け始めた。かなり距離があるから見失わないように目を凝らす。

 しばらく歩くと医師が一軒の店の間で止まりそのまま中に入って行った。しばらく待ってその店に行くとそれは先程レティシアがハーブティーを買った店だった。二人で顔を見合わせる。何故なら店の扉の前には閉店の札がかかっていたのだ。店内も暗い。辺りの人通りも減ってきた。

「何故この店に入ったのかしら?」

「ここの二階を住居として貸しているとかはあるのかな?いや、やはりそれはないだろう。不用心だ」

 試しに扉をそっと引いてみたが既に鍵がかかっていた。医師がかけたのだろうか? 

 二人で少し離れた場所で店を窺うがその後出入りはない。そこでレティシアは思い出した。この店には裏口があることを。

 ヴィクトルの手を引き店の横を回り裏口のある通りに出る。ここまで来ると居住地域なのか商店や飲食店はなかった。その為灯が減り更に暗くなった。

 そっと裏口の扉に耳を寄せると中は誰もいないのか静かに感じた。ドアノブを回してみるとガチャリと開いた。薄く開いた扉の中は人の姿はなく物置のようになっていた。

 レティシアは周りを見回すとするりと中に入り込んだ。

「レティシア嬢!」

 ヴィクトルの声が聞こえたが木箱の影から更に中を見ようと顔を出す。すると後ろから付いてきたヴィクトルに手を握られた。

「この店があの病院と繋がっている可能性が高い。あっち見て。あんな瓶の商品は店にはなかった。もしかしてあの小瓶かい?」

 ヴィクトルが指差した先には小瓶が詰まった木箱が何箱も積まれていた。確かに見覚えのある小瓶だ。

「あれね。私が渡されたのと同じ形です」

 王国内で聞いたことがないチャンパオ商会という新しい商会と遠く離れた東国にしかないベリフェナ草。関係があるのは間違いなさそうだ。

 中の様子を窺っていると、今いる倉庫らしきところの向こうに繋がっている扉から光が薄っすらと漏れていた。音を立てないようにそっと扉に近づき耳を当てる。人の気配はしない。そっとドアノブを回すと小さな音を立てて扉が開いた。レティシアが扉の向こうにそっと入り込む。もちろんヴィクトルが付いてきた。

 そこは細い廊下になっていた。開けた扉の向いに扉があったがこれは店内へと続く扉だろう。廊下の奥には二階へと続く階段があった。そっと歩いて階段へと向かう。

 上を窺えば静まり返っている。きしむ音がしませんようにと祈りながら二階へと上がると細り廊下の店舗の上側に三つ、倉庫の上側に一つ扉があった。三つの扉のうち奥の扉が少し開いている。レティシアはそっとその扉に近づきかろうじて中の音が聞こえるところにしゃがみこんだ。隣にしゃがんだヴィクトルが足元に手を当てている。

「先生の話を聞く限り、今日も盛況だったようで何よりです。上々ですな。バカな庶民は実に扱いやすい」

「デオダ男爵。そういう風に言ってはいけません。大事な庶民ですよ。フランディー王国の肥やしにしようと我々も思ってやってますし」

 この声は医師の声だ。医師とデオダ男爵と呼ばれた男性が中で話しているようだ。それにしてもフランディー王国の肥やしとは何なのだ?

「それで良い人形が完成しそうか?」

「そうですね。今すぐ使えるのは30体ですが、あと一週間から十日したら100体くらいになりますよ。ちなみにそのうち10体はそこの部屋で薬を作らせてますよ。うひひ。でも今日は一体失敗しましたんですよ。伯爵家の使用人だから大事に育てたつもりなんですが感情が消し切れなくてですね。子どもがいる女は難しいですな。

 その点独身の男の人形は作りやすいんですがねえ。年寄りは金をもらって捨てるだけですな。すぐ使い物にならなくなる。薬を取りに来なくなったものはみんな墓の中でしょうな。まあ数さえそろえば良いというなら何でも育てますがね」

 人形?もしかして患者の事を言っているの?気づいた瞬間ヴィクトルの手を掴んだ。ヴィクトルが落ち着くようにと肩を撫でてくれる。

「年寄りでも子どもでも何でも良いから人形にしてくれ。数が多ければ多いほど良い」

「それにしても領民をあんな風にして良かったんですか?」

「うちの領地なんてちっぽけなもんだ。言われた通り畑を耕す人形で十分だ。死なない程度に食事を与えておけばどれだけ税をとってももうわかるまい」

 あはは!と笑う男に怒りが湧き上がる。領民を何だと思っているのか。

 きっとこの男はあの薬を使って自分の領地の領民に飲ませ働くだけの人間にしたのだ。

 人としての尊厳も自由も奪った卑劣な人間が今王都でも同じようなことをしている。その意図は何なのか?怒りで上手く頭が回らない。

「リンガ支部長の方も売上はよくなってきたのか?うちが使っていた店舗を丸々貸し出したんだ。あんな木製品なんかより売れてくれないと困るぞ」

 もう一人男がいるようだ。

 店舗を貸し出したということは、あの木製品の店はデオダ男爵の店だったのか。

 いい店だったのに何故閉店したのかと思っていたのだがこの店にする為だったのか。

「それこそ上々ですよ、男爵。繰り返し買いに来る客が今月からドンと増えましたからね。もううちのハーブティーじゃないと満足できやしませんよ。

 男爵も飲みますか?」

「悪い冗談は止めてくれ。飲むわけないだろう。あんなもの飲んだら私がおまえたちの人形になるじゃないか。せっかくいい話が来たんだから美味しいところだけ欲しいってもんだろう?こっちは領民を差し出したんだからな」

 レティシアは鞄の中を押さえた。中には侍女長に買ったハーブティーが入っている。まさかこれにもベリフェナ草が混ざっているのか?

 そうなってくると薬で飲むほど即効性はなくても、毎日このハーブティーを飲んだとしたらあの病院の患者のようにいづれなるのだろう。

 この男たちの企みはなんなのだ?

「王家にここのハーブティーを贈ったが反応がない。渡した時期を考えると、もう渡したものはなくなって新しいのが欲しいと言ってくる頃合いなんだが」

 レティシアは息を飲んだ。この声は最近聞いた。ヴィクトルを見ると彼もまた驚いているようだった。

「王族たちは飲んでくれてないんですかね?中から崩壊してもらわないと計画が進まないですよ」

「まあ、上手く庶民を動かせば何とかなるだろう。ところであの薬はできたのか?」

「ええ、とりあえず一瓶。試しますか?」

 医師が最後の声の主に聞いている。

「ああもらうよ。ちようど実験台が手に入りそうなんだ」

「それはようございましたね。サロモン様」

 そう、クララック公爵家のサロモンが部屋の中にいるのだ。

「これを飲んだら妊娠がしやすくなるんだな?」

「ええ。人口が減少すれば国そのものが危ういですからね。女の人形にこれを飲ませて男女の営みをするよう男の人形も用意して命じれば9割は妊娠します。

 まあ生まれてきても薬でボロボロな人形の子どもなど長生きはしませんでしょうがね」

「いないよりマシってことか。試してみる価値はありそうだな」

 レティシアは先程からの聞くに堪えない話に怒りを通り越し吐き気を覚えた。慌てて手を口に当てた瞬間持っていた鞄が壁に当たりドンという音がした。

「誰かいるのか?」

 しまったと思い逃げようと立ち上がりかけてスカートの裾を踏み足がもつれて転んてしまった。

 中から人が出てくる気配に慌ててレティシアは叫んだ。

「逃げて!」

 レティシアを起こそうとするヴィクトルを先に逃がそうと押したが動いてくれない。

「誰かと思えばレティシア嬢か。まさかここまでくるとは、君は淑女失格だな。

 久しぶりだなヴィクトル。こんなところでまさかデートかい?不法侵入だってわかってるのか?

 真面目なジョフロワ公爵家のヴィクトルともあろうものが伯爵家の娘ごとのきの為にこんな危険を冒すとは、やはり伯爵家の血が混ざっているから同じ思考に落ちるんだな」

 部屋の中から出てきたのはサロモンの他に、あの医師と服装から想像すると、デオダ男爵、商人風の服を着ているのはリンガと呼ばれていた商会の人間だろう。他にも屈強な男が二人。

 レティシアが音を立て転んだせいで逃げるのが遅れてしまった。ヴィクトルに支えてもらい立ち上がったレティシアは男たちを睨みつけた。

 逃げる方法を思いつくまで話して繋ぎ止めたい。

「あなたはたちはこの国で何をしようとしているの?あんな危険なものを作って売るなんて!違法よ!」

「うちのセリアは素晴らしい観察力だ。

 君たちが庶民向けの店にお忍びで行っていると聞いて邪魔をしようと見かけたという店ら辺で見張っていたら小瓶を握りしめた女が走ってきた。

 化粧で誤魔化しているがレティシアに違いない。あの女は裏で何かをしている、ヴィクトルに伝えるんだ!と言っていたんだ。

 それでピンときたんだ。セリアに服装とかの見た目を聞いて病院に確認したらそれらしき女が来たというじゃないか!

 薬は父親に渡したのか?」

「もちろん渡したわ」

「危険なものと言っていたが何が使われているのかもう薬学研究所は突き止めたのか。さすがだな、君の父親は」

「何故人をあんな風にするの?貴族でも庶民でもそれぞれが自分の意志で生きる一人一人の人間よ!」

「はっ!そういうところだよ!君はまさに僕の嫌いな貴族だ。

 貴族と一部の庶民を抜いて一緒ではないんだよ。命の重さも尊さも」

「バカじゃないの!?あなたの今着ている服だって庶民が作ったものよ!食べるものだってそう!命の重さも尊さも変わらないわ!彼らがいなければ貴族だって生きていけないのよ!」

「それはそうさ。貴族に使われる人間が必要だ。だか庶民に意思はいらないと思わないか?僕が言ったとおりに動けばいいだけだ。自由なんて与えるとうるさい連中だからな」

「あなたの考え方は理解できないわ!理解しようとも思わない」

「そうかい。それは残念だ。だが何を言おうと君たち二人は今ここで捕まる。

 そして薬漬けにしてあげよう。そうすれば理解する必要はなくなる」

 ヴィクトルがレティシアを守るようにその背に庇う。

「この人数に勝てると思うかい?」

「やってみなければわからないが必ず勝つ」

 ヴィクトルが答えるとサロモンは笑った。

「おまえのそういうところが嫌いなんだよ!年上の僕に勝ってちやほやされやがって!ちょっと僕より剣術が上手いだけじゃないか!この体に流れる血は僕の方が遥かに尊い!

 ジョフロワ公爵家はもう何代も王家から降嫁されてないだろ!うちと違ってその血は王家に次ぐ公爵家と名乗るのに相応しくない!」

「言いたいことはそれだけか?」

「カッコつけやがって!泣いて悔しがることもできないようにしてやるからな!」

 サロモンのその言葉と同時にヴィクトルは飛び出し、いつの間にか手にしていた短剣をサロモンの太ももに刺していた。

「うわー!」

 倒れながら叫ぶサロモンの声に慌てて刃物を持った屈強な男たちがヴィクトルへと向かっていく。

 レティシアは部屋の中に入ると飾ってあった花瓶をオロオロしている医師の頭に叩きつけた。

 その場で医師が倒れ意識がないのを確認するとデオダ男爵の方を向いた。

 デオダ男爵が驚き腰を抜かしている。

 レティシアは前の店の名残りだろう、窓辺にあった小さな木の椅子を持ち上げるとデオダ男爵目掛けて投げつけた。

 投げられると思わなかったのかそれをまともに顔面で受けたデオダ男爵はそのまま倒れ込んだ。

 更にリンガが手を伸ばしてきたので後ろの棚にあった分厚い本をもち素早くかわして後ろに回るとリンガの頭を全力で殴った。

 リンガがくずおれ意識を失っているのを確認する。

 ヴィクトルの方を見るとちょうど最後の一人を倒し終わったところだった。

 ヴィクトルに駆け寄ろうとするレティシアにヴィクトルが叫んだ。

「レティシア!」

 その瞬間いつの間に来ていたのか、後ろから髪を掴まれ首に鋭利なものが当たったのが分かった。

「形勢逆転だ。さすがだねー、ヴィクトル。だがそこから一歩でも動いてみろ、この女の首を切る!」

 レティシアはなんとか外そうと首に手をやるとひんやりとした感触がした。どうやらペーパーナイフのようだ。

「レティシアを離せ!」

「離すわけないだろ?ここでこの女を殺してもこの足ではヴィクトルには勝てないからな。大事な人質だ。こうなってはもう国にはいられない。

 この女の命と引き換えにオブラン伯爵家に身代金の要求をしてそれを持って国を出るまでこの女を連れて逃げるのみだ!」

「そんな事をしても無駄だ!クララック公爵はこの事を知っているのか?」

「知るわけがないだろう?あいつの母親は先王の妹だ。領民たちを大切にするように教えられている。

 だから常に領地に行ってあれこれやっているよ。僕はあんなことしたくないんだ!

 何故高貴な血の僕が領民の為に働かなければならない?領民が僕の為に働くべきだろう?」

「そんな理屈は通らない!」

「そう今のこの国では通らない。だから僕が王になって、庶民たちを動かしたいように動かす。

 僕が満たされる為にはそれしかないんだよ!」

「もしかしてそれで王家に怪しいハーブティーを贈ったの?」

「察しがいいところは嫌いじゃないよ。僕の言いなりにして王位を譲らせようと思ったんだ。僕だって王家の血筋を引いているからね。継承順位はかなり下だけど。

 反逆の仕方も兵隊を使って戦うだけじゃないんだ。あの薬があれば簡単にできることだ。

 まあもう無理だがな」

 じりじりとレティシアは引きずられながら部屋を出る。

「もう逃げられないんだ。諦めろサロモン!」

 ヴィクトルが叫んでいる。レティシアの首にナイフの刃が食い込んだ。

「やめろ!」

「あの病院にいる。1000万バロンと通行証、それから逃走用の馬を用意しろと伝えろ」

 少しずつヴィクトルと距離が離れていく。首筋をつーと血が流れるのを感じた。

「レティシア!」

「私は大丈夫!早く陛下に伝えて!あのハーブティーを飲まないようにって!」

 レティシアはそのまま引きずられるように店から出され、裏道を通って病院へと連れらていった。


 レティシアは待合室に投げ出された。

「なんなんだおまえ?伯爵家といえど貴族だろ?男三人倒すなんてありえないんだよ!」

 サロモンがレティシアに叫ぶ。刃物が首から離れたことで冷静になったレティシアは周囲を観察した。

 投げられるものはない。相手は怪我をしているとはいえ剣術や体術を習得させられたであろう上位貴族の息子だ。

「はあ。君のことを甘く見ていたよ」

 サロモンも冷静になったのか口調が落ち着いたようだ。

「君が薬を取りに来たと知って父親に渡すんだろうとは思ったが、まさか自ら乗り込んでくるとは。呆れるよ。

 貴族の娘なら家で大事に守られてるものだろ?」

 レティシアが隙がないかサロモンから目を離さないようにしながら更に周囲を観察する。

「あー、その目が気に入らない!反抗的な目だ。大人しく僕と婚約していればいずれ王妃になれたというのに」

「絶対に嫌よ!それに私は王妃になりたいなんて思ったこともないわ!」

「うちの姉上はずっと言ってるよ。王妃になるのは自分だってね。聞いていてうんざりだ。何度も断られているくせに。見苦しい。

 姉上に王妃の器があればなれてたんだよ。ないからなれなかった、それだけだ」

「あなたにだって王の器はないわ!民をこんなふうにしてどうしたかったの?」

「簡単なことさ。ハーブティーには中毒性があるから飲み続けると判断力が鈍ってくる。

 そこへ王族には民を守る気持ちが感じられない、と人形たちに騒ぎを起こさせる。人形は多ければ多いほうが良い。同じことを繰り返して騒ぎ働くことを拒否させる。

 王都の経済が止まり始めたら僕の出番だ。人形たちが王に相応しいのは僕だと騒ぎ始め、判断力が鈍っている王に譲位を迫って王位を僕が継ぐ」

「そんなの簡単に行くわけないじゃない!他の貴族や臣下が認めないわ!」

「王が譲ると言えば譲られる。それがこの国だ。それ以外は反旗を翻して戦って勝ち取らないとならない。

 今、王都で何人死亡していると思う?」

「え?あの薬でってこと?」

「それもある。あとはチャンパオ商会から手に入れた興奮剤。飲み屋にこれを混ぜるとより酒が上手く感じて飲む量が増えると言って、試供品としてここ2週間配っている。

 実際に酒の消費量が増えたと店主たちに喜ばれて引き続き買ってくれる店が増えたよ。まあ二度と来れない奴もいただろうがな。

 それを使えば暴動が起こせる。興奮した人間を抑えるのは大変だ。

 しかも騒いでいるだけでは兵士も警備隊も手を出せない。

 そこで王位の座を譲れと叫ばせ続ければさっきと同じ結論だな。死人の少ない実に安全な反逆だよ。

 3つが重なって僕が王になるはずだったのに、それより早く動いた人間がいた。

 君たちだよ。でも完全に先を読めていたのかい?」

「何を言っているの?」

「僕も失敗したけど君たちも失敗した。

 さあ話はこれで終わりだ」

 サロモンがレティシアに向かって何かを投げつけた。それがレティシアの足元に落ち一瞬閃光が走る。

 あっ!と思った時にはレティシアは床に引き倒されていた。その上にサロモンがのしかかる。胸元から何かを取り出すとレティシアの顎を固定した。

「これを飲め!」

「嫌よ!そんな何かわからないもの飲むわけないじゃない!」

「話を聞いていたんだろ?これは飲むとほぼ妊娠する薬だ。君が僕の子を妊娠したと知ったヴィクトルはどうするかな?」

 レティシアはこれから起こることを察して口を固く結んだ。そしてサロモンの手を振り切ろうと頭を振るが中々外れない。

「足掻いても無駄だよ。ヴィクトルが陛下や君の父親に話をつける前には終わってるさ。さあ飲め!」

 レティシアは固く口を閉じ首を振り、手でサロモンを手当たり次第に叩き足もばたつかせる。

 体もよじりなんとか逃れられないかと足掻くが腰の上に座り顎を固定されてそれができない。

「さあ、早く飲め!おまえは家でも薬の実験台をしていると聞いているぞ!だから初めての薬の実験台になれるんだ!光栄だろう!

 しかも僕の子どもを妊娠できるんだ!

 僕が国外に出ても大切に育ててくれるだろ?正義感が強いから子を流す薬は飲めまい。

 ヴィクトルの子として育てるか、一人で伯爵家で育てるか。

 それとも僕と一緒に国を出るかい?」

 レティシアは首を振り暴れ続ける。

「君も諦めが悪いね。ヴィクトルはこんな女のどこが良いんだか。言いなりになる女の方が良いだろうに。

 君のせいで僕の計画がダメになったんだから君はその責任で僕の子を妊娠するといい。

 ヴィクトルの顔が歪むと思うと笑えるよ。

 さあ、おしゃべりはお終いだ」

 暴れるレティシアを押さえつけるとサロモンがレティシアの鼻を摘んだ。息ができないようにするためだ。

 レティシアは必死に抵抗すると鼻から指が外れた。良かったと思って思い切り息を吸い込んだ時また鼻を摘まれた。

「あはは!おもしろいね!人間が生きる為に必死になる姿は実に滑稽だ」

 レティシアはまた暴れたが指が離れない。

 苦しい。レティシアが口を開けかけた時だった。中に小瓶が押し込まれ液体が口の中に入ってきた。

 嫌だ!と思ったが息ができずそのまま飲むしかなかった。

「よしよし、いい子だ。ちゃんと飲めたな。あとは楽しませてもらおう」

 レティシアは咳き込みながらこれから起こることに恐怖しながらも、最後の抵抗とばかりに手を振り回しその手がサロモンの頬に当たった。

「尊い僕の頬を叩くとは!後悔してももう遅い!恨むなら己の浅はかな行動を恨むんだな!」

 サロモンの片手がレティシアの腕を頭上で拘束し、もう片方の手がレティシアのブラウスに手をかけた時だった。

 ダン!と音がして病院の扉が開いた。

「レティシア!」

 病院内に入ってきたヴィクトルはレティシアとサロモンの姿に何をしようとしていたのか理解したのか、今まで見たこともないような鋭い視線をサロモンに向けた。

「早かったな。もう準備ができたのか?」

 そう言いながら横に置かれていたペーパーナイフを取ろうとしたサロモンより先にレティシアが握って遠くに投げた。

 刃の部分を握ったからか手に痛みが走ったが気にならなかった。

 ヴィクトルがサロモンを殴ると鈍い音がしてドサリとサロモンが後ろへ倒れこんだ。

 ヴィクトルはレティシアをサロモンの下から引きずり出すと更にサロモンの顔を殴り続ける。

 レティシアは立ち上がるとヴィクトルの腕を押さえた。

「もう気絶しているわ。それ以上はヴィクトル様の手が怪我をしてしまいます」

 ヴィクトルはゆらりと立ち上がり振り向くとレティシアを抱きしめた。 

 レティシアはその温もりに安堵しそのまま意識を失った。




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