次期公爵様に婚約をせまられてますが公爵夫人なんて向いてないので全力で逃げたいと思います
過去作の主人公ソフィーリアの友人レティシアの話です。
お一人様が大好きで結婚に関心が持てないレティシアに婚約を申し込んできた、同じクラスの筆頭公爵家嫡男ヴィクトル。公爵夫人なんて自分には無理と断りたいが、外堀がどんどん埋められていき逃げ場を探して悪戦苦闘するレティシアは、ヴィクトルからの求婚を受け入れるのか?
フランディー王国は大陸の西北にあり、自然豊かで四季折々の風景が楽しめる風光明媚な国として大陸全土に知れ渡っている。
特産品や資源も多く、各領地を治める貴族たちは争いを好むことなく領地経営に勤しみ、王家と領民を大切にする者が多い。王家も同じく、貴族も平民も等しく大切にし、国民にとても慕われていることで有名で、安全に旅行が楽しめる国として他国からの観光客も多く、観光収益だけでもかなりのものが上がっているため、国民の多くが飢えることなく生活できる国である。
そんな中、呆然と立ちすくむ令嬢が一人、頭の中で無理無理無理無理と軽いパニックになっていた。
令嬢の名前はレティシア。オブラン伯爵家の次女である。友人二人と昼休み、学園内のカフェにいたら思いがけない人物に思いがけないことを言われ思わず立ち上がり「はあ????」と口にしたまま固まった。
「レティシア、はしたないわ。注目を浴びてるわよ」
と友人のアスラン侯爵家のルシール。
「これでも口に入れて落ち着いて」
と友人のメルディレン侯爵家のソフィーリアがレティシアの口に小さな苺を放り込んでくる。
レティシアはそれを咀嚼しながら止まった体と思考を動かし始める。うん、そうに違いない。
「どなたかとお間違えじゃありませんか?」
丸い机の四人掛け。目の前に座る美貌に問いかける。
「間違えてないよ。レティシア嬢。来月行われる王宮主催の舞踏会で僕にエスコートさせてくれないか?」
いーや、無理無理。間違えじゃなかったー。何故こんなどこにでもいるような伯爵家の娘に筆頭公爵家の跡取りがこんな話をしてくるのか。
何度も言うが、相手は国内に三家ある公爵家のうちの筆頭公爵家ジョフロワ公爵家の嫡男ヴィクトルだ。
ヴィクトル様ぁと学園の女学生たちが語尾にハートがついてるんじゃ?と思うように呼び掛ける人気者、というか最高物件だ。言い方は悪いが。
先日退学した三年生の第二王子、一年生の第三王子、そして私たちと同学年の二年生筆頭公爵家嫡男ヴィクトル。今の学園は黄金世代と言われる世代である。
そんなヴィクトルがレティシアにエスコートを申し込んでくるなんてありえないことが目の前で起こっている。そしてレティシアはそれを受ける気は毛頭ない。ありとあらゆるところから何を言われるかと思うと怖すぎる。面倒事はごめんだ。断るに限る。
「お断りします!」
レティシアはにっこり笑って返事をした。
「うーん、困ったなあ」
ヴィクトルが少し考えるような顔をする。是非とも他を当たって欲しい。と思っていたのだが。
「じゃあ、婚約しよう?」
「「「え!!!!!」」」
さすがに三人で固まってしまった。これはどうなんだ?血迷ったかヴィクトル様。いや、エスコートを申し込むなんて家族でなければ、好意があるということだが、まさか婚約に一気に飛ぶとか付いて行けない。急すぎるってものだ。
「ダメかい?」
首を傾げて聞いて来ないで欲しい。その美しさに思わず「はい」と言いそうになったのを何とかレティシアは思い留まる。とにかく面倒事に巻き込まれたくない。ひっそり人生を楽しみたいのだ。
だがさすがに婚約となると家門が関係してくるのでレティシアの勝手で断ることはできなくなった。
「考えさせてください」
それしかレティシアはその場で言えなかった。
「そうだね。レティシア嬢、ゆっくり考えてみて」
そう言ってヴィクトルは去って行った。どうやら周囲に話の内容は聞かれていなかった様でいつも通りの喧騒だったが、この机の三人はそうはいかない。
「受けたらいいじゃない。筆頭公爵家よ。悪いどころかいい話じゃないの」
「ルシールの言う通りよ。素敵な話だわ。直接申し込んでくるなんて。政略的なものはないでしょ?」
二人は楽しそうに話している。他人事だと思って呑気なものだとレティシアは二人を見ていた。こんな話が学園内に広まれば、あちこちで悲鳴があがり、身分をわきまえろとからまれそうだ。まあ、言われれば倍にして返すけど。
そんなことを考えていたら昼休憩の終わりの時間を告げる鐘が鳴った。
レティシアは授業後帰宅すると外出する為に着替えていた。
ルシールはソフィーリアの兄と婚約したばかり。ソフィーリアはもうすぐ第三王子との婚約式を控えている。仲の良い二人が結婚に向けて着々と進んでいるからといってレティシアに焦りは全くない。
というか、結婚そもそもに関心がない。しかし貴族に生まれたからには結婚から逃げられないことも分かっている。しかし、オブラン伯爵家としては政略的に結ばれたい家門がないので政略結婚をせまられることはない。
自分で見つけるか、どこかから程よく見合った爵位の家門から婚約の申し入れがあれば従うかと思っていた。しなくていいならそれに越したことはないのが本音だ。
できれば、レティシアのすることに口を出さないでくれる人が良いがそんな人いるかしら?我慢なんてしたくないんだけど。と思いながら着替え終わり門へと向かった。
「レティシア様。本当に気を付けてくださいよ」
レティシア専属侍女サラが言う。
それもそのはず、レティシアはちょっと余裕のある商家の娘といった装いで、オブラン伯爵家の使用人が出かける際に使う家紋の無い馬車に乗り込もうとしているのだから。
「大丈夫よ。心配性ね。ちょっと街まで行って用事を済ませたら帰って来るだけよ」
レティシアがそう言い馬車に乗り込むと、溜息をつきながらサラが馬車の扉を閉めてくれた。
見慣れた街並みを見ながら今日の予定を考える。最初に行く場所は決まっていて、その後はどうしようかなあと考えながら馬車の揺れに身を委ねた。
街の中心部の馬車止めに馬車を止めるとレティシアは御者に銀貨を数枚渡した。
「いつもありがとう。これで何か食べて時間を潰してて。いつもの時間には戻って来るから」
若い御者にそう言うとレティシアは歩き出した。
さて今日の一軒目行きますか。小さくつぶやくと目指す店へと向かった。
しばらく歩くと黄緑色の建物に白い屋根の店が見えてきた。リスの家という看板が下がっている。
レティシアは躊躇うことなく扉を開けた。
「こんにちは。隅っこの席は空いてるかしら?」
「いらっしゃいませ。いつもご贔屓にありがとうございます。お席にご案内します」
給仕が案内してくれた奥の角の席に座るとレティシアはメニューを広げた。
「お茶は季節限定のをお願い。アップルパイは外せないわよね。後はフルーツタルト、クルミのパウンドケーキ、それから、苺のムース、シフォンケーキには生クリームたっぷり、でお願いします」
「かしこまりました」
給仕が下がるとレティシアは店内を眺めた。小さな店でそこそこの人気がある店だ。その為店内で食べるより持ち帰り客が多い。今店の中で座っているのも自分を除けば三組。あと二組入れば満席だ。貴族御用達の高級店とは違うが、それに負けない美味しさがこの店にはあると思っている。
「お待たせしました」
給仕がどんどん注文した品を机に並べていった。レティシアはそれを満面の笑みで眺める。
「ゆっくりおくつろぎください」
給仕が下がるとレティシアはフォークを片手に精霊リューディアとスティーナに恵みを感謝すると食べ始めた。
レティシアのお一人様満喫時間の始まりだ。
「これよこれ。美味しい!!」
レティシアがこの店で一番気に入っている温かいアップルパイ。フォークを刺した瞬間のサクッとした感触と口の中に入れた時のサクサク生地とシナモンが効いたリンゴの甘さにギュと目をつむった。
正直に目の前で五つのケーキを食べても友人たちは何も言わないだろうが、さすがに恥ずかしいという思いも一応あるし、家でも食べられるが店で食べる物はまた別物だ。誰の目も気にせず一人で満喫できるこの時間がレティシアは大好きだった。
学園でもどこのケーキが美味しいとかの話が出るが、レティシアは使用人たちから教えてもらう庶民が行く美味しいケーキ屋さんが大好きで今のお気に入りがこの店だ。
だから一人で行く。共も連れない。貴族らしからぬことに、一人での行動が大好きなのだ。邸に帰れば専属の侍女もいるし、貴族として何かする時は誰かがいる。だが、たまに一人で過ごしたくなるのだ。
ただの一人の人間として。好きなことだけに没頭したい。
馬車で一日半かかる領地にもたまに行く。行けば一人、馬で遠乗りを楽しむこともあるし、木陰で一人読書を楽しむこともある。
何にせよ、一人の時間はレティシアが大好きな時間なのだ。
「これが新作ね」
苺のムースを食べながら独り言をつぶやいて返事がなくても構わない。
そうして五つのケーキをペロリと食べた後は、ふらっと歩きながら街を探索する。今度は目についた薄い小麦粉の焼いた生地に生クリームと果物をたくさん包んだお菓子を買った。持ち帰り専門店だった為、行儀が悪いが歩きながら食べる。周りの庶民は皆そうしているし気にする方が逆におかしいだろう。
そのお菓子が食べ終わる頃にたどり着いたのは、レティシアがお気に入りの服屋さんだ。貴族が着るものではなく、今レティシアが着ているようなちょっと裕福な庶民の娘が着るような商品が並んでいる。
オーダーメイドで作るドレスも生地やカタログを見るのが楽しいが、既製品の服を見るのも大好きだ。
吊り下げられたワンピースやスカート、棚にならんだシャツやブラウスなど。その中からその場で組み合わせしたり、家にあるものとの組み合わせを考えて買うのが楽しいったらない。
今日のレティシアは、黄色のスカートに灰色のブラウスを合わせてある。スカートは前にリボンを持ってくるデザインで、ドレスとは違ったデザインが気に入って買ったものだ。できればこれに合うコートが欲しい。
「赤はちょっとなあ、無難に茶色にしようかなあ。いや、やっぱりこっちの緑にしよう。それから、、、」
レティシアはその後もブラウスやブローチ、マフラーも選んで会計を済ませると、雑貨店を覗いたりしながら馬車止めに向かった。
「待たせてごめんね」
「いいえ、お嬢様にいただいたお金で妹にぬいぐるみを買うことができました。ありがとうございます」
「そう、よかったわ。帰りもお願いね」
そう言って御者の手も借りずに一人で馬車に乗り込むと邸へと向かった。
ちょっと食べ過ぎたかしら。夕食は無理そうね。でも怒られちゃうからサラダだけいただこうかしら。そんなことを考えているうちに昼間あったことなど何故かすっかり忘れ去っていた。
翌朝、レティシアはいつも通り朝の支度を終え、庭で甥のラウルと遊んでいた。今のお気に入りの遊びは追いかけっこだ。キャッキャとはしゃぎ回るラウルを追いかけながら走り回り、時には捕まえたラウルをこそがしたりと遊んでいた。
そこへ執事のアルノーが呼びに来た。なんでも来客が来ていてお父様が相手をしていると。レティシアは取り急ぎ身繕いを整えるとラウルを侍女に託し応接室へと向かった。
「失礼いたします」
レティシアがそう言って入室すると、中にはヴィクトルと父セレスタンが向かい合って談笑していた。その横には母エリーズ。キッとレティシアに視線を向けた後そのままヴィクトルに顔を向け作り笑いを浮かべている。母はどう対応したらいいのか迷っているようだ。
「レティシア。ここに座りなさい」
父の言葉でソファーに座ると昨日のことを両親に伝えていないことを思い出しサッと血の気が一瞬引いたように感じた。
「レティシア。ジョフロワ公爵家のヴィクトル殿に婚約を申し込まれたそうだね」
開き直るしかない。
「はい。考えさせていただきたいとお伝えしました」
「僕も急がないよ。でもできれば、今度の王宮主催の舞踏会までには応えてもらいたい」
急がないも何も一か月半しかないんですけどね。
「レティシア。ヴィクトル様からの申し込みに何故考える必要があるのかしら?」
母である。それはそうだろう。普通の令嬢であれば、ヴィクトルに選ばれたと声高に言いふらす人間が出てきてもおかしくない話だ。
だが、直ぐには応えられないというか、どう断るかが、レティシアの目下の悩みだ。だからといって正直にも言えない。しかも上位貴族からの申し込みに下位貴族が断るなど普通はありえないのだ。余程のことがなければ直ぐに決まって両家で婚約式の日取りが決められる。
「突然のことで驚いてしまって。私なんかが公爵家なんて恐れ多いと不安なんです」
しおらしくしてみると父が穏やかに笑いかけてきた。
「ぎりぎりまで考えると良いんだよ。一生のことだからね。ヴィクトル殿もそう言ってくれているし。確かに次期公爵夫人というのはレティシアが不安を覚えたとしても不思議ではない。というわけで待ってもらえるかい?」
「もちろんです。僕はレティシア嬢に選んで貰えるよう最善を尽くします」
その金髪が目に染みるんだよ、と思いながらレティシアは何とか笑顔を保った。
そしてヴィクトルが帰った後、もちろんだが母に詰め寄られることになる。
「どうしてこんな大事なこと昨日のうちに言わないの!しかも考えさせてほしいだなんて。直ぐに『はい、喜んでお受けします』と応えるのが当たり前でしょ!」
「まあまあ。そりゃ急に次期公爵夫人にと望まれると驚くよ。レティシアはそんな性格じゃないのはエリーズもわかっているだろ?」
父はとにかく優しいのだ。いつも私たちのことを考えてくれる。職業柄一緒にいる時間が少ない分、それを補うように見ていてくれるのだ。
「確かにそうだけど。レティシアに公爵夫人なんて務まりそうにないけれど、こんな良い話ないわ。だって、公爵夫人よ。ジョフロワ公爵家は現公爵夫人も伯爵家出身だし、肩身の狭い思いをすることはないと思うのよ」
「そう急かすな。きっと良い方向になるよ。ヴィクトル殿には安心して任せられる」
ちょっとそれって、ゆっくりと考えたら良いと言いながらも確定として言ってない?と思ってたところへ、
「レティシア!婚約おめでとう!!」
入ってきて抱きついてきたのは姉クラリスだ。この家を継いでいる。
「こらこら、まだ決まってないそうだよ」
次に入って来たのは姉の夫で義兄のケヴィン。その手にはさっきまで遊んでいたラウルを抱えている。
「何でよ~。相手はジョフロワ公爵家のヴィクトル様でしょ?美男で爵位も申し分ない程ありがたい話よ。我が家にはもったいないくらいの話なんだからお受けしないと」
「クラリス。お義父様がゆっくりでいいとおっしゃったそうだから見守ってあげよう」
「え~。もったいないわ。お姉様はカワイイ妹がこの家からいなくなるのは寂しいけれど良いところに嫁いで欲しいです!なのでカワイイ妹はお姉様の意見を聞きましょう!」
姉のレティシアへの可愛がり方はちょっとたぶん過剰だ。年が少し離れているのもあるが、妹へ何かにつけて贈り物をしてくる。出かけたついでに我が子の分と一緒にレティシアの分も必ずあるのだ。
領地へ行けば、領地にあるお店でレティシアの好きなお菓子をお土産に帰って来る。
小さい頃もドレスは姉のおさがりで良いというレティシアに、ただのおさがりでは駄目だと、必ず手を入れて渡してきた。レースが増えていたり、刺繍が増えていたり、リボンが増えていたりと。
ラウルが生まれるまでは時々一緒に寝ようと夫をほったらかし枕片手にレティシアの部屋にやってきて、寝るまでしゃべり続けるような姉なのだ。もちろん幼い頃は姉が絵本を読んで寝かしつけてくれたのは言うまでもない。
とにかく妹を可愛がりたくてしょうがない姉なのだ。レティシアはそんな姉がもちろん大好きだ。だが、それとこれは違う。
「お姉様。ヴィクトル様からもゆっくり考えて良いと言われたので直ぐにお返事するようなことはありません」
「もう!もったいないこと言う子ね。でもきっと良い方に向かうわ」
何故皆良い方向に行くと思っているのか?レティシアは逃げる気満々なのに。
「さあ、レティシアにはゆっくり考える時間が必要だ。皆このことはしばらく禁句だよ」
父がそういうとここで臨時家族会議を終え各自部屋に戻って行った。レティシアもとりあえず部屋に戻ったのだった。
オブラン伯爵家は農業が盛んな領地を持っている。その中でも近年の一番の収益は薬草である。
少し前までは薬草は山や野原にあるものを摘んできて薬草専門のお店に買い取ってもらうのが主流だった。そこで薬に加工し売っている場合が多かった。
しかし、父である現当主が薬草研究が好きで、学生時代も王立学園卒業後薬学研究の専門院で学び、その後薬学研究所に勤めることになった。薬学研究所は難関勤務先の一つだ。
入所してからは子どもの頃から構想していた、どうやったら薬草を人工栽培し、農業として利益が出せるか。その結果、安心でお手頃価格な薬草を誰もが手に入れることができるようにする為にはどんな栽培方法を行なったら良いのか。
領地にたくさん農地があるのを良いことに、当時の当主だった祖父に談判して領地の一部を薬草研究に使うことを了承してもらった。その地域領民にも説明し、手伝ってもらい、薬草栽培研究を進めた結果、今では領地の一番の収益が薬草になった。
荒地になっていた場所も整備して薬草農園を作り、他の作物を作っていた農地も薬草農園にと変更した場所もある。普通の農業をしていた領民は初めは戸惑っていたが、領地に薬草を薬に加工する工場ができ、危険な山で採取する薬草より安価で、庶民に手が入りやすくなったことで多くの賛同者が現れ、今では領地の半分が薬草農園になっていて、工場も大きくなり領民も増え、国内の薬の大半を担っている領地になった。
この期間、約10年。長いようでいて実は短い。
その為国王陛下から父に上爵の打診があったのだが、自由に研究を続けるには伯爵位ぐらいがちょうどいいと断ったのだ。
研究所では何で受けないんだと言われたらしいが、そんなことより更に研究を進めたい父にしたら、侯爵に上がると貴族議会などへの参加が義務になるのでやりたくないので上爵はしたくない。ということだったらしい。今は薬学研究所の所長をしているから、研究に没頭できなくなったとボヤいている。
さすがに所長の打診はお世話になった上司からの指名だったので断れなかったらしい。
それでも研究所に寝泊まりする日のある父に差し入れや着替えを届けに行っていた姉クラリスは、そこで出会った薬学研究所員の義兄と結婚した。伯爵家の次男である。
伯爵家の次男は娘しかいない家の長女に婿入りするか、騎士や文官として働いてお金を稼ぐのが一般的だ。上位貴族ともなれば、領地経営だけで収入が有り余るほどあり、それで生活している者もいるが、やはり独立したい人間が多いのが実情だ。義兄もそんな一人で好きなことを研究してお金を稼ごうと薬学研究所に入所した。父が憧れだったらしい。
そんな義兄に一目惚れした姉はアプローチをし、結婚にこぎつけた。研究に没頭しながらも家族に優しい父の様になって欲しいと思っていたら、本当にそうなったのでオブラン伯爵家は義兄を大切にしている。
領地経営は母と姉でこなし、「男たちは研究して国民の為になれ」が今では我が家の家訓である。
レティシアは母や姉のように幸せな結婚というのを自分ができる自信がなかった。
一応教育は受けた。知識もあるし、公の場に出ても恥ずかしい思いはすることがないくらいには貴族の令嬢らしく振舞える。
しかし、淑女にあるまじき姿で乗馬をし、農作業もする。実は木にも登れるし、大口を開けて食事をするのに躊躇いもない。
そして何より、一人の時間が大好きで、結婚した後の自分の姿が想像できないのだ。家というものに縛られる生活はしたくない。常に淑女として生活するのも耐えられない。
「領地で農業して暮らすのが一番良さそうなんだけどなあ」
レティシアはそんなことを考えながらどうするか一人悩んでいた。