第67話 姫さまと小人族
10階層の暗闇の中。魔物達の前にですら姿を見せることを嫌い、暗闇の中を好んだゴルゴンのラナ。
蛇眼の瞳は、気付かずに周囲の者を石化させてしまう。しかし、それはまだラナが幼く、スキルを制御出来ていなかっただけでしかない。成長し十分にスキルを把握し、熟練度も高くなった今では、見たものを石化させることはない。スキル発動の有無だけでなく、効果時間さえも自由自在にに操れる。
それでも、幼い頃のラナの心に刻まれたトラウマは消えずに残り続けている。瞳を隠すために目を閉じ、閉ざした世界の中では決して笑うことはなかった。
そして、目を閉ざし塞ぎ込めば、蛇達がラナを守ろうと動き出す。それが、更なる悪循環を招き、ラナを恐怖の象徴としてしまった。
しかし、今10階層で見せるラナの表情は明るい。
「ホビホビッ、ホビホビッ、ホビホビッ」
それは、ブランシュが見つけた小人族の使い魔。
使い魔とは、ダンジョンに未練を残し死んでしまった冒険者の魂。魂だけの存在の使い魔に、石化は効果がないが、それだけが理由でなはい。
そんじょそこらの、ただの使い魔ではなかった。
第13ダンジョンは、ブラックアウトを起こし崩壊した始まりのダンジョンを再利用している。永き時を経ても、依然として地中に残り続けた強い未練を持った魂。それが、ダンジョンの復活にともない、再び姿を現す。
そして、ブランシュが見つけた小人族は、ブランシュよりもラナに強烈に反応する。
「見つけた、姫さまホビよ。皆、姫さまが見つかったホビ」
「うおっ、あの美貌! あの美しい髪は、伝説の姫様で間違いないホビ」
「遂に一族の念願が叶う時がきたホビ」
灯りの無い暗闇の中ではあるが、地中に暮らしていた小人族は夜目が利く。あっという間にラナに群がる三十体の小人族。
そんな経験の無いラナは、小人族に圧倒されて、何の抵抗も出来ずに囲まれてしまう。
「ホビホビッ、ホビホビッ、ホビホビッ」
興奮している小人族は、早口で何を喋っているか分からない。ただ、敵対心が無いことだけは伝わってくる。
しかし、身動き一つ取れないラナを護る為、頭の蛇達が威嚇を始めると、状況は一変する。興奮した小人族のテンションが急に冷静さを取り戻すと、目付きが鋭くなる。
足元に群がっていた小人族が、急にラナから距離を置く。そして、1人だけ取り残された小人族が、ニヤリと笑う。
「さあ、噛み付くホビよ。ほれ、毒を飛ばしてみるホビ」
不敵な笑みに、気圧される蛇達。
「皆、気をつけるホビ。一滴たりとも溢すことは許されない聖水ホビ」
後ろに下がった小人族は、それぞれが試験管やビーカーを片手にし、じわりじわりと近付き始める。
この小人族は、錬金術に秀でた一族であるらしい。自称であり、過去を知っているわけではないが、ザキーサやマリアナも微かに記憶にある一族。
ザキーサもマリアナも、まともな思考の持ち主ではない。その両者の記憶に残るくらいの存在であれば、正常なわけがない。
「ホレ、どうした?早くするホビよ。自慢の毒を見せてみるホビよ」
ラナを護る存在の蛇達も、小人族の前では恐怖や畏怖の象徴とはならない。小人族の好奇心を満たすための1つのピースでしかない。様々な蛇が持つ、数多の猛毒。
そして美貌を兼ね備えたラナは、勝手に小人族に姫と認定される。
「どうした?そんなでは、姫様は護れんホビ。ホビ達なら新しい力を開花させてやれるホビ」
「ホビホビッ、ホビホビッ」
こうして10階層の主、ゴルゴンのラナが誕生する。
小人族が、錬金術に没頭すればする程に、ダンジョンの中は毒に汚染され、冒険者達の生命力を奪う。
「マリク、残念だったな?」
「何がっすか?」
「ラナに惚れてたんじゃなかったのか?」
マリクの情熱が、殻に閉じ籠ったラナの心を開こうとしていた。しかし、急に現れた小人族の猟奇的な行動が、ラナの殻を粉々に破壊してしまった。
「何言ってるっすか。ずっと、ブランシュさん一筋で、浮気なんてあり得ないっすからね」
「じゃあ、ラナの担当はシーマにでも任せるかな」
マリクとラナの仄かな恋の物語は、まだまだ始まらない。




