第64話 第10ダンジョンの誘惑
第10ダンジョンは、下位ダンジョンの中にあっても特殊な存在になる。ダンジョン間の熾烈な順位争いの中で、唯一好きなことだけに没入している。
だから、ダンジョンとしての規模は小さく、序列も10番目。それでも、最下位のダンジョンとならないだけの力がある。
「先輩、連れてきたっすよ」
第10ダンジョンの使者を連れてきたのは、第13ダンジョンの最下層につくられた、小さな会議室。窓はなく、外の様子を伺い知ることも出来ない。
出来たばかりのダンジョンでもあり、質素な造りで広くもない。現存する第6ダンジョンや、ザキーサの趣向を完全に排除している。
それでも、ニタニタと不敵な笑みを浮かべる第10ダンジョンの使者。そして徐に取り出した出したのは、光輝く銀色の塊。
「我が主ノーバ様より言伝てでございます。ミスリル銀とアジノミ草の取引をしたい」
“熾天使”ではなく“我が主”と言ったことにも意味がある。神々の意志に忠実に従う熾天使としてではなく、あくまでもノーバ個人の意志で動いている。
そして、取り出されたミスリル銀も、普通に出回るような代物じゃない。徹底的に不純物を排除し、さらに上質な魔力を練り込んだ超一級品。第6ダンジョンで扱っていたミスリル銀と比べれば、屑鉄にしか見えなくなる程に質が違う。
「どうですか?ミスリル銀の中でも、これでだけの純度は、かなり価値があると思いますが、如何でしょうか?」
「取引としては有り難い話ですが、アジノミ草とは中々レアなものですね。ヒケンの森を探しても、どれ程見つかるかは分かりません。恐らくは、取引として成立する可能性は低いでしょう」
「我が主は、駆け引きは好みません。この場で、イエスかノーかを決めて頂きたい」
強気に即決を迫ってくる使者だが、相変わらず顔はニヤついている。この取引に絶対の自信があり、断られるとは思っていない。
「やけに自信があるみたいだな」
「全てはノーバ様の意のまま動くのみ。無駄な時間を割くお方ではありませんので」
ノーバの探求心によってのみ、行動指針が決定され、それに全幅の信頼を寄せている黒子天使。ワンマンではあるが、繋がりは強固に感じる。
その影響は黒子天使だけに留まらず、ドワーフ族にも影響を与えている。だから、どんな辺境やダンジョンに赴くき、それは第13ダンジョンも例外ではない。出来たばかりの小さなダンジョンでも、好奇心旺盛なドワーフ族の姿があった。
「他にも、未知の薬草があれば取引しろと言われております」
「ああ、そんな物がこのダンジョンで見つかれば、喜んで取引しますよ」
こうして、第13ダンジョンと第10ダンジョンの交易が決まり、ヒケンの森には第10ダンジョンと直結する転移魔方陣が設置される。それと同時に、第13ダンジョンを探索する冒険者の中にドワーフ族が増え始める。
「マリク、回収を急がせろ。アジノミ草を必要以上を見つけさせてはダメだ。特に未知の薬草は絶対にだぞ」
「分かってるっすけどダンジョンの影響で、トレントもドライアドも進化が激しいっすよ」
「まあ良いではないか。中々に上質なミスリルじゃぞ。これが手に入るなら問題なかろう」
手付けとして第10ダンジョンの使者が置いていったミスリル銀を見て、ザキーサは感心している。
「でもな、良質過ぎるだろ。このままじゃ使えない」
第6ダンジョンでドロップさせていたミスリル装備。仄かに光る武器や防具でしかなかったが、目の前のインゴットは輝きが違う。こんなもので、武器や防具をつくれば、まだ階層の少ない第13ダンジョンのドロップアイテムとしては釣り合わない。
「じゃあ、ワシがブランシュの胸像でもつくってみるかの」
「ザキさん……」
「冗談じゃ、冗談。一欠片あれば、十分な装備が造れる。それに、幾らあって困る物じゃあるまい」
ダンジョンの魅力を高めるには、ミスリル銀やオリハルコン、緋々色金といった素材は絶対にかかせない。
「無いに越したことはないが、今は使い道がないだろ。それにアジノミ草と、ミスリル銀が釣り合うのか?」
アジノミ草は植物である以上個体差があり、品質は安定しない。しかし、第13ダンジョンで採取されるアジノミ草は、どれもが特級品。その事が分かるのは、もう少し後のことになってからのことである。




