第38話 使い魔
ダンジョンの中にはNPCと呼ばれる存在がいる。冒険者が困った時やダンジョンの下層で不意に現れる商人。それとなくダンジョンのヒントを与える冒険者。
そのどれもがダンジョンの中では良く見かけるが、地上では見かけない存在であり、素性を知る者は誰もいない。
ダンジョンで命を落とした冒険者の中には、強い未練を残し成仏出来ずにダンジョンの中に留まる者がいる。その魂に、新しく依代を与え実体化させたものが使い魔。
そして使い魔こそが、姿の見えない黒子天使の代わりを担う存在でもある。
「使い魔って、誰にやらせるんっすか?ダンジョンの中のした業務とは勝手が違いますよ」
「そうだな、115代目の勇者パーティーが居ただろ」
「ああっ、確か女パーティーっすよね」
マリクが引っ張り出してくるリストによれば、勇者・狩人・黒魔術師・錬金術師の女4人パーティー。野郎の冒険者集団よりは、洋菓子店での適正はあるように見える。
「でも、大丈夫っすか?今じゃ、男女なんて関係ないっすよ。男だって料理の上手い奴はゴロゴロいますからね」
「黒魔術師に錬金術師なら大丈夫だろ。狩人だってナイフの扱いは上手いんだ」
「……幾ら先輩でも、その判断は根本的に間違ってますって」
「そうか?悪くはないと思うんだけどな」
「じゃあ、勇者はどうするんすか?パーティーの中で立場が逆転するっすよ」
「そうだな、用心棒役をさせればイイ。ブランシュのレシピを狙うバカも出てくるはず」
俺の場当たり的な答えに、珍しくマリクの顔は険しくなってゆく。そして、連れてこられた4人の使い魔。
「これを私たちにやれと言うのですか?」
「これが制服なんだから仕方ないだろ」
ダンジョンに未練を残し使い魔となったのに、与えられた仕事は洋菓子店での接客と調理。おまけに冒険者時代とは掛け離れたメイド服を提示され、頭には天使の輪、背中には天使の羽のついたコスプレ衣装。
「こんなことをする為に使い魔になったのではありません。ダンジョンの中でこそ、私達の力が発揮されるのです」
「でもな、地上もダンジョンの一部なんだ。そこは理解して欲しい」
しかし、俺と使い魔の交渉は纏まらず、話し合いも平行線が続く。
「妾の出番が来たようだな。上手くやってやるから全てを任せろ」
そこに颯爽と現れたのが、亡者の剣士ローゼ。鎧や兜は纏わず、ブランシュとお揃いのエプロン姿。
現在の13ダンジョンは、魔物と冒険者の対立構造が成立していない。まだ廃墟に近いダンジョンでは、冒険者の目的は遺跡発掘か、ガルグイユとの戦闘目的にしかならず、魔物達の仕事はない。
最初こそローゼもミショウも、来る戦闘の日々に向けて魔物達の訓練を行ってきた。しかし、まだ6階層しかないダンジョンで、鍛えた能力を十全に発揮出来る訳がない。
ミショウこそ、ザキーサも居れば付き従ってきた上位竜がいる。強者相手に修練を積むことは出来るが、ローゼは次第にすることが無くなって行く。
そして、時間を持て余したのは、ローゼもブランシュも同じだった。相反する関係の、熾天使と亡者は意気投合し、現在は新商品の開発に取り組んでいる。
「ローゼ、任せろって何を企んでるんだ」
「マネージャーをやってやる言っているのだ。使い魔の接客から、調理の指導までをやってやると言っておる。ありがたく思え」
「暇だからじゃないのか?」
「今ならおまけでカーリーの説得もしてやる。妾の言うことには絶対服従だからな」
そこを突かれれば、俺は何も言えない。俺の頭の中には苦情報告に書かれたカーリーの“呪ってやるからな”の言葉が浮かぶ。聖女だった者が絶対に発することのない言葉。それほどまでに、カーリーの怒りは大きい。
「ああ、任せるよ。どうせ、ブランシュと話は付いてるんだろ」
こうして、洋菓子店ブ・ランシュに4人の使い魔の増員が行われる。
時折店に姿を見せる、ベール姿の長身の女性。彼女こそが、第13ダンジョンの聖女だと噂になるのはもう少し後のことである。




