第36話 宝箱の中身
ザキーサが、アイテムボックスから取り出したのは2つの焼きごて。デフォルメされて熾天使の姿で、宝箱に第13ダンジョンの印として使うのだろう。
「ノーマルと、レア用じゃ」
ランクによって種類の変わる宝箱。でも、同じ木の宝箱でもレア宝箱というものがあり、僅かな違いだが冒険者の心を擽り、コレクター魂を掻き立てる。
焼きごてを良く見てみれば、少しだけ形が違っている。杖を持ち微笑んでいる熾天使には変わりないが、片方はウインクしている。
「こっちが、レア用なのか?」
もちろん、ウインクしている熾天使がレア用。
「当たり前じゃろ。それがレアでなくて何になる。昔に作った物で良ければ、好きに使え」
「だとさ、マリク。仕事が少し減ったぞ、良かったな」
「でも、1個しかないんっすよね?」
「喜べ、俺たちのダンジョンを象徴する宝箱の焼き印を押せる栄誉だ。それを、誰にでも任せるわけにはいかない」
どんなに栄誉と言われても、作る数が半端じゃなく、単純作業の繰り返し。しかも、ただ押せばイイ訳じゃなく、加減が必要になる。
「心配するな。余の造った焼きごては、熱する必要も無ければ、押しミスすることもない。良品率100%の焼きごてじゃ」
アイテムボックスから、ザキーサが木の箱を出してくる。見た感じは、何の変哲もない普通の木の箱。
「ザキさん、これって何すかっ?マジックアイテムっすか?」
「ただの木箱じゃ。最低ランクの木の宝箱に相応しい素材のな」
ザキーサがアイテムボックスに収納していたのは、マジックアイテムでも価値のあるものではなく、ただの木箱。そんなものを収納しているとこを見ると、ザキーサのアイテムボックスは想像以上に大きい。もしかすると、過去のダンジョンの遺物などが丸々眠っているような気がする。
しかし俺と当事者のマリクでは、全く反応が違う。ザキーサのアイテムボックスから出てくるものだけに、更なる便利アイテムであると期待していた。しかし、それが何の変哲もない木箱と聞いて落胆の色を隠せない。
「先輩っ、マジっすか。絶対に無理な自信がありますよ」
「ふんっ、良く見ておれ。この焼きごての凄さが分かるわい」
ザキーサの魔法で焼きごてが宙に浮かぶと。そのままに木箱に向かい焼印が押される。熱せられてはいない焼きごてだが木箱からは煙が上がり、その後には綺麗な熾天使が姿が現れる。
そして、今度は軽やかに焼きごてを当てたかと思えば、最初の倍以上の時間を押し当てたりと、やり方を変えてくる。
「どうじゃ、凄いだろ」
「ああっ、どれも全く同じだな。確かに良品率100%ってのは分かる」
どんな押し方をしても、全く焼き目は同じ。僅かな色ムラや線の太さの違いもない。
「それだけじゃない。どんな木材を使っても結果は同じじゃ。瞬時に材質を判断し、同じ焼き印になる優れものじゃて」
「でも、どれだけ時間がかかるんすか! 1日不眠不休でも24時間しかないんすよ。それに1個すよ、1個しかないんすよ。マジックアイテムに労力と技術をつぎ込むなら、普通のやつが沢山あった方が、絶対早く出来るっすよ」
「何を心配しておる。そんなことは別次元……」
「ザキさん、それはダメだ。ブランシュのダンジョンが、ブラックなダンジョンになってしまう」
ザキーサが全てを言い終わらない内に、俺が制止する。ザキーサが何を言いかけたかを察したマリクも固まっている。多少の無茶振りでも軽口を叩くのに、今はザキーサの力を一端を知ってか、怯えた目をしている。
「分かったよ、そんな目をするな。レア宝箱を作れる権利をやる。中身は、ブランシュのクッキーでどうだ」
全てのブランシュのクッキーが良品となるわけではなく、微妙な形や焼き色で弾かれるものがある。そして、弾かれたクッキーの行方はレア宝箱を作った者の自由。
「シーマ、ズルは良くないぞ!お前は関係ないだろ」
「焼きごてがマジックアイテムなら、ボクの管轄でもある。ザキさんに頼ってばかりでは、堕落してしまうよ」
「ダメっすよ、これはオレの管轄っすからね。はい、そこ!勝手に焼きごてに触らない」
しかし、安易につくったレア宝箱が大きな騒動を起こすことは、まだ誰も予想していない。




