怪盗ささやき 前編
月夜、3階建て以上の建築物の目立つ比較的発達したオイソンの街で、衛兵達に率いられた自警団と数組の冒険者ギルドのオイソン支部の冒険者達が、1人の半面で鼻先まで隠し身体にピッタリ張り付く胸元の開いた皮の繋ぎ服を着た女を追っていた。
屋根の上を風のように駆け、射たれた矢を、投げられた網を、攻撃魔法を、妨害魔法を自在に躱し、あるいは魔法で無効化する。さらに、
「・・ンド・・グ」
追っ手達が上手く聞き取れない程の小声の詠唱で捕縛魔法のバインドリングを唱え、十数個の魔力の輪を追っ手に放ち輪で何名か纏めて縛りあげるようにして捕獲してその場に転がしてゆく。
追っ手は半数は転がされても諦めず追った。
「おのれぇっ! 怪盗ささやきっ!! 逃がさんぞっ」
衛兵隊長の呼び掛けに一応振り向いてくる半面の女、怪盗ささやき。
「別・・しは・・やき・・い・・て・・ので・・さい」
反論? しているようでもあった。
「声小っちゃっ! 聞き取れんっ!! ええいっ、とにかく盗んだ美術品を返せっ!」
「・・から・・無理・・さい」
「何っ? はっきり喋れっ?!」
「・・・」
怪盗ささやきは一瞬困ったような反応をした後、10枚程度のカードを追っ手の足元に投げ付けた。
屋根や道路に刺さったカードは発光し、植物系モンスターのボンデージプラントが10体召喚され、残りの追っ手を全て蔓の触手で捕らえ縛りあげた。
「ぐぅわぁ~~~っ???」
「おのれ怪盗ささやきぃーーっ!!!」
「縛り方が絶妙過ぎるぅっっ」
「す、凄い。素敵・・・」
怪盗ささやきはそれを横目で見届けると、鞭で屋根の一角に被せてあった四角いパネルを破壊して、その下に仕込まれていた魔方陣を露出させた。
魔方陣へ身軽に跳んで飛び乗る怪盗ささやき。
「・・ごめんなさい。ロングレンジテレポート」
魔法やモンスターに縛られて大騒ぎする追っ手達には全く聞こえない小声で言って、怪盗ささやきは魔方陣の補助を受けつつ瞬間移動で消えていった。
翌朝、オイソン駐在の衛兵隊の捜査部と冒険者ギルド支部の調査員や現場調整の事務方の職員等が、怪盗ささやきが逃走した屋根周辺を念入りに調べ上げていた。
午前5時半過ぎだぜ? 勘弁しろよ・・
「やはり今回も逃走経路のあちこちにテレポート補助の魔方陣を仕込んでいたようだな」
昨夜の騒動で首を痛めて固定具を付けている衛兵隊長が、動き難そうに検分しながら言った。
「1つでも起動すれば、テレポート完結後に全ての陣が連鎖自壊して転送先の特定を防ぐ条件付けがされているわ。用意周到ねっ!」
当然のように捜査に加わりつつ、姫号に入ってるディッカが言った。虫眼鏡を使って検分している・・
「え~と、君は? ゴーレム??」
姫号のディッカは立ち上がり、衛兵隊長に向き直った。
「あたしはディッ・・琥珀姫だよ! とある魔導師が造った正義の名探偵ドールゴーレムっ! そっちでシラっとしているのはあたしの助手兼傭兵兼、筋肉担当のダイスケ!!」
急に振られた。
「ども・・ダイスケです。筋肉です。すいません」
先に謝っとこう。
「この方達は??」
手近なギルド職員に聞く衛兵隊長。
「昨日の夕方サポーター登録した旅の方達ですよ。昨日は確か、魔法素材の買い付けに来たと言ってたような・・」
戸惑うギルド職員。わかる。
「怪盗ささやきを油断させる為に敢えて隠していたんだよっ? 名探偵かどうかは心の持ち方でしょっ? さぁ捜査を続けよう! 逮捕にも協力するよ? 捕まえたらいくらギャラが出るの??」
「・・えーと。ま、いいか。ギルドのサポーターだな。場は荒らさないでくれよ?」
衛兵隊長はあんまり構うとややこしくなると直感したらしく、俺達を放置して捜査に戻っていった。賢明だ!
「ディッカ、もうちょい事前に俺に話を通してから進めてくれ。なんだよ筋肉担当って」
「なんか怪盗が美術品を夜な夜な盗み回ってるんだよ? こんなトラブルっ、お金になりそう!」
「毎回それ言うよな」
「ふっふっふっ」
面白がってるだけだと思うが・・
まぁ、タルゴイエの家をハーフエルフのコミュニティに知らせ、あまり状態はよくなかったがユニコーンの角と補強に使えそうな鬣を2房、あとは霊木の琥珀をいくらか買って益々金欠になっていたから、金になるならそれにこしたことはない。
で、ここで一旦、整理しよう。
怪盗ささやき、1月くらい前からオイソンに現れた美術品専門の盗賊だ。一昔前、オイソンが特産の水晶加工陶器のバブルで成金が続出した時に流行った、今は廃業したマービル工房のゴテゴテしい装飾版画ばかりを狙って盗んでいる。
美術的価値はそこそこ程度だが、何しろ昔、このオイソンの街だけで流行った版画なのでレア品には違いなかった。
怪盗ささやきは夜間に仕事をし、素早く身軽で、魔法に長け、使い捨てのカードを介した召喚術を使い、何より声がべらぼうに小さい。ささやき、というのも捜査員達や新聞屋が勝手につけた呼称だった。
単独犯だが逃走手段の確保を毎回きっちりするので厄介な盗賊だった。
その夜、俺達は候補だけてまだ百数十箇所もある版画の所持者の中でも、男爵位の商家貴族の館の屋根の煙突の陰に潜んで見張っていた。ここに来ているのは俺達だけだ。
「ディッカ、いいのかここで? ささやきは区画ごとに盗んで回っているようだが、この辺りは手付かずだぞ?」
「そこが違うのよ。あたしの見る限り、ささやきは区画ごとに美術品を漁ってるんじゃなくて、版画のシリーズや同テーマや同作者の作品ごとに纏めて盗んでいってる! これまで区画ごとになっていたのはオイソンが水晶加工陶器バブルだった頃にあった、地域サロンごとに集める作品の住み分けが金持ち達の間でなんとなくできていたんだよ。成金なんかは特に買った美術品を見せびらかし合うでしょ? それが被ったらつまんないけど、版画のパターンは無限には無いから、サロンごとで張り合ってたんだよ」
姫号のディッカは一気に捲し立てた。おおっ?
「で、ささやきの盗み方は几帳面。同じカテゴリーの物もある程度溜まると次にゆく。たぶん、誰かの注文で盗んでるわ。それも2人ね、系統が2つある。2人の依頼人の立場は対等で片方の趣味で集めたら次はもう片方の趣味で集めてる。1人は暖色系の肉感的な画を好んでるけど、もう片方は寒色系の抽象的な画を好んでる。どっちも本能や情感をタレ流したような混沌気味な趣味で、犯行の几帳面さや、やたら勤勉にリスクに構わず毎晩のように犯行を繰り返す、ささやき本人とのズレがある」
理路整然と話すディッカ!
「それにしてもこれまでの区画から跳んで、この区画の、それもこの男爵の館にしたのは?」
「趣味だけでなく、ある程度連続性があるのよ、林檎の次はアップルリキュール、みたいな。それも段々単価が上昇している。次は貴族区画、前に盗んでる画からの流れと、今回は暖色系の画を好む方の趣味である点、あとは土地勘、仕込みの現実性ね」
なるほど。だが、
「ささやきはオイソンの住人か?」
獲物の特殊性からして土地の人間じゃない気もするが?
「脱出用の魔方陣の設置の執拗さと、追っ手の撃退方法よ。凄い頻度で犯行繰り返してるんだよ? 1人で。手下の気配は全く無い。詳しくないと設置は難しいし、オイソンの住人を傷付けることをかなり避けてる。あたし達みたいに、追っ手全員が地元の者じゃないでしょうけど、土地や住人に親しみがある人物ね。普段は庶民的な暮らしをしてるけど、貧民区じゃないね。これまての犯行は中流住人の区画や商業区が多い。馴染みがあったり、庶民が出入りし易い場所。この区画は貴族区画でも下位貴族で、緑化公園もあって庶民の出入りがわりとある」
「うーん、依頼されたにしても土地に親しみのある、それもそれなりの使い手が誰かの依頼でこんな盗みまくるかな?」
「何か弱みがありそうね。はぐれ魔女かもしれない」
姫号のディッカは考え込む仕草をした。人形の頭身が上がったからか何かの劇でも見てる気になってくる。
「はぐれ魔女?」
「閥に入ってない魔女。閥に入ってる魔女達に絡まれたら立場が弱い場合もあるわ。魔女なら魔法の手際や状況の特異さ、依頼人達の非常識さも説明できる」
魔女の非常識さに関して自覚はあるようだ・・
「それでもこの館に特定できるか?」
「厳密にはできてない。候補は7ヶ所はあった。でも今日ミスっても、次の犯行でかなり絞れる。つまり今夜ここで待つ、ってとこまでたどり着けた時点であたし達は勝ち確ルートよっ!」
「おお~・・ディッカ、賢いな」
ほんとに名探偵じゃないか。
「当然よっ! 元、無敵の大魔女だよ? ダイスケ、あたしのことちょいちょいアホの子だと思ってたでしょ?!」
「いやいやいや」
思うことは・・ある! が、そこは黙っとこう。
とにかくそれから暫く煙突の陰に潜んでいると、
「っ!」
ディッカが反応した。
「向こう! 緑化公園の東側だね。テレポートっぽい反応があった。地面一角が反応して、魔力の消費を肩代わりしてた感じ。魔方陣使ってるねっ!」
「ささやきかっ」
俺達は身構えた。
「バレるからギリギリまで魔法は使わないよ?」
「了解っ」
屋根の上の俺達が息を潜めていると、夜目の利く俺と暗視できる姫号の目のディッカは、果たして、聞いていた通りの風体の怪盗ささやきが風のような素早さで館の塀に飛び乗るのを認めた!
そこで怪盗ささやきは無詠唱か? と思うほど静かにスリープクラウドの魔法を唱えて、あちこちに眠りの小さな雲を発生させて、館の前庭に2人いた番兵や3匹いた番犬を手際よく眠らせた。
ディッカはまだ動かない。
ささやきは塀から飛び降りると慎重に館に近付きだした。このまま館に近付かれ過ぎると角度的に見辛くなるが、ディッカは姫号の手でワンドを握ってじっと待っている。
ささやきが・・ギリギリまで・・近、付いた!
「タイムスロー! レジスト!」
ディッカは時間遅延魔法をさささやきに掛け、俺には魔力耐性魔法を掛けた。よしっ!
俺は既に組みあげてるハルベルトを手に屋根から飛び出した。館の壁を駆け降りる。半面のささやきは面越しでもわかるくらい驚愕の表情を浮かべていたが、俺が壁を降りきる前に魔力だけでタイムスローを解除した! 耐性つえーなっ。
「・・ンド・・グ」
声小っちゃっ! かなり小声で唱え、ささやきは資料通り捕縛の魔力の輪を3つ放ってきた。
この輪は操作できる。俺1人に3つだ避けてもラチがあかないっ。
「んがっ」
俺はミスリル鋼のハルベルトに魔力を込め、強引に捕縛の輪をハルベルトで叩き斬って、前まで駆け降りた。
「っ?!」
益々驚いて、しかし敏捷に飛び退いてカードを20枚も! 俺の足元に放ってくる怪盗ささやきっ。カードからは20体のボンデージプラントが召喚された。現れた途端、全員で触手の嵐だ! キツいっ。
ささやきは迷う素振りを見せたが、すぐに踵を返した。逃げる気だ! そこへ、
「ロックランスっ! フライトぉっ!」
屋根から飛び降りてきた姫号のディッカがささやきの足元から岩の槍を何本も突き出させながら、飛行魔法を自分に掛けて滑空してきた。
足止めはできたが、ささやきにダメージまでは無さそうだった。
「魔法通んないかっ。コール、豆号っ! マリオット!」
降りてきた姫号のディッカは豆号を召喚すると魔力の糸を豆号に放ち、操りだした。加速してボンデージプラント達を薙刀で斬り裂きだす豆号!
「ダイスケ、改めて任せた! タイムクィックっ!」
返事をしようと思ったが、時間が加速してしまった。
俺は俺から見ると遅くなった時間の中を、豆号に翻弄されるボンデージプラント達を避けて通り抜け、ダメージは無いが邪魔らしい岩の槍を魔力で砕いて逃れようとするささやきに迫った。
ミルッカ戦に続いてだが、今回は特に妨害無し、だ。俺はハルベルトの石突きを胴に打ち込んでやろうと迫った。
だが、ん? ささやきの口が動いてる??
「っ!」
加速しているはずの時間な中で、何かを言い終えたらしいささやきは突然素早く岩の槍から脱出した。
タイムクィックだ! ディッカのタイムクィックに即応して自分にタイムクィックを掛けだしていたなっ。
俺はささやきを追ったが、ささやきは不意に振り返ると、ポーションらしい蓋の開いた瓶を迫った俺に向かってブチまけてきた!
ささやきから離れると撒かれたポーション液の加速は消え、ゆっくりと強固にっ! 俺の前に水の壁として立ちはだかった!!
おおおおっ??!!
加速中は方向転換し辛いっ、俺はポーション液の壁に突っ込んだ! 痛ぇっ! 岩の壁のようだっ。目や鼻や口は咄嗟に庇ったが、あちこち裂傷になるっ。それでもポーション液だから切れた側から回復するっ。ぐぉおおっ?! 痛いやら痒いやらっ!
どうにかポーション液の壁を切り抜けると、完全にこちらを振り返っていた怪盗ささやきは半面越しに苦笑するような表情でまた何か魔法を唱え終えていた。
ささやきがゆっくりと魔法式に包まれ、ゆっくりと消えてゆく。
「・・っっ!!」
超じっくりと! 俺は自分がささやきを取り逃がす様子を鑑賞させられたっ。
ディッカはささやきのテレポート反応したらしく、俺の加速を切った。
「何? 逃げちゃった?」
「悪いっ! 上手だった」
「う~っ、取り敢えずこの子達片付けようっ! 館の人達も気付きだしたわっ」
騒ぎになってバレないよう、男爵家には黙って屋根に張り付いていたんだが、すぐに結局大騒ぎになってしまった。
ぐぬぬっ、ささやき・・やるなっ!
怪盗ささやきは事前に転送点を指定していた緑化公園の一角に瞬間移動してきた。すぐ近くの枯れ葉の下に仕込んでいたパネルを鞭で砕いて魔方陣を露出させる。
「・・ビックリした。魔法も人形も使うドールゴーレムと凄く強い人間?? なんだろう?」
蚊の鳴くような小声で呟く怪盗ささやき。と、前触れなく近くの木の枝に止まって潜んでいた梟とミミズクがささやきに襲い掛かって頭をつつき回し始めた。梟とミミズクはそれぞれ宝珠の付いた首飾りを掛けていた。
「い、痛いっ?! やめてっ、やめて下さいっ!」
慌てて頭を庇うささやき。
梟とミミズクの首飾りの宝珠が怪しく輝き、怒鳴り声が響いた。
「しくじったねっ! 全部、物見の玉で見てたよっ!!」
「この間抜けっ! あんなワケがわからないヤツらに追っ払われてっ。アジトに来なっ! 折檻してやるっ」
「逃げたらオイソンの街に火や疫病を放つよっ?!」
「・・ご、ごめんなさいっ、ごめんなさい。街の人を傷付けるのはやめて下さい!」
梟とミミズクにつつかれながら、小声で懇願する怪盗ささやき。
「声小っちゃいんだよっ!」
「イライラするっ!! 早くアジトに来いっ」
「・・はい」
怪盗ささやきは半面の下から涙を溢しながら、梟とミミズクにつつかれながら、魔方陣に入り、
「ううっ・・ロングレンジテレポート」
泣きながら小声で唱え、魔方陣の補助で、梟とミミズクと共に長距離瞬間移動していったのだった。




