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3. 勇者の疑念

 マイア・アークマン。

 この馬鹿げたダンジョン暮らしにおける先輩であり、俺の友であるこの男。わざわざ指摘はしないのだが、全てにおいて非常に怪しい。

 まずはその(あや)しい容姿。さらりと流れる黒髪に、浅黒くつるりとした肌、紫色の瞳はまるで黄昏時のように複雑な光を宿している。身体つきはがっしりとしていて背が高い──此処が普通の街中なら黄色い声が絶えなかったろうに、残念ながら此処には俺と墓守しかいない。故に騒いではやれないが……今度騒いでみようか。怒られそうだからやらないけど。


 怪しいのは容姿だけではない。この男、使う魔法も規格外なのだ。たとえば本人が頑なに召喚術と言い張る腕で墓守を飲み込む少しグロテスクな荒技──あれでは死体も残らない。墓守犬を可愛い可愛いと騒いでいたのはどこのどいつだったのか分からなくなるほど、淡々と真顔で始末するその手際は恐ろしいの一言に尽きた。こいつは地底に人の心を置いてきたのか。

 しかもアイツの武器は腰丈の杖──材質は見たところ樫の木あたりか──だというのに、まるで研ぎ澄まされた剣のようにあらゆる物を切り裂く。なんなんだ、あれ。

 ついでに身体能力も異常に高く、弾丸のように走り、ロケットのように跳ぶ──それがマイアという男だった。

 この男、まさか……そんな疑惑が胸の奥で渦巻いている。出会った当初から、結構常から怪しんでいたのだ。


 こいつも勇者なのではないか、と。


 無論、王道の勇者である俺とは違って、闇堕ちした勇者なのだろう。振る舞いに愛嬌(あいきょう)はあるが、やる時にはしっかり手も汚せるダークヒーロー。なるほど、こいつも俺と一緒に遥か遠い地上世界を救うべく理不尽に異世界転生させられた奴なのかもしれない。陰陽正反対の二人の勇者が、互いにライバルと認め合いつつ手を組む──そんな筋書きなのかもしれないと思えてきた。

 え、魔王だって?

 いやいや、そんなことはあるわけがない。ありえない、起こり得ない。だって、魔王が世界征服もせずに地底で徘徊なんて、とんだ笑い話ではないか! 地底で徘徊している勇者が言う話でもないが、流石にそんなお間抜け魔王がいるとは思いたくないところなのである。

 実のところ、勇者ではないかと疑いだしてからは何度か彼の正体を聞こうとしたこともある。最初こそ誤魔化していた勇者っぽく技名を叫んだり、意味深な視線を送ったり。どれもあっちから言ってきてくれないかなという仄かな期待を込めた──まあ奴は半分も単語を理解していないらしく、いつも「何言ってんだお前」なんて生温い視線を送られるのだが──とにかく俺の健気さを褒めてほしい。


 ただ、間違えた時が怖かった。違った時、間違えていた時を思うとダイレクトには言い出せない。もしも勇者であることを明かした時、マイアが勇者でなかったのなら、友達ではいられなくなるのではないか。だから、うまく誤魔化すしかなかった。

 例えば、「ゆ、勇者様!」と傅かれたらと思うと恐ろしい。「これまでご無礼を働きました……」と頭を下げられて一歩引いた対応をとられたら、恐ろしい。「勇者たる者、こんな場所でなに油売ってんです? 失望しました」と冷たい目を向けられて、こんなことを友達(マイア)に言われてみろ! ああ、恐ろしい!


 折角気楽な関係を保っているのに、あと何階層あるかも知れないのに、いきなり旅が重苦しくなる恐れがあるのだ。

 この世界の勇者(・・)が人々にとってどんな存在なのかは全く知らないが、読んでいた小説では(けな)されるか(あが)められるか(すが)り付かれるか……要は何かしら心の距離を置かれるような、そんな立場なのである。マイアとは気楽な友人同士でいたいのだ。

 墓守との戦闘後、今夜の食材にしようとはしゃいでいるマイアを横目で見る。こいつが実際なんなのかというのは、開けてはいけないパンドラの箱だ──しかし、溢れる好奇心もまた抑えきれず、俺は思いつきで話している風を装って軽く聞いてみることにした。


「な、なあ、もしもだけどよ」

「あん、どうした?」


 マイアは慣れた手つきで墓守を捌いている。何気なく聞けばいい。何気なく、さりげなく──


「あー、いやさ、俺が勇者だったらどうする?」

「はあ?」


 途端、マイアの視線が尖る。包丁代わりの杖を止めて──杖で肉を捌いていたのかコイツ──じっとこちらを見上げる。まずった、やはりデリケートな話題だったか!

 しかし、勇者の存在に圧倒されていると言うよりも、むしろ……


「お前、まさか、勇者なのか?」


 低い声で唸りを上げた。


「お、おいおいおいおいマジになるなって! あー、その、仮定の話だよ。あんたもやんねえの? もしも俺が王様だったら何をしたいとかさ」

「いや、するまでもないからな……」

「今なんて?」

「なんでもない。いや、そもそもお前が勇者じゃないのは当たり前だろう。お前も僕もただの愉快な遭難者だ」

「……愉快?」


 甚だ不服な評価を下されていた。マイアはポンと僕の肩に手を置いた。


「安心しろよ、間違えてもユイシスが勇者なわけがねえのはわかってる」

「お、おう」


 眼光を和らげてマイアが言うが、勇者に見えないのもそれはそれで悲しい。俺は勇者だ。


「そもそも勇者がこんな辺鄙なところにいるわけないだろ。くくく、世界を救うはずの勇者が迷宮で迷子って……」


 言いながら肩を震わせる。うん、俺は何も言い返せない。俺だって不思議でならねえよ、なんでこんな所に転移させたんだよ、本当に。

 捌き終わった肉を一枚一枚葉っぱに包んだものをマイアから受け取って、技能・保管庫スキル・ストレージに仕舞い込む。このスキルは保存した時点の状態で、ありとあらゆる物質を半永久的に保存できるので、極めて便利なものだ。……なのだが、使うたびに猛禽類のような目でマイアが見てくるのだけは勘弁被りたかった。聞けば羨ましいとのことだが、彼はどうにも使えないらしい。

 マイアは物欲しげな、獲物を狙うような目線で恐ろしいことを呟いた。


「──でも、そうだな。お前が勇者だったら、下の階層に蹴り落としてただろうな。ついでに墓守も上から追加で落としてやるし、なんなら俺の召喚獣の腕も添えてやろう。勇者ならそれぐらいを乗り越えてもらわねば」

「マイア、さっきから思ってたけど勇者になんか恨みでもあんのかよ⁈」


 びっくりして大声を出してしまう。いやいや、こいつ勇者に親でも殺されたのか……? そう思ったのだが、聞いて更にびっくり。


「いや、今は(・・)特にないな」


 ──恨みはないのかよ!


「っていうか、今は(・・)ってアンタ、先んじて恨みはらしておくとかそう言うことか⁈ 聞いたことのねえ先払いシステムだな!」

「芽は摘むべきだろ?」


 悪びれもなく言い放つその様に、俺は心底思ったのだった。

 ──よかった、勇者だって言わなくて!

 ほっと胸を撫で下ろす。危うく友達どころの話ではなくなるところだった。

 しかしこの地底人(マイア)、なぜ勇者を嫌うのだろうか……。

 疑念を薄めるために尋ねたはずが、益々謎が増えただけである。

勇者だって隠す気はあります。アホなだけで。

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