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1. 勇者の場合

 異世界転移。

 昨今の異世界系小説を読み漁る読者諸君であれば一度は夢見るであろうこのシチュエーション。死か、はたまた眠りか、それによって強制的に異世界に送られ、過剰な加護、能力、使命を与えられた勇者(・・)として魔王討伐の旅に出る──とまあ、大方はそんな具合だろうか。

 さて、俺は勇者として異世界転移してきた。

 俺の過去はどうでも良いだろうから今は割愛するとして、問題は転移先だ。

 御多分に漏れずこの世界には魔王がいて、そこから人間の世界を救うのが俺の使命らしいと、神を名乗る存在に説明されたのは覚えている。神の都合に人間が振り回される──これはよくある話。

 それならば何故ウンヌン王国の神殿だとか、カンヌン帝国の宮殿だとかに転移させなかったのか! はたまた普遍的な街中でだって良いし、農村だとか、要は出だしくらいは何故安心安全(・・・・)な場所に転移させてくれなかったのだろうか! 俺はある日突然、異世界のダンジョンに放り込まれていたのである。


 悲しいかな、俺が転移させられたのは岩だらけの洞窟の奥底──技能・地図作成(スキル・マッピング)で見たところによると、万物之墓場なんて大層な縁起の悪い名前の地下迷宮(ダンジョン)の──気が遠くなるほど地底深くの階層だった。ここで目覚めてからは、転移させた神々からの説明もない。どんなに叫んでもなしのつぶてなのだ。

 とんだ災難である。


「……いやこれ、世界救う前に俺が大自然に淘汰(とうた)されそうじゃん」


 思わずそう口走るくらいは許されたい。

 そもそもこの地下迷宮(ダンジョン)、一階層一階層がやたらめったら広いのである。当然入口から出口は見通せない。俺はまだ岩場しか見たことがないが、結構色々な地形の階層(フロア)があるというくらいなのだから、脱出した頃には魔王が新世界を築いていても不思議ではなかった。

 勇者の役割を果たす前にジ・エンド……そんな悲しい結末さえ有り得そうな状況なのである。

 転移の際に神々から与えられたものは、(ここからの脱出以外は)大体なんでもできる万物之技能(マルチ・スキル)──よくよく考えると今いる墓場の名前と微妙にマッチングしていて嫌な気分である──と、無駄にでかい聖剣マルグリッド。なるほど、確かにこれさえあればなんでもできた。聖剣を軽く振るえばここまでに来る道のりで(おそ)ってきた奴は大抵倒せたし、(こけ)や植物を技能・分析(スキル・アナライズ)しながら、毒物とそうでないものとに分類し、細々とかじって夜を明かすこともできた。


 最初のうちは転移先の階層(フロア)彷徨(さまよ)っていたのだが、待てど暮らせど神々からはなんの説明もなく、ただただ虚しく地下生活の日々が過ぎていく。いよいよ世界救済に間に合わなかった勇者となる未来が濃厚になってきて焦ったこともある。

 それに、地下深くでいつまでも閉じこもっていても仕方がないので(長居するならせめてもう少し景観のいい場所がいい)、とりあえず上を目指すことにしたのだ。

 下に降りる手段もあるようだが、向かうなら上の方がいい。と、言うのも……


「ユイシス、そろそろ休もうか」


 旅の仲間が此方を振り返った。

 こいつの名前はマイアという。あれは──何日前か忘れたが──俺が延々と孤独に彷徨(さまよ)う地下生活に辟易(へきえき)としてきた頃。そんな中で、この男と出会ったのである。

 地面の穴から這い出してきた時は新手の魔物(モンスター)か、はたまたよくある親玉(ボス)かとも思ったのだが、違った。話を聞けば、なんと俺と同じ人間だったのだ。人間ならばなんでそんなところにいたんだ、アンタは──自分棚上げでそう思ったのは秘密だ。

 マイアは男の俺も驚くくらいの美丈夫で、決して背が低い方ではなかった俺を悠々と見下ろす長身を誇る彼は、なんと物心ついた時からこの地下迷宮(ダンジョン)にいるらしい。どうやら最下層から延々と登ってきたようで、最下層にいた彼が地上を目指すならと俺も一緒に上を目指すことにしたのである。


「そうだな、まずは飯にしようぜ。腹ペコだ」

「お前はよく食べるからな。支度をしよう。少し待っていろ」

「頼む」


 俺は背中の大剣を下ろすと、どかっとその場に座り込んだ。

 さて、眉目秀麗なマイアは、なんとも不公平なことに料理の腕も大変ウマイ。この得体の知れない地下迷宮(ダンジョン)彼方此方(あちらこちら)から上手い具合に──決してその内訳は聞きたくないので普段は何も聞かないのだが──とにかく材料を集め、いい具合に味付けをして、レストラン顔負けの逸品に仕上げてくる。

「今日はそうだな、干し肉を使おう」

 ──まて、アレはなんの肉だ。ド紫だぞ。

「拾ってきた骨と花も使うか……」

 ──あの骨はどこから採ってきたんだ?

「あとは肉が少ないから、魚だな」

「流石に待て、ここ魚いんの⁈」

「魚くらいいるだろ」

「地下迷宮にか⁈」

「あー、幾つか下の階層……お前と会うひとつ前だったかな。そこが湖だったんだよ。まだ数階層しか登ってないしな、食いたいならまた降りるか?」

「戻・り・た・く・ね・え」


 俺は強く否定しておいた。この男、自分が地中深くにいる自覚がないんじゃないのか。地底人だからそれが普通なのか。俺にはわからない。

 それにしてもこの地下迷宮(ダンジョン)、海まであるとは驚きである。なんとも不思議──何でもかんでも捨てられた万物之墓場(・・・・・)というのは、あながち間違いでもないようだ。


「最下層は廃墟になった神殿があったな。あそこはまだマシな環境かもしれないぞ。擬似的な空もあるし、湖もあるし、森もある……はは、お前と会ってからは岩岩しいところばかりだ」


 ははっと笑う姿は小憎たらしい。


「安心しろ、不貞腐れるな。上の階からは水の音がする。上に行けば水を見れるかも知れないぞ」

「……上の階層の音が人間の耳に聴こえるわけねえだろ」

「……おお、まさにそうだな! 確かに聞こえないがそんな気がする、そう僕は言ってみただけだ!」


 言ってまたがははと大笑いした。こいつはたまに頓珍漢(とんちんかん)なことを言う。

 少し経って湯気を立てて出来上がったのは三品。主食はないが、それはこれからの階層に生えてることを期待するしかない。


「……メニューは?」

「聞くのか?」

「たまには知りたいだろ」


 いつもなら聞かないが、今日は好奇心で聞いてみる。もしかしたらマトモなモノかも……なんて思わなくもなかったので。往々にして期待というものは裏切られる傾向にある。


墓守猪(はかもりいのしし)の干し肉と苔のスープ、地底魚の塩漬け焼き、デザートは未知果実の甘露煮、王族蟻の蜜仕立てだ」

「……待て、マイア。墓守(・・)食うの?」

「割と美味いだろうが」

「食ったのかよ!」


 墓守(・・)というのはこの地下迷宮(ダンジョン)における魔物(マイアに言わせると全く違うそうなのだが俺にとっては魔物は魔物)の総称である。ここが万物の墓場という名なので墓守、いたってわかりやすいネーミングだ。

 墓守たちは様々な姿を持つ。人間のようであったり、動物のようであったり、植物のようであったり。そうかと思えば目玉が縦に六つ並んでいたり、口が十字に裂けていたり、腕が身体中から生えていたり……とまあ、見た目は極めて不気味極まりないのだが。


「そいつを食うのか……」

「何回も食ってるじゃねえか」

「マジか、アンタ俺に何を盛ってんだ……」

「食事に関しては一任したのはお前だろ。お前が気にするから人型のはつかってねえし、毒もない。お得意の技能(スキル)で見てるくせに臆病だな」

「毒の有無っていうかだな、これは心の問題なんだよ……」


 マイアは特段奴等の姿には動じない。普通に街ゆく人や、売られる野菜や、或いは可愛い動物を見るような目であの異形の墓守たちを見ている。肝が座っているのかなんなのか……。

 大変悔しいことに、味はいつもながら美味しかった。獣臭さのない干し肉は茹で戻されて柔らかくなり、肉と苔の塩味が効いていてスープは空腹に染み渡る。地底魚もギョッとする見た目さえなければ、臭みも上手く処理された美味しいものだし、デザートのよくわからない果実も瑞々しい中にしっかりとした食感があって美味しかった。


「悔しい……美味(うま)かった……。でも俺は普通の食材でアンタの料理が食いたいよ……」

「地上に上がるまでは墓守(それ)で我慢だな」

「ええん、なんたって俺らは野郎二人で地の底を這い回ってンだよう」

「泣くな、ばか」

「ばかはマイアだ」

「なんでだよ」


 泣き言を言ってはいるが、こうしてわいわい二人で言い合うのも悪くはない日課だった。



+++



 さて、食後の満腹感でウッカリ忘れかけているが此処は地下迷宮(ダンジョン)だ。長閑(のどか)な村の一角や街角ではなく、地下迷宮(ダンジョン)。即ち──


「ユイシス、あいつらが出たぞ」


 ──俺たちの命を狙うような墓守共が時間を問わず出るわ出るわ、そんな空間なのである。

 僕は皿でも洗っとくから──そんなあんまりな事を言うが、別にマイアが非道なわけではなく、戦闘に人を割く必要がないからだ。墓守が群れで来ても、大体はどちらか一人で片付いてしまう。勇者の俺と、地底人(?)マイアが同じ戦闘力と言うのも中々苦い話ではあるが……、余程の相手ではない限り、片方が片づけをして片方が墓守の相手をする。そう言う風に決めていた。

 なのでマイアは振り向きもせずに広げた荷物を片付け、使えそうな草は引っこ抜き。まるで此方に興味の欠片も向けない。

 俺は大剣を構えると、飛来する墓守──今回は蝙蝠(こうもり)の姿をしていた──を叩き斬る作業を始めた。

 魔力を通さない大剣は、聖剣らしからぬ地味さが魅力的だ。それを右に左に振り回し、叩きつけては斬っていく。手こずる相手ではないが──それにしても数が多い。非常に手間がかかる。

 ちら、と振り返るがマイアはやはり背を向けていた。信頼してくれてるのだろうが、敵がいて振り返らない、それはそれでどうなのかと思うが……。

 マイアが見ていないのならと、光の魔法──聖なる力を剣に宿す。墓守は光に弱いのは経験から知っていた。普通に叩くよりもずっと効率が良い。

 そう言えば、下の階層で覚えた新しい技でも試すかと力を込めて──


神聖なる光の一撃セイクリッド・ホーリークラッシュ!」


 ──おっとっと。

 大剣が白光を纏い、眩く輝き──しまったと俺は思ったが遅すぎた──振り抜いた斬撃に乗って幾多もの光の輪が奔る。

 遅れて、爆音。

 しかしこの地下迷宮(ダンジョン)、余程丈夫なのか揺れひとつしなかった。


「……」


 仰々しく技を叫んでおいてなんだが、背中に痛い視線を感じた。俺の正体は、マイアにも秘密にしていたのである。

 それなのに派手にやってしまった。これには流石のマイアも驚くかな──と振り返る。


「ユイシス、お前……」


 いや、ドン引きだった。片付けは既に済んで、半目で此方を見る。やめろ、そんな目で見るな。


「お前、まさか……それ聖剣マルグリ――」

「気のせいだ! 気のせい! そんなわけねえだろう!」

「いや、今のは聖剣マルグリットじゃ」

「聖剣のオマージュだ! そういうのに憧れる年頃! 今のは爆発魔法を剣筋に合わせて発動させただけだ!」

「お、おう、そうか、お前は派手なのが好きだもんな……」

ゴリ押しで、どうにか誤魔化せた。


 地底生まれ・地底育ちのマイアは何処か感覚がズレている。納得していなさそうな顔をしながら、それでもその場は誤魔化されてくれるのだ。優しさとして受け止めておこう。


「それはさておき、いつも謎なんだが……何故お前はいちいち技名を叫ぶんだ? ホーリーだのセイクリッドだのよくわからん単語だし」

「えっ、そういうもんじゃねえの?」

勇者って! ……え? 違う?


 マイアには今後も俺の正体は言うつもりはない。こんなトンデモ空間で苦楽を共にする友だからこそ──親友だからこそ、絶対バレたくない。

 勇者(・・)だとバレて、妙に距離を置かれでもしたら堪らないのだ。

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