四話 得物<パートナー>
一日一話! テンション低いと無理っすよ。
「嘘、でしょ……?」
ギルド、ルーテトラ王国バテントレ支社の受付嬢、ベリル・マルトーは驚愕の表情を浮かべて呟き。
「っくく、本気でこんなに狩ってくるなんて……プッハハハハハ!」
その支店の訓練教官、グレニー・トットンは対照的に大笑いを上げた。
二人が視線を落とすのは、依頼受注書。
その依頼受注書は依頼完遂の判子が押されており、遂行者の名前とその結果、討伐したモンスターの数が書かれている。
「オーク72匹にグレートオークだと? オーク100匹より凄いじゃねーか! アハハハ!」
「まさかとは思うけど……、一人で?」
AAランク以上の冒険者ならこれくらい出来るだろうが、問題は行った人物がEランクだったと言うこと。
勿論彼女だって、ギルドランクと実力に表示の差がある事位は理解している。
だがその人物は、武器や防具を着込むだけで動けなくなりそうな、細腕の少女。
どうしてもベリルには、この戦果と少女のイメージがかみ合わないのだ。
「こんな結果を出す奴に負けたってんなら、寧ろ清々しいな」
何とか笑いを押さえたグレニーが、荒い息で言う。
「グレニー、一瞬で負けたって言ってたわね?」
「ああ、ブロードソードを小枝の様に振り回すんだぜ。 あれならAAランクの奴でも苦戦するんじゃねーか?」
「やっぱり凄腕なのかしら……」
「『超』凄腕、だな。 俺も人の事言えんが、見た目に騙されてあっさりやられる奴が増えそうだ」
「気になる、わね」
「顔が見たいし、素性を知りたいってか? 止めとけ止めとけ」
顔が見たい、それならまだ笑って許してくれるだろうが。
深入った素性を聞くなど無神経にも程がある。
「女で顔を隠すフードの下は美人で凄腕って、どう見たって事情があるにしか思えないんだがな」
「う……ん、まぁそうよねぇ」
顔を見て寄ってくる男が煩わしいから顔を隠す、なんてこともあるだろうけど。
こう、何かしこりのような物が残り、今ひとつ納得できない。
どっかの貴族様、なんてのもありかしら……。
「まぁ……、いいわ。 まずはやれる事をやるんだから!」
「どうせ『ランクアップ祝いに〜』とかだろ? それで仲良くなって聞きだそう、とか見え見えだぞ」
「良いじゃないの、純粋に仲良くなりたいだけなんだから」
やれやれとグレニーは肩をすくめる。
「あんま深入りすんなよ」
「それは私の勝手よ、まぁ拒絶されるならささっと止めるけど」
「すみません、余り関わらないでください」
後ろから聞こえた声に、え? と声を上げて振り返った。
居たのはフードを被った、私より頭一つ分ほど小さい女の子。
「えっと、あの……聞いてた?」
「すみません」
隣では口を押さえ、必死に我慢をしているグレニーが居た。
こいつ、居たこと知ってたわね……!
「仲良くしたいと言うのはお気持ちは嬉しいのですが、正直に言いますと誰にも関わって欲しくはありません」
きっぱりそう言われた、ウワァーン!
隣ではグレニーが「それ見ろ、言わんこっちゃ無い」といった眼差しで私を見ていた。
本人が嫌だというなら、宣言通り手を引くしかない。
とても、残念だけど……ッ!
「……一つ、一つだけお願いがあるの!」
「何でしょうか」
「おいおい、関わるなって言ってんだから」
「グレニーはちょっと黙ってて!」
熾烈な視線ごとグレニーに顔を向ける。
それに押されたのかグレニーはまた一つため息を吐く。
「……あのね、貴女の顔が見たいなーなんて……」
「……それ位でしたら」
「ほ、ほんと!? やったっ!」
喜びの余り軽く飛んでしまった。
「どれだけだよ、お前……」
「いいじゃないの、女の子ってのは可愛い物大好きなんだから!」
「女の子?」
グレニーは私を上から下まで見て。
「……ハッ」
「コロス!」
掴み掛かった手を避け、グレニーは逃げていく。
追いかけようとしたら。
「すみません、時間が無いので」
「ごめんなさい……」
つい謝ってしまった。
「見せても良いのですが、ここでは人目が」
「うーん、ならこっちに来て」
ギルドの事務所に入る扉、そこを開き裏に入れば完全な死角。
手を招いて、そこに呼び込む。
歩いてきて、影に入り左右を見渡す。
他からの視線は無い、見る為には近づかなければいけない。
見られない事を確認した後、少女はフードに手を掛けた。
「……嘘」
フードの下から現れたのは宝石。
ベリルの口から、そう無意識に零れるような存在。
少女でありながら大人、両方の線引きを曖昧にする最も不安定な年齢。
大人でありながら少女、両方の長所を兼ね備えた美貌。
喋らないで、表情も無くそこに座っていてもそれだけで絵に、まるで絵画の一枠のようなシーンを生み出す。
しかし、その無表情が崩れ、この顔が笑みを作れば、満開に咲き誇る華のような愛らしさが浮かぶんじゃないかしら。
「なにこれ、凄い……。 触って良い?」
そう言った時には手のひらを彼女の頬に当てる。
「どうぞ」
嫌な顔一つせず、ベリルの要求を受け入れる。
彼女の頬に触れていた手のひらは、白く、弾力に富むその瑞々しい柔肌に吸い付くような感覚を覚える。
いつまででも撫でていたくなるような、病み付きになる感触。
もう一つの手、左手が彼女の肩に掛かる黒髪に触れる。
手のひらに乗せた髪は、さらりと流れ零れ落ちる。
まるで砂、手のひらに乗るけど力を緩めれば指の隙間から落ちそうな、さらさらな黒髪。
しっとりとした肌触りは絹のよう、触れれば滑る、その表現が一番似合う。
「………」
凄い、どうしたこんな風に成れるのだろうかと本気で思案するほどの美貌。
これなら顔を隠すには十分すぎる理由となる、寧ろ隠しておかないととってもめんどくさい事になりそうなほど。
「その……、大変ね」
「いえ、そんなには」
こんな顔を持っている彼女に嫉妬では無く同情する。
この顔を晒して大通りを歩けば、火に群がる虫のように男が寄ってくるだろう。
路地裏を歩けば、邪な感情を持った男たちに囲まれるに違いない。
そうしてベリルの心に火がついた。
「危ない……危ないわ、こんなの!」
「お前があぶねーって……」
ベリルの声を聞いて、グレニーが後ろから顔を出した。
「お前さんももう良いだろ? いつまでもこいつ相手にしてたら時間が足りないぜ」
「そんな事無いわよ!」
グレニーにそう言われ、パっと手を離したときには、いつ動いたのか分からない速度でフードを被っていた。
「………」
「おいおい、なんだそのすっごい残念そうな顔は」
「そ、そんな顔してないわよ!」
「説得無いがな、で、お前さんは依頼受けるんだろ?」
「はい」
全身を包む彼女のローブの下から、これまた依頼が書いてある紙を持った白い手が現れた。
「今度はグラーアントか、今度こそ100匹位狩ってくるのか?」
「居れば、ですが」
グラーアント、Dランクモンスターで体長30センチほどの大蟻。
単体では戦闘訓練を受けてない一般人でも、武器があれば倒せる程度のモンスター。
しかし単体でうろつくような存在ではない、大体が三匹一組で居る事が多い。
酸を吐いたりするが、それも大した問題じゃない。
一番の問題は『連携』してくる事、一匹を囮にして残り二匹が挟み撃ちなどを平然と行うから厄介。
三匹一組ならCランクに格上げされ、数が増えれば増えるほど凶悪になるモンスター。
「昨日の今日よ? 少し休んでも……」
「時間が無いので」
一も二も無く提案を否定された。
「ところでお前さん、武器は? 結構良い武器使ってるようだから気になったんだが」
「……昨日の戦闘で砕けてしまいました」
「良い武器?」
「いやな、豚の鼻の断面が異様に綺麗だったから、中々の業物使ってるんじゃないだろうかってな。 ……しかし砕けたって、どれだけ強く叩きつけたんだよ」
一度振ってみたかったぜ、とグレニーが零す。
「代えの武器は有るのか? 無いなら良い店紹介するが」
「お願いできますか?」
「おう、あの頑固爺もお前さんなら認めるだろうしよ。 紹介状書いてやるから、少し待ってろ」
と事務所に入っていくグレニー。
「……それじゃ、こっちは受付しておきましょうか」
「はい」
少しばかり肩を落とし、ギルドカウンターに戻っていく。
カウンターを挟んで向かい合う。
「これに手を置いて」
「はい」
何時も通り個人認証の水晶球に手を置かせ、依頼の受付をする。
「これで良し、余り無茶はしないでね」
「ありがとうございます」
依頼受注書を手渡し、その上に重ねてグレニーが紹介状とやらを差し出した。
「これもついでにな、この工房の親父は偏屈だから気をつけろよ。 たぶん変な質問してくるが、思った通りに応えとけば良い」
「……はい」
「変な事されたらすぐ逃げるのよ!!」
「そんな事したら即閉鎖だっての」
「色々ありがとうございます」
「お前さんがどこまで伸びるか気になるんでな」
「グレニー、手を出したらどうなるかわかってんでしょうね?」
「……はぁ、お前って奴は……」
心底呆れたようにため息を吐き、変な視線を向けてくる。
「な、なによ」
「まぁ、今に始まった事じゃないか」
「だから何がよ」
「気にスンナ、少なくともお嬢ちゃんには手を出さねーよ」
「信じられないわね、いい? 変な事したら絶対に……」
「はいはい」
背を向けてカウンターから出て行くグレニー。
「ちょ、待ちなさい! 人の話を聞きなさいよ! あ、行ってらっしゃい、気を付けてね!」
「はい」
ギルド出入り口へ消えていく彼女を見送り、さっさと歩いていくグレニーを追いかけた。
「こら待て!」
手渡された紹介状、グレニー・ドットンの名が書き込まれた羊皮紙。
書かれている言葉は『こいつに合う武器を見繕ってくれ』、それだけ。
工房がある場所を記した地図も貰ったので迷いはしないけど。
「おお? こんな所に一人の羊が」
人目に付かぬよう路地裏を通っていたため、柄の良さそうではない複数の輩に絡まれた。
「………」
羊と表したことからやはり良い輩では無さそう。
声を掛ければ喜ばせる事になる、なので素通りする。
「挨拶をしてんだから、無視するのは良くないぜぇ?」
正面に回り込んでくるが、それすらも無視して路地裏を直進。
そうなれば必然的にぶつかる、そうして男がよろめき倒れそうになる。
「お、おい!?」
当たり負けるとは思っていなかったんだろう、多少驚きながら声を掛けてくるがやはり無視。
「ちょっと待てって!」
ぶつかったのを見ていた他の男が肩を掴もうとして手を伸ばしてくるが、それも無視、触れられぬよう避ける。
「ちょ、てめぇいい加減にしろよ!」
こっちがそう言いたい。
遊んでと纏わり付いてくる子供の方がよっぽどマシな感じ。
「止まれっつってんだろ!」
ついには刃物まで、この国の王は傑物ではないらしい。
あのような事を認めた先王の息子ならば当然か。
国の王都でありながら、路地裏に入ればこの有様。
王の直轄地ではないのだろうか? あるいは良い統治が出来ていないか、まぁ後者でしょうけど。
「おい! これが見えねェのかよ!!」
進路上で刃物を構える男、やはり無視。
男に向かって歩を進める。
「て、てめぇ! 聞こえてねぇのかよ!!」
一定の歩幅を崩さず、まるで刃物に向かって歩いているように進む。
刃物を構えた以上引けない男、刃先は此方に向いたまま。
一歩、また一歩と男に近づく。
「ッ、おいぃ!」
3メートル、2メートル、1メートル、そうして刃先がローブの中へと入り込んだ。
「っお!」
あっさりと刃物を構えていた男は当たり負け、尻餅を着いた。
それと同時に持っていた刃物、ナイフを取り落とした。
カンっと地面に落ちたナイフ、その刀身は根元から圧し折れている。
「え、なん……」
折れたナイフ、では折れた刃先は?
男とぶつかった地点から約5メートル程離れた後に、ガキンと甲高い金属音が何度かローブの中から聞こえてきた。
そうして別の甲高い音が響き、彼女が通った後に落ちていた金属。
「なんだそれ……」
呆然とそれを見る男たち、音を鳴らしたのはナイフの刀身。
複数鳴った音の正体、それは二度折れ四分割になっていたナイフの刀身であった。
「工房『黒刃金』」
これが目の前にある武具工房の名。
ああいう輩が出ると見越しておきながら紹介したんでしょう。
武器がなければ戦えないって思わなかったのかしら。
「ごめんください」
木で出来た両開きの扉、それを押して店内へと入る。
中は薄暗く、少ないランプの光がやっと店内を照らしていた。
武具工房だけあって店内の至る所、天井にまで武器防具が吊り下げられている。
視線を戻して横長いカウンターを見ても誰も居らず、入店時にした挨拶にも返事は返って来ない。
「………」
周囲を見回し、カウンターに呼び鈴を見つけ、それを押し鳴らす。
「……鳴らない」
カツン、カツンと鈴の音ではない、ただ金属と金属がぶつかっただけの音が鳴る。
しょうがない、大声で呼び出そうと思った矢先。
「何だ、お前さんは冷やかしか?」
ひょこっとカウンターの下から何かが顔を出した。
「……ご主人ですか?」
「ああん? お前さんは俺が客にでも見えるってのか?」
「……いえ」
小さな、背の低い老人が居た。
ドワーフ?
「えっと、これを、紹介状です」
「紹介? 誰だこんな娘っ子を紹介した奴は」
カウンターに置いた紹介状を手に取り開く店主。
「あのクソ坊主か」
「グレニーさんです」
「クソで良いんだよ、あの坊主は」
小さな店主は、紹介状を丸めて厚手にエプロンのポケットに入れる。
「で、お前さんに一つ聞くが」
「何でしょうか」
「武具は何だと思うね?」
武具は何だ?
武具は武具じゃないのかしら。
「……武具です」
「武具? 武具は武具って何質問返してるんだよ」
「いえ、そう言う意味ではなくて」
「何だ?」
「武具は武具、ただ『武具』です」
「……なるほど、そう意味かね」
「はい、ただの武具です」
それを聞いたしわくちゃ顔の店主が「ホヒ」と笑った。
「なるほどね、気に入った。 お前さんは何が使えるんだ?」
どうやら正解したらしい。
武具は武具、ただ武具であり、それを扱うのは様々な心を持つ生物。
要するに武具は『力』、振るうのは生き物であり、武具はただ振るわれるだけの力に過ぎない。
その力の方向性は武具に左右されない、善にも悪にも、振るう者の心次第と言う事。
「一応剣です」
「一応、ねぇ」
とカウンターの下に引っ込み、ガサゴソと何かをしている店主。
数秒も経てば頭を出し、剣の柄を差し出してきた。
「抜いて振ってみろ」
そう言われるがままに剣の柄を手に取り、抜き出す。
鈍色の鋼が姿を現し、ランプの光をその刀身に映し出している。
カウンターの前から四歩下がり、適当に振ってみる。
「……なんだそりゃ、ここまで風圧が届くってどうなんよ? あのクソ坊主、変なのよこしやがって」
またカウンターの下にもぐり、ガサゴソ。
「お前さんが剣に求めるのは何だ?」
「……丈夫なのを」
「折れぬ曲がらぬってか? 切れ味は要るのかよ」
「出来れば」
「なるほどね、お前さんは剣より刀の方が向いてるんじゃねーの?」
そう言ってカウンターの下から頭を出す店主、その手には小さな店主の3倍はあろうかという長大な武器が握られていた。
「こいつでどうだ? デカくて重いが折れぬ曲がらぬ、そして切れるって代物だ。 あんだけ剣を振り回せるなら持てるだろ」
大きな刀、いわゆる大太刀に属する刃物。
とても大きな刀身、私の身長よりも大きく長い。
「ん? どうした?」
「……いえ」
とりあえず先ほど振った剣を鞘に収め、大太刀の柄を取る。
引けば刀身と鞘が擦れる音、抜き取れば鋼色……ではなく多少黒が混じっていた。
刀身の一部が光を反射していない、ランプの光を両断したような光を映していた。
「ホヒヒ、大昔のどっかの馬鹿がグレイニアール鋼を使って作った奴さ。 折れねーし曲がらねーし、竜<ドラゴン>の火炎でも溶けねー代物を、これまた難しい製法の刀で作り上げちまってのよ。 間違いなく骨が折れただろうな、というか一生掛かった代物だろうよ」
物凄く大層な物らしい。
「……お幾らですか?」
「金貨5000だな」
「別のでお願いします」
そんなお金があるならすぐにでもあの子達を開放しに行っている。
「だろうな、そんな金出せるとは思わねェよ。 流石に無料ってにはいかねぇが、試用って事で貸してやる。 竜や大巨人<ギガント>相手なら折れるかもしれないがね、それ以外ならどんな外殻が堅い奴でも折れはしねぇ」
「ありがとうございます」
「良いってことよ、それを平然と持たれちゃ金貰おうとも思わないがな」
「……?」
「あん? ……お前さん、それはどの位の重さかわかってるか?」
「……どの位でしょう」
それを聞いて店主が笑い出す。
「ホヒヒ! 少なくともそこに飾ってある全身鎧の5着分はあるな!」
ホヒヒ、ホヒヒと笑い続ける店主。
見ればその全身鎧、金属で過剰に覆われている。
「……そうなんですか」
「そうなんでよ、娘っ子にしちゃトんでもねーよね」
あの全身鎧は何キロぐらいなんだろうか。
「あのクソ坊主が紹介してくるのも頷けるぜ」
「グレニーさんは強かったんですか?」
「今もそこそこだがね、数年前は今の3倍ぐらい強かったわ」
どれだけ弱体化したんだろうか。
恐らく何かがあったのだろう、今の強さに落ち込んだ何かが。
「色々あってな。 ま、俺が話して良いやつじゃないが、ホヒヒ!」
「……?」
「クソ坊主の死活問題さ、あんだけ素直になれねー奴は不便だなぁ、ホヒヒヒ!」
大層面白そうに笑う店主、何か笑いの琴線に触れることがあったようだ。
「……すみません、時間が無いのでもう行きますね」
「ホヒヒ……おう、しっかりばっさりぶち殺して来いよ」
「……はい」
物騒なことを言いながら、見送られる。
……私の存在も物騒だからかな。
それは剣というにはあまりにも大きすぎた。
大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。
それはまさに鉄塊だった。
これの大太刀版、もっと重いけど。