三話 討伐<クエスト>
流れに乗るのは基本。
軽やかに、軽い駆け足で走り寄るのは少女。
進む先には豚の頭を持つオーク。
フワリとローブは広がり、中から現れたのは黒い刃。
右腕が変化したブレード、切れ味を最重視したそれが二度空を奔った。
「これで三十」
「ぶぎょ?」
いつの間にか目の前に現れた存在に、オークは首をかしげる。
いつ現れたのか、そんな疑問は直ぐに消えた。
とりあえず殺しておこう、そんな浅い考えしか持たない一匹の亜人。
だが目の前に居た人間は、背中を向け離れていく。
「ブギャア!」
追いかけて叩き潰そう、そう考え実行した時に漸く自身の異変に気が付いた。
足を出そうとした倒れた、オーク自身の主観で見ればそのような感じだろう。
だが、端から見ればそんな生易しい物ではなかった。
起き上がろうとしても起き上がれない、両手を使って体を起こそうとしても左手が動かない。
「ぶごごっ」
何とか首を動かし、自分の下半身を見れば真っ赤。
あったのは断面、赤い液体と、赤に塗れたピンク色の物体がこぼれ出ていた何か。
「ブフフ?」
よく分からないといった感じに、オークは鼻息を鳴らす。
「ぶぎィ……!」
鈍い脳は漸く警鐘を鳴らし始める、このままでは『死ぬ』と。
遅い鈍痛から始まり、次第に大きくなり激痛となる。
「ビギィ! ビギュィ!」
悲鳴を上げながらやっと気が付いた、自身の体が真っ二つになっているのを。
「ブギュア! ブグギュウ!!」
少女が放った二撃は、袈裟懸けの一撃と、鼻を切り落とす一撃。
たったそれだけでBランクモンスター、オークの命を奪った。
オークは厚い皮下脂肪や、種族特有のタフな耐久力を持つ存在。
それゆえにこのオークは、地獄の責具に匹敵する痛みを味わい事となる。
脳が直接叩かれているような苦痛を、タフなお陰で20秒近くも味わい続けた。
苦しみ苦しみ苦しみぬいて、やっと絶命して、その苦痛から逃れる事となった。
「まだ居るかしら」
背後から聞こえるオークの断末魔を聞きながら、他に居ないか探し始める少女。
ローブの下にある刃となったその右腕には、オークの血が一滴も付いていない。
分厚い鉄をも簡単に両断する非常に鋭利な刃に、非常に高い撥水性を持つ表面にて一切の水分が付く事を拒む。
一本の刃が五本の指を持つ手に戻り、波が引くように黒色から肌色へと戻る右腕。
戻った右手で腰につけていた袋を取り、袋の口を閉めていた紐を外す。
「……あと1200」
開いた袋の口、その中に何かが落ち入り込んだ。
それを確認して口を閉じ、紐でまた締める。
その厚手の袋はギルドが支給した、討伐部位保存袋。
要するにモンスターから剥ぎ取った討伐証明、オークなら切り取った鼻を入れておく袋だった。
魔術的な加工がしており、血が袋から滲み出てくる事が無い中々便利な袋。
壷よりは高いが、水を入れて置けたりするので水筒の様にも使える。
そんな便利な袋ではあるが、彼女はそれを水筒代わりに使ってはいない。
ベルトを使い腰に下げているバッグ、大きなサイドポーチ、あるいは腰に下げるリュックサックのような物。
それに右手を入れ、目当ての物を引っ張り出す。
それはこの世界では絶対お目にかかれない異世界の物、『魔法瓶』であった。
その魔法瓶の表面には、日曜日の朝に放映している少女アニメのキャラクターがプリントしてある。
小さい子供、小学校に上がる前の少女が使っていた魔法瓶。
蓋を開け、中身を零さないよう閉めてある赤いボタン付きの、白い蓋が見える。
その赤いボタンを押して、初めに外した蓋をコップ代わりにして水を注ぐ。
それに口をつけ、水分を取り、蓋を閉める。
「……ありがとうございます」
蓋を閉めて魔法瓶に感謝の意を述べる。
正確には魔法瓶に対してではなく、所有者たる小さな女の子に対しての物だった。
初めてその少女と話をした時には、「パパはどこ? ママはどこ?」と泣いて両親を求めていた。
わんわんと泣く少女を抱きかかえ慰めて、どうにか泣き止んでもらった。
この小さな少女がどうしてここに居るのか、そうして話している内に聞けた話。
『ぱぱがやすみだから、ぴくにっくにいこうって、ままがかってくれたの!』
私のひざの上に乗って、そう嬉しそうに話す小さな女の子。
お気に入りだったのだろう、ピクニックを楽しみにしていたんだろう。
その楽しみにしていたピクニックの最中に事が起こった。
何が起こったのかわからなかっただろう、話によると目が覚めた時にはここに居た。
小さな女の子と、その彼女の両親は異世界に『召喚』されてしまったのだ。
両親と少女は無理やり引き裂かれ、気が付いたら一人だった少女はわんわんと泣く。
そうして私と出会った。
大粒の涙を流す少女、両親に合わせてあげたいと願うが聞き入れられる事など無い。
母親代わりにあやし、寂しくないよう接し続けた。
でも、それは長くは続かない。
小さな女の子は連れて行かれる、「お姉ちゃん!」と叫び、泣き叫びながら連れて行かれる。
私は見ている事しか出来ない、止めてと叫んでも、聞き入れられることは無い。
そうして少女と私は二度と会えなくなった。
「………」
私がここから出て行く時、連れて行かれた人たちがどうなったか調べた。
探し出して手に取ったリストにはたくさんの名前とその人物に行った事、その行った事の結果が書かれていた。
探して探して、少女と、その両親らしき夫婦の名前を見つける。
『鈴木 亜矢華<すずき あやか>、術式に耐え切れず『死亡』、処分』
それを見てあの子はもうこの世に居ない、そう認識してたくさんの涙を流した。
泣いて泣いて、涙が枯れた後に少女の遺品を見つける。
それが話していた魔法瓶だった。
だから感謝を掛けると同時に、謝罪を掛ける。
『あの時助けて上げられなくて、ごめんなさい』と。
彼女は歩く、獲物を探して。
あの時とは違う、救える力があるから救う。
手のひらから零れる命は逃さない、救い包みきる。
自己満足的、それを理解しての都合の良い贖罪でも有った。
「間に合わせる」
森の中をオーク探して歩き回る。
まだ幾ばくかの猶予はあるが、余り長引かせるのはあの子達の不安を煽る事となる。
本当なら今すぐにでも向かいたいのだが、あの子達を解放するためのお金が足りない。
そう考えるとやはりギルドに登録したのは正解だった。
このオーク討伐の依頼を受けてまだ半日しか経っていない、それなのに金貨300枚が確保できた。
冒険者は一攫千金と言う言葉が似合う、実力さえあれば今みたいに大金を手に入れられる。
余り信じたくは無いけど、こうなってしまったのは運命か。
とりあえず今やることは決まっているから楽。
そう、今周りから迫ってきている存在を殲滅する事。
腰の荷物を支えているベルトを外し地面に置く、それと一緒に討伐部位保存袋を置く。
置いて直ぐにも聞こえてきたのは鼻息、「ふごっふご」と醜い亜人の鼻息が。
頭を動かし周りを見る、暗い森の影から現れるのはやはりオーク。
一匹や二匹ではない、二桁の数が現れた。
そうして考える、手間が省けたと。
「……?」
直ぐにでも襲ってくるかと思ったが、一定の距離を置き周囲を囲むだけ。
何かを待っているよう、実際に待っていた。
「ぶご」
囲んでいたオークの一角が割れ、ゆったりと現れたのはオーク。
そのオークはサイズがおかしい、ただでさえ2メートル弱と言う大きなオークの倍以上もある巨大なオーク。
「……グレート」
これは褒めていたりするわけではなく、その巨大なオークの種族名、『グレートオーク』。
大きい、偉大な、と言う意味の冠詞が付いたオーク。
通常のオークがBランクに対し、グレートオークはAランクに位置するモンスター。
一匹だけでうろつくモンスターではなく、オークの群れの長として君臨している事が殆どのモンスター。
「賞金付いていたかしら」
オークは一匹金貨10枚と言う賞金が掛けられていたが、グレートオーク討伐に賞金が掛けられていたか覚えていない。
覚えていないから賞金が掛けられていないとも考えられるけど……。
「ふご、ふご……」
そんな考えをしていれば、グレートオークが鼻をヒクつかせ、なにかの匂いを嗅ぎ取っている。
数秒鼻が動いた後、視線が袋、討伐部位保存袋に落ちた。
「ブゴ、プギィ」
袋から漂う血臭でも嗅ぎ取ったのか、私を標的として定めたようだ。
オークの輪が狭まり、私を殺そうと動き始める。
あの袋から仲間の匂いがするからとりあえず殺そう、そういった考えか。
当たっていようが外れていようが関係ない、狩る側と狩られる側はすでに決まっているのだから。
「───」
そうして動く、集団戦となると動きを阻害するローブは邪魔。
素早く胸のローブの紐を解き、脱ぎ置く。
少し汚れているローブの下から現れたのは『黒』。
暗い森の影よりなお暗い、黒髪の化け物。
これよりは殲滅戦、一体も残さず殺し尽くす、殲滅戦。
最初に動いたのはやはり彼女、白くきめ細かな肌を持つ彼女の両腕が変色、変質、変化。
グレートオークが居る一角の反対側、そこへ振り向きながら右腕を振る。
滑らかに、一片の淀みも無く一瞬で腕が伸びた。
その形は『抉り取る鞭<ウィップ>』、剛力による強大な遠心力を持ってオークの輪に牙を向いた。
「ブギャアィ!!」
「ピギャア!!」
まずは複数、7匹のオークの足が切断されて転がる。
次に足に当たらなかった4匹のオークは、それを胸や腹に食らい、肉や内臓を抉り千切られる。
そして最後にウィップは当たったオークの腹に食い込み、先端から数十の棘が飛び出て、内部を蹂躙する。
「ブギャギャ!!」
断末魔に近い悲鳴をあげ、それでもなおウィップを抜こうとするオーク。
少女はそれを許すはずも無く、野球のサイドスロー<横手投げ>のように腕を振るう。
食い込んだウィップの棘がブチブチと肉を抉り潰しながら、体重200キロもあるオークを引っ張り飛ばした。
それはまるでボウリング、突っ立ったままのオークたちをピンに見立て、投げられたオークをボールに見立てる。
「スペア狙いかしら」
投げられたオークが他のオーク、5匹に当たって盛大の転倒する。
その隙に駆け寄ってくる6匹のオーク、その手には木材で作り上げられた棍棒。
それで叩きのめそうと少女に振りかぶる、が。
「ブギョ」
走り寄ってきた6匹のオーク、その先頭のオークが絶命した。
高速で突き出た左手の分厚いソードが、首から胸に掛けて貫いていた。
オークの胸を貫いているソードの中ごろ、これ以上刺さらぬよう十字鍔を作り出す。
そうして絶命したオークを盾にし、残りのオークに突っ込む。
突っ込んできたオークに突き刺さったままのオークにぶつかる、それを合図に右手にブレードへと変化させ、右手を突き出した。
「ブギッ!」
ソードに突き刺さったままのオークを貫通したブレードが、ぶつかったオークの心臓を貫いた。
苦しみの声を上げるオーク、それを無視して右手のブレードと左手のソードを瞬時に戻し、左足を軸として回転。
絶命したオークの体に回転蹴りを入れ、蹴り飛ばす。
「──スペア」
先ほど投げ飛ばしたオークのように、蹴り飛ばされた死体が他のオークにぶち当たって転倒する。
ここで数えよう、戦闘不能になったオークの数は何匹?
「十六、十七、十八、十九……」
応えは『全て』、この場に居るオーク全て殺しきる。
それを行なう彼女の両腕が存分に役目を果たす、それは敵を殺す『武器』。
止まらぬ乱舞、量産される死骸。
見る間にオークが減っていく、減った数が四分の一になって漸くグレートオークが動いた。
「プギュィ!」
体が大きいからか、オークより速く駆ける。
「………」
速く、背を向け輪から離れていくグレートオーク。
あれは逃げているのだろうか、……例え逃げているのであっても逃がす心算は無い。
右腕を引き絞るように背中に回す、そして力を込める。
黒い変色が肩まで回り、引き絞られた弓の弦が矢を放つように、右腕が振り放たれた。
「パギュッ!?」
一瞬で到達した右腕、ウィップがグレートオークの背中を食い破り、先端が棘を吐き出す。
「ギャグギュギュギュ!!」
背中、背骨を砕き、内臓と言う内臓を貫き蹂躙するウィップ。
距離は30メートル近かった、それでもなお届きグレートオークの背中を粉砕した鞭。
それに蹂躙されたグレートオークは、ビクンビクンと痙攣しながら悶えている。
先ほどと似た状況、なら次の行動などすでに決まっている。
踏ん張り右手を力強く引っ張り戻した。
まるで引っ張り伸ばしたゴムのように、縮小する右腕の先に付いているグレートオークが凄まじい速度で少女のそばを通り過ぎた。
「バッ!?」
ウィップは体重500キロ、それ位あってもおかしくはないグレートオークを打撃部分とした『叩き潰す連接棍<フレイル>』に変化した。
超重の打撃、振るわれるグレートオークにぶち当たってオークは汚い声をあげ死んでいく。
まるで自動車に轢かれたように、大きく跳ね飛ばされてさらにオークの数が減っていく。
右へ左へ、さらに上にまでも振り回し、立っていた最後のオークに向かってフレイルを振り下ろした。
振り下ろされた場所に、グシャッと言う音が鳴って、その場から音が消えた。
「ちょっとやりすぎたかしら」
周囲は凄惨たる状況、数十の樹木がへし折れ、数十のオークの死骸。
一対数十の戦いではなく、数十対数十の団体戦が行なわれたような様な状態だった。
「はぁ……」
切り裂かれたオーク、飛んでいったオーク、叩きつぶれているオーク、明らかにやりすぎた。
さらに何体か顔がグチャグチャに潰れ、討伐証明部位である鼻が剥ぎ取れない。
それを選別するのも時間が掛かった、日中でも薄暗い森の中がさらに薄暗くなっている。
日が完全に落ちれば真っ暗になるだろう。
もう少し押さえていれば、今頃は王都のギルドへと戻っている帰路だったはずだ。
右手に手刀を作り、判別できるオークの鼻をそり落として袋へと詰める。
倒したオークの数84匹、うち剥ぎ取れなかった数12匹。
金貨120枚も損をした事になる、12匹を倒す時間は3分と掛かってはいないがそれでもだ。
「……帰ろう」
やっと終わったと脱力して、森を出るため歩いていく。
ところがそうも行かなかった、オークを探してふらふら出鱈目に進んでいた為に帰りの道など全然分からない。
とりあえず真っ直ぐ歩く、そこそこの距離を進んだら木の上に登って方向を確認する。
それを繰り返す事十数回、漸く森を抜けたのだが日は完全に沈んでいた。
さらに森を抜けたからといって直ぐ帰れるわけではなかった、今度は街道をどちらに進めば良いのか分からない。
案内である立て札はないし、人が通りかかる事も無い。
もし進んだ方向が逆だったらさらに時間が掛かる、よって誰かが通り掛かるまで待ち惚けを食らった。
結局森を出てから三時間くらいは待った。
漸く、漸く人が通りかかり声を掛けたら盛大に驚かれてしまったし、散々な一日だった。
「……これ、討伐証明です」
時間にしたら24時を回っているだろう、そんな深夜にギルドにたどり着いて依頼をこなした事を告げる。
受付はリベルさんではなく見知らぬ方、やっぱりと言うか当たり前と言うか、交代制だった。
受注書と討伐部位保存袋を渡し、依頼の完遂、Cランクへのアップ、報酬金の金貨820枚を受け取る。
受付の方は今日、というか昨日登録したEランク冒険者がBランクの依頼を、それこそ馬鹿みたいに討伐してきた事に驚いていた。
Cランクへのアップも妥当であり、報酬金の820枚もオーク72匹の720枚、グレートオークの金貨100枚分だった。
「あと680……」
目標の金貨1500枚、それを一日で半分以上達成出来たからよしとしよう。
今日はとりあえず宿に戻って休もう、銀行に預けるのは明日で良いわね……。
そうして彼女はギルドを後にした。
ちょこちょこ加筆とかしてます。