二話 冒険者雇用機関<ギルド>
更新遅いと言いながら、次の日更新。 逆もあるから気をつけて!
世界は彼女にとって悪い事ばかりではない、例えば冒険者雇用機関『ギルド』だ。
世界中至る所に蔓延るモンスター、それの退治や希少なアイテムの調達、果ては近所の庭掃除や子供のお守りまで。
そんな中で彼女が目を付けたのは、『賞金首であろうと登録可能』と言う点である。
賞金首、文字通りその首に賞金が掛かっている者達のこと。
ここで多い勘違いは賞金首が犯罪者、と言う事である。
確かに大半が犯罪者ではあるが、犯罪を犯していない者も賞金を掛けられる事がある。
最も多いのは個人の私怨であろう、あいつが憎い、こいつが憎い、自分じゃ手を出せないから他の奴にしてもらう。
そう言う意図で賞金を賭ける者が居る、勿論賞金を掛けた人の名前は公開しなくても良いようにもなっているからよりやりやすい。
彼女は他にもメリットを見出し、ギルドに登録する事を決める。
登録された者は大体仲間として見られ、国からの情報提供すらも断る事が出来る。
そのためギルドの事を『国を持たぬ国』と言われる事さえある。
ギルドに対して大きな不利益を齎すならなら情報提供をする時もあるが、そうでない場合は殆どが断られる。
やり様によってはギルドを盾に出来る、そう考え彼女は登録に向かった。
「………」
頭からフードを被り、受付カウンターまで歩く。
ギルド内部は酒場の風体をかもし出している、フードを被った人物など珍しくないのか全く注目されずにカウンターまで辿り着けた。
そうしてカウンターの前、カウンターの向こう側に座る女性に話しかける。
「すみません、賞金首リストはありますか」
「いらっしゃい、あるわよ。 ちょっと待ってね」
受付の女性は立ち上がり、背後の本棚から一冊の本を取り出す。
それを持ってカウンターに置いた。
「賞金首を狩るの? 最近は大金を掛けられる奴が全然居ないから薄いわよぉ?」
「……そうなんですか」
本、賞金首リストを手に取りその場で目を通し始める。
「………」
1ページ1秒も掛からず流し読む。
顔写真、手書きなんだろうか賞金首の顔と名前、大よそのランク、賞金額が載っている。
さっさっさっと目を通し終える、そうして本を閉じる。
(載っていない)
本をテーブルに置いて、受付の女性に尋ねた。
「これは最新版ですか」
「ええ、昨日更新されたばかりの物よ。 誰か狩りやすそうな賞金首でも居た?」
昨日更新されたばかり、やはり大々的に追いかけられないか、或いは賞金を掛けるのに手を拱いているのか。
受付の女性が言う通り最近は賞金首が増えていないらしい、どちらにしろチャンスには変わりない。
「……すみません、冒険者への登録したいのですが」
「え? 貴女ギルドに登録してないの……?」
「はい、今日初めて」
やっちゃったと言った風に額を押さえる受付の女性。
「登録ね、すぐやっちゃいましょ!」
「……?」
「ほらほら、まずこれに手を置いて!」
カウンターに置いてあった青い光を放つ球体、恐らく水晶のような物体を指差す。
言われた通り掌を水晶に乗せる。
「貴女の名前、得意な得物、魔術の心得の有無、それを思い浮かべて」
……得意な武器、馴染むのは右手の『刀か大剣』、魔術の心得は無い、行使された事なら何度か有るけど。
「はい、良いわよ。 ふむ、出身は……『にほん』?」
「……はい、極東の島国です」
「聞いた事無いわねぇ、失礼だけど結構な田舎?」
「そうですね、知ってる人は殆どいないですね」
「大海超えてきたの? 無理するわねぇ」
「死ぬかと思いました」
「あはは、あれを超える度胸があるなら、そこら辺のモンスターなんて目じゃないわねぇ」
そんなに凄いのだろうか。
「私の口から説明を聞くのと、この『冒険案内書』を読むのと、どっちが良い?」
「両方で」
「珍しいわね、大体は冒険案内書だけで済ますのに」
「ご迷惑でしたら書物だけで」
「いえいえ、暇だから説明するわよ」
「ありがとうございます」
腰を折って頭を下げた。
彼女にとってこの仕事は結構暇なモノでしかない。
日がな一日中座りっぱなしで、むさい男たちの相手ばかり。
女性としては珍しい、冒険に憧れや楽しみを見出した彼女。
そう言った事もありギルドの冒険者登録をしたのだが、余りの壁の高さ、女性がやっていける世界ではなかった。
最低のEランク、ミニゴブリンと言う最下級のモンスター一匹で死に掛けた。
死の恐怖を味わえば、殆どの者が再起不能、二度とやっていけなくなる。
彼女もそれを味わってしまった、しかし。
『無理ね、ギルドの受付にでも転職しようかしら』
と極簡単に立ち直った、正直彼女に足りないものは才能だけだった訳で。
楽観的というか、精神的にかなり強かったりしていた。
精神系の魔術にかなりの抵抗を示した事から、あっさりギルドの受付嬢として再就職できたのが彼女がここに座っている経緯。
そんな彼女、名は『ベリル・マルトー』。
面白い冒険話でも聞けるかと思っていたのに、全然そうではなかった。
『はぁ、やっぱ採取系の冒険者やってりゃ良かったかしら……』
このギルドに来るのはDや高くてもCランクの冒険者ばかり。
手に汗握る冒険活劇など聞けるわけも無く、毎日現実感の無いつまらない誇張話ばかりを聞いてだれていた。
こんなのがずっと続くかもしれない、そんな漠然とした不安。
本気で止めようかな、そう思い始めていた時に、世界が変わる人物と出会ってしまった。
「すみません、賞金首リストはありますか」
いつの間にかカウンターの前に立っていた人物、全身を覆うローブに、顔の上半分以上を隠すフードを被った存在。
声からして女性、フードの下から見える口元は整い、美人であると簡単に推測できた。
何よりその希薄さ、話に聞く高ランク冒険者は無駄な存在感を放たないと聞いた事がある。
「いらっしゃい、あるわよ。 ちょっと待ってね」
これは高ランク冒険者なのかしら、とおかしな期待を抱く。
さらには女性で、賞金首リストを要求してくるなんて、やっぱり高ランク冒険者だろうと決め付けた。
「賞金首を狩るの? 最近は大金を掛けられる奴が全然居ないから薄いわよぉ?」
「……そうなんですか」
そう言ってリストを取る手は、綺麗な肌。
もしかして、凄腕?
冒険者とはいろいろな場所に赴く、無傷でいられる事など殆ど無い。
特に手は怪我を負いやすい、武器に振るうにしろ、アイテムを採取するにしても。
治癒魔術だってかなりのランクで無いと、傷跡を消す事は出来ない。
「………」
手に取ったリストを開き、ぱらぱらとただ頁を捲る様に流していく。
一分も掛からず、分厚い賞金首リストを捲りきる。
どう見ても手馴れている、大物の予感。
「これは最新版ですか」
「ええ、昨日更新されたばかりの物よ。 誰か狩りやすそうな賞金首でも居た?」
自然に笑みが浮かぶ、もしかしたら面白い話でも聞けるかもしれないと内心心躍った。
「すみません、冒険者への登録したいのですが」
そうして耳を疑う。
「え? 貴女ギルドに登録してないの……?」
「はい、今日初めて」
冒険者じゃない?
只者じゃないと当りをつけ、勝手に冒険者扱い。
ギルドに登録していない人以外に見せてはいけない賞金首リストも見せてしまった。
これはまずい……。
「登録ね、すぐやっちゃいましょ!」
受付の仕事がクビになり、罰金を払う羽目になる。
止めようかなぁ、と思っていたが実際そうなると生活に困りそうだから焦る。
「……?」
「ほらほら、まずこれに手を置いて!」
それなら登録後に見たって事にしてしまおうと、罰則から逃れようとした。
この子の存在感に押されたとか、勘違いさせる風貌なのがいけないのだ、とか。
有体に言えば少女を理由に逃げようとした、まぁ少女がギルドに登録しなくても罰則はされなかったのだが。
「貴女の名前、得意な得物、魔術の心得の有無、それを思い浮かべて」
ローブから覗かせた白い手を、青い光を放つ登録球に乗せたのを確認して登録用羊皮紙と連動させる。
薄茶色の羊皮紙に浮かび上がってくる黒い文字、全ての項目が埋まってから羊皮紙を取る。
「はい、良いわよ。 ふむ、出身は……『にほん』?」
名前に使える武器、魔術が使えるかどうかなど見る。
年齢は……十七。 出身は……聞いた事が無い地名。
「……はい、極東の島国です」
「聞いた事無いわねぇ、失礼だけど結構な田舎?」
国外の事もある程度知識に入れておかないといけないこの仕事、やはり全部ではないが主要な国の首都は知っている。
となると、知る必要が無いほど遠い地域なのかしら。
「そうですね、知ってる人は殆どいないですね」
島国と言う事はあの『大海』を超えてきたと言う事なのかな、あんな巨大な津波を死なず超えるなんて運が良すぎる。
あの大津波を超えようと、年に数百人が飲まれて海の藻屑と消えているのに。
「大海超えてきたの? 無理するわねぇ」
「死ぬかと思いました」
「あはは、あれを超える度胸があるなら、そこら辺のモンスターなんて目じゃないわねぇ」
遠くの海岸から見てもその巨大さが分かる大津波、それを体験しておいて『死ぬかと思いました』だけで済ますとは。
やっぱりこの子は凄いのかもしれない。
「私の口から説明を聞くのと、この『冒険案内書』を読むのと、どっちが良い?」
「両方で」
「珍しいわね、大体は冒険案内書だけで済ますのに」
「ご迷惑でしたら書物だけで」
「いえいえ、暇だから説明するわよ」
「ありがとうございます」
そう言って丁寧に腰を折って礼をする少女。
頭を下げるときにほんの少し見えた顔は、とても綺麗な、人形のような顔だった。
「……これは凄いわね」
簡単な登録だと言うのに、知られたくない項目まで書き込まれたのは想定外。
自身で書き込むのだと思っていた、水晶に手を触れ思うだけで書き込まれるなんてファンタジーを過小評価していた。
「何がですか?」
「いえ、あなたって可愛いわよねぇ」
「ありがとうございます」
「嫉妬しちゃいそうな位だわ……、こんな事言ってる場合じゃなかったわね」
そう言って受付の方は人差し指を立てた。
「冒険者には大きく分けて二種類、討伐系と採取系の二つがあるわ」
文字通り、モンスターや賞金首を倒したり捕まえることをメインとする冒険者と、希少な薬草や鉱物を秘境に入って取ってくる冒険者に分けられる。
どちらか片方を専門として動くのが殆どだと言う、両方こなすのはかなり難しいとの事。
肉体を鍛えてモンスターや賞金首を狩る方が簡単、採取系は目的の物を取るためには様々な知識が必要だからだ。
両方こなす人物も勿論いるが、その全てが例外なく高ランクだと言う。
「どちらかを選ぶ前に一つ試験があるの、討伐にしろ採取にしろ、モンスターと戦う確率が高いから」
「確かに」
「この試験で直接戦う事に向いてない事が分かったら、採取系をお勧めするわ。 モンスターが出没する地域に採取に行くとき、討伐系の冒険者とパーティを組めば良いんだし」
「はい」
「……とりあえず試験を受けておく? 剣を使えるって言うんだから、それなりには戦えるんでしょうけど」
「お願いします」
受付の方は笑顔で頷き、カウンターの向こう側で書類を片付けていた人に話しかける。
一言二言、話している最中此方に視線を向けられたので頭を下げておく。
その受付の方と喋っていた男性は何度か頷き、さらに奥へと消えていく。
「待たせたわね、それじゃああそこのドアから訓練場に行ってくれる? そこで教官が待ってるから」
「はい」
もう一度頭を下げ、指差されたドアへと歩き出す。
「頑張ってねー」
そんな声を後ろ耳で聞きながら、ドアノブへと手を掛けた。
「お前さんが申し込んだ奴か」
「はい」
扉を抜け、少々長い廊下を通り、また扉を抜ければそこそこ広い青空天井の、イタリア、ローマのコロッセオに似ていなくも無い。
その訓練場の入り口に、少々いかつい、薄手の鎧を着た男性が立っていた。
「女、か。 ベリルと同じ口か」
「ベリルとは?」
「ああ、受付の奴だよ。 あいつは冒険者にあこがれて登録したんだが、戦いの才能がなかったんでな、冒険者辞めてギルドの受付嬢をやってるのさ」
「なるほど」
「で、同じ口か?」
「いえ」
「危ない冒険者やるってんだから、それなりの理由があるってか」
「………」
応えない。
「……まぁいいか、とりあえず武器を選べ」
顎で差された方向、視線を向けると様々な武器が収められているケースがあった。
それに歩み寄り、一通り目を通す。
やはり安全対策に刃が潰されている、潰されていない武器を使えば訓練とは言え死ぬ可能性もあるから当たり前か。
「……これを」
無造作に取った柄、それは剣、ブロードソードと言われる種類の剣。
同様に刃が潰されている。
それを持ち引きずりながら教官らしき男の元へ戻る。
「おいおい、そんな持ち方してからに。 本当に使えるのか?」
「はい」
「最初っから訓練受けたほうが良いんじゃ」
「必要ありません、私は指導を受けに来たのではないんですから」
「……はぁ、人の好意は受け取っとくもんだぜ」
戦いを知らない初心者、私の事をそう言った目で捉えている。
高ランク相当の実力を持つ、ギルドに登録していない人が来た事などないのだろうか。
そんな疑問を他所に、教官は腰に下げていた武器、剣と小盾を手に取って訓練所の中心へと歩き出す。
「ま、男でも女でも冒険者は関係ないか、少し痛い目に遭って分かって貰うしかないな」
構えて教官が立つ。
「もう良いですか?」
剣を引きずり、教官に歩み寄る。
「おう、掛かって来い」
「では」
一歩二歩三歩、剣の切っ先引きずり、5メートル、4メートル、3メートル。
そして最後の一歩、右腕を無造作に、まるで子供が小枝を振るように。
ローブを翻しながらソードの切っ先が地面を抉り、左手に小盾を構える教官に襲い掛かる。
「──ッ!」
教官が浮かべた表情は、驚愕。
高速で切り上げられたソードが小盾に当たり、飛んでいきそうになる小盾を力付くで押さえつける。
ソードの刀身を左肩に乗せるように、右下から左上へ軌跡を描いた剣が、左上から右下へと逆行。
さらに一歩踏み込んで、剣が袈裟懸けに翻った。
「ヌッオォ!」
予想以上、寧ろ自分以上の剣筋を描いた少女。
剣の軌跡をずらすために出した片手剣が右手から消失、弾かれて飛んでいった。
教官の男は、良く逸らしたと自分を褒めてやりたくなっていた。
ボンっとおかしな音を聞いて一言。
「……合格だ、俺の手に負えねぇじゃねぇか」
「ありがとうございます」
やはり少女が持っていたブロードソードの切っ先は、地面を抉り埋まっていた。
「もう終わり? どうだった?」
「合格だそうです」
あの後直ぐに試験合格証書を渡され、すぐに追い出された。
『もう用はねぇだろ? これさっさと渡して登録して来い』と言われた。
かなり手加減した事がばれたのだろうか。
「はい、証書はこっちね」
私は証書を手渡し、ベリルさんはカウンターに戻る。
「……はい、これで冒険者として登録されたわ。 登録したばかりだから、貴女のランクは一番下のEよ。 依頼をこなせばこなすほどランクが上がるわ、高ランクになれば、たまにだけどギルドから直接の依頼が入ったりするわ」
EランクからDランクに上がるには、Eランクの依頼を10回こなせば無条件に上がる。
また、Eを10回こなすのではなく、一つ上のDランクの依頼を3回こなせばDランクに上がれる。
最後にもう一つ、さらに上のランク、Cランクをこなせば一発でDに上がれる。
ランクが上がればこなす階数も増える、例えばAならBを50回以上と言う訳。
パーティを組んでも良いが、一定期間一定ランクの依頼を成功させなければランクダウンもあるらしい。
「あっちがギルドが常時受け付けている依頼、向こうの掲示板にあるのが外からの依頼ね」
振り返って指差された方向を見ると、大きな掲示板が5つ並んでいる。
それと反対方向に同じ様な掲示板が並んでいる。
「出入り口に近い掲示板が低いランクの依頼よ、こっちに近い掲示板ほどランクが高くなるから気をつけてね」
「はい、色々有難うございます」
「良いのよ、仕事だし。 ……そうね、貴女がこなした依頼の話でも聞かせてくれれば」
「分かりました」
お辞儀、早速掲示板へと足を運ぶ。
ギルドに入ったのはもう一つ目的があったから。
お金が必要だからだ、どこかの店でゆっくりと働く事は出来ない。
そうなれば出来るだけ行動期間が短く、大きなお金が入ってくる仕事など犯罪のような物しかない。
そのほかもう一つの仕事、それがギルドであり依頼でもある。
出来るだけ早急にお金を手に入れるのは、この体を使ったものが一番良いだろうと考える。
モンスターにも賞金が掛けられており、並大抵のモンスターなら一撃で下す事が出来る。
そうすればまともに働くより数倍、数十倍の速度で数倍から数十倍の金額が手に入る。
あの子達を解放するには、お金が必要。
「………」
ざっと目を通し、Bランクの掲示板に視線を戻す。
『オークの討伐:一匹に付き金貨10、指定期間無し』
それが目に入った。
「……もっと早くここに来ればよかった」
この街、魔術大国と言われるルーテトラ王国王都、『バテントレ』に来る途中で豚の頭を持つ亜人『オーク』を何十体も切り伏せてきたからだ。
もしこの依頼を受けていたら、千数百枚の金貨が手に入っていたと言うことになる。
……惜しい事をしていた、ギルド依頼のそれを手に取り、カウンターへと持っていく。
「もう依頼を受けるの?」
「はい」
「どれどれ、何の依頼かしら……、Bじゃないの」
「はい、ここに来る途中で何体も倒しましたから」
「Cランクの冒険者が、一匹倒すために5人必要な、オークを?」
「はい」
「んだよ、道理であんな強いわけか」
カウンターの向こう側、頭を出したのは先ほどの試験の教官。
「お前さんなら20匹ぐらい簡単そうだよな、受けるからさっさと行ってこいよ」
「ちょ、あんたは受付じゃないでしょ。 勝手に触らないでよ」
「良いんだよ、ほら、受注書だ。 一匹でも百匹でも良いから倒したら豚鼻を切り取ってこいよ」
「はい、それでは」
手渡された依頼受注書、怒るベリルさんを視界から外し、それを懐に仕舞って出入り口へと向かった。
「何で勝手な事するのよ! Bよ、B! オークなんて相手にしたら死んじゃうじゃないの!」
男、このギルドの教官、『グレニー・トットン』の手を払う。
「あいつがオーク如きにやられる何ざ思えねーよ」
「女の子よ!? あんな豚相手……」
「その豚を一発で殺れる俺が、その女の子に一瞬で負けたんですけどー」
「……え?」
「正直嘗めてたわ、剣の握りはなっちゃいねぇーし、構えも無い。 ド素人もいい所だと思ったんだけどな、いざ始まればあっさり剣を飛ばされちまったよ」
負けた? Aランクのこいつが負けた? 一瞬で?
「あれならさっき言った通り、100匹は殺してくるんじゃなかろうかね」
「そんなに凄かったの?」
「俺の自信を砕かれた、引退したとは言え堪らんぜ。 実践だったら一発で死んでたな、才能の差かねぇ」
はぁ、とため息を吐くグレニー。
こいつがこんなに落ち込むなんて、本当に一瞬で負けたのかしら……。
「じゃあ……私が感じたのは、本物だったわけ」
「あん?」
「初めて見た時凄そうな感じがしたから。 ……そうそう、顔見た?」
「フードを全く揺らさないのに、どうやって顔の覗くんだよ」
「ひひひ、あの娘。 めちゃくちゃ可愛いわよ」
そんな私の笑い声を聞いてグレニーは眉を潜める。
「気持ち悪い笑い方をするな」
「いいじゃないの、お人形みたいだったわぁ」
「へーへー」
「ふっ、あんただってしっかり顔見たら、口を開けて驚くに決まってるわ」
「はいはい、楽しみですねー」
グレニーは踵を返して、受付の外へ出て行く。
「あんな娘、妹に欲しかったわ……。 そうだ、帰ってきたら顔見せてもらいましょ!」
「顔隠してるんだから、ほいほい見せてくれるなんて思うなよ」
「見せびらかす訳じゃないし、私しか見ないんだから見せてくれるわよ」
またもひひひと笑うベリルの視線は、先ほど出て行った少女へ向けられていた。