原点
勝負が終わり、俺はミランさんとファインでカリナとメイがミリアと挑む姿を眺めている。
「おりゃああ!」
「キャ!?みーたん強いよー」
ミリアが左右に動き相手に捉え切れない様な立ち回りをして一本を決めて三人でじゃれ合っている。
「二人とも一気に成長しましたね。見違えましたよ」
二人が普通な顔でミリアと戦っているが当初の頃を考えると信じられない光景だ。
ファインの攻撃でさえも弱々しく弾き飛ばされていたカリナが嫌な顔一つせずに戦っている状況も、メイが自信満々に相手を見据えている状況も信じられない。
この短期間で成長できているのは明らかに指導者であるミランさんの功績であり、剣聖などは関係なく教育の才能の塊かもしれない。
「元々の素質はあるからね。後はやる気だけだよ」
「謙遜しないくださいよ。俺はミリアと鍛錬してますけどまだまだ成長には時間が掛かりそうでコツとかありますか?」
ミリアとは付き合いが長いからこそなのかこの先の成長の未来図が思い浮かばないのだ。
農村で剣士と鍛錬したわけでも無ければ、冒険者家業を行っていた時はミリアに勝てる者など一人もいなかったので考えたこともなかった。
ミリアは常に最強で誰にも負けない化け物級の剣士というのが俺の勝手な想像であり技術を磨かせると言っても簡単には行えないのが現状だ。
「二人は私が沢山教えました。細かく教えたんです」
ミランさんと話していると反対に座ってミリアたちを見守っていたファインが身を乗り出して近づいてきた。
「そ、そうか。ファインは偉いな」
獣耳を触らないように優しく頭を撫でると耳がピクピクと上下に揺れ、尻尾が左右に高速移動しているのを見ると相当喜んでいるご様子だ。
「あー、ファインちゃんってば羨ましいな。僕にも一回だけ」
「駄目です」
ミランさんが羨ましそうに視線を向けるので一度だけ撫でようかと思ったが、ファインに腕を掴まれて断固として譲らない姿勢を見せる。
「一度だけ」
「駄目です」
「ファインさん?」
頑なに譲ろうとしないファインの行動に若干引いてしまうが、
「ご主人様に頭を撫でてもらうのはファインだけの特権です」
断固として譲らない姿勢を見せるファインの姿に微笑を浮かべてしまう。
なんて可愛いんだ!
昔から変わらないこの可愛さは素晴らしい!
無意識にファインの頭を撫でると少しだけ恥ずかしそうにしているが、されがままで頭を撫でられ続けている。
「も、もう。ご主人様はファインを子ども扱いしないでくださいね!」
怒っているように見えるが、顔が満面の笑みなので一切怖くない。
ミランさんも嘆息して諦めた様子を見せてミリアたちの方に視線を向けた。
「今の話からするとミリアちゃんやサーニャちゃんにも特権があるの?」
「そうですね」
ミランさんの問いに無いですと伝える前にファインが即答をしてしまう。
俺とミリア、サーニャにはそれぞれ特権でもあるというのか?
「サーニャさんとご主人様は何処か二人だけにしか分からない通じ合うものがありますね」
「……何となくわかる気がするんだよな」
ファインが言いたいのはサーニャのツンデレの事だろう。
初めからサーニャのツンデレには気付いていたけど、年を重ねるごとにサーニャも俺が気付いていることにも理解したうえで話している節もある気がするのだ。
関係を重ねればそれだけ理解する機会も増えていくので当たり前と言えば当たり前だが、言いたいことが何でもわかるのはサーニャだけかもしれない。
「アレン君も自覚はあるんだね。ミリアちゃんは?」
「ミリアさんはファインも言葉にするのは難しいんですけど言葉にする必要がない関係というんでしょうか」
大変だ。
聞いている自分が恥ずかしくなってくる。
新手のいじめか何かか?
「どういうこと?」
「お互いに言葉に出さなくても何がしたいのか分かる関係と言うべきですね。ご主人様が楽しそうにしているとき、寂しい時などはミリアさんが一番早く気付きますね。その点に関してはファインもまだ勝てません。そのまた逆も然りです。ご主人様もミリアさんの気持ちに何でも気付けるというべきですね。肝心な所は気付かない鈍感ですが」
「え!?」
ファインさん?
最後に少しだけ悪口が聞こえたのは俺の聞き間違いかな?
聞き間違いだと言って!
「あと、ご主人様はミリアさんの時だけ少し甘えん坊です」
「ふぁ、ファイン!?」
ここぞとばかりに衝撃事実を突き出してくれるファインの恐ろしさに反射的に立ち上がってしまう。
この子は従者の役割を超えたチクリ人の称号まで得ていませんかね?
「へえ。それは興味深いね」
ミランさんも身を乗り出してニヤニヤと笑みを浮かべているのが余計に羞恥心が上がってしまう。
「いやいや!ファインの勘違いですよ!」
「アレン君ってば私を男だと勘違いして嫉妬してたり結構クール系に見えて可愛いんだね」
やめてえええええええええ!
ミランさんが男疑惑の事件は俺の中で人生初めての黒歴史を作った瞬間だからほじくり返さないで!
「何を話してるの?」
困惑していると背中からミリアが俺の肩に手を回し、話に参戦する。
最悪のタイミングで乱入しているのに気づいて修業に戻ってもらえないだろうか?
俺が何かを喋ればミリアが勘付いて離れない可能性もあるので自然と離れることを祈る……ハア。
「お前…近すぎるんだよ!剣士クラスでも他の男にこんなことはするなよ!?」
後ろから抱き着いているので必然的にミリアの大きな一部が俺の背中に当たっている。
「ええ!サーニャちゃんもファインちゃんも最近はアレンに抱き着くと怒るのにアレンも怒るの!?」
いやいやと叫びながら俺を抱きしめる力を強めるミリアは何も分かっていない様子だ。
今度からカリンにミリアの近況報告も加えさせてもらおう。
もしも、ミリアが抱き着く男性がらわれた時は二度と近づかせない程度にボッコボコにしてもらえれば大丈夫な気がする。
「分かったから離れろよ。他の奴にこんなことするなよ」
「しないよー!アレンだから落ち着くんだもん!」
抵抗しても無駄なのは分かっているのでされるがままになっていると正面の二人からジト目で見つめられる。
「……」
「……ご主人様はやっぱりミリアさんに甘えてます」
「アレン君って私が考えてる何倍も可愛いんだね」
「ふ、ふたりともちょっと!?」
俺の評価が大変な事になっているでミリアを引きはがそうと試みるが、一向に離れる気がしない。
「…ハア。元気が出たら戻れよ」
「うん!ありがと!」
それから数分間はミリアに抱き着かれた後に何事もなかったかのように座り直す。
「……それでですね、ミリアを強くするにはどうしたらいいか教えてくれませんかね」
「ミリアちゃんにもっと甘える方法じゃなくて?」
「勘弁してください!」
これ以上弄られるのは俺の精神が持たないので勘弁していただきたい。
ミランさんもクスクスと笑みを浮かべ、満足したのか自然体に戻り戦いを再開しているミリアたちに目を向ける。
「ミリアちゃんを強くするのは――――難しいね」
「え?」
ミランさんの言葉に思わず反射的に声が喉から漏れてしまう。
「正確にはここから先は言われて簡単に出来ることではないと言うべきか…判断に困るね」
「技術を身に着けるのはそんなに難しいんですか?」
「……?」
ミランさんが一瞬だけキョトンとした顔をするが直ぐに手を合わせてハッとした表所へと変化する。
「ああ。そういえば僕も最初にそんなことを言ってたね。でも、あれは勘違いだったんだよね。初めは技術かと思ったけどミリアちゃんに欠けているのはまた別だよ」
「……何ですか?」
俺が思いついたのは技術だけだ。
ミリアが俺に負けるのは技術が欠けている…そう考えているのは俺の間違いだったのか?
「言葉にするのは中々に難しいと言うべきか簡単に手に入れられる物じゃないよ」
「だから何が――――」
曖昧に答え続けるミランさんの言葉に苛立ち、少しだけ声を大きくして聞き返そうとしたが唇に優しく人差し指が添えられ、ミランさんは妖艶な笑みを浮かべる。
「安易に答えを求めてそれを僕が優しく答えを教え続ける……僕はそんな関係にはなりたくないよ」
ドキリと心臓が飛び跳ねる。
可愛いからでも美しいからでもなく、その言葉が的確に胸の奥を突き刺すような痛みが走るのだ。
生唾を飲み込み、ミランさんの言葉に反論できずに静かに黙りこくってしまう。
「僕はアレン君の婚約者だからこそ対等な立場でいたいと思ってる。だからこそ、直ぐに回答を出すんじゃなくてアレン君が気付いて一緒にミリアちゃんの修業を手伝うのは全くやぶさかではないよ」
最後には柔らかく微笑んだミランさんの表情を見て緊張が解れていく。
「……俺も焦ってました。すみません」
「ううん。ミリアちゃんが大切なのは十二分に分かったからね」
焦り、余裕を忘れ道を間違えることろだった。
俺は――――もう分かっているはずだ。
理解しているのだ。
施されているだけの関係など求めていない。
「ちょっと惚れそうになりました」
「え!?」
立ち上がり気分が晴れやかになっていく中で反対側で静かに傍観していたファインが素っ頓狂な声を上げる。
「ハハハ。僕ってば結構尽くす方だと思うからそこは勘違いしないでね」
初対面の頃は男だと思っていたのが馬鹿らしく思えるほどの笑みを浮かべたミランさんの表情を見て――――冗談を抜きにして惚れそうになってしまった。
「将来結婚したらたっぷり甘やかされたいものですね」
お互いに冗談だと気付いているので不敵な笑みを浮かべる。
「え!?え!?ご、ご主人様!?」
立ち上がり、ミリアたちの方へ歩く中でファインの戸惑いの声だけが木霊し俺の隣を歩いている。
焦っても仕方がないし、いきなり強くなるような魔法がこの世に存在しないのは俺が二度目の人生で体感している。
明日は学校も休みだし久しぶりに原点を思い出して冒険者ギルドにでも出かけてみるか。




