ハードスケジュール
「アレン。起きなさい」
翌日の日が出てまだ間もない頃、俺は母に起こされる。
「おはよう」
「おそいわよ。まほうのとっくんをいっしょにするやくそくよ!」
眠たげな瞼を擦りながら自室からリビングへと向かうと、父、母が朝食を取りながらサーニャも俺の家で朝食を食べている様子が見受けられる。
うん、夢だな。
「おやすみ」
「ちょっと!まほうのとっくんよ!」
後ろから甲高い声が聞こえ、耳に浸透する音で夢ではないことを悟ってしまう。
午前中から行お食べたらねましたけど、流石に速過ぎませんか?
「あさごはんをたべたらね」
「わたしがあれんのぶんをよういしたわ!すぐにたべてまほうのとっくんよ!」
……うそん。
「おお。アレンは良いお嬢様と仲良くなったな。朝早くから朝食作りに協力してくれたんだぞ」
父がニヤニヤと微笑を浮かべて俺の方を見つめるが、残念ながら色恋沙汰ではない。
この子の頭の中は魔法一色だ。
恋愛なんてナニソレ?魔法なの?と言うぐらいの子だと昨日の時点で分かっている。
「わたしがつくったちょうしょくはぜんぶたべなさいよ!」
『折角作ったからちゃんと食べて欲しい』って所かな。
魔法の授業を行うためとは言っても張り切り過ぎだな。
「おいしくいただくよ」
サーニャの隣に腰を降ろし、朝ご飯を食べるが普通に美味しい。
異世界の朝ご飯は蒸した芋、米?と言うよりは餅の感触に近い食べ応えのあるご飯を食べて栄養補給をする。
これが意外と馬鹿にできず、食べた日はお昼までは頑張れるほどのエネルギーを補給してくれる。
朝ご飯をゆっくりと味わいながら食べるのだが、隣のサーニャが椅子に座ったままソワソワしている。
大体わかったぞ。
自分が作った朝ご飯を味わって食べて嬉しい気持ちと、速く魔法の勉強をしたい欲求がせめぎ合っているとみた!
少し早めに食べながらもご飯を味わい、
「サーニャ、ありがとう。おいしかったよ」
「そ、そう!まあ、わたしがつくったんだからとうぜんよね!」
「いまからまほうのべんきょうをするんでしょ?」
「うん!いますぐやるわよ!」
どうやら魔法の授業だけは素直になるようだ。
「おとうさん、おかあさん、なかにわでまほうのれんしゅうをしてもいい?」
「ええ。良いわよ。余り無茶はしないようにね」
「女の子を守れる強さを手に入れろよ」
今ので大分この世界の謎に関して纏めることが出来そうだ。
異世界の謎
・何故か大人の人達は俺達に魔法を教えることをしない。
・子供だけで魔法を練習するのは許されている。
・子供が魔法を使うことを禁止にしている訳ではない。
・ステータス概念の有無。(間違いなくある)
・仕事を手伝うのを禁じられている。
大まかに世界に関する謎は分かってきたが、全て結論が分からない。
少しずつ分かるのかもしれないので、今は保留として魔法の勉強をしよう。
「きょうはぼくがいってたのももってきてくれた?」
「うん。ちゃんとあるわよ」
昨日、サーニャと魔法の勉強をして覚えておくべきだと判断したのは属性の種類、一発の魔法に対する魔力の量だ。
サーニャに頼み、魔法の属性の種類の本を持って来てもらった。
因みに昨日はウォーターボールを完璧に出来るようになるために五発ほど撃ったが、全て出来るようになっていた。
一度使えば後は大丈夫なのかもしれない。
魔力に関しては、五発撃った後に少し身体に倦怠感が現れたので終わりにしたが、サーニャは十発以上撃ってもケロッとしていた。
サーニャと俺の差は間違いなく魔力の差だが、何も分からない以上は自分なりに試しながら行動するしかない。
また、寝ることで魔力が回復するのか今日は倦怠感など何も感じない。
「これがまほうのしゅるいっておじいちゃんがいってた」
さーから受け取った本を見ると『魔法について』と俺が一番求めていた本がようやく手に渡った。
「ありがとう、サーニャ」
「おれいはいいからはやくまほうのえいしょうをおしえて!」
どうやら、今は魔法にしか興味が無いようだ。
サーニャに急かされるので詳しい内容は省いて、端的に情報を集めていく。
「――――うん、だいたいわかったからこんどはまほうのえいしょうのほんをみせて」
本の内容から察するに、魔法は六種類ある。
火、水、風、土、光、闇があり、この世界の一週間の周期としても使われているようだ。
サーニャが何冊も本を持つ中で何冊かわたしてくれるので見せてもらえば風の魔法が記された本を見つけた。
色々と特徴が記されているのを前回の段階で分かっていたので大雑把に読んで最後の詠唱分を見る。
「ウインドカッターってとなえてみて」
「わかったわ!ウインドカッター!」
「「おおおお!!」」
サーニャが詠唱を唱えると薄緑色の細長い五センチ程度の刃が現れ中庭の大木に切り傷が付けられる。
二人同時に感嘆の声を上げてしまうが…今のはカッコいいな。
俺も実践だ。
「ウインドカッター」
……しかし、昨日のような流れや違和感も感じず何も起きない。
おかしいな。
昨日は最初を除けば百発百中だったのに何も起こらなくなるとは。
「ふしぎね。アレンはきのうできたのに」
「だよね。なんでだろう」
単純に素質の問題か?
「ごめん。サーニャはひとりでれんしゅうしてくれる?ぼくはもういちどほんをよむから」
「わかったわ!」
サーニャも反対意見は無い様で一人で次々とウインドカッターとウォーターボールを繰り返し発動している。
簡単そうに魔法を撃てるのが羨ましい限りだが、今は目の前の現象が何かを突き止めよう。
『魔法について』の本を持ち今度は詳細まで見つめるが、魔法の基礎的な属性に加えて…成る程。
最初の一回目が成功したら次からは魔力が続く限りは成功すると書かれている。
後は才能も関係するようだ。
初めから出来る者は出来るが無理な人は無理だと。
ふむ。
魔法に関する知識
・魔力の存在はある
・魔法を発動させるにはその人の才能が関係する。
・恐らく体内にある魔力を変換して魔法を発動させる。
この程度が分かる範囲内だな。
「よし。もういっかいれんしゅうしよう」
◇
お昼になり、サーニャが勉強があると帰った直後に背後から全速力で走り抜けてくる人物がいる。
農村の中で駆け抜けてくるのは俺には一人しか覚えておらず、目を凝らして待っているとミリアが全速力で駆け抜けてきた。
「アレンみつけた!きょうははやいね!」
「まあ、かくれてないからね」
魔法も気になるが、今日こそ一本勝たせてもらうためにも隠れる体力は温存している。
「やろうぜ、ミリア」
「うん!!」
満面の笑みを浮かべたミリアが木刀を慌てて取りに行き、俺の分も渡してくれたので互いに距離を空け自然と構えていた。
今日こそ勝つ!
「いくぞ!」
「うん!」
互いに地面を駆け抜け木刀が重なり合い音色が響き渡りながら鍔迫り合いを起こす。
……が、何時もと同じくミリアの剣に弾き飛ばされる。
「ッ!?」
力が強過ぎる!
何とかしてこの攻撃を躱したいが、躱してもミリアが襲い掛かって結局は間合いに入る余裕が無い。
躱しても間合いに入れず、受けても弾き飛ばされる現状を打開するにはどうするのか。
――――ん?
受け止める?
待てよ。
受け止めるのではなく、受け流すならどうだ?
「おりゃああ!」
考え事をしているとミリアが再度距離を詰めて上から剣を一閃するので、ここで何時もなら横で受けて次の手を考えるが横から斜めにずらして……、
「あ」
ミリアの剣を斜めにずらす所までは上手くいったが、そこからの反撃を考えておらず体勢を崩しながらもミリアが横に一閃した攻撃が俺の腕に当たり床に身体が傾いてしまう。
「アレン、いまなにか――――かわった?」
負けた。
負けたはずなのに悔しさは無く、興奮でアドレナリンが溢れ出て更に心臓の脈打つ音がやけに耳に浸透する。
ミリアも肩で息をしながら俺の方を目を見開いてじっと見つめている。
今の攻撃は俺がミリアに――――勝てる可能性を秘めていると証明した一撃かもしれない。
「ミリア!もういちどだ!」
「う、うん」
今の感覚を忘れるな。
攻撃を受け流した時、ミリアの剣の重さを感じずに自然と次の攻撃に移る動作が出来ていた。
「とりゃあ!」
ミリアは本能的に察しているのか、先程よりも素早く縦、横、斜めと攻撃するのをギリギリで避けてタイミングを見計らう。
落ち着け。
焦りも無く、力も要らず、ただ相手の動きを見て攻撃を受け流せば次の攻撃に繋げられるんだ。
「まだまだ!!」
ミリアが斜めから一閃した攻撃を剣を縦にして軌道をずらす。
ここだ!!
ミリアの態勢が崩れた瞬間に間合いを詰めて横から剣を一閃する。
「キャ!?」
俺の攻撃がミリアの横っ腹に直撃し、ミリアは為す術もなく地面に倒れる。
「…ハア…ハア」
今の後景が嘘ではないと再確認するのに十秒ほど時間を要して――俺が勝ったことを理解した。
「おれのかちだ!!」
年甲斐もなくその場で拳を握りしめて喜びを露わにしてしまう。
「よっしゃああああああ!」
雄たけびを上げ木刀を上に掲げて全力で勝利の余韻に浸らせてもらう。
上手くいった!
受け流すのは技だ。
ミリアの力、速さは圧倒的だが動きが単調なので俺がミリアの剣に合わせれば勝てないことは無いんだ。
「もういっかい!もういっかいやろ!アレン、もういっかいだからね!」
「え、いいけど」
勝利の喜びを噛みしめているとミリアが立ち上がり若干涙目で俺に詰め寄ってきた。
「いっくよ!!」
「ああ!」
その日から俺のハードスケジュールの日々が始まった。