家族とは
「……サーニャちゃん!違うわ!あの悪党の言葉を聞いちゃ駄目!家族って言うのは」
「おいおい悪党だからって言葉で諭した気になってんじゃ」
「貴方は黙ってなさい!!」
ママがフラウスに鋭い剣幕で声を荒げ、私の肩を持ち何度も頭を撫でるが私の気持ちが晴れることはない。
「…ママ…わたし……」
『開眼の儀』で大天魔導士と、一番偉い職業に選ばれても私の気持ちが晴れることはない。
アレンに貴族と言われた時も、自分が地位の高い人間だと気付いても何も変わらない。
私は…常に、
「……普通が…普通の…日常が…欲しいよ…」
大天魔導士でも、貴族も要らない。
私は何時も目の前の後景に憧憬を抱く。
街を歩いている時、アレンがママと話している時、パパと話している姿に…町の人達の姿に善望の眼差しを向けている。
誰もがママとパパがいて、手を握って街を歩く姿が、素直に甘えている姿が羨ましくて仕方が無かった。
「――――!!サーニャちゃん…違うのよ」
母が一瞬目を見開き、口元に手を当てて目頭に涙を浮かべて私の背中に手を回す。
「アレン!!斬撃を使うなって言われたけど使うよ!!私は使うから!」
「ご主人様!ファインも爪を使います!!」
母の胸の隙間からミリアとファインが恐ろしい程の剣幕で木刀と爪を抜き戦闘態勢を整えている。
「おいおい!正論言われて何キレてんだよ!?ヒャッハハハハ!!もっと怒れよ!全部俺が最後にぶっ殺してやるからよ!」
「――――可哀そうだな」
フラウスの声ではない。
甲高い奇声を発する声よりも鮮明にはっきりと私の耳に届いたのは…アレンの声だ。
「あ?」
「最初は俺も怒り狂いそうになった。でも、ここまで来ると…同情するぞ」
「何言ってんだ?」
フラウスが苦虫を嚙み潰したような顔になりながら剣先をフラウスに向けるが、アレンは微動だにしない。
その背中に私は涙を流しながら見つめてしまう。
「お前は出会えなかったんだな。人の価値観を変えるほどの――――出会いを」
「さっきから何を」
「大切に思える人に出会えなかったんだ。お前は昔の未来の俺だ。誰にも出会えず孤独に生きてたら俺はお前と同じ形になってたかもしれない」
「だから!何を言ってんだてめえは!!」
フラウスが激昂するが、私もアレンが何を言いたいのかは理解が出来ていない。
恐らくだが、他の三人も気付いていない。
全員が首を傾げて困惑している中で、タマだけはアレンを真剣な瞳で見つめている。
理解が出来ない筈なのに…その背中は強く物語っているように見える。
「フラウス、お前に一つだけ良いことを教えよう。家族ってのは……互いが互いを大切にする関係だ」
一瞬だけアレンは私に目を向けた。
「大切にするからと言って甘えるだけの関係じゃない。間違いを犯した時には心を律して叱る」
アレンの一言が私の心に突き刺さる。
『勇気を出しなさい』
私を甘えさせるわけではない。
優しく伝えるのでもなく、厳しく勇気を出せと一歩を踏み出すためを支えてくれた。
『炎魔法は危ないって言ったでしょ!?』
何度も挑戦しようとするたびにママに怒られ…けれど、叱ってくれるその光景に少しだけ怖くも有り嬉しくもあった。
「……ママ」
「そうよ。貴方のママよ」
涙を誰にも見せないように静かにママの胸に頭を押さえつける。
「互いに支え合うんだ。困っている時、助けて欲しい時には手を伸ばして支えてあげるんだ。それが家族だ」
『ママが最近元気が無いのよね』
涙が溢れ出て、ママの服を何度も濡らすがその涙に歯止めが効かない。
『いつもありがとね、サーニャちゃん』
朝ご飯を作る中で後ろから掛けられる言葉でその表情が見えずとも手に取るように分かり、見えない所で薄く微笑んでしまう。
「――――そうだろ、母さん」
「ええ。そうね」
ママが掠れた声を上げながらアレンの声に反応している。
次の時には、私を体から放して強く肩を持たれるが……その顔には私ときっと変わらない程に涙が流れている。
「誰が…何と言おうと…貴方は――――サーニャは私の娘よ。サーニャちゃんが嫌でも…私は絶対に…絶対に…離れないから」
涙が飛び散りながら私を再度強く抱きしめる。
その温もりは今までとは違う。
……少しだけいつもより暖かく…心地が良い。
――――私はずっと一人だった。
『サーニャ、お前には儂がおるからのう』
街を歩く時、誰もが母親や父親と手を繋ぎ、満面の笑みを浮かべて歩いて行く姿を私は何時も善望の眼差しで見つめる事しか出来なかった。
お爺ちゃんは何時も私の表情を悟ったように穏やかな口調で手を繋いで私を慰めてくれる。
その手は優しく私を包み込んでくれて悲しみは埋めてくれたけど…それでも、何かが足りない気がした。
他の人とは違う。
皆は父親も母親もいるのに私にはいない。
その違いが、何かが欠けている寂しさや悲しみに何度も泣いた。
泣いて…泣いて…悔しくて、辛くて私は一度だけ過ちを犯した。
『どうして私にはお父さんとお母さんがいないの!』
お爺ちゃん、アンヌ、フラウスの前で一度だけ私は我儘な子供の様に酷く荒れた口調で問い詰めるように食事中に呟いた。
その時、私は初めて――――お爺ちゃんが涙を流す姿を見た。
『悪いのう…儂ではサーニャの親の代わりになってあげられないのう。すまんのう。本当に…儂は駄目だのう』
初めて見た涙だった。
何時も優しく穏やかで私の傍で優しく支えてくれたお爺ちゃんが涙を流しながら私を抱きしめたその手は…何時もの優しさは無かった。
手は震え、懺悔するように後悔するような手で強く私を抱きしめていたが、その涙は…消して消えない。。
ごめん、すまないと何度も呟くお爺ちゃんの声は小さかった私でも根深く残っていた。
お爺ちゃんは悪くない。
何も悪くない。
誰も悪くないのに…私が余計な事を言ったのにお爺ちゃんが謝る姿に――――自分の過ちに気付いた。
『お爺ちゃんは悪くない。だから、泣かないで!泣かないで!』
何度もごめんと謝るお爺ちゃんに私が何度も謝る…それが、私の最後の涙となるように決意した。
――――涙は嫌いだ。
その表情だけで胸が苦しく、見ている誰もが辛くなる。
――――悲しみが嫌いだ。
思っても無いことを、自分の伝えたいことをきちんと伝えられず勘違いされて本当は大好きな人を傷つけてしまう。
――――弱虫が嫌だ。
泣けば変わると駄々を捏ねる子供の様に泣き叫ぶ姿が見苦しくて見ていて嫌になる。
だから――――私は自分自身が嫌いだ。
泣き虫で、自分の伝えたいことの一割も伝えられない。
心の中で何時も泣いているのに包み隠し、心を閉ざした泣き虫な自分が大っ嫌いだ。
なのに……私を受け入れてくれる人がいた。
『ぼくはアレン。よろしくね』
私を友達だと言ってくれる人がいた。
『私はミリア!よろしくね!』
私を慕ってくれる人がいた。
『サーニャさんが叱ってくれて』
……私を娘だと言ってくれる人がいる。
『父親として頑張らないとな』
『絶対に離れないから』
この関係が正しいのか…間違いなのかまだ子供の私には分からないのかもしれない。
だけど――――ここに温もりが…私が求めていたものが目の前に在るのは確かなのだ。
「ああ~。あああ!」
ママの腕の中でもう一人、小さく可愛らしい赤ちゃんの小さな手が私の頬に当たる。
「二人とも素直じゃないし、不器用で…だけど、何年も互いに少しずつ歩み寄って築き上げた関係を何も知らないお前如きが語ってんじゃねえよ!!」
「……アレン」
彼の背中は何時も逞しい。
私よりも魔法の覚えが悪い筈なのに、ミリアよりも力も弱く速さも無いのに…その背中は何時も私に勇気を、元気を与えてくれる。
「ママ…この子の名前…決めた」
「教えて頂戴」
「サレア。私とママの名前を足して新しい家族の証。私とママの――――本当の家族になった記念の日に…駄目?」
ママがポロポロと涙を流しながら必死に抑えようとしているのか口元を覆いながら、私を優しく抱きしめる。
「ママ…泣いてばかりよ」
「ごめんなさい…でも、素敵な名前で…感動したのよ」
「嬉しい涙は…涙は…仕方ない…わよね」




