波乱
「ねえ、アレン。私たちは何してるの?」
「まあ、気にしなくていいよ」
サーニャの誕生日会をお昼から始める予定で、サーニャをディオス村長の家で引き留めてから呼ぶつもりだった。
だが、ディオス村長の家に客人が来たと言う事でサーニャを俺の部屋に引き留めている。
「皆でお昼ご飯を作ってるんじゃないの?」
「いや、違うと思うよ」
サーニャが立ち上がらせて起き上がろうとしているのを見て、慌てて腕を掴んで止める。
「ちょっとお父さん!早く持って行って!」
「分かってる」
「ファインちゃん、落としちゃ駄目よ」
「は、はい!」
「ミリアちゃんは掃除!力は加減してね。床が抜けちゃうから」
「任せて!」
母の指示と全員が慌ただしく行動しているのが声と音だけで聞こえてくる。
「クレア、何か焦げ臭いにゃ。料理は大丈夫にゃ?」
「大丈夫よ。私が一秒でも見逃さないから」
気合が入り過ぎている母とタマの掛け合いを見ているが、俺の嘘が一瞬でバレてしまう。
「ちょっと、やっぱり料理を作ってるじゃない。ママに働かせるなら私が」
「母さんも少しは身体を動かしたいって皆も付いてるから大丈夫だよ」
もう一度身体を立ち上がらせようとするサーニャを踏み止まらせるが…何か話題が無いと直ぐに部屋を出そうなので話をずらそう。
「そ、そう言えば!並行詠唱ってどんな感じ?」
「…並行詠唱は同時展開よりもコツがいるのよ。アレンの言う通り歩きながら詠唱は出来るけど、凄い難しいわ」
「コツってのは集中?」
「そうね。歩きながら魔力を手に入れる形を作らないと厳しいわ。だけど、何時かは同時展開と並行詠唱を使いこなして走りながら二つの魔法を扱いたいのよね」
…これがサーニャの凄い所だよな。
俺は前世の知識などもあるので、ある程度のビジョンを持って動くことが出来るが、サーニャは一度使えば、理想的な動きと完成形を自分の中に見つけ出している。
「出来るようになると相当強くなるだろうね」
「まあね!あ、アレンの方はどうなの?最近は私たちの方に付きっきり……ま、まあ従者が主に尽くすのは良いことだけどアレンもやりたいことなんかあるんじゃないの!?」
そこまで言うならもう最後まで言えば良いのに…。
素直に私たちの練習に付きっきりだけど自分のやりたいことは出来ているのかと心配しているのに、ツンデレが邪魔して素直には絶対に言わないサーニャだった。
「俺はある程度出来てるからね。変幻自在も使えるし、後は魔物を倒して魔法のレベルを上げてから試すかな」
サーニャに気を遣っている訳でもなく魔物が来ないと俺には何も出来ない。
ウォーターガンで出来ることは殆ど試したので後は違う魔法でも試したいのに、最近は魔物がB級の魔物に怯えて少なくて倒すことも出来ないのでレベルも上がらずに試すことも不可能だ。
そろそろ元凶であるB級魔物狩りを始めようか、真剣に悩まされる。
「私も魔物の前で同時展開を練習したいわね」
「実践に勝る練習はないもんね」
魔物を倒したいのは俺だけではない様でサーニャも頭を悩まされている。
魔法は特に対人戦では練習しにくい部分ではあるのは確かだからね。
「アレンはこの大事な日に何を言っているのかしら」
「ヒッ!?」
サーニャとの話に夢中になっていると扉の隙間から母が目を出して俺をジト目で睨んでいた。
怖すぎるだろ。
「サーニャちゃんもアレンも準備が出来たからもう大丈夫よ」
「もう、ママは動かなくて良いのに」
サーニャが呆れたような表情をしている中で母が悪戯っ子の様な笑みを浮かべ俺の部屋を全力で開けた。
「「「誕生日おめでとう!!!」」」
「サーニャさん、誕生日おめでとうございます」
扉を開けた先では全員が拍手サーニャを出迎えている。
俺も後ろから拍手を送ると、サーニャは何が起きているのか分からず扉の前で呆然と立ち尽くしている。
「今日、サーニャちゃんの誕生日でしょ?後でディオスさんも来るけどまずは私たちでお祝いをしたいと思ったの」
サーニャの隣に立つと感激して言葉が出ない様で口元が震え、必死に泣きそうになるのを堪えているように見える。
「……おめでとう。サーニャ」
「……うん。本当に嬉しいわ!」
直ぐに気を取り直した様で満面の笑みを浮かべたサーニャに全員が微笑を浮かべる。
「今日は今まで母さんが色々と頑張って作った料理を堪能できるぞ。サーニャちゃんも沢山食べてくれ」
「うん。パパもママも大変なのにありがとう」
「気にしなくて良いのよ」
「サーニャちゃん、一緒に食べよ!」
ミリアがサーニャを手招きして椅子に座らせ今日の主役が座った所で俺はサーニャの反対側に座る。
俺の隣にファインが座る。
「サーニャさん、今日は誕生日おめでとうございます」
「ファインもありがと」
今まで見たことも無い穏やかな表情を浮かべたサーニャがミリアとファインを見て満面の笑みを浮かべている。
「プレゼントは後にしてまずは母さん特製の料理を堪能するか。ディオスさんも後で来るだろ。さあ、母さんも早く――――母さん?」
「母さん!?」
父の言葉に慌てて母の方を見ると、その場に倒れるように蹲り、母がお腹を抑えている。
「…な、何で…こんな時に」
母が大量の汗を出しながら蹲っている姿を見て瞬時に察してしまった。
――――生まれる。
「ママ!?ねえ!?どうしたの!?」
サーニャが慌てた様子で母の傍に駆け寄り、ミリアとファインも寄り添う中で俺は父を見ると、目が重なり合う。
「…サーニャちゃん、悪い。俺は今すぐ医者を呼んでくる」
父が自分の部屋に慌てて戻る姿を見たので、俺達はただ待つことしかできない。
「ご、ごめんねサーニャちゃん。せ、折角の誕生日なのに……」
「何言ってるのよ!だ、大丈夫よね!?」
「――――謝る必要は何も無いよ」
母がサーニャの頬に手を置き、涙目で訴え何度もサーニャが首を横に振るが何も謝る必要は無い。
「最高の誕生日になる」
「アレン?」
サーニャが涙目で俺を見つめるが…不安な時、怖い時など俺には日常茶飯事で今の後景なんて絶望の欠片も見当たらない。
「サーニャの誕生日に妹が生まれるんだ。これほど最高の誕生日プレゼントは無いだろ?」
「ええ、そうね。サーニャちゃんと同じ誕生日なんて凄い…わね」
「…アレン…ママ」
サーニャの誕生日会に悪いことなど――――ッ!!!!
一瞬だが、今まで何度も感じた事のある途方もない程の殺気が背中に駆け巡る。
「俺は行くぞ。アレン、お前は母さんを」
「――――全員今すぐ伏せろ!!!!」
全身の毛が逆立ち、瞬時にリビングに置いていた剣を取り出し玄関に向かうのと、玄関の扉が爆発するように吹き飛ばされ、見知らぬ男性が現れるのは一緒のタイミングだった。
「おいおい!ここにお目当ての奴が――――あ⁉」
初めて前世の経験が役に立った。
玄関の方から溢れんばかりの殺気を見つけ出し、瞬時に対応することが出来た。
現れた男性は鎖を胸に巻き付け、上半身は裸、黒のズボンを履き、モヒカンヘアの桃色の髪の毛に右目に眼帯を付け、いかつい顔をしている。
人は見かけによらないと言うが手に俺と同じ片手剣が持たれている時点で友好的な態度ではない。
「なんだてめえ!」
モヒカン男と剣で鍔迫り合いを起こし、真剣同士で火花が散るが俺は瞬時に剣を斜めに受け流し相手の懐に入る。
「なっ!?」
「ウォーターボール!」
モヒカン男のはみ出したお腹にウォーターボールを叩きつけ、遠くに吹き飛ばすが…目の前の後景に俺は時が止まったような錯覚を受ける。
――――今まで当たり前のようにあった村が全焼して、地獄絵図と変わっている。
村人の悲鳴が木霊し、今まで見たことも無い平和な農村とはかけ離れた存在が目の前にはあった。
「……な、なにが」
父が玄関を超えた先の後景に現実を受け入れたくないような絶望の表情を浮かべているが……まだ、絶望じゃない。
瞬時に頭を切り替える。
現在、何が起きているのかは分からないが不審者が現れたが撃退した。
すると、玄関の先は村が燃え盛り全焼している。
……絶望的状況に落ち込んでいる暇があるなら、目の前の助けるべき命を守るために頭を動かさないと駄目だ。
自分自身を叱責させ、今出来る最善を尽くす。
「父さん!気を確かに持って!」
「あ、ああ!皆を避難させないと駄目だ」
まずは最年長の父の正気を取り戻すために背中を叩き正気を取り戻させる。
次に家の中に戻れば言葉も出ずに固まっている三人と、お腹の痛みでそれ所ではないのか蹲る母の姿を見る。
「お前ら、何が起きているのか分からないと思う。俺も分からないし意味がよく理解出来てない。だけど、母さんをこのまま放置するのは危険だ。と言う事で、今すぐこの場から逃げる。大丈夫か?」
安心させている場合でも、気を遣っている場合でもない。
端的に必要な事だけを述べれば真っ先にミリアが立ち上がる。
「アレン!私は馬鹿だから全く分からないけどどうしたら良い!?」
「ミリアは母さんを背負って欲しい。ただ、難しいとは思うんだけどなるべく優しく振動が出ないように走れるか?」
「大丈夫。絶対にやる!」
ミリアの表情は今までの笑顔ではなく真剣な表情で首肯する姿を見て信じる事にする。
「サーニャは母さんの後ろから支えてくれ。後は何かあれば直ぐに教えてくれ。大丈夫か?」
「う、うん」
サーニャはまだ現状の状況を把握できていないのか生返事をするが歩きながら判断してもらうしかない。
「ファインは俺達の前を歩いて不審者がいないかどうかを確認だ。出来るな?」
「任せて下さい!」
一度絶望を知っているからか、想定外の状況に慣れているのかファインは直ぐに気を取り直し立ち上がって力強い返事をする。
「父さん、今すぐ避難するよ!」
「なら、避難ルートに」
「駄目だよ。今、何が起きているのか分からない状況だけどこの村が襲撃に遭遇しているのは一目瞭然だよ。その中で内部からの犯行か偶然の犯行かも分からない状況で、妊娠寸前の母さんを農村の避難ルートに連れて行くのは自殺行為に近い。多分、一番危険な所に連れて行くのはまずい。まずは、状況を落ち着かせるために森に行って様子を見よう」
「アレン……お前」
父が俺の方を見て驚いた表情を見せるが…まあ、普通は五歳の子供が現状で冷静に分析するのは明らかにおかしいよな。
だが、転生者だと話すのは今ではない。
「アレンにゃ。これは――――本気でまずいニャ」
「タマ?」
フワフワと浮いたタマが頭を抑え、険しい表情で森の方を見つめている。
「……何で気付かなかったにゃ。こんな簡単な答えに」
「おい、これ以上何が起きているのか分からないけど端的に教えてくれ」
「――――魔物たちがこの村に向かって来てるにゃ」
「――――は?」
村が全焼して変な盗賊みたいな輩に襲われたと思えば魔物がこの村に?
「訳は後で話すにゃ!今すぐここから逃げるにゃ!」
そうだ。タマの言う通りまだ終わりではない。
「ミリア!母さんを持ったか!?」
「うん!何時でも大丈夫!」
後ろでは既にミリアが母を持ち、後ろでサーニャが支える形で母を背負い走れる準備を終えている。
「さっきの男が何時来るかも分からない。今すぐ行こう。ファイン、悪いが先頭をお願い」
「はい!」
ファインが先頭を走り、その後を母を背負ったミリアとサーニャが走っていく。
「父さんも早く」
「俺は……まだいけない」
「な、何を言っているの?」
父が決心したように目を瞑るが、何を喋っているのか理解することが出来ない。
「ディオス村長にミリアのお母さん、お父さんを助けないと駄目だ。今すぐ俺は行く。母さんの事は――アレンが守ってくれ」
「なら、俺が片方に行けば」
「――――駄目だ」
父が俺の瞳を見据え真剣な表情で今まで見たことも無い覇気の強い表情で見つめてくる。
「アレンは母さんを守ってくれ。これは親と子供の約束だ」
父は卑怯だ。
こんな時に約束を持ち出すなど卑怯だが…その瞳には先程までの絶望はなく何時もの純粋な瞳だけが映し出されている。
「なら、父さんは後――百年は生きるんだよ。約束は守ってね」
「おう!母さんを頼むぞ!」
走り出す父の背中を見て俺もミリアたちの元へ全速力で加速していく。
――――本当に一瞬だ。
先程まで皆が幸せな気持ちで楽しくこれから母が妹を産み最高の誕生日になると思っていたのに…もっと皆でここでの生活を続けられると願っていたんだけどな。
辺りは真っ赤に染め上がり、数分前までの穏やかな雰囲気は一切ない。
『なんで――――』
一瞬だけ強い雨が打たれる日の前世の記憶が思い浮かぶが止めよう。
良い話ではない。
まだ、終わりではない。
俺はまだ――――始まっても無いのだ。




