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娘の葛藤

 「アレン、ちょっといい?」


 ファインが一人で練習を始めたので手持ち無沙汰な時にサーニャに手招きされて呼び出された。

 何もすることも無ければ断る理由も無いのでサーニャの所に歩いて行く。


 「同時展開の事で気になる点でもある?」


 「大丈夫。後は反復練習だけよ」


 ……本当にこの三人は頑張るなぁ。

 ミリアも永遠と剣を振って斬撃を出そうと試みているし、ファインも反復横跳びを永遠と繰り返している。

 そのひたむきに努力する姿は素直に称賛を送ってしまう。


 「なら、何が気になるの?」


 「少し座って話しましょ」


 サーニャの事なので魔法の話かと思いきや、少しだけ真剣味を帯びている表情をして座るので俺も隣に腰掛ける。


 「……どうかした?」


 「ママの事よ」


 「母さん?」


 「…最近元気が無いのよ」


 ……そうかな?

 俺を拳骨する姿からは元気のない姿など全く見えない。

 寧ろ、徐々に元気になっているのではないかと錯覚するほどだ。

 しかし、サーニャの表情が冗談ではないと伝えている。


 「俺としてはそこまで変わらないと思うけど」


 「変わってるわよ。何時もは水汲みをしていたのに急にやらなくなって、料理もしなくなって…ずっとお腹を擦ってるわ」


 ――――もしかして。

 サーニャの言葉で一つだけ思い出すのは俺が魔物を狩りに行く時に母が水汲みに行くのを止めていた。

 ……もしも、お腹の子供が大変で水汲みに行っていなかったとしたら?


 「…知らなかった」


 「不思議なのよね。妹が出来るのは素直に嬉しいわ。でも、ママがあんなに好きだった仕事を中断してまで何で子供が欲しいのかが分からないわ」


 その気持ちだけは俺もミリアに伝えることは出来ない。

 俺も子供を産む辛さも分からないので答えるのが難しいな。


 「母さんは新しい自分の子供が生まれるのが幸せなんだと思う。それ以外の答えを俺が伝えるのは難しいからさ、多分生まれたら分かるんじゃないかな。妹が出来てサーニャと遊んだり俺達と仲良くしたり……その中で気付くことも出来ると思う。それでも、分からなかったら母さんに聞いたらいいと思うよ」


 ここでサーニャも子供を産めば分かると思うよと安易な答えを出せば、間違いなく今すぐ子供を産むから手伝って!などと言いそうなので絶対に言わない。

 黒歴史を作るのはサーニャだからな。

 俺は絶対に覚えて後で弄るから黒歴史はなるべく作らない方が良い。


 「それもそうね。楽しみね」


 「ああ。今日は早めに帰って母さんに料理でも作ろうか」


 「そうね。あ、料理で思い出したんだけど、昨日からママがやけに慌ててるのよね。料理を作っている最中に入ると凄い慌ててるし、これもお腹に赤ちゃんが居るから?」


 ……どう考えてもサーニャの誕生日会用の料理だね。

 誰よりも母が張り切っている。


 「それも妊娠のせいかもね」


 嘘を吐くのは嫌いだが誰かの為に吐く嘘はやむを得ない。

 母さん、まだ一週間前なのに張り切り過ぎではなかろうか。


 「そうなのね。なら、私がサポートしないとね」


 「……変わったね」


 「え?」


 「ううん。何でもない。同時展開で少しでも気になる点があったら教えて。助言できるかは分からないけど」


 「出来る限り自分で頑張るわ」


 サーニャに言い残して立ち上がり背を向けるが…サーニャは本当に変わった。

 初めの頃は雑談程度だが、少しずつだが変わり今では魔法と同じくらい母の事になると素直になっている。

 気付いているのだろうか。


 サーニャは自分が一番大切な物に関しては――――素直になるという事を恐らく気付ていない。

 本人には言わないでおこう。


 「アレーン、どうしてか分からないけど出来ないよ」


 何度も剣を振り続けているミリアが涙目で訴える。

 ……うーん、斬撃に関しては俺も経験していないし魔法でも無いからこちらも説明が難しい。


 「悪いんだけど俺も分からないよ」


 「アレンなら分かると思ったのに。全力で振っても無理だし手加減しても無理なんだよ」


 何度も剣を振りながら首を傾げるミリアを見て一つの回答が導かれる。


 「……可能性の話だけど全力で振るのは関係ないんじゃないか?」


 今の話を聞けばあミリアは全力で振っても使えない。

 では、斬撃はどう力を入れたらいいのかと言う話になるが…そもそも、力が関係ないと考えるのが妥当な気がする。

 ミリアの力は既に超人の域に達している。

 それでも発動しないとなると斬撃に力は関係ない気がする。


 「じゃあ速さ?構え?」


 「…それも可能性の中にあるけど斬撃って剣の衝撃波が飛ぶイメージだから魔力が関係している気がするんだよね」


 斬撃と言えば男の浪漫であり少年漫画の理想的な技だ。

 〇牙天衝とかもう最高にかっこいいよね。

 あれを大人になって知ったから良かったが、中学生の頃に知っていたら間違いなく中二病へ一直線だ。


 「魔力ってどんな感じか分かる?」


 「うーん、使ったこと無いんだよね」


 ミリアは剣一本の女性なので知らないのも無理はないが、説明が難しい。


 「何て言うんだろうな、体全身のエネルギーを集約する感じなんだけど」


 「あ!それなら分かるよ!体全身のあらゆる力を集めるんだね」


 「う…ん?まあ、多分だけど」


 会話が成立しているのかは分からないが、大丈夫だと呟くミリアを信じて待つと……またしてもミリアの雰囲気が一変する。

 右足を一歩下げ、ミリアが剣を上に構えると…少しずつ俺の剣が淡く光っている。


 「……お前」


 ミリアの表情は何も感じ取れない、無心な態勢で全力で剣を振り下げた。


 「斬撃!!」


 力強いミリアの声に呼応するように剣から銀色の刃が放たれ木に命中する。


 「…ふう。やった!できた!」


 一度大きく息を吐きだしたミリアが次に両手を上げて大喜びをしているが、俺は開いた口が塞がらない。

 今まで何度もミリアを化物だと言っていたが、これは――――正真正銘の化物だ。

 成長曲線が他の人とは全く違う。


 ミリアはまだ何も考えず、基礎を少し齧った程度で今の実力なのだ。

 更に成長すると考えればミリアが何処まで強くなるのか俺には全く想像が出来ない。


 二人とも凄い勢いで成長している。

 …やばい。

 そろそろ頑張らないと俺が一番弱い気がする!

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