もう一人の少女
「アレン、きょうだけけんじゅつができないからあしたね!」
泊まった翌日に結局五時間ぐらいしか寝かせてくれなかったミリアを家の外まで見送っていると、去り際に初めて無理だと言われて帰って行った。
…俺が頑張ろうと思ったらこれですか。
まあ、気持ちを切り替えよう。
今日は情報収集の日と決めた。
ミリアが今日だけと述べたからには絶対に明日は来る。
「あ、おかあさん」
中庭で洗濯物を洗っている母が何も持たずに手から水を出している姿を見て慌てて呼びかける。
「どうしたの?お腹空いたの?」
「ちがうよ。おかあさんのてからでてるみずのだしかたをおしえて」
「もう何度も言ったでしょ。アレンにはまだ早いの」
やっぱり駄目か。
最初に見たのは赤ん坊の頃だった。
母が手から水を出して洗濯物を洗っている姿を見てここが剣と魔法のファンタジー世界だと悟り直ぐに母に出し方を聞いたが駄目だと即答された。
「な、なら、おしごとのてつだいをするから!」
俺は今まで何でも反対しない良い子に育ったと思う。
そもそも、欲しい物も無かったので何かを強請ったことは無いが…ここは譲りたくない。
男の浪漫が目の前にあるのだ。
「駄目よ。アレンは遊ぶのが今は仕事なんだからしっかり遊びなさい」
しかし、母も引き下がらず洗濯物を干しに行ってしまった。
母は基本的に俺に甘い。
大抵の事は許してくれるし、怒った姿も見たことが無い。
しかし、何故か二つだけ俺に絶対に許さないのが今の二つだ。
四歳の子供に手伝わせるのを気が引けるのは分かるが、物を運ぶだけの手伝いだけでも出来るのに絶対にやらせてはくれない。
そして、魔法だ。
母だけではなく父も火属性が扱えるのでお願いしたのだが教えてはくれない。
謎が増えるばかりであった為、本が読みたいと言った時には村長の家しかないと母が村長に頼み、何時でも来ても良い券を頂き、通えるはずがミリアが来て一度も行っていない。
色々と情報収集も兼ねて村長の家に行こう。
「おかあさん。そんちょうさんのおうちにいってきます」
「あら、行く気になったのね。一人で大丈夫?」
「すぐとなりだからだいじょうぶ」
母は心配性の性格で俺が中庭で遊ぶ分には何も文句は言わないが、外に出る時は常々心配される。
逆に父は放任主義で男は野に放ってこそ逞しく生きると何処か野生人のような心構えを持っている。
だが、村長の家は近くミリアの家の反対側にあるのだ。
歩いて五分もしない内に若干他の家よりも大きく、二階建ての家に辿り着く。
村長と言うのは儲かるのだろうか。
俺には良く分からないが、扉をノックして返答を待つ。
「はい。どちらさんかな」
「ぼくはアレンっていいます」
扉から現れたのは白い顎髭を伸ばし、白髪頭のお爺さんが優し気な笑みを浮かべて現れた。
「ほうほう。君がジダンとカリナの娘か。ようこそ村長のディオスという。よろしくな」
「よろしくおねがいします」
「良い教育をされとる。礼儀正しい子じゃ。中に入りなさい」
もっと強面の人や屈強でぶっきらぼうな人かと思えば普通に優しい人だ。
中に入りディオスさんと共に部屋の中に入れば綺麗に整頓されているリビング、少しばかり高級感あふれるテーブルの中心には花が飾られ、オシャレな雰囲気も出ている。
この家だけ別次元みたいだ。
「おや、客人でございますか?」
執事だ!!
目の前にタキシード姿の爽やかなイケメンの男が一礼して現れる。
「そうじゃ。儂の友人の息子じゃ。少々書斎の方で本を読みたいとの事じゃ」
「この歳で字が読めるのですか?」
執事が疑いの眼差しを向けるが当然だよな。
「うん!いつもほんをよんでたからおぼえたんだ!」
親にはミリアに本を読ませようと字を覚えたと説明すると微笑ましい目で見られながらも納得してもらった。
なので、ここでも有効活用させてもらおう。
子供らしさを滲み出しながら喋るのは難しいが、何とか甲高い声を上げる。
「これは勉強熱心な子供ですね。将来が楽しみだ」
ドストレートに爽やかイケメンかよ。
俺の頭を一度撫でた後、仕事に戻りますと再度一礼をしてフラウスさんは俺達の間を通り過ぎていくが、リアル執事をこの小さな農村の中で見ることになるとは思いもしなかった。
「ここが儂の書斎じゃ」
「おおおお!!」
年甲斐もなく大声を出して喜色に満ちた笑みを浮かべてしまう。
目の前には俺の前世の身長以上の本棚が並び、本で埋め尽くされている。
「すまんのんじゃ。儂の本で一杯で汚いしここは掃除も行き届いておらんのんじゃ。何か見たい本はあるんじゃ?」
「まほうのほんがよみたい!」
「そうじゃなあ……。初めは危険の少ない水魔法から読むんじゃ」
ディオスさんは既に何処に本が置かれているのかを把握しているようで迷うことなく四段目の本を取り出して俺に渡してくれる。
「ありがとうございます」
「良いんじゃ。本当にジダンの所は良い息子を持っておるんじゃ」
最後にディオスさんに再度頭を撫でられて部屋を後にして俺は書斎に一人で引き籠る。
さあて、今から色々と情報を集めないと駄目だ。
俺は異世界に来て四年目でありながら、まだ異世界の魔法に関してもステータスの概念も何一つ知らない。
異世界転生した中の人間では多分一番遅れている人だと自負している。
だが、不思議と悲観的にはなってない。
人生とは往々にして上手くいくことの方が少ない。
自分が行いことを常に行動し続けられるなら俺は前世で波乱万丈の生活なんて過ごしていないし、夢を追いかけている人が全員叶う訳もない。
俺は今までの人生で少しでも自分の行いことを達成出来れば御の字だと思っている。
今回、少しでも異世界の情報を手に入れることが出来るのを幸運としよう。
『水魔法について』
端的に書かれている題名を見て中身を見るが…中々に単純すぎる。
内容はいたって簡単で水魔法が相手に衝撃や動きを鈍くする効果があるなどの情報や、生活にも使うことが出来ると述べている。
ページをスラスラと進めていくが、殆どが水魔法の特性やらが書かれ魔法を発動させる条件などは記載されていない。
「ん?」
最後のページに『この文字を口に出し発動することが出来るか、否かが分かる』と文章が見え、最後には【ウォーターボール】と書かれた端的な文字が残されている。
これを唱えれば魔法を放つことが出来るのか?
最初から水魔法の本を読んだが、最初にこの世界についての情報を調べてからでないと危険な気がする。
魔法が魔力を消費して発動させるのは理解したが、今の俺にどれだけの魔力が備わっているのかが分からない。
今までの異世界の知識では魔力切れなどを起こして気絶や気分が悪くなっている人も存在していた。
万が一、ここで魔法を唱えて発動したが魔力切れで気絶して家にディオスさんが運びましたなどと起これば、母に二度と行っては駄目と禁止される気がする。
ステータスが分かれば、後はディオスさんに水魔法の魔力の消費量を聞いて試すことも出来るのだが、ステータスが分からない以上試すのは危険か?
男心を擽る魔法を放ちたい欲求とこの先の事を考えて踏み止まっている理性がせめぎ合い固まってしまう。
「ふしんしゃがいるわ!」
「はい?」
水魔法を発動させるか迷っていると、横から男性の俺よりも低いソプラノ声が聞こえ振り返ると肩までなびかせている金色の髪の毛に綺麗に透き通った蒼眼の王女様らしき風格の女の子が現れた。
服はドレス基調で、ピンク色の服を着ている。
「わたしのめはごまかせないのよ!」
……また、面倒な奴に絡まれた気がする。