二人の能力
日は移り、今日は俺達と共に行動するのはサーニャの家のメイドであるアンヌさんだ!!
何でこんなに興奮しているかって?
お団子ヘアの赤髪、紅の瞳にメイド服とか最高過ぎる!
初めてサーニャの家で見た時の興奮は忘れない。
「アンヌさん、今日はありがとうございます!」
「いえいえ。ディオス様から森に行くことは聞いていましたがもう魔物と戦えるほどに強いなんて凄いですね」
「ありがとうございます」
今日は俺とアンヌさんで先頭を歩いて行く。
いやー、このメイドのアンヌさんの何が良いかって母性が溢れてる。
人を甘やかしてくれるであろう大人の女性と言う雰囲気がもう身体から放たれているのだ。
これぞ、男性の求めるお姉さんだ!
「アンヌさんは魔法が扱えるんですか?」
「多少はですけどねぇ。炎魔法と風魔法が得意ですよ」
「炎魔法なんてここでは滅多に使えないですし、何処かで扱える場所を知りませんか?」
「そうですねー。私もメイドとして働いている間は余り使わないのでちょっと分からないですね」
「残念です。炎魔法とか教えて欲しかったんですけど」
教えてもらえる場所があればアンヌさんに魔法の勉強を甘えながら出来るなんて想像しただけで涎が…おっと。自重しよう。
だけど、本当に癒し系のお姉さんって形ですばら……、
「――――ッ!!」
全身に悪寒が駆け巡り、背後を振り返ると後ろの女性陣からジト目で見つめられていた。
おかしいな。
殺気が含まれた気がしたぞ?
気のせいかな?
気のせいだ。
「もしも見つけたらこっそり教えてあげますね」
後ろの殺気を他所にアンヌさんがウインクをして人差し指を口に添える姿に俺は悶絶してしまう。
「はい!是非、教えて下さい!炎魔法も出来れば教えて欲しいです!」
「フフフ。アレン君は勉強熱心なんですね」
「いやー、僕なんてまだまだで……」
あれー?
殺気が先程の数倍は膨れ上がってるぞ?
俺、殺されないよね?
「ご主人様、魔物を見つけました。こっちです」
後ろの殺気に冷や汗がダラダラと流れていると、ファインが俺の服を掴んで引っ張っていく。
「ファイン!?いや、行ってくれればアンヌさんと一緒に」
「こっちです!」
「は、はい!」
初めて見るファインの有無を言わせない言葉に首肯してされるがままに付いて行く。
ああ、アンヌさんとの数少ない接点が……。
「アレン、デレデレしてる」
「本当よ。炎魔法だって私が教えてあげるから」
ファインに引きずられながら両隣でミリアとサーニャが俺の耳を引っ張る。
え!?もしかして二人とも嫉妬して…イタ…可愛い所も……イタタタタ!!
「ミリア!お前は力加減を覚えろって!耳が千切れる!」
思考もままならない程の痛みが来た。
ミリアがジト目で俺を見ながらも耳を放してくれた。
「全く、アレンってば」
「嫉妬してるのか?可愛い所もあるな」
ふざけた形でミリアに対応すると無言で顔面パンチが飛んできた。
…うん、ミリアにふざけるのはもう止めよう。
暴力キャラにでもなったら大変だ。
「……ん、すみません。ご主人様、魔物の匂いが少し遠くなりました」
歩いていたファインが立ち止まり俺の方を振り返り怪訝な表情を浮かべる。
「どうかしたのか?」
「恐らくですがB級以上の魔物が近くにいるかもしれません。D級の魔物は恐れて走ってる可能性もあります」
「…そうですね。最近は魔物も活発化してD級の魔物も森を出て村の方まで来てるという話もあります」
B級の魔物か…。
戦ってみたいけど母さんとの約束を破って戦うと流石に怒られるよな。
「このまま帰るよりも、近くに魔物が来たら狩るパターンにするか」
「そうですね。それが良いと思います」
俺とファインとタマで森に入るときも同じことが起きた。
その場合は魔法の検証を行い、魔物が近くに来たら倒す待ち伏せ&戦力増強作戦で待っていたのだ。
「なら、あちしが周囲を一度見ておくにゃ」
「頼むよ。ファインも一応警戒してくれる?」
「お任せください!」
タマとファインに指示を出し、俺はミリアとサーニャと対面し口角を上げる。
「良し、ここで能力の実験といこうぜ!」
「「おお!!」」
二人から満面の笑みが返ってきたことが素直に嬉しいが、やはり二人とも試したかったのだろう。
「サーニャが並行詠唱と同時展開だっけ?」
「そうね。どちらから試したい?」
「私は同時展開かしら。ちょっと面白そうだわ」
「ミリアは斬撃と速度上昇、限界突破だね。限界突破は難しそうだし」
「斬撃がやりたい!カッコ良さそう!」
ミリアの即答にそうだろうなと思っていたので微笑を浮かべてしまう。
「じゃあ、二人とも頑張って。俺は向こうでアンヌさんと一緒に魔法の練習を」
「「ここで見てて!!」」
「……はい」
二人のこれでもかと言わんばかりの食い気味の発言に抵抗などしようものなら能力の実験台にされかねないので、大人しく従う。
「同時展開って何か分かる?」
「俺の予想で良いなら多分だけど、違う魔法を同時に発動できるって事じゃないかな」
「水魔法を使っている時に風魔法が使えるみたいな形?」
「だと思うな。まあ、試してみれば分かると思うよ。だから、俺はアンヌさんの所に」
「アレン!斬撃ってどうやるの!」
アンヌさんの所に行き仲良く談笑しようと試みるのだが、次はミリアが手を挙げて俺が貸している真剣を持って満面の笑みを浮かべている。
どれだけ強請られてもその剣だけはあげないからな?
「その能力は俺も持ってるから気になってたんだよ。恐らくだけど風魔法の剣バージョンだと思うけど、一度試してみてくれない?」
変幻自在の能力が楽しすぎて忘れていたが、俺も斬撃の能力は持っていた。
「やってみるね!」
ミリアが言うと全力で剣を振るう。
その先には爆風が吹き荒れ近隣の草が荒れ狂うほどの風が舞っていた。
「あれ?出来ないね?」
「うん、もうミリアには必要ないかもね」
「何で!?」
能力を使わなくても爆風が出せるんだからもう必要もない。
例えば俺が炎魔法を扱ってもミリアの素振りでかき消される気がする。
ミリアには能力が無くても腕力でねじ伏せることが出来そうだ。
「後は自分で頑張ってみなよ。斬撃って口に出してイメージするのが良いと思うから。俺はアンヌさんとお喋りに」
「だめ!」
甘えさせる母性溢れるアンヌさんとお喋りタイムに移行しようとしたが、ミリアが俺の服の裾を摘まんで離さない。
「ええ」
アンヌさんと喋る機会なんて少ないから今の内に沢山喋って次の出会いの場を求めたいのに、
「私…アレンがアンヌさんと話してるの見るの嫌なの!」
少し顔を朱色に変え我儘な子供の様に喋るミリアの表情に俺の心臓の鼓動がやけに早まる。
え…ちょっとミリア。
それってもう言わずとも俺の事を恋愛対象として――――、
「アレンのだらしない顔を見ると凄い殴りたくなる!」
「へ?」
あれ?何かラブコメの雰囲気じゃないような…、
「目がだらんとして口元がだらだらで気持ち悪いんだよ!」
気持ち悪いを力説するなよ。
ああ。何を俺は期待しているのだ。
目の前の女の子は天然純粋無垢なミリアだぞ。
恋愛って剣で斬れるの?固いの?と言わんばかりの純粋な子供の持ち主に俺が期待したのが悪かった。
べ、別にミリアの事なんて気にしてないんだからね!
「自分だと分からないけど…まあ、分かったよ。付き合うからもう一度試してみて」
「うん!」
ミリアが何度も試すがその先で草花が暴風に泣き出すように荒れ狂い、何束か散っていく。
「アレン、複数展開はやっぱり二つの魔法みたいなんだけど…これ、凄い集中力がいるんだけど」
次はサーニャが疲弊しきっているようで、汗を拭いながら膝に手を置く。
「どんな感じで出来るの?」
「そうね。簡単に言うと今までは一つの手に魔力を全部集中させる形なんだけど、複数展開は全身の魔力を二分割にして右手と左手に分ける形ね。…正直に言うと集中しないと絶対に無理。魔力が維持できなくて使う前に消えちゃうのよ」
魔法に関しては真剣でツンデレを含まないサーニャの相談に思案する。
「…例えば、二つ目は少し集中して出来る形を作りつつ、一つ目を敵に牽制ともしくは倒す一撃目にして二撃目の為の右手って感じは駄目?」
「…分かる気もするし、ちょっと分からない感じもするわね」
「うーん、説明が難しいんだけど簡単に言うと保険って形かな。一撃目が外れた時ように少し準備しておくみたいな形で良いと思うよ。段々と慣れたら連続で攻撃を出すみたいな」
「分かったわ。ちょっと試してみる」
ミーシャは一度深呼吸をしてもう一度複数展開に取り組んでいるようだ。
……頑張れサーニャ。
「アレン!」
「ん?今度はどうした?」
「全力で剣を振るうとね凄い草が散るんだけど、これって斬撃になるのかな?」
ミリアが気迫の籠った目で全力で剣を振るう度に暴風が吹き荒れ草花が先程よりも散っていく。
「うん。もうそれで良いと思うよ」
「アレンが冷たいよ!ファインちゃんの次は私に厳しくするの!?私は甘いのがいいよ!」
ミリアが涙目で訴えてくるが…だってミリアにもう能力とか必要ないだろ。
剣を振るうと暴風が出るんだぞ?
もう剣で風魔法を起こしているのと変わらない。
「だってもうミリアは強いじゃん」
「違うよ!もっと強くなるんだよ。そして、竜騎士みたいになるの!」
あー、何度も読み聞かせをした竜騎士のお話ね。
もうミリアに散々読まされたので本が無くても朗読が出来てしまう。
街を破壊し絶望に追いやる竜を一人の剣聖が立ち向かい倒した。
その剣聖だけは普通の剣聖ではなく竜騎士と呼ばれ国の平和を守ったと、そんな絵本を何度も呼んでいるので憧れるのも仕方は無いし、ミリアなら本当になれる気がする。
「私はアレンに最近負けてばっかりだしここで強くなるんだよ」
「一つ言わせてもらうと斬撃は覚えても人に向けて使ったら駄目だよ?」
「え!?何で!?」
「当たり前だろ!そんなの食らったら死ぬわ!」
穏やかに話していたのに思わずツッコんでしまう。
ミリアの斬撃なんて考えただけでも恐ろしい。
腕一本を軽く吹き飛ばしそうな気がする。
「ちぇ、でも練習しよ!」
気を取り直した様で斬撃を放とうとミリアが奮闘し、サーニャの両手にはウインドカッターとウォーターボールが置かれて徐々に完成へと近づいていた。
「サーニャはもう少し肩の力を抜くにゃ。力を入れすぎると集中が最後まで続かないにゃ。自分が楽だと思う時は時に力を抜くのも大切にゃ」
「分かったわ。試してみる」
いつの間にかサーニャの所にはタマが付いて専属指導をしていた。
「あ、そう言えば昨日はタマは静かだったな」
サーニャの邪魔にならない程度に離れてタマの隣まで歩く。
気にはなっていたが昨日はタマはフラウスさんの後ろに立ち、静かに進んでいた。
「あちしはあの男が好かないにゃ」
「フラウスさんのこと?」
「そうにゃ。何か取り作ってるようないけ好かない笑顔が嫌にゃ」
まあ、フラウスさんは完璧ドストレートイケメンみたいなあ人だよな。
正直、あそこまで爽やかだと学園に居たら大層モテただろう。
羨ましいな。
けど、俺だって学園に行って女の子にちやほやされるんだからね!
「まあ、ドストレートにイケメンだよね」
「完璧すぎたら面白くないにゃ。普通に馬鹿なアレンの方がまだ良いにゃ」
「もしかしての可能性も無くて褒めてないよね?」
「大絶賛にゃ」
それを誉め言葉として受け取る人間などいないだろ。
まあ、タマの言いたいことは分かる。
完璧すぎると逆に疎まれることもある、嫌われることもあるだろうし俺の事も嫌いな人だっているだろう。
『――――人の嫌いな所を見つけるのは簡単で、良い所を見つけるのは大変だよ。だけど、それを見つけた時に本当に好きになれるんだからね』
つい、ふと前世の頃の懐かしい思い出が頭に過ってしまった。
「タマ、別にさ強制的に仲良くなれとは言わないけど、少しでも良い所を探して見ろよ。初めはうざくて大っ嫌いな奴でも――大好きになるってあるんだぞ」
「……初めてアレンの心の籠った言葉を聞いた気がするにゃ」
「何時もの俺はどうなってるんだ」
「悪く聞こえたなら訂正するにゃ。だけど…少しだけ実感が籠ってたにゃ」
この猫は本当に察しが良過ぎるよ。
なあ――――《《エリー》》。




