説得
――――魔物との戦闘九日目
「……終わったけど、魔石は一体何個ぐらいあるか分かる?」
「五十個はあると思います」
ファインが小さいポーチ袋に今までの魔石などもため込んでいるのだが、そろそろ魔石を換金しないと溢れてしまう。
明日の時ように少しは換金したいけど冒険者ギルドが無いから換金場所も無い気がする。
「明日の朝は魔石の換金所でも探そうか」
「それも良いですね」
さあ、お待ちかねのファインの可愛い選手権だ。
正直魔物は今は楽勝なので問題ないし、お金を集める事よりもファインの可愛い仕草を披露するのが一番の優先事項だ。
後、母の拳骨が和らげば御の字だ。
今日は何にしようかなー。
「アレン、顔が気持ち悪いにゃ」
「今日はどうしようかなって思って」
「ご、ご主人様、あんまり恥ずかしいのは」
ファインがおろおろとしているが、余程昨日の件が恥ずかしかったようだ。
恥ずかしいのは嫌なのか。
ファインには嫌われたくないし、今日は恥ずかしさ少なめの可愛さを追求するべきか。
中々難しいが、ファインに関して俺が思い付かないことなど無いが、中途半端なのも嫌なので今日は保留にして、普通に帰ろう。
森を出て柵から降りて毎度お馴染みに母と対面する。
「「やっほー!」」
感動の再開風に両手を広げて待ち構える態勢を整えると拳骨が俺達を向かい入れた。
……これも駄目か!
「全く、何時からこんなにやんちゃになったのかしら」
母が俺達を引きずりながら溜息交じりに呟く。
「母さん」
「なに?」
「僕は何時でも少年の心を胸に秘めてるんだよ!」
親指を立ててどや顔で呟くと、母の二度目の愛の拳が舞い降りた。
「おお!超痛い」
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないけど、今日はファインは呻き声を上げてないんだな」
「はい。段々慣れてきました」
慣れるものではないだろ。
「あら、ファインちゃん。お仕置きが足りないのかしら」
母の鋭い眼光がファインを捉え、ファインを掴む手がコキコキと鳴っている。
「……ファイン、急に頭が痛くなりました」
あからさまに嘘っぽい風を装いながらファインは痛がるふりをして俺達は家に帰った。
だが、そこではミリアとサーニャが父に詰め寄っている姿が見えた。
「ずるい!!アレンだけずるいよー!私も魔物を狩りに行きたい!!アレン、魔物を狩りに行ってから強くなってるもん!ずるいよ!」
ミリアが父に何度も懇願している姿を見て直ぐに何を言っているのかが理解出来た。
俺は魔物との対戦を何度も重ねるごとにミリアに負ける回数が減っているのだ。
当然ながら色々と経験も糧にして戦っているのでミリアが負ける確率が高くなるのは当然の結果だ。
しかし、ミリアは納得出来ない様で自分も行きたいと父に懇願している。
「そうよ!アレンだけずるいわ!アレンは魔物を狩ってから急に的当てが上手くなってるのよ。何かコツを掴んだに違いないわ!私も行きたいわ!」
「それを俺に言われてもなぁ」
二人に詰め寄られて父が困惑した姿を見せるが、そりゃあそうだろうな。
何で二人とも父に詰め寄るのだろうか。
自分の親に話した方が早いと思うんだけど。
「ただいま」
「アレン、正座してなさい」
「……はい」
母の手から逃れ朝ご飯を食べようと試みたが通じずにいつも通りの定番の場所でファインとと共に反省の印で正座をさせられるので、二人の攻防を暇つぶしに見させてもらう。
「あ!ママでしょ!?お爺ちゃんに何か吹き込んだの!」
「私もだよ!」
今度は二人が母に詰め寄る姿を見せるが…吹き込んだ?
「お爺ちゃんが私をアレンの家に行くまで見張ってるのよ!今まで無かったのに絶対にママよね!?」
「私もだよ!お父さんがずっと私の方を見張ってるんだよ!アレンの家以外に行ったらご飯抜きって言われた!
「当たり前でしょ。二人がこのやんちゃな息子に感化されないようにきちんと注意をしたんだから」
……成る程。
だから、父に詰め寄り母に喋っていたのか。
母は見た目通り賢い人…と言うよりは、サーニャとミリアの性格を良く把握している。
「アレンが何時も行ってるんだから私も行きたいわ!ママ、お願いだからお爺ちゃんに見張りを止めるように言って!」
「私もだよ!」
二人がデパートで玩具を買わないならここから動かない!と駄々を捏ねる子供状態だ。
苦笑いを浮かべて二人の様子を見ていると、父がこっそりと俺の隣に腰掛ける。
「どうしたの?」
「アレン、悪いんだが――――少しの間だけ魔物を狩りに行くのを辞めてくれないか?」
「え!?な、何で!?」
父が母の方を見ながら静かに喋るので、俺も動揺しながらも静かに父に聞き返す。
今まで母が何度も注意はしていたが、父が俺に何かをするのを辞めろと言うのは初めての事だ。
「母さん、本当にそろそろ出産するんだ。母さんがもうお前たちの方に行っている間に出産したら困るだろ?」
「ちょ、ちょっと待って。俺、父さんとの約束は破ってないよ」
母が心配性なのは分かっている。
父から俺のお爺ちゃんが冒険者で戦って死んだ話を聞き、無茶をするなという父との約束を俺は一度も破っていないのも理解して欲しい。
本当は一日中でも魔物を狩りに行きたいのを諦め、朝一だけ一時間、二時間も掛からずに帰りを心配させないように検証も一回か二回で辞めて、無傷で帰ることを心掛けている。
「分かってる。お前が毎日無傷で帰ってるから母さんも余り怒ってない。だけど、心配なのは心配なんだ。ずっと行くなとは言わないが数週間だけ我慢してくれないか?」
「……心配させななくて、母さんが安心したら良いんだよね?」
父にも譲れない物があるかもしれない。
だけど、俺にも譲れないものはある。
妥協してそれでも駄目なら更に説得するしかない。
「…そうだけどなあ。そこまで魔物を狩りに行きたいのか?」
「うん。絶対に行く」
今、ようやく成長している真っ最中で途中で辞めるなんて絶対に嫌だ。
「あ、あの」
俺と父が話していると正座をしているファインが声を出す。
「ご主人様は凄い…楽しそうなんです!何時も頑張っててファインも初めは心配だったんですけど、強くて…それをクレアお母さんにも伝われば大丈夫だと思います!」
「…ありがとな、ファイン」
俺をフォローしてくれるファインの頭を撫でて、父と対面する。
「と言う事で、お昼に色々と話すから」
「――――何を二人でコソコソと話しているの?」
「「うお!?」」
二人で話していると、ジト目の母が俺達を睨みつけていた。
「いやー、アレンとお昼に色々と皆に話したいって聞かされてな」
「何を企んでいるのかは知らないけどお父さんは早く仕事をしてらっしゃい」
「はい!」
母に逆らわない父が全速力で支度をして仕事に行った。
常に元気な父だ。
「全く、『開眼の儀』以降に遊んでばかりなんだから」
「そう言えば父さん、夜にいない時があるよね」
「お父さんは隣のディオス村長と『開眼の儀』で凄い意気投合したらしくて、お酒を大量に飲んで帰ってくるのよ。何度も私がディオス村長さんの家に行ってお父さんを連れて帰ることもあるし、親子揃って困らされたものね」
「アハハハ」
空笑いしか浮かばず母の顔を真っすぐ見ることが出来ない。
「ねえ!アレンは何を掴んだの!?教えてよ!」
「そうよ!何で的当てが急に上手くなるのよ!」
二人は母が駄目だと気付き、今度は俺に飛び火が来た。
「…うーん、色々とあるけどお昼に俺が魔物を討伐した成長の成果を皆に見せるよ」
「「絶対だからね!!」」
「はいはい」
絶対に母を説得して朝だけでも俺は魔物討伐に行く。
それだけは何があっても譲れない。
だけど…母が納得して迎えに来なくなったらファインの可愛い選手権が…出来なくなるのかな…。
ファインの可愛い選手権が見たい人と質問したら百人中百人は手を挙げると思うので、今度からは母がいなくてもやってもらおう!




