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開拓

 今日は絶対に魔獣を狩りに行く。

 昨日、ミーシャから誕生日プレゼントとして真剣を受け取って振ってみたが以前まで父に買ってもらった剣よりも軽く振りやすかった。


 魔法はまだ五十点しか取れないが、剣術で補って魔獣を狩りに行く。

 マヤのお父さんが軽装も俺に渡してくれたし、防御面でも問題はない。


 そもそも、今までミリアの攻撃を受け止めて来たので魔獣の攻撃ぐらいは平気だと思うが念には念を入れるのは当然だ。

 朝早くに母の目を盗み、少し出掛けてくるという置手紙だけを残して家を出る。


 「さあて、まずは森か」


 父が言うには魔獣が活性化して少し森の前にも塀が用意される程に増加していると聞く。

 森の中に入れば魔獣が蠢いているのだろう。

 楽しみだな。


 農村を出て森に近づくと俺の少し身長以上の塀が長く作られ森を囲むようにして出来上がっている。

 この程度なら登ればいけるか。


 伊達に今までミリアと剣術勝負をしていない。

 着実に筋力も耐久も、体力も増えているので軽々と塀の上にある槍にだけ注意をして登って乗り越える。


 「――――ご主人様!!」


 「え?」


 前に歩み始めた瞬間に背後から可愛らしい声が聞こえて振り返ると、ファインが駆け足で俺の方に来ていた。

 ……何でいるんだ。


 「ふ、ファイン。お前、どうしてここに」


 「ご主人様の匂いを辿って来ました。あの、ここは森の中ですよね。危ないとクレアお母さんとジダンお父さんが行っていました」


 塀の向こう側でファインが森を見て呟くが、なんと誤魔化したものか。


 「ファイン。こいつは森の中で魔獣を狩るきにゃ」


 ぎくりと心に矢が刺さるような的確な言葉にファインの上を見ると、猫が眠たげに欠伸をしながら確信を突く言葉が聞こえた。


 「だ、駄目です!危ないです!」


 「分かってるんだけど…」


 これ以上、悠長な事はしている場合ではない。

 学園に行くためのお金も溜めたいし、レベルも上げないと成長出来ない。


 「お前さん、一応言っておくけどこの森は危険ニャ。何が起きているのかは知らにゃいが、魔獣が殺気だってるにゃ。ここをファインと抜ける時は馬車に居てもあちしのサポートが無ければ死ぬ可能性もあったにゃ」


 そう言えばこの猫は広範囲を見れるとかヴォルさんの手紙に書いてあったな。


 「まあ、深くは行かないし適当にこの辺で狩るだけだから、母さんや父さんには内緒にしてね」


 これ以上押し問答を繰り広げても俺には分が悪いので早速森に入ろう。


 「あ、あの!ファインも連れて行って貰えませんか!?魔獣を狩ることは出来ませんが匂いで危ない物とかは分かります!ご主人様にお仕えしてる身として連れて行って欲しいです!」


 ……絶対に言うと思って直ぐに行こうと思ったのに、今までのファインとは一味違い決断が速いなぁ。

 だけど、危ないんだよ。


 俺が何を言っているんだと思われるかもしれないが、魔獣は子供だろうと容赦はしない。

 どうにかファインを諦めさせる方法は……、


 「そうだね。この塀をファインが自力で乗り越えたら」


 「やります!」


 俺が言い切るよりも先にファインが元気よく挨拶をしてファインが塀を登ろうとするが、途中で手が滑り落ちる。


 「待っていてください。直ぐに登ります!」


 塀から落ちてもファインは顔を拭い塀を登ろうと奮闘していく。

 甘やかすな。

 これはファインが魔獣に危ない目に遭わせないために必要な……、


 「……ファイン、手に捕まって」


 「は、はい」


 無理だ!!

 もうファインに厳しくするとか俺には絶対に無理!


 「ありがとうございます」


 ファインの手を掴み、引き上げて塀の向こう側に連れて行く。


 「一緒に行くのは良いけど絶対に離れたら駄目だよ」


 「はい!大丈夫です!はぐれても匂いで分かります!」


 最初も言ってたけど俺に匂いとかあるのかな?

 子供にして加齢臭漂わせてるのか?


 「あ!ち、違います!ファインは一人一人の匂いを判別できるんです!」


 俺が自分を匂っているとファインが慌てて弁明してくれる。

 なんだ。

 この歳で加齢臭漂わせてファインに嫌われるなら今すぐ香水を自作で作り出すまで森から帰れませんの企画が始まる所だった。


 「良し。行こう」


 ファインと猫を連れて俺は本当に初めての森に入った。

 辺りは薄暗く、朝に差し掛かる時間にも関わらず夕方と錯覚してしまう程には暗い。


 「なあ、猫。この辺の魔獣がいる場所とか特定出来る能力とか持ってない?」


 「そんな大それた能力はないにゃ。あちしは360°を見渡せるだけにゃ」


 それも十分凄いとは思うけど、魔獣の場所は分からないか。


 「一匹目を見つければ後は簡単だと思うにゃ」


 「ん?どういうこと?」


 「ご主人様、少しだけ声を抑えて頂いても良いですか?」


 「え、う、うん」


 ファインが真剣な表情で地面に耳を近づけて目を瞑る。

 ……何をしているんだろう。


 「聞こえました!こっちに小さな足音の魔獣がいます」


 ファインが起き上がり指を差すがその方角には何も見えない。


 「どういうこと?」


 「こっちに来てください!小さい足音なので強くもないと思います!」


 「え!?場所が分かるのか!?」


 「はい。分かります」


 何て有能な子なのだ。

 可愛いだけではなく有能とはハイスペックそのものだ。

 ううう。偉いなファイン。


 心の中で号泣しながらファインに付いて行けば、静かにその場に屈む。


 「ご主人様。ボアです」


 ファインの隣の茂みに隠れながら顔を覗かせると、数メートル先にボアと呼ばれる魔物がいる。

 猪に似ているが、体毛が黒紫色で口周りに付けられいる角も若干大きく普通の猪の何倍もある。

 大きさは変わらないが十分狂暴そうな面構えだ。


 「ここからは気配を消して後ろから倒せば大丈夫です」


 狩りの基本か……。

 ファインの言うことは最もだが、今回は俺は魔獣を狩りに来たわけではない。

 自分の実力を知りに来たのだ。


 「ファインはここで見ててね」


 「え!?ご主人様!?」


 自分の実力を知り、自分の現時点の強さを知らなければこの先で戦い抜く音は出来ない。

 茂みから抜けてボアの前に姿を現し、真剣を抜く。


 「さあ、初陣だ」


 剣を抜いた途端、ボアも戦闘態勢に入ったのか足を何度も動かし突撃する準備をしているように見える。

 殺気だった目が俺を捉え、脚を一歩引き待ち構える体制を整えるとボアが俺に向かって突撃した。


 速いが…ミリアほどではない。

 突撃したボアの角を剣で滑らせながらいなして相手の死角に回り込む。


 俺は魔法の標準を合わせるのはまだ得意ではない。

 ミーシャは既に二百点に近づきつつあるが、俺は五十点で圧倒的な差があるので遠距離から牽制しながら戦う器用な事は出来ない。

 

だから、遠距離ではなく――――零距離からだ。

死角に回り込んだ瞬間に手をボアの体毛に付ける。


 「ウォーターボール!!」


 手から水の球が出ると、零距離でぶつかり合うボアが身動きも取れずに二転、三転と転がり、焼き焦がれるような肉の様にジュッと音を出して消滅する。

 ボアがいた所を見ると指の第一関節ぐらいの大きさの透明な魔石が落ちていた。


 「これをお金に変えられるのか?」


 うーん、あまりに小さすぎるしお金の足しになるとは思えないな。


 「ご主人様!凄いです!」


 「中々やるにゃ」


 茂みに隠れていたファインと猫が現れて称賛を送ってくれるが、


 「まあ、相手は突進しかしてこないような相手だからね」


 「それでも凄いです!」


 ファインがピョンピョンと跳ねて感激を露わにしているが、猫はその場で顎に手を当てて浮いている。


 「お前さんは不思議にゃ」


 「何が?」


 「普通はビビるにゃ。殺気と立ち向かうにはそれなりの覚悟がなくちゃ無理にゃ。剣聖にも勝つし不思議な奴にゃ」


 ああー、全然意識してなかった。

 俺の場合は前世で殺気だった目の方々と日々激戦を繰り広げていたからな。

 慣れているけど五歳児の俺が殺気に慣れるとか有り得ない。


 「まあ、ミリアとの対戦は負けたら危うく命を取られるからね。何時も、ギリギリの戦いをしたから見に付いたんじゃないかなー」


 アハハと誤魔化すが、猫がジッと見つめてくるので話を逸らすことに決定。


 「良し、今日はお試しだし朝早かったから戻ろう」


 「そうですね。まだ、ミリアさんやミーシャさんも来てないですから、来るまでしっかりお休みください」


 今日はお試しで一体ぐらい倒したいなとは思っていたのでもう今日の分の功績は手に入れた。

 後はこれを毎日続けて少しずつ数も増やせばいける!


 「森の抜け道とか分かる?」


 「あちしが分かるにゃ」


 「おお!」


 猫に付いて行けば深く潜っていた訳でもなく、直ぐに森を抜けることが出来た。


 「今日は一体だから明日は十体ぐらい倒したいな」


 「任せて下さい。ファインは一度匂いを覚えると直ぐに判別することが出来ます。次からボアは直ぐに分かりますよ」


 「本当か!?これは、十匹でも二十匹でも倒すことも出来るかもな」


 レベル上げをすることも達成できそうだし、今日は朝から最高だな。

 ファインや猫がどのような活躍をするかの予想も立てることは出来たし、明日はもう少し魔法を使って魔法のレベルも上げたいな。


 ファインと話しながら塀を登っていると、ファインが急に止まり目を大きく見開いている。


 「魔法のレベルも上がれば試すことも増えるし楽しみだな。ファイン」


 「ご、ご主人様…ま、まえ」


 ファインが固まって震える指で前方を差すが誰かいるのか?


 「ファイン、誰かにバレてもな適当に誤魔化せば……」


 満面の笑みを浮かべて俺は固まってしまった。

 冷や汗が尋常ではない程に流れ、塀を登っていた足が動かない。


 「――――中々面白い話をしてるのねぇ」


 ファインと横を向いて話してて全く気付かなかったが、塀の前で満面の笑みで全く笑っていない――――母が仁王立ちしている。


 「あの…全部聞いて」


 「何を何体倒すのかしら」


 「あ、あの…俺ちょっとお腹が」


 「早く降りてらっしゃい」


 有無を言わせない母の言葉に俺は顔面が蒼白なファインを引き連れて塀の中に戻ってきた。


 「あなたたち――――覚悟は良いのね?」


 「「――――」」


 俺達は何も喋ることが出来ず、母に首根っこを掴まれて引きずられ、猫はファインの服に隠れてしまった。

 猫さ、魔獣の殺気だった目に立ち向かうのが凄いとか言ってたけど、母の殺気だった目に逆らうのは俺でも無理だわ。


 魔獣より恐ろしいだもん。

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