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サーニャの一日

 朝、何をしなくても同じ時間に目が覚める。

 瞼を擦り、重い腰を上げ換気の為に窓を開け、背伸びをして外の景色を数秒眺める。

 まだ、太陽が昇り切ってない青暗い空が窓の隙間から見えた。


 顔を洗い、私は私服に着替えを済ま外で花に水やりをしているお爺ちゃんと挨拶をする。


 「おはよう、お爺ちゃん」


 「ああ、おはようサーニャ。今日もアレン君の家に行くのかのう?」


 「うん。行ってくるわね!」


 「迷惑は掛けるでないのう」


 「私が何時もお世話してるから大丈夫よ!」


 駆け足で数分で辿り着くアレンの家についてからが私の始まりだ。

 走ってアレンの家に行くと、既に起きているママ…クレアがお腹を支えながら井戸で水くみをしている姿が見えた。


 「ちょっと、何してるのよ!」


 「あら、おはようサーニャちゃん」


 「水くみは私がするって言ってるでしょ!クレアは大人しく家で休んでて!」


 水汲みをしていたクレアからバケツを取り上げて私が家まで運び込む。


 「ありがとうサーニャちゃん。だけど、クレアじゃないでしょ」


 バケツを家に置くと、クレアが私の頬を優しく伸ばす。


 「…はいはい。ママって呼べばいいんでしょ」


 「うん。正解よ」


 「仕方ないんだから」


 「ふふ。そうね、仕方ないものね」


 ママが穏やかでありながら悪戯っ子の様な笑みを浮かべている。


 「何よ」


 「何でもないわよ」


 何処か全てを見透かしている様な笑みを浮かべるママの姿に頬が熱を帯び、きっと朱色になりながら答えるがママは何も答えずに台所に向かっていく。

 私も何も言わず台所に行き、自然と料理に必要な物を自分で用意している。


 「何時もありがとねサーニャちゃん」


 「本当に何時もの事だし気にする必要は無いわ。従者の体調管理に気を付けるのも主である私の役目だもの」


 「アレンに美味しい物を食べて欲しいのよね」


 見当違いな事を述べるママを睨むが、ママは動じた様子を見せずに終始ニヤニヤとしている。


 「まあ、そう言うことにしておいてあげるわ」


 「フフフ。可愛いわねサーニャちゃん」


 「なっ!?何か勘違いしてない!?アレンは私の従者なのよ!?」


 「そうねぇ」


 「絶対に分かってない!」


 ママのニヤニヤとした視線を毎度の様に見せてくれるが、私も慣れたので朝食作りを始める。


 「ふぁあ。母さん、ご飯は作ってないよな……って駄目だよな」


 アレンの父であるジダンが欠伸を噛みしめて起き上がるが、既に無意味な行動だ。

 ママは常に私より早起きをして作業を始めるので止めようがない。


 「井戸で水汲みをしてたから私が代わりにやったわ。そろそろ、止めないとずっとママは働くわよ」


 「そうなんだよな~。俺は何度も注意してるんだけどな」


 ジダンの言葉にママはソッポを向いて無意味は口笛を吹いて誤魔化している気になっている。


 「あのな、母さんは…母さん?」


 「ママ!?」


 ママが急にお腹を抑えて蹲っている姿を見て慌てて駆け寄る。


 「だ、大丈夫よ。少しお腹が痛いだけだから」


 「もう、私が朝ご飯を作るからママは椅子に座ってて」


 「そろそろきつい時期だろう?本当に休まないと駄目だ」


 「ご、ごめんなさいね。まだ、大丈夫だと思ったんだけど」


 ジダンに窘められママがアハハと笑っているが働いてばかりのママには困まらされる。


 「安心して良いわよ。私がママに負けない朝ご飯を作るから大人しく座ってて」


 「ありがとね、サーニャちゃん」


 「べ、別に感謝なんて要らないわよ。ママには元気な子供を産んでもらわないと困るわ!私が魔法の英才教育をするんだから!」


 新しくママから生まれる子供が男の子か女の子かも分からない。

 けど、新しく誰かが増えるというのは素直に…嬉しい。


 「良し、サーニャちゃん。俺も手伝うぞ」


 「ジダンは昨日休んだ分の農業があるでしょ。朝ぐらい休みなさいよ」


 「こら、パパでしょ」


 「…はいはい。ったく、変なこだわりがあるんだから」


 ママとパパか……。

 私には全く記憶にないその言葉を使うのに気恥ずかしさはあるけど…まあ、悪くはないわね。


 「お言葉に甘えさせてもらうがな…どうしようかなあ」


 「どうしたの?」


 「ほら、昨日アレンの剣が折れただろ?それで、新しいのが欲しいって言うんだよ」


 朝ご飯のもち米を作るために餅を潰し、捏ねているとパパの言葉に思い当たるのは昨日の修行だ。

 ファインが立ち向かって確かに折れてたわね。


 「アレンにはまだ私としては剣は早いと思うんだけど」


 「いや、男と男の約束だ。俺は買うと決めたんだが…高いんだよなぁ。一つでも十金貨以上はくだらないし」


 「そうね~。今からこの子の為にも色々と買わないといけないと駄目だし、アレンはなんて言ってるの?」


 「出来るだけ早くして欲しいって言われたな。これがアレンが自分で勝手に壊したんなら駄目だがファインちゃんの為に壊れたものだし買ってやりたいな。アレンの誕生日だし」


 もち米を潰していたが、その手が止まり二人の会話に耳を傾けてしまう。


 「アレンの誕生日って何時なの?」


 「ん?今日だぞ」


 「はあ!?今日!?」


 少しでも準備しようと思ったが、パパの言葉に慌てて振り返るが平然と首肯している。


 「まあ、俺達は農民だし誕生日はプレゼントを少し渡して終わりだからな。貴族たちは盛大に祝うらしいがな」


 「……ちょっとパパ。やっぱり朝ご飯を作ってて!」


 「え!?ど、何処に行くんだ!?」


 「良いから!お願いよ!」


 パパにもち米を頼み、手を洗い全速力で駆け抜けて家に戻る。


 「お爺ちゃん!!」


 「ん?どうしたかのう?アレンのお家に遊びに行ったんじゃなかったか?」


 「私が遊んであげてるってあああ!そんな事を言っている場合じゃないわ!ねえ、私が今まで溜めてたお小遣いを頂戴!」


 「ふむ。どうしたかのう?」


 「あ、アレンが誕生日らしいのよ。だから…まあ、私の従者だし…何か買ってあげても良いかなって…」


 少しだけ男の人にプレゼントを渡すというのが気恥ずかしく、体をモジモジさせるがお爺ちゃんは満面の笑みを浮かべている。


 「少々待ってなさい。直ぐに持ってくるかのう。はて、今まで使ってないからのう。何処に置いたか…」


 「お爺ちゃん早く!アレンが起きる前に買っておきたいの!」


 「ホッホホホ。焦るでないのう!」


 玄関でお爺ちゃんを数分待っているとお爺ちゃんがお金を持って私の所に戻ってきた。

 けど……あれ?

 これって今まで私が溜めてたお小遣いよりちょっと多い様な…、


 「お爺ちゃん、これ」


 「ホッホホホ。それはサーニャのお金じゃからのう。どれだけ必要なのかは分からんが好きな物を買いなさい。アレン君なら何でも喜んでくれると思うのう」


 満面の笑みで花に水を上げ見て見ぬふりをしているお爺ちゃんにお礼を伝えて、私は急いで少しだけ賑やかな街の方まで歩く。


 「ハア…ハア。少しはアレンたちと走ればよかったかしら」


 今まで魔法ばかりに時間を掛けて走ることなど無かったので直ぐに体力を使い果たし、街に辿り着けば少しずつ露店が賑わいを見せている。

 辺りをキョロキョロと見渡し、武器店を探していると小さな木材の屋根に『武器屋』と書かれたお店を見つけて小走りで向かう。


 「ねえ、このお店で良い剣を教えて欲しいわ」


 「ああん?嬢ちゃん冷やかしかい?朝から冗談は嫌だぜ」


 スキンヘッドで、鋭い目つき、黒い顎髭を生やした男性がぶっきらぼうな態度で店番をしていたが、私を見た途端に深く溜息を吐きだした。


 男の小馬鹿にしたような態度に額に青筋を立てて今すぐ最初のファイアーボールの実験台にしようかと脳裏に浮かぶが違う店を探している場合ではない。


 「冷やかしじゃないわよ!私は大天魔導士のサーニャよ!」


 「大天魔導士…?おお!お前、ディオス村長さんの孫か…ん?でも、ディオス村長って剣を振るのか?」


 自分の職業を伝えれば男の顔色が変わり、


 「お爺ちゃんは虫も殺さないような人よ!あげたいのは私の同い年の男の子なの!」


 「大天魔導士の男の子?ん?どういうことだ?」


 男が顎に手を当てて思案する表情をしているが、私は無駄話をしている場合ではない。


 「もう!アレンが起きるから早く頂戴よ!このお店で良いのを!」


 アレンと名前を口に出した瞬間、男の眼の色が変わり大きく目を見開かれる。


 「アレンってあのアレンか!?『開眼の儀』を壊すとか言った!?」


 「――――は?」


 まるでアレンを馬鹿にするような口調に私は無意識に手を男に突きつける。


 「アレンを馬鹿にしてるの?」


 「ちょ!?違うぞ!俺は――マヤの父親だ!分からねえか?開眼の儀には店番があって顔を出せなかったがアレン君に励ましてもらったマヤの父親だ!」


 男が慌てた様子で手を上に上げて降参する仕草を見せて、口に出す名前はやけに身に覚えがあった。

 何処かで聴いたと思いきや…確か最初に『開眼の儀』を行って農民って言われた子ね。


 「……ああ、あの子ね」


 「マヤがな農民って言われた日には俺も悲しかったが、それでもマヤは落ち込んでなかった。アレンって子の話を母さんと二人で明るく話している姿を見て俺は感動したってもんよ。『開眼の儀』を壊すなんて聞いた日には笑っちまったが、例えそれが娘を励ますための嘘でも娘が農民を頑張るっつってな。俺は本当にアレン君には感謝してるんだ」


 「私の従者を舐めないでよね。私の男がやるって言ったらやるのよ。私も協力するし、もう一人の剣聖も手伝う。どう?貴方の夢物語が――――本当に思えてこない?」


 「正気か?」


 「ええ。アレンが何かをしたいなんて喋ったのはあの時が初めてだった。なら、それに応えるのが――私の役目よ」


 アレンが少しでも頑張れる環境を作るのに私が――――今まで受けた恩を返せるなら安い物よね。


 「アッハハハ!これは朝から面白い物が見れた!良し、娘の恩人だ。一番高い剣を譲ってやろう。勿論、お金は安くしておくぜ」


 「あ、ありがとう!お金、全部あげるから早く頂戴!アレンが起きる前に持って行きたいのよ!」


 「おう。危ないから気を付けて持って行けよ!」


 「分かってるわ!」


 武器屋のマヤの父親と名乗るおじさんに手を振って私は全速力で家まで駆け抜ける。

 アレン――――喜んでくれるかしら。


 ◇

 その後、全速力でアレンの家に戻って誰にもバレない様に中庭に隠した。

 家に入ればまだアレンは寝ている様子でパパが料理を作り終えている所だった。


 「ご、ごめん。遅くなったわ」


 「気にしなくていいぞ。寧ろ一日ぐらい休んでもらわないと父親として情けないからな。それよりも、何処に行ってたんだ?」


 「あ、あれよ。ちょっと忘れ物をしたのよ」


 「ふ~ん。忘れものねぇ」


 パパは気にせずに朝ご飯を作っているが、ママだけはやけに私をニヤニヤと見つめてくるが、悟られないように目を逸らしてママの隣に腰掛ける。


 「アレン、起きないわね」


 早く渡したくて身体がソワソワと落ち着かずに中庭の方角とアレンの方に視線を動かしてしまう。


 「アレン!!朝だよーー!!」


 落ち着かずに身体をモジモジさせていると玄関を勢いよく開けたミリアが全力でアレンの部屋に突撃していく。


 「ぐへっ!?お、お前なにして」


 「朝だよ!剣を振ろう!」


 「勘弁してくれよ。昨日の一件で散々疲れたんだ。今日ぐらいゆっくり休ませてくれ。ファインもまだ寝たいよな?」


 「はい。ご主人様」


 「ええ!朝から剣を振ると気持ちいいんだよ!」


 三人の話し声が聞こえるが…早く起きてくれないかしら。

 何時もは早起きなのにこんな時に限って遅いんだから困るわよね。


 どうしたものかと悩まされていると、ママがソッと立ち上がりアレンの部屋へと向かっていた。


 「アレン、もう朝だから起きなさい。ファインちゃんも朝ごはんが出来るわよ」


 「…もうそんな時間なの?早くない?」


 「早くないわよ~。疲れてるのは分かるけど早く起きたら楽しいこともあるわよ…きっとね」


 ママが私にウインクする姿を見て全てを悟られていることを知り、羞恥心で顔が真っ赤に茹で上がる。

 …渡すなら今!?それとも、朝ご飯を食べてから!?

 で、でもこれ以上待つのはもう無理!!


 「お、おい?サーニャちゃん?」


 パパの戸惑った声が聞こえたが、私は直ぐに中庭に出て剣を持ち家に戻る。

 玄関から顔を覗かせるとアレンが欠伸を噛みしめたパパと同じ行動を取り眠たげな目を擦りながら椅子に座ろうとしている。


 今しかない!

 渡すなら今しか…、


 「勇気を出しなさい」


 「あ」


 玄関からこっそりと覗き込んでいるとママが玄関を開けて私は強制的に家の中に入らされる。


 「ん?サーニャ?朝から早いな……ってその剣どうしたんだ?」


 「こ、これ…アレンに…た、誕生日プレゼント」


 「はあ!?俺に!?」


 アレンが目を大きく目を見開き、私に近づいて来るが心臓の音がやけに耳に鳴り響く。

 待って。

 今近いのは不味いわ。


 落ち着くのよ。

 私は大天魔導士で村長の娘のサーニャよ。

 こんなことに動じたら駄目よ。


 「お、おいサーニャちゃん。これは高かったんじゃないのか!?俺達の話を聞いて」


 「サーニャちゃん、貴方、こんな高価な物をアレンに買ってくれたの?」


 パパとママが動揺した姿を見せるが…確かに高すぎるわよね。

 私も全財産を使ったし、これを伝えたらきっとアレンは気を遣うわよね。


 「これは…フラウスに貰ったのよ!フラウスは執事で剣術も使ってて余った剣があるからって」


 「そうなのか?ほ、本当にありがとう。やばい!凄い嬉しい!」


 「ええ!良いな!私も剣が欲しい!」


 アレンが大はしゃぎで剣を見つめている姿を見て私も…薄く笑ってしまう。

 そうよ。

 私は――――その顔が見たかったのよ。


 「おい――邪魔するぜ。お、さっきの大天魔導士の嬢ちゃんじゃねえか」


 びくりと身体が震え、聞き覚えのある声が聞こえて後ろを振り返ると――――先程の武器屋のお爺さんが姿を現した。


 「え?どなた?」


 ママが若干不審者を見るかのような視線に変わるが、何も聞かずに帰して。

 今度は違う意味で心臓の音が五月蠅い。


 「あー、怪しいもんじゃねえよ。俺はそこのアレン君に用があってな。俺はマヤの父親だ。『開眼の儀』ではマヤがお世話になったって聞いてな」


 「あ、あのお花屋さんになりたいって言ってた」


 アレンも覚えているのか手を叩いている。


 「そうだ。マヤが農民に選ばれたけど明るくってよ。アレン君のおかげよ。さっき、そこの嬢ちゃんが――剣を買ってたんだけどよ、剣を買うって事は防具はまだ持ってねえと思って持って来たんだ。これは、俺の誠意だ。受け取ってくれ」


 「「……買った???」」


 家族三人のやけに鋭い視線に冷や汗を流し、ソッポを向くが視線は動かない。


 「ん?そうだぜ。一番良い剣を買ってもらってな。でも、それだけじゃ俺の気持ちが収まらねえから防具も受け取ってくれ」


 「だけど、こんな高価な物」


 アレンだけ視線が外れマヤの父と対面して話しているが、この二人に何て言い訳をしよう。


 「俺はな、正直『開眼の儀』を壊すなんて馬鹿げたことは出来ねえと思ったけどよ、そこの嬢ちゃんがアレン君を舐めるなよって力説してな」


 ちょ!?

 この男全部喋って……、


 私が文句を言うよりも先にママに口を塞がられてしまう。


 「んん!?」


 「ん?どうしたんだ?」


 「気にせず続けてどうぞ」


 私が何度も首を横に振るが、マヤの父親は全く気付かずにアレンと対面している。


 「アレン君が初めて夢を口にしたって」


 「んんんんん!!!!」


 あの男は絶対に後でファイアーボールの実験台にする!!


 「大天魔導士の私が手助けするってそこまで言われちゃ俺も折れちまってな。君みたいな小さい子にマヤの夢を叶えるのを託すのは申しわけねぇがこれはほんの気持ちだ。受け取ってくれ」


 「あ、ありがとうございます」


 マヤの父親は何事も無かったかのように豪快に笑いながら去って行った。

 あいつ全部喋ってファイアーボールの実験台にもならずに帰ったわ!!


 ようやくママの拘束から逃れたが誰とも顔を会わせることが出来ない。


 「サーニャ」


 アレンの言葉に肩がビクっと震えるが、直ぐに顔を上げる。


 「か、勘違いするんじゃないわよ!あんたが折れた剣なんて不格好なのを持ってると主の私が……え!?」


 私が誤魔化すよりも先にアレンが私に抱きつき、その上からパパとママが三人揃って抱きついて来た。


 「ちょ!?重いわよ!?離れなさいよ!」


 「サーニャ!お前って奴は本当に良い奴だな!」


 「だ、誰が良い子よ!」


 「サーニャちゃん、俺が絶対に半分は後で出すからな!」


 「や、野暮な事は言うんじゃないわよ!私の従者の物は私で買うのよ!」


 「サーニャちゃんったら可愛いんだから」


 「可愛くないから離れてーー!!」


 三人の喜ぶ顔が見れたから…まあ、良い誕生日になったんなら良いわ。

 おめでとう……アレン。

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