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ファイン

 ◇

 ファイン


 ……何がいけなかったのだろう。

 役に立たないのが駄目だったのか。

 泣き虫な自分が悪いのか。

 成長しない私が駄目なのか…今となっては分からない。


 「……傷付け…たくない…です」


 アレンさんは一度目を瞑り、目を開けるがその瞳は揺るがずただ剣を構えている。


 「立て。戦うんだ」


 ……どうして。

 何度目を見てもアレンさんは何も答えない。

 何時も通り私に選択させ諦めさせる道を使わせない。


 誰か…ミリアさん…クレアお母さん……。

 家の前に佇んでいる全員を見るけど、誰も助けてくれない。誰も、私を助けない。

 何時もと同じだ。


 ……奴隷商人に捕まり痛めつけられても誰も私を助けてくれない。

 今度は自分が痛めつけられないようにソッと誰もが身を隠し少しでも自分が傷つかない方を選択する。


 「最初に言った筈だぞファイン。――――甘えるな!!」


 横を振り向いていると、前のアレンさんが近づき激昂が私を襲い掛かる。


 「お前が今度襲われるとき誰かが助けてくれるのか!?次に何かあったとき誰の力を借りるんだ!?自分の力しかないだろ!自分で自分を助けるしかお前に道はない!!」


 どうしてアレンさんの言葉が私の奥底まで響くのか……分からない。

 いや――――分かったかもしれない。


 私がまだ心のどこかで誰かに助けて貰えると希望を持っているから。

 きっと誰かが…誰かが助けてくれる。


 ――――誰が助けてくれる?

 誰が助けてくれた?


 「もう話すことはない。お前が座っていようと俺はもう襲うぞ」


 アレンさんが離れ、剣を構えるのを見ても私は…足が動かない。

 頭では分かっている。

 誰も助けてくれない。

 だから、自分で頑張るしかないと分かっているのに身体が動かない。


 アレンさんが強いのも分かっている。

 自分が攻撃してもきっと躱すと分かっている。

 それでも…脳裏にアレンさんが傷つく姿が一瞬でもちらつくと身体が硬直して動きが止まってしまう。


 今までの木刀とは違う。

 誰かを傷つける為に作られた爪を私は自由に振りかざすことが出来ない。


 アレンさんが無言で突撃し、私に襲い掛かる姿が見えた。

 誰も助けてくれないなら…私はいっそこのまま、


 「目を背けるんじゃないわよ!!――《《ファイン》》!!」


 「……サーニャ…さん?」


 強い雨が打たれる中、家の方向からサーニャさんの言葉が私の耳に届く。


 「私との約束を忘れたの!?折角、成長してるんでしょ!?頑張ったんじゃないの!?後、一歩じゃない!もう一歩踏み出して頑張りなさいよ!!皆、ファインを信じて見守ってるんだから一度ぐらい――――応えてみせなさいよ!!」


 ……喉の奥から溢れんばかりに泣き出しそうになるのをグッと堪える。

 もう泣き虫を卒業して強く生きるとサーニャさんの言葉を聞いて決めたんだ。


 もう逃げたくない。

 …もう、弱いままでいたくない。


 「ファインちゃん!!」


 ミリアさんの叫ぶように呼ぶ声を皮切りに皆が私の名前を呼んでくれる。

 誰も応援はしない。

 ただ、名前を呼ぶだけだ。

 それだけの声が…私に一握りの勇気を与えてくれる。


 歯を食いしばり震える足を抑え、身体が雨に塗られ重いが全力で起き上がる。


 「ファイン…頑張れ」


 気力だけで立ち上がる中で攻撃を止め剣を構えたまま立ち止まっているアレンさんが――――涙を流している。

 な、何で泣いているのか分からない。


 だけど、アレンさんに……。

 貴方に――――そんな顔はして欲しくない。


 「泣かないで…くだ…さい」


 私は貴方に褒めて欲しくて頑張れたんです。

 私は不器用によくやったと感じられる手つきで撫でられるのが嬉しくて頑張れたんです。


 「…が、頑張ります。頑張るので…泣かないでください」


 決してアレンさんに泣いて欲しくて今まで頑張ってきたわけじゃない。

 悲しむ顔が見たくて今まで弱音を吐かずに頑張った訳じゃない。


 「行きます!!」


 「来い!!」


 アレンさんが二歩、三歩と離れ私の攻撃を受け止める態勢に入った。

 待っている。

 皆が…アレンさんが私が頑張るのを待っている。


 いつの間にか雨が止み、私とアレンさんの間に光が差し込む中を、一歩、二歩と進んでいく。


 この特訓に何の意味があるのかは分からない。

 これまでも何の役に立ったのかは私には良く分かっていない。

 けど…、


 『偉いな』


 優しく撫でられるその感触が……。


 『よくやった』


 力強く褒めてくれる感触が……。


 『ここまで出来るとは思っていなかった』


 その一言、一言が私を更に頑張らせてくれた。


 『ファインの力だ』


 少しでも成長出来ていると実感できて、私を見捨てずに自分の時間を捨ててまで付き合ってくれたアレンさんやミリアさん、猫さんに恩返しがしたくて――――頑張れたんです。


 全力でぬかるんだ地面に足奪われ、転がりそうになるのを堪え駆け抜けていく。

 何がしたいのか分からないけど…それでもアレンさんを傷つけてでも攻撃するのが恩返しになるのなら…皆が信じて待ってくれるのなら――――私が頑張る理由に事足りる。


 「はああああああああああ!!」


 弱い自分を奮い立たせる為に声を上げ、全力で振り上げた爪をアレンさんに向けて全力で叩きつけた。

 ガキッと鈍い音が響き渡る。


 まだ終わってない!!

 一撃目で満足せずに次の攻撃をしようとしたが、アレンさんの剣が折れ、空中に待っていた剣先が私の横に突き刺さった。


 ……私がやったの?


 「ハア…ハア」


 アレンさんが自分の剣を見つめ、茫然としているのが見えた。

 肩で息をしながらアレンさんを待つ。

 

 まだ、終わりではないと言うのか、続けろと言うのか何がきても私はもう迷わないし――揺らがない。

 アレンさんはずっと自分の折れた剣を眺め、次の瞬間にアレンさんが今まで見たことも無い満面の笑みを浮かべて私に飛び込んできた。


 「え」


 「よくやった!!頑張ったなファイン!!」


 全力で抱き着かれて、今までの何倍も強く頭を何度も、何度も撫でられる。


 「偉いぞファイン!!本当に…よく…頑張ったな」


 アレンさんの声が震え、私の肩に冷たい雫が零れ落ちていく。

 先程まで冷たかった身体が徐々に温められ穏やかな気持ちになっていく。

 背中を擦り、頭を撫でられその温かさに張り詰めていた糸が切れ、自然と涙が溢れ返ってしまう。


 我慢すると決めていたのに…。

 もう泣かないと決意したのに…涙が止まらない。


 「怖かった…こわかったです!!」


 もう涙を止めることが出来ず今まで溜めていた思いを吐きだしながらアレンさんへと抱きつき返してしまう。

 本当に怖かった。

 もう会えないのではないかと…何もかも終わるのかと恐ろしくて仕方が無かった。


 「そうだよな…ごめんな。何度も厳しくて…もう甘やかすからな。とことん、甘やかしてやるからな。もう、俺も厳しくするなんて…無理だ」


 何度も背中を擦れられる度に涙が溢れ声が止まらない。


 「だけど…もうお前は自由だファイン!この先はお前が選べ。獣人の父親と母親の所に帰るのも良い。今のファインならこれから先も生きていける」


 アレンさんが顔を離し私を真剣に見据えながら伝えてくれる。

 帰る?

 父様と母様の所に……?


 「ヴォルさんが俺の所に連れて来ても無理に俺に仕える必要は無い。お前は…お前の人生を歩むべきだ。家に帰りたいなら俺が絶対に連れて帰らせてやる!」


 アレンさんが強く伝えられる言葉が私の心に浸透していく。

 家に帰れるのに…父様と母様にまた会えるのに…何処か寂しいと思えてしまう。


 「ファインが俺達と一緒に居たいって言うなら俺も大歓迎だけど…無理はしなくていい。俺の事も嫌いだろうし…」


 アレンさんが頬を掻きながら困惑するように、悲しむような顔を見て私は――全力でアレンさんに抱きついてしまう。


 「嫌いじゃ…ありません!!」


 「ふぁ、ファイン?」


 アレンさんの表情を見て抱きついて涙がまた溢れ出てしまう。


 「わ、私、皆さんがいたから…頑張れたんです!クレアお母さんが…美味しい料理を作ってくれて…ミリアさんが慰めてくれて…サーニャさんが応援してくれたから頑張れたんです!」


 「ああ。そうだな」


 今度は力が入っておらず優しく、慈しむように背中を、頭を撫でられる。

 涙だけではなく鼻水が溢れ情けない顔を晒してしまいながら…声を出すのが苦しくても伝えたかった。


 「アレンさんが…私を見捨てずに厳しく…叱ってくれたから…私は成長出来たんです」


 「そうか…」


 アレンさんが擦る腕が震え、背中に温かい水が流れていく。


 「アレンさんが…頑張った後に褒めてくれるから…沢山…褒めてくれたから…頑張ろうと思ったんです!!」


 「……そうだったのか…」


 アレンさんの身体が震えているのを見て私は更に強く抱きしめ…自分の想いをッ全部吐きだす。


 「だ、駄目ですか!?ま、まだ…弱くて…情けなくて…泣き虫です。力も弱くて…全然強くないですけど…頑張ります。家事も頑張ります。頑張るのでアレンさん……いえ、ご主人様に仕えたら駄目ですか!?――――お傍にいたいんです!!一緒にいたいです!!」


 「俺も一緒にいたい」


 「ファインちゃん…」


 ご主人様に強く抱きしめられることに喜びを感じていると、隣から目から大粒の涙を流すミリアさんやサーニャさん、クレアお母さんにジダンお父さんが満面の笑みで傍にいました。


 「頑張ったね。頑張ったね!!」


 ミリアさんが何度も強く頭を撫でた。

 何度も、撫でられるその手つきがくすぐったく…アレンさんとはまた違った優しさが含まれる手つきで撫でられる。


 「まあ…頑張ったんじゃない」


 今度はソッポを向いたサーニャさんが一瞬だけ私の頭を軽く撫でた姿を見て慌てて涙を拭おうと必死に擦るが、どれだけ拭っても止まらず顔を俯かせてしまう。


 「ご、ごめんなさ…い。な、涙が…止まりません。泣き虫は…卒業するって…決めたんですけど…涙が止まりま…せん」


 「馬鹿ね」


 「え?」


 「私が嫌いなのは辛い時や悲しい時に直ぐに泣き崩れるような泣き虫よ。嬉しい時に流れる涙なら――――とことん流せば良いのよ」


 「…サーニャさん」


 「サーニャちゃーん!」


 「げっ!?ま、また!?」


 サーニャさんにお礼を伝えるよりも先にクレアお母さんに飛び込まれたサーニャさんは為す術もなく何処かに連れて行かれる。

 ジダンお父さんと猫さんが後ろを向いて目を抑えている姿を見て、私の頭を撫で続けているミリアさんに伝えなければならない。


 「ミリアさん」


 「ん?どうしたの?」


 「私も…ミリアさんと同じ気持ち…です」


 「そっか!そうだよね!!ファインちゃん!」


 感極まった様にミリアさんも私に飛びつき三人が互いに抱きしめ合う不思議な光景になってしまった。

 だけど…今まで冷めきった身体がやけに――――温かった。


 ◇

 アレンside


 一時間後、全員がようやく落ち着いた所で父がファインを抱き寄せて肩に乗せて中庭の景色を見せている姿を、俺達は三人で微笑を浮かべて見ていたが、


 「サーニャ、約束を破ったね」


 「……何のことか分からないわ」


 結果的にファインは自分の意志で立ち上がり、俺に立ち向かったが一歩間違えればファインはサーニャに依存し助けを求めたかもしれない。

 しかし、サーニャは知らぬ存ぜぬとソッポを向いている。


 「私はアレンが約束を守れって言って返事をした覚えはないわ」


 「……そうだったな」


 屁理屈に聞こえなくも無いが、結果良ければ全て良しだ。

 今日は何も言うまい。


 「サーニャちゃんは優しいもんね」


 「誰がよ!私は弱気になってる奴が大っ嫌いなのよ!あいつの為じゃないわ!」


 これぞまさにツンデレ王女様だ。

 ミリアが素直な気持ちをぶつけるのに対し、サーニャがソッポを向いている。


 「でも、ありがとう。サーニャのおかげでファインが立ち迎えたのは事実だから」


 お礼も兼ねて既に癖になっている撫でる行為をサーニャに行うと照れ臭そうに鼻を鳴らすが文句は出ないようだ。


 「アレンもまあまあ男らしくなったんじゃない」


 「またまた、照れちゃって~」


 「げっ!?」


 いつの間に現れたのか、母がサーニャの後ろに陣取りすぐさまサーニャを抱きかかえた。


 「ちょっと!子ども扱いしないで!お腹に赤ちゃんがいるんでしょ!?」


 「あら、心配してくれるの?ママ、嬉しいな~」


 「してないから!放してほしいだけ!」


 「さあ、一緒にファインちゃんと中庭を見ましょうねー」


 「話を聞けーーー!」


 サーニャの満更でも無さそうな絶叫を聞きながら、俺とミリアは互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべてしまう。


 「怒らないけどミリアもあの時に名前を呼んでたね」


 「い、良いじゃん!名前だけだし応援はしてないんだから!」


 恥ずかしそうに力説するが…今回は本当にミリアにお世話になったな。


 「まあね。だけど、色々とミリアを世話してただろ?」


 「走るときにアレンに怒られたけどね!」


 若干ソッポを向いて怒ってますよと言わんばかりの表情だが、可愛らしく以前までの怒っている姿は欠片も見えない。


 「あの時は悪かったけど――それ以外にも色々だよ」


 「……バレてた?」


 「当たり前だよ。流石に変わり過ぎてるから」


 俺の知らない所でミリアが何をしているのかは分からないが、コソコソと裏で何かをしているんだろうなと言う予測は立てられる。

 明らかにファインの意識も変わり弱音を吐かなくなった。


 何をしたのかは知らないが、


 「俺がファインに嫌われなかったのも、頑張れたのもミリアのおかげだ。何をしたのかは分からないけど――――本当にありがとうミリア」


 「うん!!どういたしまして!」


 ミリアが満面の笑みを浮かべて首肯する姿を見て頭に手が自然と伸びていたが、ミリアが俺の手を掴む。


 「私は撫でだけじゃ満足しないんだよ!」


 「うお!?」


 ミリアが体重を乗せて全力で抱き着いて来た。

 なんか久しぶりな気がするけど…落ち着くな。


 「ちょっと!どさくさに紛れて私の従者に抱きついてんじゃないわよ!」


 母の背中からサーニャが顔を出し説教を垂れる――――何時もの日常が目の前には存在していた。


 第一章・自由を求めて 終了

 第二章・家族を求めて 開始

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[良い点] 良かったです!
[一言] ファインはもう大丈夫そうですね!
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