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最終特訓

 「――――ファイン。立て!!」


 振り続ける雨が体全身の体温を低下させながら、それでも俺は全力で地面に倒れているファインに声を荒げて叫ぶ。


 「…む、無理です」


 「甘えるなと言ったはずだ。お前が選べるのは――――俺を殺すことだけだ」


 雨に打たれても目で見える涙を浮かべるファインを前に俺は視線も動かさず、ただ木刀ではなく本物の剣を構えファインと相対する。

 この、殺し合いを成し遂げるためにただひたすらにファインが立ち上がるのを待ち続ける。


 ◇

 一時間前。


 日差しも悪く、景色も悪いそんな大雨が降り続ける中で俺は部屋の一角にある窓からジッと見つめる。

 昨日は今日の出来事を考えて一睡も出来なかった。

 何が起ころうと今日が最終日だ。


 ファインが逃げ出そうとも、乗り越えようとも何が起きても今日が最後。

 始まりは長く感じていたが…ファインが成長するのに一カ月しか掛かっていない。

 本当によく頑張ったと思う。

 ミリアとサーニャの功績が一番大きいがそれでも嬉しい気持ちは確かにある。

 だから、この特訓を乗り越えた後で全力で褒める。


 ――――ファインが乗り越えることを信じて。


 「アレン…皆待ってるよ」


 何時もの笑顔ではない。

 ミリアが真剣な表情で部屋に入り声を掛けたのを見て俺もまたゆっくりと腰を上げる。


 もう全員には今日俺が何をするのかを伝えている。

 後は、俺とファインとの対面だ。


 部屋を出て外に出ると今日ばかりは父も仕事を早めに切り上げ、母に傘をさして外で待っている。

 ミリアもサーニャも外に出て雨に打たれながらも静かに家の傍で見守っている。

 猫もまた空中に浮いたまま真剣な瞳で俺達の方を見つめる。


 中庭で対面するのは俺とファインだけだ。


 「今日は何をしますか!」


 初日とは打って変わりやる気十分な様子を見せているファインが拳を握りしめて、俺の言葉を待っている。

 ……こんな彼女がどうして傷つかなければならなかったのか。

 どうして……俺達がここまで彼女を真剣に育てるために追い詰めなければならなかったのか。


 その答えは今となっては分からない。

 けど…彼女は現に変わり…また変わり始めている。

 最初は純粋に、そして心を傷つけ…また修復し改善し始めている。


 これ以上追い詰めることをしない方が良い、そう訴えている自分もいる。

 けど、このまま彼女を返して安全だとは俺は思えない。


 中途半端に大丈夫だと勝手な自己満足で彼女を家に帰して…また傷つけばどうなるか。

 今度は本当に彼女は絶望し死を覚悟し自殺するかもしれない。


 ……もう逃げ出さないと、ヴォルさんの所には返さずに俺が助けると決めたのだから最後の特訓を終えてファインを送り出したい。


 「ファイン」


 「はい!」


 「今日は――――俺とお前で殺し合う」


 「え……」


 先程まで元気よく挨拶をしていたファインが一瞬で雰囲気を変え、理解出来ない様な現実を受け入れることを拒否している顔をしている。

 事実だけを伝え、玄関前に置いていた父が購入してくれた真剣を俺は鞘から抜く。


 「お前は爪だ。猫に聞いているぞ。お前の爪は剣と同等の硬さを誇っていると。お互いに全力で殺し合う。それで……お前の特訓は終わりだ」


 「え……あ、あのどういうこと…ですか?」


 雨に打たれながら頭から何粒も雨が滴り落ちながらファインがどうか間違いであってほしいと願わんばかりの瞳で俺を見つめる。

 しかし――――現実は変わらない。


 俺だってこんなことをしたいわけではない。

 彼女が傷つかず平穏に過ごしていたら、俺はこんな馬鹿げたことをしていない。

 しかし、彼女が傷つき目の前にいる。

 その現実はもう変えようもない。


 「お前の爪と俺の剣で殺し合う。それで、全部終わりだ。俺に勝って――――自由になれ」


 俺が真剣を構えるとのは逆にファインは首を何度も横に振り一歩、二歩と後退する。


 「…い、いや…いや…です」


 ファインが初めて拒否をした。

 今まできつくても、大変でも初めから投げ出すことはなかった。

 あのファインが目に涙を浮かべずっと首を横に振る。


 「俺が何時お前に言葉を求めた?俺は――殺し合うと言っただけだ」


 ファインが首を横に振るのも無視をして地面を蹴ってファインに近づき剣を全力で振るう。

 今度は木と木ではない、金属が衝突する甲高い音が鳴り響き俺とファインの剣と爪が重なり合う。


 しかし、それ以上ファインから攻撃することはなかった。

 歯噛みし、ファインの身体を足で蹴り吹き飛ばす。


 ――――冒頭に戻る。


 「……だ、駄目ですか?」


 ファインがよろよろと起き上がり立ち上がる姿を見て一瞬だけ希望を見たが…直ぐにその希望は消え失せた。

 泣きながら拳を収め訴えかけるような瞳をしている。


 「い、一日中走ります!疲れても…どれだけ疲れても…走ります!泣かないし弱音も吐きません‼︎だから駄目ですか⁉︎」


 声を荒げ訴えるファインの言葉に唇が震え…歯に力が入らずカタカタと歯が震え、涙が溢れ出てしまう。

 それでも――――止まれない。


 「戦え――――ファイン」


 もう涙を抑えることもしない。

 涙が止まらず口も震え、必死に嗚咽を吐きそうになるのを堪えファインに剣を向ける。

 家族に、ミリアにサーニャ、猫に話した時に俺はもう覚悟を決めている。


 ◇

 三時間前。


 「改まってどうしたの?ファインちゃんが寝てからって言ってたけど」


 ミリアに全員を呼んでもらい、ファインが寝た後に父と母、ミリア、サーニャ、そして猫の全員が揃って俺達はリビングで明日の話をしなければならない。


 「明日がファインとの特訓が最後だ」


 「やっとなのね。本当にアレンは長すぎるのよ」


 サーニャが悪態をつくが今はツンデレの要約をしている訳ではない。


 「明日、俺とファインで――――殺し合いをする」


 覚悟を決め、全員を見据えて真剣に伝えると、勢いよくテーブルを叩いて立ち上がったのは母だ。


 「何を言ってるの!?そんなの許すと思ってるのアレン!」


 「母さん、お腹の子供に響く。少し落ち着きなさい」


 父が水を啜り、静かにコップをテーブルに置く。


 「アレン、詳しく説明してくれ」


 「うん。まず第一にランニングでファインの弱い心を克服させることに成功したよね。家にも入って来てくれた。二段階目でファインが立ち向かう意志を持って行動できたし、トラウマも克服することに成功した」


 「だ、だったらもう良いじゃない!」


 「まあ、私もアレンが殺し合いをする必要が分からないわ。まあ、私からしたらまだまだ貧弱に見えるけど少しは成長したと思うわ」


 サーニャが素直ではない称賛を送るが…中々に的確な意見だ。


 「サーニャの言う通りなんだ。ファインは成長はしてるけど人を傷つけることが出来ない。それは…もしも、今後ファインが同じ被害に遭った時にもう…逃げ出せないことを意味してる」


 「…同じ事ってまた奴隷に摑まるってこと?」


 ミリアが純粋な疑問を投げかけてくれるのに対して首肯する。


 「ふーん。何となく分かったけどそれは私たちでカバーすれば良いんじゃないの?面倒だけど仕方ないわ」


 「ずっとそうするの?永遠と誰かにファインを付き添わせないと行動できないようになるよ。俺達が学園に行っている間も何処かに旅をするときにファインを連れて行けない状況が絶対にあると思う。そんな時、ファインはもう俺達無しでは生きられないんだ。勿論、本気で殺す気なんて無いよ。ファインが俺に立ち向かって人を傷つけてでも助かろうという覚悟が必要なのだ」


 ファインがどれだけ鍛え磨こうと心だけは変わらない。

 もしも、俺達がいない状況でファインが奴隷商人たちに摑まりそうな時、誰かを傷つける覚悟も恐れを超え立ち向かう勇気も無ければまた同じことの繰り返し…いや、更に酷い目に遭うだろう。


 「それは……」


 「そして、俺はこの訓練が終わったらファインをどうにかして親の元に返したいと思ってる」


 「え!?な、何で!?」


 今度はミリアが立ち上がり俺に詰め寄るが、


 「仕方ないよ。最後の訓練が終えたらもうファインは一人でも生きていける。トラウマも克服し自分で立ち向かえる強い意志を持って行動できる。だからこそ、親の元に帰らせてあげたい。俺は…もう嫌われてるだろうし。どうせ、最後の訓練で嫌われるから」


 「……うん。まあ、アレンの言い分は間違ってねえとは思うな」


 「お父さん!?」


 母が切羽詰まった声を上げるが、父は動じず俺達の方を真剣な瞳で見つめる。


 「本気で殺す気も無い。それに、アレンの言い分は最もだ。俺達が何時までもファインちゃんを助けられるとは限らない。特にアレンたちは十歳になってからは務めを果たす義務も有るし、ファインちゃんも来年には『開眼の儀』で何かに選ばれる。絶対に一人で生きていく。その中で何も出来なくて…大人になれば更に酷い目に遭う可能性もあるだろう。今の何倍も辛い思いをするかもしれない。なら、これまでファインちゃんの為に頑張ったアレンが最後までやるというんだ。俺は賛成だ」


 「あちしも旦那さんの意見を聞いて賛成にゃ。初めはファインには酷過ぎると思ったにゃ。だけど、段々と成長をして心を開きつつあるファインが大人になってこれ以上酷い目に遭うのはあちしは嫌にゃ」


 父と猫が賛成の意を示し誰もが言葉に詰まり、母も静かにその場に座る。


 「今回は俺が一人で行うよ。だから、母さん、ミリアも今回は応援も駄目だからね。ファインが自分の意志で立ち上がらないと意味が無いから」


 「……うん」


 母は静かに目を瞑り、ミリアが首肯したことでもう反対意見はない。

 サーニャも何も言わず静かに傍観しているという事は口を出す気はないのだろう。


 ファインが一人でも幸せに暮らせるのなら、獣人の仲間たちと共に平穏に過ごせるために嫌われ役が必要なら――――俺が担おう。

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