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覚悟

 「――――始める前にミリアと対戦だな」


 「うん!良いよ!」


 今日はミリアが覚悟を決めておけよ。


 「猫、対戦の合図をお願い」


 「始めにゃ!」


 新しく作った木刀を手にミリアと鍔迫り合いを起こして、直ぐに斜めに切り崩し回し蹴りを放つ。


 「わ!?」


 ミリアが一瞬驚く様子を見せたがサラリと避ける。

 今日は絶対に負けん!!


 ファインが見てる前でカッコ悪い所なんて絶対に見せてたまるか!

 更に追撃してミリアを追い詰める。


 「ちょ!?え!?」


 ミリアの攻撃を掬い上げ、受け流し、全ての攻撃を反撃に転換する。

 相手の隙を伺うのではなく、自分で隙を作りに行く形で猛攻撃を仕掛ける。

 先程の戦いが偶然であることを証明するために、全ての修業が終えた時にファインにカッコイイと慕われるようになってやるんだ!


 …今のままだと間違いなく嫌われてるけど気にしない!


 「おりゃあああ!」


 受け流された攻撃をミリアが力で押し返し、弾き飛ばすがギリギリで踏み止まり反撃に出たミリアの攻撃を更に受け流し、完全な隙が生まれる。


 がら空き状態の横腹に木刀を叩き込み…俺の勝利となった。


 「良し!!」


 「し、信じられないにゃ。剣聖が…負けたにゃ」


 俺がガッツポーズをしていると、猫が幽霊でも見るかのように目を見開きヨロヨロと近づいて来る。


 「もう何回も勝ってるからな」


 ここで露骨にファインにアピールしておこう。

 俺は出来る男なんだぞとほめて欲しいけど…ファインは嫌ってるよな。

 散々な事言ってるし修業が終わった後にミリアとサーニャにだけ懐いて俺にだけ懐かなかったらどうしよう。


 特に想定している最終段階の修業は――地獄だし絶対に嫌われるよな。

 自分で考えによればもう少しでファインとの練習も終わる。


 もう少しの辛抱なので甘やかすのをグッと堪えて負けて地団太を踏むミリアを放って置き、ファインに近づく。


 「始めるぞ」


 「はい!!よろしくお願いします!」


 先程のサーニャの激が効いたのか、若干声に芯が通っている気がする。

 ファインと対峙し、俺は木刀を構える。


 「本気で来い」


 同じ言葉を投げかけファインが立ち向かってくるのを待つ。


 「はああああああ!!」


 ファインが咆哮を上げ拙く分かりやすい動きでありながら上から振り下ろすが…まだ、同じか。

 木刀の上に攻撃し弾き返そうとした…刹那の出来事だった。

 ファインが直ぐに剣を再度構え直し、横に一閃した。


 「ファインちゃん!頑張れ!」


 「頑張るにゃ!!」


 立ち直ったミリア、猫がファインを応援する中で驚きがある。

 今の攻撃は確かに当てようと、捉えようとする重さがあった。

 今までのただ言うことを聴いていますと言わんばかりの当てる攻撃ではない。


 「合格だ」


 最後にファインの攻撃を跳ね返し、第二段階クリアを言い渡す。

 ……サーニャ、ミリア、お前らは本当に凄いな。


 俺の最初の目論見ではランニングに一カ月、第二段階で覚悟が決まらずに一カ月かそれ以上の月日を使用してファインを成長させようと考えていた。

 だけど、二人の言葉が、言動がファインを突き動かす材料になっている。


 これから第三段階はミリアかサーニャに任せようか。

 俺は補助に回った方がもしかしたらファインも成長できるのかもしれない。

 べ、別にこれ以上ファインに嫌われたくないからじゃないんだからね!


 おっと、頭の思考が段々と壊れてツンデレが混じっていた。


 「今日は終わりだ。よく頑張ったな」


 地面に座っているファインの頭を撫でて家に戻ろうとした時、後ろから何かに引っ張られた。

 背後を振り返るとファインが俺の服の裾を掴んでいた。


 「あ、あの!私は大丈夫です!疲れてませんから引き続き次をお願いします!」


 ファインが頭を下げ、次をお願いすると俺に請いて来た。

 ……ああ、やばい。


サーニャ、ミリアではなく俺に頼んでくるのがここまで嬉しいとは。

 感極まってまた泣きそうになってしまう。

 最近、涙腺が緩い気がするな。

 目にゴミでも入ったか。


 「だ、大丈夫ですか?」


 目頭を押さえているとファインが覗き込むように呟いてくる。


 「あああああ!だ、大丈夫だよファインちゃん!アレンは目にゴミが入ったから!」


 その間にミリアが慌てた様子で入り込み、俺をファインから隠してくれる。


 「何で泣いてるの!?」


 「いや、ちょっと嬉しくて」


 「厳しくして頑張ったら褒める!それを実践するなら泣かないの!」


 挙句の果てにミリアに慰められてしまう。

 俺は情けない男だな……。


 もう、ここまで来ると清々しい気持ちになった。

 目頭に溜まった涙を拭い、ファインと相対する。


 「次は俺と剣で撃ち合う。さっきは反撃しなかったが今度は反撃するぞ。良いな?」


 「は、はい!」


 さあ、正念場だ。

 次が最後だが、ここまでの道のりが険しいと俺は踏んでいる。

 反撃とは言葉は簡単だが俺が攻撃すると言っているのだ。


 今までファインは奴隷商人に痛めつけられ傷付けられ心に深い傷を負う程にダメージを負わされている。

 この先はトラウマの克服などの気持ちではなく、トラウマを超えなければならない。


 もしも、ファインが獣人の所に帰る道中にもう一度奴隷商人たちにあったとする。

 その際にファインが何も出来なければ意味が無いのだ。

 トラウマと言うのは植え付けられると心も肉体も動かなくなる。


 逃げることも許されず、戦う事も出来なくなるのだ。

 第二段階で戦う意志を身に付け、第三段階でトラウマを打開し何事にも対処できる心を作る。


 傷つけられても逃げる思考を、戦う意志を持たなければならない。

 その為に大変だがファインには乗り越えてもらうしか他にない。


 サーニャの言う通り俺にも時間は限られている。

 後、五年。

 考えてみると長く思えるがやるべきことをやればあっという間になる。

 俺達がいなくなるよりも先にサーニャには乗り越えて家に帰らせる、それが俺の目的だ。


 本当は一緒に居たいけど…絶対に嫌われてるからな。

 希望的観測は捨てよう。


 ファインと相対し、今度は俺も攻撃に出る準備を始める。

 ……ああ、ファインのトラウマを抉るような真似をしたくないんだけどなぁ。

 ミリアかサーニャが変わって欲しいけどこんな役を担わせるのも酷だな。


 「行くぞ」


 「はい!」


 「ミリア」


 ミリアに目配せをすれば、首肯し手を振り上げる。


 「うん、始め!」


 振り下げるのと同時に俺も駆け抜けファインに近づいて行く。

 勿論、相手がミリアではないし全力でやるつもりはない。


 真剣勝負の時に手を抜くのは嫌いだが、これはファインのトラウマを克服すための勝負であり、勝ち負けではない。

 少しずつファインの恐怖を解消させるために優しく木刀でやり合うのが一番良い。


 ファインが先手必勝と言わんばかりに剣を振ってくるが……やはり攻撃に恐怖を覚えているか。

 攻撃を軽く受け止め弾き飛ばし剣を上に振り上げる。


 ファインが目を見開き、脚を一歩後退させる。

 やはり逃げる手段しかないか。

 現実に目を向けたくなくて目を瞑り静かに剣を振り下げた。


 カッ!!


 「――――は?」


 顔を俯かせファインが逃げる姿を想像していると……不自然な音が聞こえた。

 まるで…木刀と木刀が重なり合うような…。


 顔を上げ目を開くと、ファインがプルプルと震えながら剣を横にして耐えていた。


 ――――――――――うそ…だろ?


 「はあ!!」


 ファインが剣を弾き俺に反撃してくる。


 「ちょ!?」


 ファインが剣を受け止めるのが予想外過ぎて攻撃を受け止めるのに遅れ、体スレスレで受け止められた。

 受け止めた剣を受け流し、横に一閃するとファインは若干戸惑った様子を浮かべて剣で受け止めずに攻撃が体に入る。


 「う!?」


 力は余り入れずに攻撃を入れたが、ファインは態勢を崩された状態での攻撃だったので倒れるが…俺は気に掛ける余裕が無かった。


 まてまてまてまて。

 今のは…見間違いだよ…な?


 確認するようにミリアを見れば、ミリアも流石に予想外だったのか口を半開きにして倒れているファインを見つめ、猫もファインを見て固まっている。


 もしも…もしもの話だ。

 今の俺の攻撃を受け止められなかったのがトラウマではなく――――ただ、どうやって止めれば良いか分からなかったとしたら?


 やけに聞こえる心臓の音が五月蠅く耳に鳴り響いていると、ファインが身体を起こし自分の身体についている砂を叩き、俺の所に歩いて来る。


 「あの――――横からの攻撃ってどうやって止めたら…良いんですか?」


 大きく目を見開いてしまい、生唾を飲み込む。


 「あ、ああ。それは手を反転する形で受け止めるのが良いと思うぞ」


 「ありがとうございます!」


 綺麗に一礼をしてファインは再度剣を構えて対峙しているが…いや、恐らくマグレか剣を当てる事しか考えてないかの片方だ。

 攻撃を受け止めないといけないと分かった時にトラウマが出る…筈だ。

 その筈なのだが…まさか。


 「は、はじめ」


 ミリアはファインをジッと見つめながら最初の頃とは打って変わり、全く気持ちの籠ってない開始の合図で幕を開ける。

 俺も気持ちは分かる。


 考えても仕方が無いし次の一撃で分かる筈だ。


 「はああ!!」


 ファインの一撃を受け止め、剣を横に一閃させる。

 今度は目を離さず最後まで見届けたが、ファインが見間違いでも、勘違いでもなく――――本当に剣を受け止めていた。


 その姿を見て俺は木刀を地面に落とし、ファインの両肩を掴む。


 「お、お前――――こ、克服できてる…のか?」


 「え、あの」


 ファインが困惑している様子を見せるが、一番慌てているのは間違いなく俺だ。

 最も長丁場になると踏んでいたトラウマの克服を既にファインは出来ているのだ。


 信じられない。

 有り得ないと訴えたいが…目の前の後景は見間違いではない。


 「ファインちゃんは攻撃されるのがもう怖くない?」


 隣にミリアが立ち純粋な疑問をぶつけると、ファインはそっと目を伏せる。


 「怖いです。だ、だけど、それ以上に…アレンさんとミリアさんが…私の為に頑張らなくて済むように頑張りたいんです!!」


 「ふぁ、ファインちゃん」


 ミリアが感極まった声を出すが今度は俺は耐えることが出来た。


 「ファイン、今日はもう終わりだ。明日に備えろ」


 「は、はい」


 後ろを向きながらファインに伝えて大木から見える大草原を見つめる。


 「アレン!ファインちゃんが今日凄い頑張ったのに何で褒め…アレン?」


 覚悟を決めたはずだ。

 二段階目の修業を始める時にもう絶対に見捨てないと覚悟を決めたんだ。

 例えファインがどれだけ傷つき、悲しみ、俺を拒絶し嫌いになろうと――――俺はやり遂げる。


 「ミリア……後で全員を呼んで欲しい。大事な話がある」


 晴々とした景色が徐々に変わり曇り空が空を覆っていく。

 まるで――――この先の展開を見透かしている様なそんな気配の雲が蠢いている。

 ――――最後の勝負だ。

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