感動
――――ファインとのランニング五日目。
今日も朝から早く起きているファインを褒めてランニングを始めるが、今まで下を向いて走っていた眼が前を向いて走っている。
気持ちが前に向いている証拠だ。
……これは第二段階目に行くのももうすぐか?
――――ファインとのランニング六日目。
今日も朝から走り続ける。
「あ、あの」
「どうした?疲れたか?」
ミリアと雑談をしながら走っていると、背後から遠慮気味にファインが話しかけてきた。
やった!ファインから話しかけてくれた!ひゃっほいいいいい!とはしゃぎまわりたい気持ちを押し殺して答える。
やばい、思考がへんたいふしんしゃさんに近づいて来た。
ロリコン認定されて通報されても文句は言えない。
「私のペースに合わせなくて皆さんのペースで走ってください。が、頑張って付いて行きます」
ちょっとカチンときたぞ。
ここで少しは俺のカッコイイ所を見せてやる!!
最後まで頑張った後にカッコイイ人と思われるように!
警察には通報しないでね!
「ミリア、ペースを上げるよ」
「オッケー!!」
ミリアは相変わらず三日目以降、自分の身長以上の岩を持ちながら走り続けているが最近手で持つ部分にひびが入り始めている。
徐々にゴリラに近づいてない?握力百キロ越えでも目指しているのか?
世界のギネス記録は192キロだがミリアなら超えられる気がしてならない。
その後、速度を上げて全速力で走ったが玄関に辿り着いた時には俺が限界を超えてファインとの癒しのナデナデタイムが出来ずにミリアに家まで運んでもらった。
もう二度と全力で走らない。
――――その後、合計十日間もの間も雨であろうと暴風が吹き荒れようと永遠と走り続けたがファインが一度も弱音を吐かなかった。
嬉しさもあるが、そろそろ俺の思考回路が狂い始め、ファインが弱音を吐かなかったら褒められると甘やかしたい欲求がマックスになっているのが傷だ。
「今日も頑張ったな」
「はい」
今日もファインを褒めて終わりだが…少しだけ懸念点がある。
ファインは確かに成長している。
初めに心の弱さを鍛え、徐々に下を向いていた顔が前を向き弱音も吐かずに走り込みを終えているのは完璧だ。
だけど、まだ剝がれやすい塗料で塗り固めている様な物だ。
最大の懸念点がまだ解消されていない以上は次の段階に行くのは危険すぎる。
しかし、俺も初心者なのでどうすれば治せるのかが分からない。
「アレン、今日は泊まっていい?」
「良いよ」
ランニングを終えて考え事をしているとミリアが近づいて来たので思考を停止して家に入って晩御飯を食べよう。
考えるにしてもミリアにも相談してみるか。
「アレン、ファインちゃんについて考えることがあるなら私にも相談してね」
「……うん。今日ちょっと話そう」
俺がミリアに適わないと思うのはこういう所だな。
ミリアと共に家に戻って席に座ろうとした時だ。
既に母も父も晩御飯の支度をしていたが、母がこちらに顔を向けた瞬間に手に持っていた皿を地面に落とした。
「母さん!?ど、どうしたの?お腹が痛いの!?」
子供が生まれるのかと思いきや、父が慌てておらず口を半開きにして父も固まっている。
「…あ、あれ…」
母が震える指で俺達の方を指しているが、目は俺達の方ではなく後ろを指している。
「――――え?」
後ろを振り返り、俺も体を動かすことが出来なかった。
俺も母や父と全く同じ顔をしているだろう。
隣を見ればミリアもまた驚いている。
それもそうだ。
ファインが俺達の後ろに付いて来て――――家に入っている。
「あ、あの。ご飯を…一緒に食べても…い、良いですか?」
「も!勿論よ!さあ、入って!ごめんね、今日は質素な物しかないけど明日は美味しい物を沢山…たくさん作ってあげるからね!」
母が涙をポロポロと流しながらファインに近づき、手を繋いで椅子へと先導していく姿を茫然として見つめてしまう。
「おうファインちゃん!俺はこの家の主のジダンだ。あんまり話したこと無いけどよろしくな」
父が話しかけるとファインがビクついた様子を見せる。
明らかに大きな声で話しかけたのが原因だろう。
「お父さん、ファインちゃんが怖がってるから今日は部屋にいて」
「…は、はい」
父が半べそを掻いてとぼとぼと部屋に入っていく姿を見守り、俺は外に出る。
「ごめん、ちょっと外に出るから」
「ええ」
外に出て玄関で直ぐに塞ぎ込んでしまう。
今まで我慢していたものが…全部吐き出てしまう。
「アレン、駄目だよ」
「ああ…分かってる…分かってるんだ」
俺が蹲り必死に気持ちを押し殺そうと堪えるも…自然と溢れる気持ちを止めることが出来ずに――――涙が止まらない。
ミリアが優しく背中を擦ってくれるが、それでも止まらない。
「厳しくするって決めたんでしょ」
「ああ…そうだよな…駄目なの…分かってるのに」
心を開いてくれないファインが、最初に涙を流して土下座をしていたファインが…永遠と家の壁にもたれ掛かり一歩も家に入ろうとしないファインが…あんなことを言うのは卑怯だろ。
どうやって涙を止めるんだ。
「あ、あの……」
蹲っていて涙で視界がぼやけているので、顔は見えないがか細い声が近くから聞こえ歯を食いしばり嗚咽を押し殺す。
「ど、どうしたのファインちゃん」
「だ、大丈夫ですか?」
「うん。アレンがお腹痛いって言ってて直ぐに戻るから中で待っててくれる?」
「は、はい。一緒に――――ご飯を食べたいので待ってます!」
「――――!!」
「うん。分かった!」
ああ。
俺はもう前世を合わせると何歳になると思っているんだ。
こんな大の大人がこんなに号泣するなんてあり得ない。
そう自分に言い訳しても、どれだけ言い訳を並べても無意味だと知っているのに…どうしたら良いんだ。
「…わ、私達…間違ってなかった…んだよね」
「ああ」
「ファインちゃん…げ、元気になったん…だよね」
「まだ、終わりじゃない…始まったばかりだぞ」
「うん…分かってるよ…分かってるけど…」
視界がぼやけても分かるぐらいにミリアは前を向いたまま涙を垂れ流していた。
「アレン!!良かった!元気になったんだよ!元気になった…んだよ」
「ああ。本当に…本当に良かった」
ミリアが涙を流しながら抱きついて来たのを俺は何時もなら拒めたはずなのに今日だけは拒むことが出来ない。
――――声を押し殺すことも出来ない。
――――涙を止めることも出来ない。
明日から頑張ると決意する。
だから、今だけはどうかこの感動を、嬉しさの涙を――――流させてほしい。