ミリアとファイン
静かな夜。
星空を眺めながら静かにジッと見つめていると、家の端から足音が聞こえて来た。
家の端の方をドキドキしながら見つめていると、顔だけを覗かせた――ミリアさんが現れた。
「ミリア…さん?」
「ファインちゃん、今、大丈夫?」
「はい」
「ちょっとこっち来て」
ミリアさんに手招きされてチラリと家を横目にミリアさんの所に歩いて行く。
「あ、あのどうかしたんですか?」
「良い所に連れてってあげる」
ミリアさんが満面の笑みを浮かべて私の手を引いて歩いて行く。
「あの…勝手に何処かに行くと怒られますよ」
「大丈夫。その時は私が怒られてあげるから」
親指を立てて笑みを浮かべたミリアさんが連れて来たのは、広い草原だった。
何も変わらない普通の草原だ。
「あの、ここに何があるんですか?」
「フフフフ!ここには私が密かに作った木刀があるんだよ」
掲げたもうボロボロになった木刀を手に持ち、何度も草原を切り裂いていく。
「アレンに剣術で負けてから密かにお父さんに作ってもらって練習しているんだ。ここは凄い良い所なんだよ」
私は草原の中に座り、ミリアさんが木刀を振り続ける姿を見守る。
ミリアさんが剣を振る度に周囲の草花が吹き荒れ、相当の力が備わっているのが分かる。
今日も永遠と走っていた筈なのに一人だけ疲れていないで今も動けるのは信じられない。
「ふう。ファインちゃんもやる?」
「い、いえ。私はもう身体が…」
今日走りすぎて歩くのすら億劫に成る程に足が重たい。
「大丈夫?」
ミリアさんが私を覗き込むように呟く姿に心配してくれるのが見て取れる。
「…はい。大丈夫です」
「そっか」
ミリアさんは満足げに木刀を横に置き、私の隣に腰掛けて、両手を広げて仰向けで草原の中に倒れこむ。
「ファインちゃんもみてみて!凄いよ!」
「え?」
「良いから!早く見て!」
ミリアさんに引っ張られ私も仰向けに倒れ空を見上げる形になり…私は目を奪われてしまった。
遥か向こう、空の彼方まで見渡せるかのように星空が広がっている。
「綺麗だね!」
「は、はい」
心が落ち着くような和らぐような…こんな綺麗な星空を見たのは初めてだった。
「ファインちゃんはさ――――アレンのこと嫌い?」
「……分かりま…せん。けど、まだちょっと…怖いです」
「だよねー。今回のアレンってなんか凄い怖いんだよね。今日も色々と言っていたけど私は馬鹿だから全然分かんなかった。だけどね…アレンは優しいんだよ」
優しさ。
何時しか忘れていたその感情が何なのかもう思い出すことも出来ない。
「本当に優しいんだよ!今回もファインちゃんの為に色々と考えてそれで厳しくなってるみたいんだけど!本当は凄く…すっごい優しいんだ」
「は、はい」
力説するミリアさんに私は生返事を返すことしかできない。
「だからね、嫌いになって欲しく無いんだ。今のアレンは怖いけど凄い優しいって事を…楽しい人だってファインちゃんに知って欲しかったんだ」
「…ミリアさんは…凄いアレンさんが好きなん…ですね」
「ううん。好きじゃないよ」
「え?」
「――――大好き」
えへへと口角を上げて笑みを浮かべるミリアさんの表情が凄く可愛いと思えてしまった。
「わたしね、アレンと剣で毎日勝負をして負けた日から延々と特訓をして…街の方でも特訓しようって思ったんだよね」
「はい」
「街の方で同い年の人を見つけて剣で勝負をして勝ったんだけどね…それからもう誰も相手してくれなかったんだ。私とやっても勝てないからやりたくないって言われちゃった」
ミリアさんの横顔は酷く悲しく寂しそうに見える。
しかし、直ぐに立ち上がり満面の笑みを浮かべた。
「その時にアレンの凄さに気付いたんだ。アレンは一年間私に負けてもずっと戦ってくれた。負けても…負けても何度も勝負をして挑んでくれる。そして…私に勝ったんだ。それがどれだけ大変なのか知って…アレンが凄い人なんだなって気付いたんだ。アレンは偶に意地っ張りで我慢して弱音も吐かないから分かりにくいけど――優しいんだ」
「…はい」
「これから一緒に居るからファインちゃんにもそれが伝われば私は嬉しいな」
はにかむ笑顔を見せるミリアさんを見て私も立ち上がる。
「あ、あの」
「ん?」
「わ、私はま、まだアレンさんの事が…怖いです」
「うん」
少しだけミリアさんが悲しそうな表情を見ながら私は拳を握りしめる。
「だ、だけど…今日…アレンさんに褒められて…少し嬉しかった…です」
「そっか!!そうだよね!明日から一緒に頑張ってアレンに沢山褒めてもらおうね!」
「――――はい」
「帰ろう!私もうアレンに怒られたくないから今日の事は内緒だからね」
最後に私の手を引き、満面の笑みを浮かべるミリアさんの表情は満点の星空に負けない綺麗さを孕んでいた。