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特訓2

 朝早くに起きると母が既に皿洗いをしている姿が見受けられる。


 「母さん、大人しくしてって言ってるのに」


 「ちょっと暇でね~。それと、昨日の夜遅くにファインちゃんが皿をここに洗っておいてたわよ」


 「……そっか。ごめん、朝ごはんもお願いできる?」


 「ええ。任せてちょうだい」


 俺の分とファインの分の朝ご飯を受け取り、外に出るとファインが壁にもたれ掛かったまま爆睡している姿が見受けられる。

 ……これでいい。


 疲れで余計な事を考えさせず、静かに落ち着いて寝れればそれだけで少しは心をリラックスできるはずだ。


 「ファイン、起きろ」


 軽く揺さぶってファインを起こすと眠たげに目を擦りながらファインが起きる。


 「あ」


 ファインと目が合うと全身の毛が再度立ちあがるが…今度は土下座を出すことは無かった。


 「申し訳ありません。寝てしまいました」


 「きちんと言うことを聴けば大体の事は許容する。寝ても良いし、ご飯も食べられる。朝ご飯だ」


 「あ、ありがとうございます」


 良し。

 少しずつでも成長している気がする。

 昨日は急に土下座を披露していたが、今日は俺と目が合っても怯えはしたが、会話も普通にできた。


 改善はしているが…問題は今からだ。


 この先は勝負だ。

 俺がもうこれ以上彼女を追い詰めるのは無理だと音を上げてヴォルさんの所に連れて帰るか、彼女が心を成長させるかの二択。

 さあ――――始めよう。


 三十分ほど休んでから玄関を出るとファインは体育座りで静かに空を眺めている。


 「ファイン」


 「は、はい!」


 名前を呼ぶと慌ててファインが立ち上がり、綺麗な姿勢で立つ。


 「今日も走るぞ」


 「は、はい」


 若干声が小さいのを見るとファインも筋肉痛が酷いのだろう。

 俺もきついし走りたくはないが…指導している自分が先に音を上げることは出来ない。


 「行くぞ」


 ファインに一言呟いて走り出す。

 本当は休んでいいよと言ってやりたい。

 好きに生きていいと言いたい。

 けど、俺の投げやりな行動で彼女が更に辛い思いをするなら俺がせめて嫌われ役として徹底しないと駄目だ。


 「今日も走るのかにゃ?」


 「うん。まだ、ファインは限界を超えてない」


 「…あちしとしてはもう少し優しく指導した方が良いと思うにゃ」


 まあ、その気持ちも分からないでもない。


 「けど、その場合だとあいつは甘えるだろ。甘えたら何処にも行けないし、帰れない」


 「どういうことにゃ?」


 猫は首を傾げいているが、俺の事情を知らなければ分かる訳も無いか。


 「俺は十歳になるまでに色々とやることを終えて学園に行くんだ。あの子にはなるべく早く成長してもらって家に帰らせてあげたい。もしも、俺達が優しく指導していると彼女は俺達に依存するから。依存が悪いこととは言わないけど俺達がいない時に彼女は結局何も出来ない存在になるよ。ファインには自分で家に帰れる程度に強くして自分の家に帰してあげたい」


 「……お前さん、子供とは思えないニャ」


 「良く言われるね」


 まあ、猫だから普通に話しているけど他の人には走らせて心をリラックスさせたいんだぐらいに説明しておこう。


 チラリと後ろを振り返ると苦しみに耐えながら走るファインの姿が見受けられる。


 「おい、遅れてるぞ」


 「す、すみません!」


 本当は遅れていないが少しずつ厳しくしないと駄目だ。

 彼女が本当の意味で強くならないと意味が無い。


 「アレーン!!」


 二人と一匹で歩いていると背後から元気のいい声と砂煙を上げながら爆速で追い付いてきたミリアが姿を現した。


 「おはよう、ミリア」


 「おはよう!今日も走ってるんだね。私も一緒に良い!?」


 「良いけど大人しく走ってね」


 「はーい」


 絶対に分かってないな。

 しかし、ミリアが来たことにより若干速度が上がりペースが速くなりながら走っていく。

 中々にしんどいな。


 昨日の筋肉痛も有り足が何度もピクピクとして汗も尋常ではない程に搔きながら必死にミリアに追い付いていると、背後から足音が聞こえない。


 「……おい!遅れてるぞ!」


 「す、すみません!」


 ファインがよろよろとして遅れているのが見えて叱責すると再度速度を速めて追い付いて来る。

 ……今ので分かった。


 ファインはまだ足が残っている。

 直ぐに追い付けるのがその証拠だが、やはり一日ではまだ心が改善されないし問題の二日目か。

 何でも同じだ。


 一日目と言うのは最も簡単なのだ。

 その日だけ頑張れば良いが、二日目は一日目の辛い記憶と疲れた記憶が心の奥底に眠っている。

 疲れていない筈なのに疲れている気がするのも、無理だと思っても結局頑張れるのはまだ身体が本当の意味で疲れていないからだ。


 俺の場合は貧弱なので本当に身体が限界だが、ファインはまだ頑張れるのだ。


 「まだ走るぞ」


 「は、はい」


 もうファインに元気は残されていないのか、か細く一言だけ喋って下を向いて走り続けている。


 「…もう少しペースを落とした方が良い?」


 俺の家から走っている筈なのに未だ汗一つ掻かずにケロッとした表情で走り続けているミリアが背後を振り返ってファインを気遣う様子を見せる。


 「大丈夫。寧ろペースを上げて欲しいな」


 「え、でも」


 ミリアがチラチラと下を向いて走り続けているファインの姿を見て後ろに下がる。


 「大丈夫?」


 「あ、す、すみません。だ、大丈夫です」


 「ミリア、前に戻って来て」


 背後にいるファインの背中を擦って駆け寄るミリアに静かに伝える。


 「だけど、辛そうだよ」


 分かっている。

 辛いのを百も承知で走らせているのだ。


 「良いから戻ってきて」


 「だ、駄目だよ。大丈夫?私が背負って」


 「――甘えさせるな」


 小さくミリアを見つめ、声を掛けると自分でも思った以上に怒気の混じった声になってしまった。

 ミリアが一度目を見開いて固まり、無言で俺の隣に並ぶ。


 今度こそ三人で静かに走っているが…若干空気が重い気がする。


 「お前さん…どうにかするにゃ」


 「え?何が?」


 俺の隣に来た猫が首を前に首肯して見ろと言わんばかりの態度に隣を見ると、ミリアが泣いていた。


 「ちょ、み、ミリア…さん?」


 「あ、アレンに怒られ…た」


 おおおおおおおおい!!

 どうしよう!!

 自分でもここまで来て甘やかして欲しくなくて強く言ってしまったが、ミリアが泣き出してしまった。


 「ご、ごめん。だけど、今はファインを強くするために甘やかしたら駄目なんだ。だけど、強く言い過ぎたから本当にごめん」


 必死に走りながら頭を下げるがミリアは泣き止まない。

 器用に走りながらも目に涙を浮かべて何度も腕で拭っている。


 落ち着け!

 俺は今まで色んな人生を経験したはずだ。


 ミリアの場合、喜びそうなのは抱き着いたらいいのか?だけど、走りながら抱きつくことなんて出来ないし…あ、


 「よ、よしよし」


 走る最中にぎこちなくミリアの頭を撫でるとミリアの眼が俺を捉える。


 「本当にごめんね」


 「お、怒ってない?」


 「怒ってないよ」


 ミリアが再度確認するように呟くのに笑顔で答える。


 「アレーン!!」


 「ちょ!?」


 走っている最中にミリアが横から飛び込んで抱きついて来た。

 この疲れている時に重さが何倍に膨れ上がるとか無理だから!


 「鼻水と涙をまず拭いて!」


 「もう怒らないでよーーーーー」


 「分かったから怒らないから安心して」


 数分間宥めるとミリアも元気を取り戻した様で走り出して後ろを振り返り立ち止まる。


 「ミリア?甘やかしたら」


 「――――付いて来てないよ」


 ミリアの言葉に慌てて背後を振り返ると離れた場所でファインが手を付いて止まっている。

 二人と一匹でファインの所に戻る。


 「立て」


 「…ハア…む…無理です…もう…無理です」


 今度はファインが手を突いたまま泣き出してしまう。

 ミリアの場合は泣き止ませるのに苦労したが…彼女の場合も甘やかしたくなある気持ちを必死に押し殺す。


 俺がミリアと同じように宥めてもう大丈夫だよと言うのは、諦めさせるのは簡単だ。

 だけど、それはファインの為にならない。


 「立てと言ってるぞ」


 「…もう…限界なん…です」


 ファインが泣きながら懇願するように呟く姿に、ミリアが駆け寄ろうとしたので腕で止めて顔を左右に振る。

 この子は諦めることを望んでいる。

 それを覆さなければ彼女の心が回復することは絶対にあり得ない。

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