贈り物
「今日も頑張ってやろう!」
ミリアの朝から元気のよい挨拶と共に俺達は三人揃って朝ご飯を食べている。
『開眼の儀』以降でミリアとサーニャは仲良くなりいつもどちらか片方と行っていた授業に互いに顔を出している。
サーニャの場合は『開眼の儀』以降で授業も無くなったようでお昼からも一緒に居る。
二人が元気よく挨拶をしているのは全然良いのだが…俺は今日は少し用事がある。
と言うのも、魔物を見に行く、もしくは倒しに行きたい。
理由は二つ。
一つはレベル上げだ。
自分自身のレベルを上げるのは勿論の事、更に魔法や能力のレベルを上げたいのだ。
今までの経験からしても使えば使う程に能力は成長するのではなく、対戦して敵を倒すことで初めてレベルが上がると言うのを昨日、サーニャが的あてゲームを行っている最中にディオスさんに聞いた。
二つ目はお金だ。
魔獣は倒すと魔石を落とし、その魔石がお金へと変換するのだ。
ヴォルさんと話をして俺は学園に行こうと考えている。
と言うのも、俺は何もかもを知らなすぎる。
魔術も剣術も全部本を見ての独学で応用的な物は何も知らない。
全部を糧にして挑まないとヴァルハラには勝てないと踏んでいるので学園に行きたいのだが、勿論無料で行けるわけもない。
お金が掛かるので自分で稼ぐことも出来てレベル上げも出来る魔獣退治に挑みに行きたいのだ。
「あ、あのさ二人とも」
今日は修業が出来ないと二人に伝えようとした矢先、玄関がノックされる。
この辺の家の人でノックする人なんていたっけ?
全員の視線が玄関へ向けられる中で母が椅子から起き上がらせようとしていたので手で制す。
「僕が出るからお母さんは座ってて」
「分かったわ」
母がお父さんに似て来たわねとため息交じりに呟くのを横耳に、玄関を開ける。
「わちしは獣魔にゃ!」
空中でフワフワと浮かびながら肉球の可愛らしい手を挙げて喋る猫を見て……静かに扉を閉めた。
「あれ?俺は夢の中にいるのか?明晰夢か?」
扉を閉めて頭を抱えて蹲ってしまう。
勘違いか?
猫が空を飛んで喋るとか夢しかないだろ。
「誰か俺の頬を抓ってくれ」
「分かった!」
「ば、一番来たら駄目な奴が来た!」
真っ先に来たのがミリアで俺の頬を抓るが、尋常ではない痛みが走る。
「もういい!ミリアは相変わらず馬鹿力過ぎる!」
「ふふん!私は力持ちなんだよ!」
皮肉で言っているのに気付かないとは流石は子供だな。
ここまで来ると気にしている俺が負けな気がしてきた。
ミリアの馬鹿力は置いておくとして、目の前の現象が嘘ではないと言うことが証明された。
覚悟を決めてもう一度扉を開けると今度は笑顔ではなく、怒ってますよと言わんばかりに腕を組み佇んでいる浮いている猫が存在している。
「あれ?なにこれ?」
「ここって飛んでる猫とかいるっけ?」
「ううん。いないよ」
ミリアも知らないと言う事で本当にこの猫が何者なのかが分からなくなった。
「あちしがわざわざここまで来たのに無言で扉を閉めるってどういうことにゃ!」
「いや、現実を受け入れるのに時間が掛かったんだけど、ええとこの猫はなに?」
「獣魔じゃない?」
背後からサーニャが覗き込んで呟くが獣魔?
「如何にもその通りにゃ!あちしは獣魔にゃ!」
獣魔がそもそも何かが分からない。
「獣魔は召喚獣とは違って凄い上の位の聖職者にしか扱えない筈なんだけど。何で、こんな所にいるの?」
聖職者で思いつくのは一人しかいない。
「ヴォルさんからか?」
「その通りにゃ!あちしと後ろの子が主に頼まれてアレンと言う名の男の所に来たのにゃ」
「後ろの子?」
猫以外に誰も見当たらないが。
「にゃ!?また隠れてるにゃ!早く来るにゃ!」
慌ただしい猫が俺の家の庭のほうまで行き、数分後に猫耳を生やし橙色のショートカットにお尻に尻尾を生やした獣人らしき少女が目を俯かせ挙動不審に現れた。
「よ、よろしくお願いします」
「う、うん。よろしくね」
何が起きているのかはさっぱり分からないが、握手をしようと手を刺し伸ばした時だ。
獣人の子の薄茶色の耳と髪の毛、尻尾と全部の毛が逆立ち、目を見開いて膝を付いて頭を下げる土下座を急に披露した。
「え?」
「許してください。ごめんなさい。もう泣きませんから許してください。ごめんなさい。ごめんなさい」
今度は俺の毛が逆立つ番だった。
……これは。
「なあ、猫。ヴォルさんから手紙か何か貰ってないか?」
「その通りにゃ。良く分かったにゃ」
猫の首輪に掛けられていた一枚の手紙を受け取り、今も尚土下座をして永遠とごめんなさいと呟いている姿を横目にヴォルさんから受け取った手紙を見る。
『アレンへ。
お前へのプレゼントとして二つ用意していたものの手続きが終わったのでお前へ託すことにする。まずは、猫の方だが獣魔と呼ばれ俺が召喚した精霊だ。魔力の消費を減らす役割を持ち、自我も有り空を飛ぶこと、上から戦況を把握したり、特殊な能力も有り、音にも敏感なので色々と役には立つと思う。ただ、自我を持っている分の面倒さもあるだろうが面倒を見てくれると助かる。
次に問題なのがもう一人の獣人の子だ。俺達、教会の人間は人々を守るために商人の中の違法な物の一つである奴隷商人たちを撃退することも仕事の内なのだ。今回、奴隷商人を一つ撃退し、里子に連れて行かれた者などを除外して余ったのが目の前の少女だ』
やはり、そうだったのか。
目の前で涙を流し、何度も御免なさいと訴えている少女は元奴隷か。
二本とは違い平穏な異世界では無いので不思議ではないが胸糞悪いのは確かだ。
若干手紙を読む手が強くなってしまう。
『元々、獣人の里で生きていた中で食料を探している最中に奴隷商人に摑まったらしい。小さい子で獣人と言う事も有り中央都市では中々里親を見つけることが出来なかった。小さい子供ということで体は汚されることは無かったが、幼い彼女に奴隷商人たちは体罰を続けて心が弱り切っている。俺達にも心を開くことは無かったが、アレンならもしかしたらと思い託すことにする。大変、我儘を述べているのは分かっているのでどうしても無理だと言う時は送り返してもらっても構わない。こちらで対処するが、獣人は成長すれば人並み以上の戦力にはなると考えている。
この先、様々な困難があるだろうが同じ者としてアレンに幸運な人生が送れることを願っている』
最後に締めくくられた言葉を見て、手紙を猫に返す。
「取り敢えずその子は母さんに言って部屋に泊めて貰おう」
「無理にゃ」
「え?」
俺が手を出す訳にもいかないし、どうするべきかと悩まされていると猫が首を横に振る。
「その子は奴隷商人から解放されてから延々と暗い部屋に入ることを拒んでいるにゃ。教会にいる時も延々と外で一人で蹲ってたにゃ」
……余程ひどい目に遭わされてきたのだろう。
彼女は頭を下げても分かるようなか細い声で永遠とごめんなさいと呟くだけになっている。
まずは、この心をどうにかしないと何もしてあげることは出来ない。
ヴォルさんには返していいと言われたが、目の前で泣き続け謝り続けている女の子を何もせずに帰すと言うのは俺の心が無理だ。
きっと、延々と引きずってしまうし……何処か俺に似ている気がした。
借金取りに追われる日々に嫌気がさして何かも諦めてしまいそうになる日常に何処か似ている。
ヴォルさんに帰すとしてもまずは自分に出来ることは全部やってから考えよう。