父と息子
「いいよ。二人ともここで待ってて」
「「う、うん」」
二人も父の真剣な表情に驚いて戸惑っている様子だが俺も驚いている。
父と二人で中庭に出て大木の傍に腰掛ける。
怒られるのか?
今日のヴァルハラを倒します宣言に関して調子に乗るなと言う説教なのだろうか。
「――――母さんがどうして今日あんなに切羽詰まってたか分かるか?」
「それは分からなかった」
ヴォルさんと話し一つの疑問の解消は出来たが、俺も母がミリアやサーニャとは違い真剣に訴えていた気持ちだけは分からなかった。
「母さんのお父さんとお母さん、アレンのお爺ちゃんとおばあちゃんだな。二人は冒険者だったんだ。だけど……死んでしまった。冒険者として働き何時も帰っていた二人が急に目の前から消えて母さんは相当傷ついたんだ」
「……ごめんなさい」
「ん?何で謝るんだ?」
「だって母さんは冒険者にさせたくなかった筈なのに、俺が冒険者になるって言ったから今、部屋から出ないんじゃないの?」
「うーん、少し違うと思うがな」
父が後頭部を掻きながら困惑した表情を見せる。
「アレンはアレンの人生を送れば良い。俺は母さんほど心配性ではないけど、それでもお前が自分で選んで選択した道を進めばいいと思う」
この父は俺が大人だった前世の時の何倍もカッコいいな。
「でも、母さんが出てこないのは?」
「嬉しかったんだろうなぁ」
「え?」
今のは予想外で思わず父の方を見て聞き返してしまう。
「お前が母さんの夢を叶えてあげるって言ったのが余程嬉しかったんだ。だけど、冒険者にはなって欲しくない、色々と考えて塞ぎ込んでるだけで落ち込んでる訳でも悲しんでる訳でも無いから安心しろ」
嬉しかったのか。
少しだけ気恥ずかしいな。
「自分の子供が親の為に頑張る程嬉しい物はないさ。だがな、俺は嬉しい以上に――――感動した」
「何で感動するの?」
「息子がここまで成長したのかってな。他の大人の人達は無理だって一蹴してたが俺はアレンが開眼の儀を壊すって言った時、少しだけ想像したんだ。俺が採った食材を母さんが料理をして提供してる所をな。それを色んな人が食べたりアレンや、サーニャちゃん、ミリアちゃんが一緒に食べに行く所が想像したんだよ」
父がカッコいいことを言っているが、何処か死亡フラグに思えてならない。
「父さん、死なないよね?」
「む?俺は後百年は生きるぞ」
どこの小学生だ。
「まあ、後はお前が無茶をしない事だ。夢を持って進むのは良いが前ばかり見て無茶するのだけは駄目だって言いたかったんだ。特に母さんはぁ心配性だからな。心配だけは掛けるなよ。父さんとしてじゃなく男と男の約束だ。出来るか?」
「約束だね」
父と拳を重ね約束を誓い合う。
「僕さ、この先何も欲しい物も言わないし我儘も言わないから一つだけお願いがあるんだ」
「何だ?」
「剣が欲しいんだけど」
「うーん」
この先、色々と勉強をすることも多いが、まずは剣に慣れないと厳しい気がすると想定してのお願いだ。
しかし、流石の父も本物の剣となると悩むようで首を傾げる。
「分かった。アレンがお願いする事なんて滅多にないし今すぐ買ってこよう」
「今から!?」
「おう。思い立ったら即実行だ」
大変有難い話ではあるのだが、流石に急ぎ過ぎではないか?
「あ、因みに母さんの事は心配するな。今日、俺が慰めてやるから明日には元気になってるはずだ。だから今日は早く寝ろよ」
最後に親指を立てて走っていく父だが、俺が子供だからと何でも言って良いと思っているな?
あのセクハラの部分が無ければ完璧なのだが、まあ考えても仕方がない。
話は終了したので家に戻ろうと振り返ると、サーニャとミリアが玄関から顔だけを覗かせている。
「どうかした?」
「怒られなかった?」
「うん。大丈夫だけど」
ミリアが心配そうに見つめてくるのを見ると今回の一件で怒られたのだと勘違いしているようだ。
俺も怒られると思ったがそんな事は無かった。
「寧ろ褒められたよ。俺に剣も買ってくれるって言うし」
「えええええ!!ずるい!私も剣が欲しい!」
ミリアが駄々を捏ねて地団太を踏むが、俺に言われても困るよ。
「大丈夫ならいいわ。今日は剣の勝負をするんでしょ?私は見学するから」
俺が心配で良かったと言ったサーニャは大木の傍で見学する構えを取っている。
「ほら、ミリアも剣術するんでしょ?」
「する」
若干まだ剣が手に入らないことに拗ねている様子だが剣術をするのは絶対の様で大木に掛けられている木刀を俺の分も渡してくれたので互いに立ち会う。
「負けても拗ねるなよ」
「勝つもん!」
どうやら剣が買ってもらえないことに対する鬱憤も晴らすのか今までよりも力が籠っている気がする。
「今日はサーニャがいるし、サーニャに開始の合図を出してもらおう」
見てるだけでも暇だろうし、少しは役割が無いとな。
「分かったわ。――――始め!!」
サーニャの喝のある声に地面を蹴り加速させミリアと交差する。
今回の勝負は勝つことを大前提に踏まえながら色々と試行錯誤して行動したい。
決意が固まり、自由で平穏な世界の中を生きる為には闇の王であるヴァルハラを倒すと言う難題が待ち構えている。
魔術に関しては本を読みながら勉強するほかないが、剣術に関しては本を見ても結局は実践が一番な気がするのだ。
ミリアは剣聖であり力も速度も大人顔負けの実力なので、今は色々と試すことが出来る一番の機会だと思う。
今まで俺が剣術で行ってきたことはミリアの剣を見極め、受け流し反撃する、その三点だ。
しかし、今の俺の戦法はミリアだからこそ出来る技なのだ。
この先、誰もがミリアの様に先手必勝の動きで攻めかかってくるとは限らない。
反撃を得意とする者もいるだろうし、俺の様に受け流す戦法を特技とする者もあらわれる筈だ。
誰であろうと勝てるようにならないと恐らくだが…ヴァルハラには勝てない気がする。
まず、試すべきなのは深追いをせずに攻撃だ。
今まではミリアの剣を見極めて攻撃するばかりであったが、俺の方から攻撃するのだ。
ミリアの剣が俺の頬の横を掠め、その直後に俺は反撃に出る。
「うっ!?」
俺が攻撃に出るのがミリアは予想外だったようで後退しながら剣を受け止めるが、まだ駄目だ。
相手を崩すには予想外の一手が必要だ。
ここがセンスが問われるのだろう。
ミリアとの間合いを詰めて一歩近づき、顔との距離も縮まり間合いを詰めてどちらも攻撃が出来ない状況を作り出す。
しかし、俺はもう一歩前に出てミリアの足を自分の足で引っかける。
「あ⁉」
間合いを図ろうとミリアが後ろに後退するのと同時に足が引っかかり転がるミリアに木刀を突きつけようとした時だ。
「はああああああああああああああ!!」
今まで聞いたことも無い咆哮を上げたミリアが転がりながらその場で回転斬りを始め、俺の剣が弾き飛ばされる。
「なっ!?」
あの態勢で一瞬で回転斬りを出来るのか!?
態勢を崩され剣を上に弾かれた数秒の刹那の出来事で既にミリアは手を地面に付けて態勢を整え、今度は俺が地面に倒されて――勝敗は決した。
「私の勝ち!」
先程までの真剣な瞳とは打って変わり満面の笑みで俺を見つめる姿に驚きもかき消されてしまう。
「……ああ、俺の負けだな」
油断も慢心も無く完膚なきまでに負けてしまった。
流石は剣聖…いや、職業のおかげではないな。
ミリアの実力か。
自分から攻撃を仕掛けると言う試みは悪くない気がするが、問題はミリアの超人的な実力を失念していた事だ。
自分の思うように行動しようという気持ちが先走り過ぎていた。
「いやー、驚いたよ。アレンが反撃してくるなんて今までなかったから」
「途中まではいけると思ったんだけどな」
畜生。
勝てると思ったのにまだ無理か。
「二人とも凄いわね」
大木の日陰の中で静かに傍観していたサーニャが駆け寄り素直な称賛を送ってくれる。
「ありがとな。だけど不様な姿を見せたね」
「人が頑張ってる姿が不様なわけないじゃない」
「……」
サーニャの言葉に思わず言葉が出ずにジッと見つめてしまう。
「ん?私の顔に何かついてる?」
「何でもない」
ったく、大人の俺が子供に教えてもらうとは。
頑張ることは決して不様ではなくカッコ悪くもなくただひたすらに――美しいのだ。
「だけど、私もちょっと試したいわね。ちょっとお爺ちゃんに頼んでくるから二人で続きをやってていいわよ!」
「うん!分からないけど後でね!」
サーニャが何か不気味な事を言いながら真剣な瞳で去っていくのだが、何をするつもりだ?
良い予感はしないぞ。
後、ミリアは少し考えて行動した方が良い。
何時かお金を渡すから付いて来てと言われてホイホイと付いて行きそうだ。
「アレン!もう一戦だよ!」
まあ、先の事を考えても仕方が無いか。
今は目の前のミリアとの対戦に勝つことだけを考えよう。