スタートライン
「ふざけるな!!」
カッコよく絞めたと思いきや、ヴォルさんの背後からサポートとして立っていた男の一人が声を荒げてヴォルさんの所まで歩いて来る。
その眼は俺を睨みつけている。
「先程から子供だと思い見過ごしていれば闇の王を倒す?『開眼の儀』を終わらせるなどとふざけるな!闇の王はこれまで二千年の月日も倒せていないからこそ人間の名誉を冒険者風情が何を抜かしておる!」
「――――無理じゃないわ!」
「そうだね」
誰もが何も発しない中で二人の小さな――少女が俺の前に優雅に佇む。
「大天魔導士である私がアレンに力を貸してあげるわ」
「私も!剣聖って良く分からないけど強いんでしょ!なら、アレンと力を合わせれば絶対に勝てるよ!」
この二人の言葉には弱いのかサポートの人は睨みつけながらも言葉に詰まっている。
大天魔導士と剣聖が力を貸すって言ってるんだもんな。
最高位の二人が力を合わせて勝てないなどと誰も言えないだろう。
「二人ともありがとな」
「ふん!まあ、従者の夢を叶えるのが主の役目よ。感謝してよね」
腕を組み、頬を朱色に変えながらソッポを向くサーニャ。
要約すると俺が怒られている姿を見て庇ったんだろうけど、優しさの塊かな?
「アレン!面白そうだから一緒に頑張ろう!」
何時も通り何も考えていないミリアが能天気な様子で俺に抱きついてくるのだが、分かってないよね?
相手は今まで勝てたことも無い闇の王に挑むんだよ?
絶対に分かってないと思うけど大丈夫?
そろそろ、ミリアのこの先の将来が心配になってきた。
「だから!私の従者に抱きつくのは駄目だって言ってるでしょうが!!」
その後、ヴォルさんが間に入りサポートの人を宥める事で落ち着きを取り戻し、『開眼の儀』は引き続き執り行われた。
殆どの者が農民、冒険者、狩人、商人の四つが選ばれていく。
騎士も魔導士もいない。
しかし、これが通常なら当たり前なのだろう。
そもそも大天魔導士と剣聖と言うのが例外中の例外だ。
だが、そんな常識は二人には通用しない様で、
「おかしいわね。大魔導士が選ばれないわよ。対戦とか申し込みたいんだけど」
「サーニャちゃんもおかしいと思うよね。騎士もいないんだよ」
二人は仲良しになったようで水晶にいる人たちを凝視して戦闘を見つめているが、誰も見つからない。
まあ、そんなもんだな。
辺境の農村に騎士も大魔導士もいるわけがない。
「これにて『開眼の儀』を終了とする。選ばれた職種に乗っ取りこの先を乗り越えてくことを願っている」
ヴォルさんの一言で『開眼の儀』は終わったようなので帰るか。
周囲を見渡していると、父の姿は見つけられたが母の姿が見えない。
「アレン、帰るわよ」
「そうそう!帰って勝負だよ!」
「別に良いんだけど」
今日はドッと疲れたがこの先の事も考えると休んでいる場合ではないな。
「アレンのお昼の用事ってミリアとだったの?」
「そうだよ。毎日、サーニャが帰った後に入れ替わりでミリアが来て一緒に剣術の勝負をしてるんだ」
「ふーん。私も今日は暇だから見ても良い?」
「全然いいよ。ミリアも良いだろ?」
「うん!今日は久しぶりに泊まろっかな。アレン、一緒にお風呂入ろ」
「良いんだけどさ」
この子は五歳になってもまだ羞恥心が芽生えることはないのか。
「は、はあ!?男の子とお風呂に入るってどういうことよ!」
ミリアの何倍も女心を持っているサーニャが顔を真っ赤にしてミリアに詰め寄っているが、ミリアはきょとんした顔をしている。
「入らないの?」
「ああ!今日は私も泊まるわ!」
頭を掻きむしったサーニャが俺に指を差して宣言する。
「多分良いと思うけど」
「ミリアに色々とレディに対しての心得を教えてあげるわ」
ああ。
それは非常に助かるな。
因みにお伽噺を永遠よむのも辞める様に指導してくれると大助かりだ。
「最後に聞き流してもらっても良い。――――《《日本》》と言う言葉に聞き覚えのある者はここに残ってくれ」
――――は?
ミリアとサーニャと共に帰ろうと歩き始めた一歩が踏み止まり背後を振り返るとその場にはサポートの人達も消えてヴォルさんしか見当たらない。
「やはり、お前か――――アレン」
不敵な笑みを浮かべるヴォルさんに俺は冷や汗を流すことしかできない。