ミリアの一日2
民宿で泊っているカリンちゃんを頑張って連れてきて家に戻れば既にアレンたちは戦闘用の服に着替えて出かける準備万端だった。
「ええ!もう出るの!?」
「話なら道中で聞くぞ。朝ご飯はもう母さんとサーニャが片付けてるし、冒険者ギルドで奢ってあげるから行こうぜ」
「それなら良いや!カリンちゃんも良いよね?」
隣を見ればまだ眠いのかカリンちゃんは瞼を擦り欠伸を噛みしめている様子が見える。
「ん。何で呼ばれたのか分からないけど付いて行く」
アレンとファインちゃん、私とカリンちゃんで全員で移動して冒険者ギルドに向かう。
「カリンちゃん、私はアレン以外に抱き着いたりしてないよね?」
徐々に歩くことで目が覚めてきたカリンちゃんに尋ねると首肯が返ってくる。
「うん。確かにミリアはアレン以外には抱き着いてない」
「ほら!アレン!ちゃんと聞いてた!?」
「聞いてたよ。俺が悪かった」
カリンちゃんから聞いて納得してくれたのか、アレンは首肯するが私はそれだけじゃ満足しない。
「悪いと思ってるならギュッとして!」
「……」
「ご主人様もミリアさんの事を心配して言っているんですからその辺にしておきましょう」
「ええ!ギュッとされたい!」
アレンがそっぽを向き、答えないのをフォローする形でファインちゃんが宥めて有耶無耶になってしまう。
やっぱりおかしいんだよね。
昔は私が抱き着いても何にも言わなかったのに最近は他の男に抱き着いたりしてないか?とか根掘り葉掘り聞かれるし何でだろう。
「ミリアは剣術クラスではしっかりしているのにアレンの前では甘えん坊」
「ミリアがしっかり者?」
カリンちゃんが何度も首肯している中で、アレンが首を傾げながら話に入ってくる。
「アレンってば私もお姉さんだって言ったでしょ!私は皆に頼られてるんだから」
「頼られてるけどミリアの言ってることが毎回理解できなくて最後には私の方に来る」
「え!?そうなの!?」
微笑を浮かべてクラスメイトの人たちは帰るから大丈夫だと思ってたのに教えてあげられなかったのか。
「お姉さんになるにはまだまだ早いな~」
アレンが悪戯っ子の様に口角を上げてニヤニヤと笑みを浮かべる姿に青筋を一本立てアレンに突撃する。
後ろから抱き着いて投げ飛ばそうかと考えたけど……今日は無性にアレンに抱き着きたくなる。
「ん?どうした?」
「今日はアレンに抱き着きたい日な気がするんだ」
「残念ながら特別の様に聞こえてるけど日常だぞ?」
デリカシーのない一言に本当に投げ飛ばそうかと思ったけど、投げ飛ばしたらこの時間が終わってしまうジレンマに取りつかれてしまって、投げ飛ばすことが出来ない。
アレンに寝相だとしても抱き着かれたのが久しぶりで恋しくなってしまったかもしれない。
「着いたぞ」
アレンが呼びかけると同時に町中に灰色のレンガ作りで建てられている建物の扉をアレンが開いた。
中には酒場、二階のテーブルではしゃぐ冒険者たち、酒場で作られている燻製のお肉の煙たい匂いが充満している懐かしい空間が目の前にあった。
「お!!アレンじゃねえか!久しぶりだな!」
「久しぶり」
冒険者たちに次々と話しかけられるのをアレンは懐かしむように手を振りながら歩いて行くと、クエストの受付カウンターで何やら集団が出来上がっている。
「何事なんだ?」
アレンが小さく呟いた一言だが、目の前の集団が振り返る。
「「アレンじゃねえか!!」」
冒険者の殆どがアレンに満面の笑みを浮かべて近づいていく。
「久しぶりだな」
「おうよ。お前がS級の白竜を倒してくれたおかげで俺たちは簡単にクエストに行けるようになって最高なんだよ」
「あれ以降冒険者の数も増えてクエストの数も増えて稼ぎ放題よ!」
「成る程。道理で二回の人たちは騒いでいるんですね」
ファインちゃんのジト目で見られながら呟かれる言葉に誰もが苦笑いを浮かべて視線を逸らす。
「ふぁ、ファインさん勘弁してください!」
「最近は上手く冒険が行き過ぎてお金が溜まってるんです」
ファインちゃんに全員が頭を下げたことで集団の中心人物に佇んでいる女性に目がいく。
綺麗な白髪のロングの髪の毛、容姿も透き通るような白い肌に整った顔立ち、腰には剣を下げているけど、私の直感では戦い慣れているようには見えない。
「ん?その女の子ってお前らまさかとは思うが女の子に絡んで何かしてるんじゃ」
「か、勘弁してくれ!ち、違うぞ!な、なあ受付嬢の姉ちゃん!」
集団が道を開け受付嬢のお姉さんが見える様にすると、茶髪の短髪、キッチリとした制服を着ている受付嬢のレナさんが苦笑い気味に首肯する。
「今回は違いますよ。彼女は職業が【聖職者】で戦闘に不向きな治療魔法の使い手らしいんです。更に戦闘経験も無い中でクエストに行かれようとしていたので皆さんが止める様に促していた所なんですよ」
「皆も変わったね」
「ミリアさんってば当り前じゃないですか!」
「俺たちは真面目ですから!」
最初の頃は大変だったけど今では皆が仲良く危ないことをしている人を注意出来てるのも全部…アレンのおかげなんだよね。
「クエスト内容は?」
「ゴブリン十体だ。だけど、女子一人で行くのは危ないから俺たちの誰かが付いて行くって話だ」
「ファイン一人で頼めるか?」
「ご主人様のご命令通りに」
ファインちゃんが一礼して全速力で冒険者ギルドを駆け抜けて行き、アレンと白髪の少女が対面する。
「少し話をしようぜ」
「…は、はい」
戸惑う姿を見せていたけど異論はないようで皆で移動して一回の酒場の一つのテーブルに私たちも座る。
アレンが真ん中で私とカリンちゃんが両隣に座り、正面に白髪の少女が対面して座る。
周囲には食べ物を頼んでいる冒険者あの人たちもいる中で話し合いが始まる。
「まずは自己紹介からだな。俺はアレンで今は学園の生徒だ。よろしく」
「カリン」
「ミリアって言うんだ。よろしく」
三人で挨拶をすると白髪の少女は椅子に座りながら一礼する。
「私はイリスです。先程のクエストは……」
「ああ。その件に関しては俺の仲間が行ってるから一時間もしない内に返ってくるから安心して大丈夫だよ。それより、どうして『聖職者』の治療魔法の使い手が冒険者になろうと思ったのか話を聞いても良いか?」
出た!!!!
アレンは一つだけ不思議なことに女の子や小さな子供に優しいのだ。
本領発揮しているアレンが優しく語り掛け、彼女の言葉を静かに待ち続けている。
「わ、私の家は貧民で…父は早くに死んでしまい母も働き詰めで病弱で無茶はさせたくないんです。なので、私が冒険者として働いて少しでもお金を稼ぎたくて」
目の前のイリスちゃんの事情の全てを把握する事は出来ないけど、私が見ている限りでは明らかに戦闘を経験していない雰囲気を出しながらも戦おうとする意志が凄いと思えてしまう。
「でも、よかったね。私はまた皆が私たちの時と同じように絡んでるのかと思ったよ」
「ちょ、ちょっと。ミリアさん、勘弁してくださいよ~。俺たちはもう二度としませんよ」
「……絡んだ?」
リリスさんが首を傾げて疑問符を浮かべ、反対に座るカリンちゃんも前に出てくる。
「私もずっと気になってた。何かあるの?」
「俺たちが初めて冒険者ギルドに来たのが十歳の時だったんだが、俺たちは周囲から見れば完全に浮いているわけだ。男一人に女三人の子供が現れたから絡まれるまではよかったんだが……」
アレンが苦笑い気味に私の方を見て呟いている姿に釣られて笑ってしまう。
「絡まれた時にアレンがヴァルハラを倒すために強くなりたいって言った時に冒険者の皆が笑ったんだけど……サーニャちゃんが本気で怒ってね。容赦なく魔法は撃つし全員で必死に止めたんだけど全員に一発お見舞いするまで止まらなかったよね」
「サーニャがあそこまで怒っている姿を見たのは初めてで恐ろしかった」
冒険者の人たちも当時の事を思い出しているのか顔を青ざめ身震いを起こしていた。
その中で先程まで集団の中にいた二人の冒険者が私たちの前に来る。
「初めは小さい子供が来る所じゃねえと思ってたけど、サーニャさんにボッコボコにされるわ、次々に功績を残してこのギルドのエースになるわ、アレンは俺たちによく酒を奢ってくれるし、皆が困ってたS級の白竜まで倒してくれるで全員認めてるわけよ」
「……少し前に学園の入学のために倒したとか言ってたけど」
カリンちゃんがぼそりと喋った言葉にアレンが反応し、私の方を見てカリンちゃんの方を見ない。
「アレンは優しさを隠して甘えるタイプ」
「おい!甘えるとかやめろ!別に隠してたわけじゃない!言う必要が無かっただけだから喋らなかっただけだ!」
カリンちゃんとアレンが言い争いをしているけど私は以前から気になっていたけど二人とも仲良しじゃないのかな?
出会ってから一週間程度とは思えないぐらい気が合うというか以前から出会っているような雰囲気が見えるのは気のせいかな…?
「だけどよ、この子は俺たちの協力は要らないって言うんだ。一人で戦うって言うんだけどどう思う?」
「無理だと思うぞ。どう考えても初めての戦闘だよね?」
アレンの言葉に若干俯いているリリスちゃんは首肯する。
「どうして協力を申し出ないんだ?ここにいる連中は怖いかもしれないが根は優しい奴らだし、手を出すこともないぞ?」
アレンの言葉に背後にいる冒険者たちから『出したのがバレた後が怖すぎるから』とぼそりと聞こえる声に私の中では信用がガタ落ちになってしまう。
「ここにいる人たちは良い人だと思います。でも、ここで助けてもらっていたら何時までも助けてもらう気がするんです。自分の力で解決できるようになってから協力してもらうのが良いかなっと」
イリスちゃんが小さく呟いたが、アレンは若干目を見開き、前のめりになる。
「へえ。難しい方を選択したのか」
「え?」
リリスさんが顔を上げるのに対し、アレンは微笑を浮かべる。
「簡単な方を選択するのは楽だけど、難しい方を選択する方が良い結末を迎えると信じたいものだ」
……あの目だ。
アレンは偶にだけ目を遠くに向け、自虐的に悲し気に呟くことがある。
何か傷があるのか、辛いことがあるのかも私には分からないけど…アレンのあんな目は見たくない。
「……」
イリスちゃんも口を半開きにして放心したような表情を向ける。
「…い、良い言葉ですね」
「ああ。俺が昔に教えてもらった言葉だ。イリスだったよな?俺にちょっとついて来てくれるか?」
「は、はい」
アレンとイリスちゃんが立ち上がり、テーブルに二金貨ほど置く。
「カリンとミリアはここで朝ご飯でも食べて待っててくれ。俺は行くところがある」
カリンちゃんは目を輝かせて既に注文を始めて、アレンとイリスちゃんが歩く姿を見て私は朝ご飯よりも二人の後ろを付いて行くことに決めた。
「……ミリアは朝ご飯を食べなくていいのか?」
「別にいいよ。私も付いて行きたいんだけど駄目?」
「何も悪いことはないけど面白いことはないからな」
私も面白いことが起きる予感などは微塵も感じていない。
寧ろ…嫌な予感しかしていない。
アレンはおかしなことに次々と女の子と絡んで虜にしてしまうのだ。
アレン自身でも無自覚なのが余計に怖いというか、歩いている最中でも惚れされせてしまう可能性が零ではないのが怖い。
「イリスちゃんに冒険の仕方でも教えるの?」
「そんな危険なことを教えて彼女が酷い目にあっても責任を負いたくないし、助力もしない。それは望んでないだろ?」
「はい。自分の力で稼いで対等な時に助けてもらうのは有難いですけど何もできない時から助けてもらっても駄目な気がするんです」
私たちと同い年なのに色々と考えて行動してるんだな…。
少しだけアレンと似た雰囲気を持つリリスちゃんと一緒に歩いて行き辿り着いたのは見覚えのある武器屋だった。
……この都市に来てから何回も来たから分かるけどここは……、
「アレンさんじゃないですか!どうしたんですか?」
私たちが過ごしていた農村で武器屋を営み、アレンがサーニャちゃんに貰った剣もここで花屋さんになりたいと言っていたマヤちゃんが店番をしていた。
「ちょっと相談があってな。店長は?」
「今は出かけてて私が店番をしているんです。もう、私が殆ど店長みたいなもなので相談があれば聞きますよ」
黒髪をなびかせ、胸は小さくともスタイルはよくそれは自分でも理解しているのかアレンに見せつける様に腰を曲げて可愛らしいポーズを取ってアピールしている。
「そうか。マヤちゃんに相談なんだけどこの子を雇ってくれないか?」
「……?この子は?」
マヤちゃんがアレンの背後に立つリリスちゃんに目を向ける。
「イリスと言います。あの、雇うというのは?」
「イリスは自分の力でお金を稼ぎたいんだろ?」
「は、はい」
「なら、別に危険を冒して冒険をする必要はないだろ?ここで働いてお金を稼げばいいだけだ。難しい選択を取ろうとするリリスは凄いと思うけど……わざわざ自分を犠牲にする必要はないぞ」
……アレンは本当にずるいと思う。
普通は冒険を教えることでイリスちゃんを助けるのが一番だと思っていたけど…それは危険が伴っている。
誰もが解決するのは安全で自分の力でお金を稼ぐことだ。
それをアレンが提示し、最後には微笑を浮かべるおまけ付きで言うなんて卑怯だよ!
これ以上、ライバルを増やさないで!
「あ、ありがとうございます!」
「ちょっと~。アレンさんってば私が雇う前提で話してませんか~?」
マヤちゃんが不敵な笑みを浮かべ、試すような視線を向けるがアレンは気にした素振りも見せず平常運転だ。
「ここにきて俺がこのお店をおすすめした回数は何回だ?」
ここで初めてマヤちゃんは苦笑いを浮かべ普通に立って腰に手を当てた。
「アレンさんには勝てないですね。分かりました。アレンさんがここを色々な人に宣伝してくれたおかげで最近は繁盛してますし客引きでも欲しい所だったので私の所で働かせますよ」
観念したように頭を下げたところでイリスちゃんがここで働くことが決定した。
「ありがとな。それじゃあ、イリスもこの先はマヤちゃんのいう事を聞いてくれ。俺たちは冒険者ギルドに戻るから」
「あ、あの!」
アレンと冒険者に戻ろうかと歩き始めた時に背後からリリスちゃんが呼びかける。
……嫌な予感しかしないけど私がここで反対するのも変な話なので静かに待つ。
「どうした?」
「私がもっと強くなって……対等になった時にもう一度会ってもらえますか?」
……アレンは何人を惚れさせるのだろう。
リリスちゃんが大声で叫んだのに対しアレンは微笑を浮かべておうとだけ伝えて静かにその場を後にした。
私も頑張ってアレンにアピールしないと本格的に大変な気がしてきた。
◇
タマside
暗く乱雑に積まれた本の中を空中で浮きながらスイスイと躱し目的地の場所に辿り着く。
暗い部屋の中で一つだけ明かりが灯され、真剣な瞳で本を見つめる――――セルシィの所に駆け寄る。
「……セルシィ、分かったにゃ?」
「まだじゃな。儂もずっと探してはおるが中々に分からん。ここまで解明できんのも謎じゃ。もはや、儂ではなくお前の勘違いという件もあり得るぞ」
セルシィが嘆息交じりに本を放り捨て、椅子に背中を預けてあちしの方を見つめる。
「間違いないニャ。あれはおかしいニャ。何があってもあり得ないのにゃ」
「その点は分からぬが異変があるのは認める。何かがおかしいのは……明白じゃ」
「あちしも探すからセルシィももう少し手伝って欲しいニャ」
この一件だけはどうしても解決しなければならない。
あちしには――――時間がないニャ。