『開眼の儀』
「何処に行くの?」
「もう話しても良いんだっけか?」
四人で歩き始めるのだが、目的地も何も聞かされていないので、純粋に尋ねると父は母の方を向く。
母はお腹を自分の右手で支えながら、
「確か良い筈よ。五歳になれば話しても良い条件だから」
「そうだな。お前たちは今から『開眼の儀』を行うんだ」
……その中二病を擽るような名前は何だ。
「何をするの?」
「簡単に言えばお前の適性を見るんだ。お前が十五歳から働く職業を見極めてもらう」
ふむ。
何となく大雑把な内容は分かった。
異世界転生、転移でお馴染みの儀式か。
俺の予想ではここでステータスなども確認できるのではないだろうか?
「成る程ね。職業を選ぶ時に必要なんだね」
「いや、違うぞ。その選ばれた職業に絶対になるんだ」
「え!?」
待って!
それは知らない!
俺の目論見では適性などを見つつ、自分のステータスやこの世界の情報を掴んでスッキリとする。
次にステータスを見極めて、俺に見合った職業を選ぶ。
男心的には冒険者、平穏となれば父や母と同じく農業が嬉しい限りだ。
欲を言えば好きな人と一緒に父と母の様に農業をするのも悪くない。
俺はこの世界で最強を目指すなんて大それた目標は無いので平穏に過ごしたいのだ。
だが、現実は非常でまさかの職業選択不可になるとは……。
これは、何かしら異世界転移による秘められた力が存在すると、俺は勇者とかに選ばれたりする可能性があると言う事だ。
いや、寧ろその可能性の方が高い気がする。
異世界転生を果たした人間が今までに何人存在しているのかは分からないが、この時の定番としては勇者が適切だ。
「……もう少し詳しく聞きたいんだけど、選べる職業って絶対に一つなの?」
「うーん、そんな事は無いが殆どの人はグループに分かれているんだ」
「グループ?」
父にもう少し聞いた所で大分理解を深めることが出来た。
まず、学校などに存在するカーストのピラミッドを想像すれば簡単だ。
一番下が農民、全員が畑仕事しか選べない。
その上が狩人、冒険者だ。
この世界には動物と魔物が共存しているのだ。
狩人が動物を狩り、冒険者が魔物を倒す職業であり他に選択肢はない。
但し、狩人でも冒険者でも自分の好きな武器は選べるようだ。
俺は絶対にこの二つだ。
この二つ以外は寧ろ嫌だ。
次が商人だ。
何でもなれるし、ここが最も人気であり多いようだ。
好きな商売を始めることも出来るとメリットだらけに見えるかもしれないが、やはり一番人も多い様で収入が安定するのは難しいようだ。
俺の平穏生活が望めるか不安定な職業など断じて嫌だ。
次に上から三番目が従属、聖職者だ。
簡単に言えば貴族の世話だ。執事やメイドがそれにあたり昇格も有るし、給料も安定して最も人気の職業でもある。
特にメイドの場合は貴族の男と子を育めば一気に地位が上がるのだ。
因みにこの話をした時に父は再度母に拳骨をお見舞いされた。
例外として貴族は開眼の儀で従属が選ばれた場合はそのまま自分の家の貴族の地位を得ることができる様だ。
次男、次女なども従属の場合は三人で協力して貴族を成長させる、要するに全員が領主になるとか。
聖職者に関しては教師やら色々と役員的な立ち位置があるそうで、俺の前世の記憶を合わせると公務員の立ち位置になる気がする。
閑話休題。
次に上から二番目が、騎士、大魔導士だ。
騎士は剣術の先生から王様に仕える騎士になれるなど様々な職業を選ぶことができる。因みに、上の職業は下の職業を選択することも出来るとか。ただし、貴族ではない場合は貴族になることはできない。
滅多には無いが、上位の人ほど下の職業を選べる分、選択肢は広くなるようだ。
最後に一番上が剣聖、大天魔導士、国王補佐だ。
剣聖、大天魔導士は全ての職業を選択できて、挙句の果てに国王に仕えることもできる様だ。
国王補佐も同じくして国王に仕える事のできる有望な職業だとか。
俺としては農民か冒険者、狩人でも全然大丈夫だ。
だけど――――何かモヤモヤする。
自分でも言葉で表すのは難しいが、確かに気持ちの悪さが心中に渦巻いている。
「へえ、私は魔法に関する職業なら何でもいいわね」
「サーニャの場合は大魔導士とか有り得ると思うなあ。だって、魔法を一発で成功させる才能の持ち主だし」
「ま、まあね!私はそれぐらいの器は持ってるわ!」
顔を朱色に変えてソッポを向くサーニャだが俺のツンデレセンサーからは逃れられない。
褒めてくれてありがとうって言いたいのに相変わらず素直になれないサーニャだった。
◇
場所は移り、都会に比べればちっぽけでも何処か豊かさが溢れている小さな街並みを歩いて行く。
俺は自分の家の近辺しか歩かないので、小さな街があるのも知らなかったので興味深いが、父と母に付いて行くと、教会の様な場所に入っていく。
真っ白な支柱に囲まれた協会の中に俺とサーニャも後ろから付いて行くと、光に照らされた協会の中に親子連れの人達が大勢佇んでいる。
「アレンー!!」
「うお!?ミリア!?」
急に前方から突撃して来る子供がいると思えばミリアだ。
全力で抱きつくのだが、昨日も会ってますよ?
十年ぶりの感動の再会じゃないよ?
「な、ななな、この子はだれ!?」
隣でわなわなと身体を震わせているサーニャが得体のしれない物を見るかのようにミリアを指差す。
…よく考えてみると、ミリアとサーニャは初対面か。
「ん?アレンって妹がいたっけ?」
「何で私がアレンよりも年下なのよ!?」
「妹はまだ生まれてないよ。この子は村長さんの孫のサーニャだ」
「へえ、よろしくね!私はミリアだよ!」
「まず、離れなさいよ!」
ごもっともな意見で。
ミリアが俺に抱きついたまま自己紹介を始める中々シュールな光景にサーニャがツッコむ。
「じゃあ、改めてよろしくね!」
「よ、よろしく」
若干サーニャが押され気味な気がするが、気持ちは分からないでもない。
「ミリアだったわよね?」
ミリアと握手を交わしたサーニャが頬を軽く赤く染めながら軽く咳払いをする。
「あんまり男の人に急に抱きつくのとかは駄目よ」
子供の作り方は知らないが、そこら辺の恥じらいはあるんだな。
少し意外だ。
「私、アレンにしかしたことないよ?」
おっと!?
俺じゃなかったら勘違いするぞ!?
ミリアはキョトンとした表情で喋るのを見ると無自覚なのだろう。
何時か、無自覚に男に持てる天然系美少女になる気がする。
「それでも駄目よ!アレンは私の従者だから!」
はい?
いつの間に俺が従者になったの!?
「何時も朝ご飯を作って色々と教えてあげるんだから!」
それは立場が逆じゃありませんかね?
俺が主でサーニャが従者になってるよ。
「なら、私も従者になったらアレンを好き放題出来るんだね!」
ここで更なる誤解が生まれた。
情報量が多すぎるんだけど。
誰か助けてくれないかと四方を見渡すが、母はミリアのお母さんと、父はサーニャのお爺さんであるディオスさんと仲良く談笑してこちらに気付かない。
誰か助けて!
「これより、『開眼の儀』を執り行う!」
サーニャとミリアが話しているのを他人のふりをして傍観していると、協会の中央で白い装飾を身に纏った中年のお爺さんが現れる。
低音の根太い声が協会に響き渡り、俺達だけではなく全員の視線が向けられる。
「将来有望な子供たち、その未来をこれから神からお告げがある。本日、教会代表として――――ヴォルである私が執り行う」
後ろから二人の男性が大きな水晶を持ち、ヴォルさんの目の前に置かれる。
「まずは、農村出身ワンマの娘マヤ、前に出なさい」
「ええ、怖いよ」
男性の声が低いから怖そうに見えるのか、マヤと呼ばれた黒髪の女性はお母さんの後ろに隠れて怯える様子を見せるが、母が付いて行き水晶の上に手をかざす。
……成る程。
この世界では五歳が幼稚園から小学生に変わる節目と同じなのだろう。
次のステップとして職業を選択するのか。
ただ、俺の頭に渦巻くモヤモヤとした感覚は何だろうか。
永遠と憑りつく不思議な感覚が妙に気分が悪い。
「そなたは、農民だ。畑を耕し、農作物を作り民を救いなさい」
「え、私はお花屋さんに」
「こら、マヤ。一緒に来るのよ」
マヤと呼ばれた少女が何かを言うよりも先にお母さんが何か分からないが小麦色の用紙を受け取り、口を塞ぎ後ろに下がらせる。
「……何だろうな」
凄いモヤモヤするのだ。
「どうかしたの?」
「いや、何でもないよ」
気にしている場合ではないよな。
俺に特別な要素は要らないんだ。
せめて、目立たず平穏に暮らせる職業でありますようにと願わずにはいられない。
次々に呼ばれ歓喜する者、異論を唱えようとして親に連れて行かれる者、様々な人が呼ばれ次はサーニャの番だ。
「村長ディオスの孫、サーニャよ。前に来なさい」
サーニャは他の子どもたちとは違い全く怖気づいた様子もなく、ヴォルさんの前にある水晶に手をかざす。
「――――これは!!な、なんだと」
ヴォルさんが今まで淡々と真顔で作業を行っていたが、水晶の輝きが終わると同時にその瞳に動揺が現れる。
「……し、信じられないが村長の孫娘サーニャ。そなたの職業は――――大天魔導士だ」
……そうだったのか。
周囲はざわざわと動揺の声が聞こえるが、俺はさして驚かなかった。
基本、驚かない質と言うのもあるがサーニャは明らかに異常だった。
四歳の頃から全ての魔法を一発で成功させる技術、俺に魔法を教える時の的確な指示、知力の良さが伺えた。
普通の大人顔負けの凄さだったが、カーストの頂点である大天魔導士ならサーニャの謎が解ける。
「まあ、当然よね!」
誇らし気に長い髪をなびかせながら澄ました表情で反転して戻ってくるが、その表情は喜色に満ちているように見える。
相変わらず素直ではない。
本当ははしゃぎたい程に嬉しい筈なのに心の奥底で喜んでいるのだろう。
「へえ、何だか強そうだね!」
「いや、一番強いんだよ」
「ええ!?そうなの!?」
「魔法を扱う中では最高クラスだな」
ミリアはどうやら何も聞かされていない様で、呑気な声を上げているがサーニャが大天魔導士なら…ミリアは恐らくだが、
「つ、次はダンの娘であるミリア、前に出てきなさい」
……待てよ。
ミリアが呼ばれて「行ってくるね」と笑顔で走るが何か違和感が無かったか?
おかしいぞ。
今のは――――明らかにおかしい。
「――――そ、そなたは」
俺の思考を他所に水晶に手をかざしたヴォルさんが再度驚いた声を上げる。
「農村ダンの娘ミリア――――そなたの職業は剣聖だ」
もう収まらない程動揺の声が教会中に響き渡る。