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幕間の物語 ~後編~

後編です。

 あれから幾許かの時が過ぎた。

 

 少年が郷を歩いている。

 少しぎこちなさの残る笑顔を、隣を歩く黒髪の少女に向けながら。

 

 あの二人の物語の幕が上がる時、あの二人はどの道を行くのだろう。

 少年は黒髪の少女と連れ立ち、再び外の世界を目指すのだろうか。

 或いは、少女と二人、この郷で穏やかに暮らしていくのだろうか。

 

 少し離れたところから二人を眺めながら、そんな事を考え微笑んでいた女の目が、何かに気付いたように細められる。

 

 「不作法者がここまで来ましたか……」

 

 次の瞬間、女の姿は消えていた。

 

 

 

 少女は山道を歩いていた。

 よくよく見れば面影が残っていないとは言えないが、それでもそれが、かつて多くの男を魅了した少女の変わり果てた姿だと、一体誰が気付けただろう。

 頬はこけ、白く美しかった肌は薄汚れ、かつて輝いていたであろう金髪はくすみ、身に纏う衣装は所々擦り切れて薄汚れて。

 そんな姿の中、左手の薬指に嵌められた指輪だけが、青く美しく輝いていた。

 

 少女はただ東を目指した。『東の国』と言った女の言葉だけを頼りに。

 街を出るときに持ち出した路銀は直に底をついた。

 それからは野の獣を食み、川の水を啜り、昼は休むことも忘れて歩き続け、夜は指輪を抱いて道端で眠る。

 ただ『少年に会う』という妄執めいた思いだけが、彼女の体を動かしていた。

 そうして辿り着いた東の国で、とある山の中に、紫月を名乗る者たちが暮らす郷があると話す声を聴く。

 

 少女は山道を往く。

 この先に少年が居る。少年と再会した時、この旅も終わる。

 少年も、少年との日々も、少年との未来も、また戻ってくるのだ。

 そう思いながら。

 

 少女は自分が『捨てた』とは考えていない。

 あくまで『無くした』のだと、それは取り戻せるのだと、やり直せるのだと、時ここに至って尚、そう考えていた。

 

 そう信じたかった。

 信じ込もうとしていた。

 

 

 

 『全く以って度し難いにも程がありますね』

 

 

 

 何時か聞いた鈴の音が響く。

 目の前に、あの時見た女の姿が在った。

 

 「不作法は赦しませんと言ったはずですが、どちらへ行かれるつもりですか?」

 何時の間にそこに現れたのか、まるで初めからそこに在ったかのように静かに佇む女が問う。

 「この先に郷があるのでしょう? そこに『彼』が居るのでしょう? だから私はそこに行くの、私は彼に会わなきゃいけないの!」

 女を睨み付け少女が叫ぶ。

 この女は自分と少年の間を邪魔する存在だと認識して。

 「彼に謝るの! そして彼ともう一度話を、そうすれば……」

 そうすれば、また二人やり直せるはずだと、そう続けようとした言葉は、

 「必要無いと言ったはずです。そのようなものは、あの子の墓にでもすれば良いとも」

 女の声に遮られる。

 

 「先日も言いましたが、あの子とあなたの物語は、あなたの手で幕を下ろしているのですよ」

 

 女は告げる

 

 「あの子の盆から、あなたという水は既に零れました。それこそ一滴も残らずに」

 

 最早少女は出番を失った役者なのだと。

 

 「そして今、あの子の盆には新たな清水が注がれています」

 

 かつて少女の居たそこには、既に別の存在が在るのだと。

 

 「一人の少女が居ました」

 

 その少女は、隣の家に住む男の子が大好きでした。

 男の子が郷を出ると決めた時、幼い自分では一緒に行く事が出来ない。

 ならばせめて、男の子の無事を祈ろう。男の子が笑顔であることを願おう。そう決めたのでした。

 時が経ち、美しく成長した少女は幾人かの異性から求愛されながら、それでも今は会えないその男の子の事を想い続けているのです。

 

 「それは屋烏の愛と言うに相応しく、その想いは古き川なれど流れが絶える事は無く。故にその流れは今、あの子の盆に注がれるに至りました」

 娘の恋を応援する母親のような、穏やかな顔で語る女の目が細められる。

 

 「その盆に泥を投げ込むような真似を許すと思いますか」

 

 「泥……?」

 この女は今何と言った?

 自分の想いを、少年への想いを『泥』と評したのか。

 「ふざけないで! あんたに私の何が解る! 私だって十年も彼の事を想い続けてた! それを、その想いを、あんたなんかに馬鹿にさせない! その女にも邪魔させない!」

 

 

 

 『囀るな小娘』

 

 

 笑顔が消える。

 口調が、纏う雰囲気が変わる。

 その豊かな黒髪が、風も無いのに揺らめいているように見える。

 周囲の空気が重く、息苦しささえ感じる。

 

 

 

 東方の言い伝えに曰く、

 

 『母は、子を守る為に神にも悪魔にもなる』

 

 また

 

 『子を殺された母は悪魔になる』

 

 これは果たしていずれに成るや、或いは双方か。

 

 

 

 「一つ、話をしてやろう」

 

 それは、始祖が『紫月』を名乗りてより千余年。今に至るまで続く紫月の想い。

 

 紫月が始祖より望むはただ一つ。

 『紫月の子等が健やかであれ』

 その一事の為だけに紫月は在る。

 

 それは導かれたものではあってはならない。

 それは与えられたものであってはならない。

 たとえ苦しんでも、

 たとえ悲しんでも、

 紫月の子等が、考え、行動し、その末に自ら得るもので無くては意味がない。

 

 故に紫月の先達はただ見守る。

 その先に見えるのが苦しみであっても、

 道の先に悲しみだけが待ち受けていても、

 その最後の瞬間まで見守り続ける。

 

 名を成さずとも良い。

 蔵を建てずとも良い。

 名を捨てるもまた自由。

 ただ穏やかに笑って居てくれればそれで良い。

 

 目の届かない子も居るだろう。

 その為に悲しい最期を迎える子も居るだろう。

 それを知った先達は、また嘆き悲しむ事になるのだろう。

 

 それでも、産まれて来てくれた事を感謝し、

 何よりも愛おしいのだと繰り返し伝える。

 

 故に願う。その人生に幸有れと。

 故に祈る。その道往きに光在れかしと。

 

 「身の程を知れよ小娘。千余年に渡る紫月の祈りと願い、繰り返される懊悩と煩悶、その最奥が紫月の八葉院。その極北こそが紫月の天座よ。其を担う為に、人の理すら捨てた我に『想い』を語るか」

 深く静かに、だが確かな怒りを乗せて女が問う。

 「たまさか盛のついた下種に、少々の讒言を弄された程度で捨てる程の『思い』しか持たぬお前が」

 

 「あ……あ……」

 

 声が出せなかった。

 『千余年の想い』そうこの女は言った。

 それが真実なのだと、何故か理解出来てしまう。

 

 自分の『思い』は、この女の『想い』の前には取るに足らないものだと。

 

 認めてしまった。

 

 それでも……。

 

 左手の指輪に触れる。

 

 あの日、忘我の末にたどり着いた少年の部屋。

 その部屋にあったのは、少しの残り香と生活の残滓。

 綺麗に荷物の纏められた部屋の片隅、打ち捨てられた小さな箱の中にこれを見つけた。

 

 この指輪の輝きだけが、自分の道を照らしてくれるのだと、

 この宝石は、また二人の道を照らしてくれる光源になるのだと、

 そう自分に言い聞かせ続けてきた。

 

 「わた……私……は……騙されて……て……でも、彼はこの指輪をくれ……て……だから、今度は私が彼に」

 

 「『騙された』?違うな、お前はあの子を『信じなかった』のだよ」

 

 必死に絞り出した言葉も真向に否定される。

 

 「言い換えるなら、お前はあの子との十年よりも、あの下種の讒言を『信じた』のだよ」

 

 目を背けていた『事実』が突き付けられる。

 

 一つ、また一つと。

 

 「お前はその指輪を、あの子から『貰った』と言ったな。だがそれは違う。お前が拒絶し、あの子が『捨てた』それを、お前はただ『拾った』だけだ。そこにあの子の意思は無い」

 

 あぁ、なぜ自分はこの指輪が彼と自分を繋いでくれると思ったのだろう。

 あの時、この指輪と共に在った彼の想いを、自分で拒絶したくせに。

 悲しそうな顔の彼を、ただ見送る事しかしなかったくせに。

 現実から目を背けたくて、ただ自分が助かりたくて、彼の残滓に縋ったのだ。

 

 「先程、お前はあの子に『与える』と言いたかったようだが、あの子の心を傷つけ続けたお前が、今更何を与えられる?」

 

 どんなに我儘を言っても、困ったような笑顔を浮かべながら、結局は全てを許してくれる彼の優しさが、

 嬉しくて。

 それに甘えて。

 やがて思い上がり。

 少しだけ悲しそうな顔で微笑むようになって、それでも隣に居てくれた彼に、心無い言葉をぶつけ続けた。

 

 「最期には、あの子の命すら奪ったお前が一体何を与えると言うのか」

 

 あの時、確かに助けようとして駆け寄ったはずなのに、

 「他の女に懸想してる奴と一緒に死ぬ気か?」

 あの男の言葉を聞いた時、体が勝手に逃げ出していた。

 彼を見捨てて。

 

 

 

 「それとも何か? 他の男を咥え込んだ汚らしい股座でも見せつけるつもりだったか?」

 

 「え……?」

 

 それは最後まで閉ざしていた記憶の扉。

 決して開いてはいけなかったもの。

 開けてしまえば、壊れるしかなかったから。

 

 「覚えていないのか忘れたのか、随分と残念な、いや、便利なお頭をしているようよな」

 

 あの日あの後、女が少年を連れて現れるまでの記憶があやふやだった。

 その間に自分は何をした? 何を……された?

 

 「いや……いやぁ……」

 

 耳を塞ぎ髪を振り乱す少女に、女の声が残酷に響く。

 

 「あの子が生きたまま魔物に食われようとしている正にその時、お前はあの男に股を開いていただろう?」

 

 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 少女の絶叫が響き渡る。

 

 「体を許すほど愛しているのだろう? 疾く街へ帰り、愛する男と二人末永く暮らすが良い」

 

 両手で自分の体を抱きしめて蹲る。

 湧き上がる不快感に胃液をぶちまける。

 

 だが、

 

 「ちがっ! 違う!違う!違う!」

 

 もっと残酷な事実を、

 

 「そうだな、違うな」

 

 女が告げる。

 

 

 

 『二人ではなく、『三人』だったな』

 

 

 

 「な……に……を……」

 何を言われたのか少女は理解出来ない。

 「気付いておらなんだか、それそこに」

 少女の()を指さす。

 

 「お前たちの『愛の結晶』とやら居るではないか」

 

 「―――――!!!」

 

 少女は壊れていた。

 声にならない叫びをあげ。

 その場から立ち上がる事も出来ず。

 髪を振り乱し。

 何かを掴もうとするかのように手を伸ばし。

 

 やがて意識を失った。

 

 女が立ち去る。

 倒れた少女に目も向けず。

 振り返りもせず。

  

 「おや?」

 

 山道の向こう、樹々に阻まれまだ見えぬ郷を眺め、女が嬉しそうに声をあげる。

 その顔には、微笑みが戻っていた。


 「あの子達の物語が幕を開けそうですね」

 

 山道を進む。

 鈴の音と共に。

 愛し子達の暮らす郷に向かって。

 

 

 

 また幾許かの時が過ぎ、かつて少年が暮らした街の、薄汚れた裏町の路地で、両腕の無い男の死体が見つかった。

 体中を切り刻まれたその死体は、特に『それ』を切り刻まれており、それを見た男性諸氏を震え上がらせたと言う。

 

 時を同じくして、かつて少年が置き去りにされた森で一人の少女が発見される。

 膨らみ始めた腹に、自ら刃を突き立て息絶えている少女の指には、青い宝石の指輪が光っていた。

 

 

 

 少年は知らない。

 

 これは、少年の物語の幕間にあった、ほんの座興。

 自ら舞台を下りながら、再び舞台にあがろうとした不作法な役者と、それを止めた一人の観客の間にあった些細な寸劇。

 

 

 

 少年は再び旅立つ。

 黒髪の少女の手を取り。

 少年と黒髪の少女の、二人の物語の幕が上がる。

 

 観客はただ、それを優しい面差しで見守っていた。

   ∧_∧

⊂(#・д・)

 /   ノ∪

 し―-J |l| |

         人ペシッ!!

       __

       \  \

          ̄ ̄

      贈物叩落少女乃図


実際のところ、男女問わずにこんな頭の悪い人は居ないと思っています。

三味線弾かれたとはいえ、面前自摸でW役満(数えようによっては4倍役満まである)

青天井だったら天地〇造レベルですね。きっと彼女は轟〇牌の使い手なのでしょう。

繰り返しますが、こんな人は居ません。居ない……よね?


前編にも書きましたが、昔書いて日の目を見る事の無かった作品の供養とも言うべき物です。

当時友人と自分のサークルの同人誌を買って頂いた方が見てくれたら。とも思いますが、

随分と時間が過ぎていますし、PNも変わっていますので、もし読まれたとしても気付かれる事は無いでしょう。


もしこれを読んで、少しでも面白かったと思って下さる方が居らっしゃいましたら、それは望外の喜びです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 現代社会では、それがスタンピード(ダード?)に。(• ▽ •;)(残念長らく)
[良い点]  面白かったですよー! [一言]  こんな人はいない。そう思うでしょう?  居るんですよ。世の中にはとんでもないバカが。  でなければ浮気バレして…… 「違うの、さびしかったの!」 (…
[良い点] おもしろかったです 作者様のあとがきを読んでなるほどなと思いました 急に訳知り顔のチートキャラがしたり顔、かつ小難しい語り口で、謎の組織や能力や運命なんかの未出の意味不明なワードで語り出…
2021/02/19 14:45 退会済み
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