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僕達は起死回生の妙案も無いまま、
深海の底で無為の時間を過ごしていた。
彼女は小さな手でぎゅっと僕の腕を握りしめる。
必死で何かを掴もうとするように。
彼女は固まった小さな体で黙ったまま、
窓の外の深海を見つめ続けていた。
ここではない何処かを。
窓の外の深海と同じように、
深く沈んだディープブルーの瞳が、
切迫した後悔と懺悔を見つめていた。
そんな姿が窓ガラスに映り、
僕は不謹慎にもその姿に魅いられていた。
『追いかけよう』
彼女は唐突にそんなことを呟くと、
近くにあるバルブを回し始めた。
「追いかけるってどうやって?」
僕の問いに彼女は答えた。
『ボールは回転する、
中に人がいるとして回転させるには?』
僕は丸い流線型の船体を思い浮かべ、
そして滑稽な姿を想像する。
船体の中でボールを転がすように歩く少年少女の姿を。
『そう歩くのよ』
彼女は真剣に僕を見つめそう言いきった。
『本船はこれより縮退運転に移行する』
「縮退運転って?」
『機能や性能を制限して動かすこと』
「機能を制限するって歩いて転がすんだよね」
『歩いて動かす』
『本船はこれより縮退運転に移行する!』
そう言って彼女は僕を見つめる。
『じゃあ動かして』
まさかの人力!?
それ制限しすぎて、本体動いてないよ!
少女は前を指差し誇らしげに再び宣言した。
『本船はこれより縮退運転に移行する!』
それって無理しなくていいけど、
休むんじゃねーぞ!ってこと!?
彼女にかかれば最先端の潜水艇も、
深海を回るサーカスの鉄球っと化すようだ。
卓越した頭脳と幼き魂。
アンバランスな心。
彼女の小さな体が、
彼女がまだ子供なのを思い出させた。
大人では考え付かない発想も子供には当然の発想。
小さな体に不釣り合いな意思を湛えた瞳が、
確かな未来を見据えていた。
そんな彼女を見つめ僕は思った。
彼女はまだ子供なのだと。
そしてその固定観念のない自由な発想こそが、
未来を切り開くのだと改めて思いしった。
天賦の才。
津波から逃れた時のその手腕もそうだが、
確かに彼女は天に愛されていた。




