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僕の腕の中の彼女は、幸せの余韻の中で、
ふと深海の夜空を見上げつぶやいた。
『あれ!』
そうして起き上がり、
キョロキョロと辺りを見渡し始めた。
その仕草が可愛くて、
思わず僕は彼女を引き寄せ抱《》きしめる。
そんな僕を彼女は押しのけるようにして言った。
『ピーピーとキーキーがいない!?』
僕は慌てて窓の外を見ると、
そこには確かにピーピーとキーキーの姿がなかった。
彼女は慌てて船体のライトをつける。
全方位に広がった明かりが深海の闇を照らし出した。
そこに二匹の兄弟の姿は無く、
ただ千切れたケーブルだけが漂っていた。
彼女はこれ以上ないほど取り乱し僕にしがみついた。
『どうしよう?どうしよう?どうしよう?』
それは津波が来た時でもまったく応じなかった彼女の、
始めてみる姿だった。
明らかに彼女の弱点《アキレス腱》をさらけ出していた。
「サメにでも襲われたんじゃ」
僕がそう呟くと彼女はすぐに反論した。
『それはない』
自信満々《しんまんまん》に断言する彼女に僕はたずねる。
「どうして?」
『訓練されたイルカは例えば軍のイルカ達は、
大型のサメでも殺す事無く撃退出来るの。
殺すよりずっと難しい事よ。
それは群れで狩りをする彼らが、
お互いに会話しながら連携をとれるから。
常に単独行動のサメは彼らにかなわないの。
だからサメは決してイルカを襲わない。
ピーピー達はまだ子供で二人しかいないけど、
それでも普通のサメには負けないわ。
それは彼らが二人で一人だから。
決して互いを見捨てないとわかってるから。
だからどちらかが囮りになって
背後から攻撃出来るの。
それは軍用イルカでも、
互いの信頼がなければ出来ない事なの。
でも二人にはそれが出来る。
二人は愛で繋がってるから。
どんな事があっても互いを見捨てないと
わかっているから 』
それは人間が見習うべき彼らの絆だった。
そんなサメより強い彼らが、
人間を襲った事例はほとんど聞かない。
逆にサメに襲われてる所を助けられたり、
溺れている所をイルカに助けられた事例は
昔から世界中で残っている。
それでも全ての個体が人間に友好的なわけではない。
例えばイルカ漁で人間に仲間を殺されたイルカは、
人間を憎んでいるだろう。
人間を見かければ逃げるか襲って来るかも知れない。




