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【イルカは、
私達よりずっと優しくて賢いの】
【愛しむように遠くを見つめる目。
そこには人語では太刀打ち出来ない
イルカへの大いなるリスペクトがあった。
それはまるで子供が、
親の背中に目を輝かすように。
彼女はどこまでもイルカを愛していた。
僕もそこに悔しさは覚えなかった。
いやむしろイルカの優れた部分に感動し、
素直に嬉しかった。
僕はいつの間にか彼女と同じように、
イルカを愛していた】
【そうあなたも愛してくれるの。
君は他の日本人と違う。
本当はわかってた。
でも許せなかった。
ごめんね 】
【そこには普通の愛情とは違う、
複雑な感情で溢れていた】
【私はあなたに意地悪していた。
でも今は・・・
そこで僕を見つめる彼女の脳裏に、
ある人物の顔が一瞬 重なった 】
【誰!?】
彼女はそんな僕の目を恐れるように、
アクアボイジャーを急いで外してしまった。
その一瞬で彼女の過去の記憶がよぎていた。
幼い彼女が水槽の中で交尾するイルカを見てたずねる。
『あれは何をしているの?』
困ったような大人の男の声が、
頭の上から響いてきた。
「あれは子作りしてるんだよ」
『あれで子供が出来るの?』
「うんそうだよ」
彼女は上を見上げ、
頭上で困った表情を浮かべる
男性らしき影が一瞬見えた所で、
映像は途切れた。
あまりに一瞬で男の顔はわからなかったが、
それでもわかった事はあった。
彼女はその男性を信頼していた。
彼女はその面影を僕に重ねたのだろうか?
僕は無言になった彼女を、
ボイジャーを被ったまま眺めていた。
彼女は逃げるように再び船内の電源を入れ、
途端に真っ暗だった窓はその色を取り戻し、
深海の宇宙を映し出した。
彼女は罰が悪そうに僕を見つめると、
そっと僕の頭のボイジャーを外した。
そして僕の胸にうずくまるようにして
持たれかかると、そっと僕の胸をなぞった。
そこに何かの文字を刻んでいるようだった。
残念ながらアルファベットで書かれた文字を
僕が読み取る事は出来なかった。
そんな彼女を見つめ全てがわからないからこそ、
愛は紡がれていくのだと感じた。




