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どれくらいそうしてただろうか。
ふと彼女はおれの頬に手を添えたまま離れると、
優しくその頬を撫でつぶやいた。
『もう1つのボイジャーがあるの』
そしておもむろに彼女は座席の下から、
もう1つのボイジャーを取り出して言った。
『これをつけて』
僕は言われるがままにそのボイジャーを頭に付ける。
『これは試作品。
アクアボイジャーの改良型で、
まだ実用には至ってないわ』
そう言って彼女は僕が装着したボイジャーの電源を入れた。
途端に彼女の感情が溢れる様に僕の心の中に広がった。
それは優しく僕を包み込むような愛で溢れていた。
「これは・・・ 」
僕がその現象を彼女にたずねようとすると彼女は、
『シッ』と言って人差し指で僕の唇を塞いだ。
そして僕を見つめたまま動かない彼女の、
無言の声が聞こえてきた。
【聞こえる。
これは心音を届ける機械。
心の声を結ぶ機械。
魂を繋げる機械なの】
心の中に優しく響く彼女の心を聞きながら、
それでも彼女の唇は少しも動いてなかった。
【僕は疑問を浮かべ彼女を見つめると、
途端に心の奥に彼女の優しい鼓動が広がった】
【そう思うだけでいい。
思った事は全て相手に伝わる。
それがソウルリンクボイジャー】
【その声なき声に、僕の考えは
全て彼女に筒抜けだと言う事実に気がつき、
僕は急に恥ずかしくなる】
【大丈夫。
あなたの心にやましさがなければ、
何も恥じる必要はない。
戸惑う彼がかわいくて、
それにあてられ私の頬も熱くなる】
【そうか、君の心も筒抜けなんだ】
【彼は意地悪だ。
私の覚悟も知らないで。
私は雑念を振り払いそれに答えた。
イルカと話しするこのアクアボイジャーの開発には、
どうやってイルカの声を翻訳したと思う?】
【その変容ががかわいくて、愛しくて、
抱きしめたくて、僕はそんな彼女を見つめ答えた】
「わからない 」
【大丈夫、言葉に置き換えなくても感情は伝わるわ。
そう伝わりすぎる。
恥ずかしさの奥にある、募る想いの全てまで 】
【あなたは疑問に思うだけでいいの。
むしろ言葉は邪魔。
その感情を歪めて伝える。
言葉と言うカテゴリーに当てはめて】
【僕はその言葉にただ感情のままに、
何も考えない事、いや違うな、
感情だけで考える事を試してみた】
【だが僕の凝り固まった思考は、
長年の風習で既に毒されているみたいだ。
なかなか上手くいかない】
【焦らないで】
【彼女のその心が優しく僕の中に広がった】
【彼女は途端に赤くなり、感情がノイズのように乱れる】
【それは愛しさや嬉しさと共に、
彼女の深部を覗かせる、
恐れや気恥ずかしさも伝えていた】




