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その声はいつの間にか「ギャーギャー」と言う、
悲鳴にも似たものに変わっていた。
その声はこもったように段々小さくなり、
やがて聞こえなくなった。
再び訪れる静寂。
紺碧に取り残されたように漂う船体。
辺りはいつの間にか霧に覆われていた。
【海霧】
その霧に鈍色の光が、
蜃気楼の如き海神の影を投影していた。
鏡面の如く凪いだ海面には無数の魚の死骸が、
酸欠に喘ぐ様に大きく口を開けたまま漂っていた。
『風が止んでる』
彼女は視界のきかない海原を見つめ囁いた。
『海況が変わった。
潮が引き始めてるって言ってる』
彼女はそう言うと、
シートベルトを外し座席から飛び降りながら叫んだ。
『手伝って!』
その緊迫に僕はシートベルトを慌てて外し、
彼女の横に並ぶ。
「どうするの?」
『潜る!
そこの弁を回して』
そう言って彼女が指し示した場所には、
映画の潜水艦なんかで良く出てくる、
円状になったレバーがあった。
僕はそれを握り彼女にたずねる。
「どっちに?」
『反時計回り』
「時計の進む方向と逆に回せばいいんだね?」
『うん!』
僕は手にめいいっぱい力をこめそれを回し始めた。
最初ほど固かったが回り出すとそれほど力はいらなかった。
僕はそれを回しながら彼女にたずねた。
「これは何をしてるの?」
『バラストタンク内に水を入れてる。
浮き輪の中に水を入れて船体を重くし沈めてるの』
彼女はそう言ったあと仁王立ちで腰に手をあて、
高らかに宣言した!
『急速潜航深度300全ベント開け!』
彼女がそう言った途端に船体が傾いた。
「気を付けて揺れるよ」
僕はシートにしがみつきそう言うと、
それでも手はレバーを回し続けながらたずねた。
「でも水深が下がってるって良くわかったね」
彼女はそんな疑問に答えてくれた。
『ピーピーとキーキーのおかげ。
イルカは響測音または反響定位と言って、
クリック音の一種を出せるの。
それをおでこのメロン器官で受け取って解析している。
コウモリが音波で周りの景色を見るのと同じ。
音波の跳ね返りで対象物の距離や大きさ、
その材質まで探れるの。
これは軍事用にも転用されてる技術。
イルカは目がいいの。
人間なんかよりずっとね。
暗い深海でも何キロも先まで見渡せる』
確かにイルカは人間より脳が大きく、
頭が良いと言うのは聞いた事があるが、
そんな事も出来るんだと感心していると、
彼女はさらに続けた。
『まずい。 流れが速い』
窓の外はその言葉を裏付ける様に白く濁っていた。
『海底潮流で流されされている!』
「海底潮流?」
『引き潮が始まっているって事。
津波の前兆よ』
『これ以上流される前に水底につかないと!』
そう言って彼女は僕の手の上に手を重ねると、
一緒になってレバーを回し始めた。
不謹慎にも耳元にかかる彼女の熱い吐息に、
役得だと思ってしまう。
彼女はレバーを回しながらアクアボイジャーで、
イルカ達に指示を始めた。
『ピーピー、キーキー、
突き出た岩場を見つけてその影に船体を運んで』
彼女がそう言うと、船体は途端に傾き始めた。
⬆️人 ⬆️イルカ