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幼い少女の平然とした横顔を見て思う。
彼女は僕よりかなり小さく幼いが、
それでも海に関しては、
遥かに僕より先達者なのだと。
『プラシボー効果って知ってる?』
彼女が唐突にそんな事をつぶやいた。
「薬が良く聞くと思い込まされて飲めば、
ただの水でも効果が出るみたいなやつ」
『そう自己暗示。
私は天才であなたは助かる。
これは決まった未来よ』
「そっそうだね。
君は天才だよ・・・ 」
自己暗示による能力の底上げ。
記憶力、判断力、決断力。
いや彼女の場合、それは比喩で、
本当に助かる実力を何気なく示しているのだろう。
私に任せとけば全てうまくいくと。
少なくとも彼女は本気でそう思っている。
彼女は漆黒の海原を見つめたまま、
何かをつぶやき始めた。
『私は天才。私は天才。私は天才』
どこかわざとらしく微笑む彼女。
『一度言って見たかったの。
追いつめられた主人公が言うセリフ。
私には必要ないけど。
言ってみてわかった!
これって自分に自信のない人のセリフ』
「僕にはそのセリフを言う余裕もないよ」
『そう』
主人公が自分を鼓舞する勇気をたたえたシーンも、
彼女にとっては滑稽なだけのようだ。
彼女には勇気を振り絞る主人公も、
それはその主人公の底を見せている喜劇にしか、
映らないのだろう。
一般的な人間は、
その勇気さえ持てないのが理解できないのだ。
世の中に絶望し、いつ死んでもいいと思っていた
自分でさえ、現実の死を突きつけられると、
生きたいと思っているのだから。
最初から死にたくない人間の恐怖はもっとだろう。
それさえ滑稽に見える彼女の絶対の自信が、
その小さな体から滲み出ていた。
その凛とした眼差しが母の横顔と重なって見えた。
思いがけない邂逅。
霞んだ残像の中に、
遠い昔見た母の面影が重なる。
埋没した記憶の残像。
遠い昔に見た幻。
母は振り返りチャイルドシートの僕に近づき囁いた。
『大丈夫』