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そう言ってから彼女は顔を曇らせ言い直した。
『 ・・・今まではできた』
「えっ出来たって?」
『最近地球温暖化の影響で海洋酸性化が進み、
様々な水中音響がよく響くようになって、
昔ほどは遠くの声は雑音で聞き取れなくなった。
平和だったこの世界を取りまく環境は
臨界点をむかえ、崩壊し始めている。
飢餓。戦争。環境破壊。
世界はノイズに満ちている 』
「 それってつまり逃げれないんじゃ・・・
それに20キロ離れた場所の仲間が
声で知らせて来たって言ってたけど、
音ってずいぶん光より遅いんじゃなかったけ?
花火の音が遅れて聞こえるように。
津波の速さより少し速いくらいじゃないの?
もうまじかまで津波は来てるじゃ・・・ 」
『 それも大丈夫。
水中は空気中の約4倍から5倍のスピードで
音は進むから。
それに深海では水圧が上がったぶんだけ、
さらに速くなる。
それに津波の速さは水深の深さで決まる。
深いと速いけど高さはない。
逆に浅い所で起こればスピードは遅いけど、
高さは高いの。
津波が起こったのはおよそ水深300メートル。
そこまで速くないよ。
新幹線くらい。
まだ6分くらいは余裕がある 』
ぜんぜん余裕ないじゃん!?
「とにかく逃げよう」
僕がそう言って座った彼女の手を引くと、
彼女は僕を見上げながら呟いた。
『あっ消える』
消える?
希望が?
よくよく見ると、彼女の座っていた浜辺の砂の上に、
幾何学模様の何かの怪物が描かれていた。
それが波にさらわれ消え去る所だった。
少女の小さな足で弾けた波しぶきと共に、
その図案は、黒いシミを残し消え去っていた。
『イルカ、消えた』
イルカだったんだ・・・
彼女は恨めしげに此方を見つめ呟いた。
『逃げるってどこに?』
「そんなの陸の上に決まってるよ」
『ダメ。
それじゃあ間に合わない』
「でも他に方法がないじゃないか」
『方法ならある』
そう言って彼女は海のほうを指差した。
『沖合いに逃げる』
「えっ!? 津波の来てるほうに逃げるって?」
『大丈夫。
津波は浅瀬に来るほど高くなる。
水深の深いところでは高くならない。
それに潜れば津波の影響は回避できる』
そういえば昔、漁師に聞いたことがある。
津波が来た時に漁に出ていれば、
津波に向かって逃げて行くのだと。
陸地から離れれば津波はさほど高くないので、
乗り越えられるのだとか。
そんな事を思い出している間に少女は、
イルカの腹に巻かれた腹巻きのような物に、
ロープを取り付け船体に繋いでいた。
次に彼女は一人ポッドの中に入り何かを操作し始める。
その操作に合わせ、
突然ポッドの左右の開閉口がいくつも開き、
海水が勢いよく吹き出し始めた。
その噴出に合わせ徐々に浮きは始める丸い船体。
『出発するから入って!』
その言葉に僕は慌ててポッドに飛び込む。
『ピーピー、キーキーお願い!』
そう叫ぶと彼女は、
ポッドのハッチを完全に閉めてしまった。
僕はポッドの中で彼女を見つめたずねる。
「このポッド、動いたんだ」
『動かないよ。
壊れてるもの』
えっ? 動かないの!?
ノワの方舟は、棺桶の中だった!!!