俺、ツインテールやめるってよ
失望しました。桐島部になります。
『調子のんなボケコラカスコラ死ねぇぇぇえぇぇ!』
それは昨夜のことでした。
「なーんか思ってたより、今度の任務もあっさりこなせそうな気がしてきたよなー。ターゲット5人の内、4人と既に連絡先交換して、しかも3人には結構、好印象与えてるっぽいしさー。案外コロッと籠絡完了しちまったりなんかしたりしてー」
などとすっかり気の抜けた報告を供述したところ、咲人から返ってきたのが上記の怒声である。
「えぇ……そんなキレ散らかすようなこと言ってないだろ……? 初日でこれは、我ながら素晴らしい成果だと自負しておりますが……」
『内容だけ見れば、及第点はやってもいい。唐変木で甲斐性なしの蒼汰にしてみれば充分上出来だ』
「上出来なのにガッツリディスるの、やめてもらっていい?」
『オレがムカついてんのは、油断しきって任務を舐め腐ったような、てめーの態度だ。平和ボケして危機感薄れさせてんじゃねーよ。男だってバレたら一発アウト、申し開きの余地なく「ざーんしゅ☆」なのは変わってねーんだぞ』
「それはそうかもだけどさ……いいじゃねっかよー、咲人と話してるときくらい、気ぃ抜いてもさー」
『ん……まぁ確かに。張り詰めすぎるのも問題があるか……本当に今だけだろうな? 聖女たちの前でも、ついついうっかりとか、やらかしたりしねーか?』
「するかよ。どんなに緩々な雰囲気出してたって、あいつらはオレたちの敵なんだからな」
『ちゃんと自覚できてるなら、安心か。ただはっきり言って、まだまだ前途は多難だぞ。今のところ、好印象を与えているのは間違いないかもだが、それはあくまで友人として。そこを恋愛関係に持っていくとなれば、適当にやってても何も進展しないからな』
「……そういうものかな?」
『聖女戦争以前のような、男女での恋愛なら、友情からの延長線上で行ける場合もあったかもだが、黒崎蒼汰としてでなく、如月奏詩として考えるなら、女同士でのカップリングってことになるわけだ』
同性愛並びに同性婚は、制度として推奨されてはいるものの、世界的に見て婚姻率は芳しくない状態だ。
「女同士で子供を作る薬品も開発されたけど、出生率はガタ落ちしたまんまなんだよな」
『そんな状況で、朴念仁の蒼汰が聖女を籠絡する。成功率は限りなく絶無に近い』
「さっきからコンスタントに罵倒してくるよな……けど、勝ち目の薄すぎる勝負なんてことは、始める前からわかりきってたこと、今更だ。あとは、やれるだけやってみるさ」
『……ま、蒼汰はそういう奴だからな、昔っから。で、明日は奏詩の歓迎会だったか?』
「らしい。何をやるかはまったく教えてくれないもんだから、対策の立てようがないのが厄介だが……」
『悪ぃな。こっちの方も、直接的なサポートは何も出来ないし……せめて、オレも現地への潜入許可が降りれば少しは違うんだが……』
「心配すんなって。まだ慌てるような状況じゃない。相談してアドバイスを貰えてるだけで充分だ」
『……ヘマすんなよ』
「おう」
*
そして土曜日。歓迎会当日。
開示されている情報は午前10時に聖少女領域中央駅前集合というだけ。
舞愛以外に誰が来るのかということすら、何一つ判明していない。
「あっ、奏詩ちゃーん! こっちこっちー!」
繁華街近くの昇降口ということで、待ち合わせ場所として頻繁に利用されている駅前広場の一角に、舞愛を始めとする5人の少女が集まっていた。
その内、聖女は2人。紅葉月深冬もいた。
あとの3人は昨日の一般女生徒3人組。確か名前は、入江文香、茅部亜希、それに古鞘美優。
「おはようございます。深冬さんも来てくれたんですね。ありがとうございます」
「おはよう……まぁ、如月さんの歓迎会ということだし……特に何か出来るわけでもないけど」
諜報部の資料によれば、紅葉月深冬という人物は、他人と関わりを持とうとしない性格のはずだった。
(この感じ……やっぱ脈アリな気がするんだけど……ま、オレの直感なんて当てにならないか。恋愛関係なんて面倒なもんに於いてはな)
「で……これで全員なんですか? 昨日別れ際に、なんか盛大にやるとか言っていた気がするのですが」
「うぐ……も、もうちょっとだけ集まる予定だよ! まだ10分くらい時間あるし!」
舞愛は視線をこれでもかとばかりに泳がせて、鳴りもしない口笛を吹く。
「私たちも友人たちを誘ってはみたのですが……やはり聖女たちの集まりに参加するというのは、大分気後れしてしまうようで、色よい返事は貰えませんでした」
とぼける舞愛に代わって、文香がぺこりと頭を下げる。
「当然と言えば当然だね」
流星のように、激しい風圧を伴って空から舞い降りた人物が、立ち位置的にも会話的にも割り込んでくる。
「聖女は聖女と、一般女性は一般女性とでコミュニティを形成すればいい。上に立つ者に必要な資質は、民衆を導く指導力であり、市井に溶け込むことではないのだから」
「翔子ちゃん! 今日も派手な登場だね!」
「漸く軟禁状態解除。故に、力を持て余す」
河嶋翔子からやや遅れて、補佐官的立場の影崎朱音も静かな着地を決める。
「如月奏詩。歓迎会のお土産」
「あ、これはご丁寧にどうも……」
「キノコ狩りの成果物」
渡されたバスケットの中には、色とりどりのキノコが詰め込まれている。
しかしちらほらと、随分カラフルなものも見受けられた。
「……私の知識が確かなら、毒キノコらしきものが見受けられるのですが……ほら、これとか、ベニテングタケじゃないですかね……?」
「肯定。全部毒キノコ。非聖女には推奨しない」
「すまないね、奏詩。朱音の趣味はキノコ狩りなんだが、集めてくるのは毒キノコばかりで、安全で美味しいものには興味がないようなんだ。面倒だったら、適当に処分してくれていい」
(非聖女なので、是非ともそうさせていただきます……いや待て。成分を抽出して、薬物にしておくのも手か……?)
「影響は予測不能。故に面白い」
(……影崎朱音。やはりこいつは一筋縄で行きそうにないな……感情も、趣味嗜好も一般的な感覚とは大分ズレてそうだし、あまり深追いすべきではなさそうだ……)
この点に関しては、咲人との間でも議論の余地がなかった。
「これであと残るは葵ちゃんだけだね」
どうやら非聖女の参加者については、もう諦めたらしい。
「もう1人の聖女の方ですよね? 時間にルーズな方なのですか?」
時刻はもうほんの僅かで、10時を回りそうなところだった。
別にとやかく言うつもりはないのだが、一応聞いてみる。
何しろ、諜報員が集めた事前情報が、彼女に関してはまったくと言っていいほどに、有益なものが皆無なのだ。
性格のほんの一端だけでも、知っておきたかった。
「ん~? 別にそうでもないと思うけどなぁ~?」
突如。
本当に突然だった。
奏詩の真後ろから、吐息まで届くくらいの耳元すぐ近くで、優しい声音が響いた。
「おはおは~。集合時間って10時丁度で良かったよね? 間違ってたかな?」
その少女は何事もなく奏詩の横を通り過ぎ、舞愛たちと楽しげに挨拶を交わしていく。
(バカな……まるで気配を感じなかった……聖神力による加速を使って接近していたのか? いや、端末のセンサーは反応していない……)
聖女の感覚加速による不意打ちは、非常に危険だ。
本物の聖女ならばある程度の接近で自動的に感知できるが、奏詩はあくまで偽物。普段は一切の聖神力を使えない。
故に保険として、端末のセンサーと奥歯に仕込んだカプセルを連動させ、もしもの時には自動的に変身できるように対策している。
(……つまり感覚加速は行われていない。考えられるのは彼女独自の特殊能力……聖神聖衣を用いたのか……?)
「それじゃ改めまして、キミが奏詩ちゃんだよね? はじめまして、麻薙葵です」
「あ……はい、よろしくお願いします」
求められた握手に応じる。
(ターゲット候補その5・麻薙葵……出鼻を挫かれた感は否めないが、舞愛以外の3人に比べれば、特筆すべき点はあまり見受けられない……)
警戒を解くつもりはない。先の気配のなさは、ただただ不気味だ。
(事前情報がなかったのは、特徴らしき特徴がなかったから……か?)
「よーし、メンバーも全員揃ったことだし、天気もいいし、早速遊びに……行きたいところなんだけど……」
威勢よく仕切ろうとした舞愛の声が、段々と尻すぼみになっていく。
そして集まる視線。何故か一同全員が奏詩の方を見つめていた。
「あの……どうかしましたか?」
「うーん……どうかしたのか聞きたいのはこっちなんだけど……奏詩ちゃん、どうして制服なの?」
「はい? 何か問題がありましたか?」
フォーマルな服装というものは、得てして利便性を軽視しているフシがある。
格調高さなどを鑑みた結果、動きやすさや取り回しのしやすさなどを犠牲にしているケースがままあるからだ。
着付けを覚えなければ着脱すらままならない和服などはその極みと言えるだろう。
(しかし聖少女学園の制服に関してはその限りではない。聖神繊維を用いて織られた生地は伸縮性に優れ、ちょっとくらいの汚れや破損ならば自動で修復してくれるのだから。大体、女物の私服なんて持ってないし)
「大アリだよ! 問題だらけだよ! 折角遊びに行くのに、気分が乗ってこないじゃん! 制服着て遊びに行くのは、みんなで学校帰りに寄り道するからいいんだよ! それはまた今度なんだよ!」
(今度するのかよ。だが要するに、TPOの弁えが足りていなかったということか……確かにそこは思慮が行き届いていなかった部分ではある)
「しかし困りましたね。頂いていた制服の機能性が素晴らしかったものでしたから、それ以外の衣服は用意していないのです」
(ほぼ事実だが……言い訳としては苦しいか? だが取り繕いようもないし、これで押し通すしか……)
「えええええっ!? 制服しか持ってないって、そんなの勿体ないっ! 奏詩ちゃんキレイだし、スタイル良いし、きっと何着ても似合うはずなのにっ……!」
「まぁまぁ、舞愛さん、落ち着いてください。これはある意味、チャンスとも言えますよ」
興奮気味の舞愛を、文香が恐れながら宥めに掛かる。
「チャンスって? 一体どういう……」
「如月さんはどうやら、ファッションにはあまり関心がないようです。けれど逆に考えれば、みんなの好みをオススメできる、とも言えるんです。舞愛さんの言葉を借りるなら、何を着ても似合うのですから」
(おいおい……オレの意思はどうなってるんだ。要するに着せ替え人形扱いしようってことじゃないか。豪胆というかなんというか……よくもまぁ、聖女に対してそんな提案が出来たものだ。)
厳密には聖女でもなんでもないので、気にしないで正解なのだが。
(ま、オレが反対するまでもない。こんなしょうもない企画、勝手に立ち消えとなるだろう)
「それいいっ! すっごくいいよ文香ちゃん! じゃあ早速だけど予定を変更して、108に出発だね!」
(えっ……すげぇ乗り気なんですけど……反発とか……ないんですかね……?)
ゾロゾロと、一行は躊躇う様子もなしに歩き出す。
「ほ~ら、奏詩ちゃん、早く行こ? 主役が来なくちゃ始まらないよ?」
唯一立ち止まっていた奏詩を促すため、麻薙葵が腕を絡ませて引っ張ろうとする。
となれば必然、ある部位が奏詩の触覚を刺激することとなる。
(この感触……! ゆったりとしたワンピースのためにわかりにくかったが……結構でかいな)
密着した部分に神経を全集中させ、少しでも多くの情報を得るべく苦心する。
(……って、そんなことを考えている場合じゃないだろうが! バカか、オレは!?)
と、慌てて正気を取り戻したものの、この状況を覆すようなアイディアは、何一つ浮かびそうになかった。
常識的判断が通じない状況に困惑しながらも、奏詩は流れに身を委ねるよりほかない。
*
108ファッションセンタービル。
地下の食料品売り場と最上階のレストランフロア、そして各階にぽつぽつと点在するカフェテラスなどを除けば、後はすべてが衣料品を扱う店舗のみで形成されている、聖少女領域最大級の商業施設の1つ。
(人の煩悩の数と同じ名称なのは……何か関係があるのだろうか……)
「わー、やっぱり何回見てもすごいなー。テーマパークに来たみたいだねー。テンション上がっちゃうなー」
入り口を抜けてすぐのエントランスは広々とした吹き抜け構造になっており、建物内であるというのに開放感が凄い。
(天井を見上げてくるくる回る舞愛の気持ちもわからなくはない……年相応かどうかと問われれば、首を傾げるが)
「じゃあ、どこから見に行こうか?」
各階の店舗名が並ぶフロアマップを指して問いかける舞愛に、文香が再び挙手して意見を述べる。
「提案なんですけど、各自でコーディネートを見繕って、適当な試着室に集合ってことにしませんか? 集団のまま、この人数であちこち移動すると、他のお客さんの迷惑にもなりかねませんし」
「あ、それいい! なんかTV番組とかでもやってるやつだよね! みんなの持ってきた服を着てもらった上で、最終的に奏詩ちゃんが優勝者を決めるんだね!」
「あの、別に勝敗はつけなくても……」
「うー、更にテンション上がってきたー! よーし、負っけないぞー!」
弾かれたように駆け出した舞愛は、近くのエスカレーターに飛び乗って、こちらへの手招きを始める。
「えーと、みなさんもそういうことでいいでしょうか? 集合場所とか時間は、追って連絡しますので。亜希と美優は私と一緒に行こうか。店員さんに事情説明するのとか、面倒でしょ?」
トントン拍子に話は進み、三々五々に一旦解散となる。
残されたのは便宜上主賓であるはずの奏詩と……深冬だけだった。
「深冬さんは行かないのですか?」
「すまない……私もファッションには疎いんだ。こんな所に来たのも始めてだし」
(確かに深冬の服装は、オシャレに気を遣っている風ではないか)
カジュアルなジャケットにロングのTシャツにタイトなボトムス、そのいずれもが無地。
(取り敢えず着られればそれで充分、といったところか。組織で配布されているボロキレなんかとは、比較にならないほど高価なのだろうが)
「そうなんですね。あまりそういう印象は受けませんでした。きっと深冬さんが素敵な女性だからなのでしょうね」
「え……そんな、ことは……別に……」
深冬は少しだけ目を見開き、それから顔を俯きがちにした。
(ベネ。段々と相手を持ち上げるコツが掴めてきた感があるな。こっ恥ずかしさにはその内慣れていくだろう。それが成長なのかは、甚だ疑問だが)
「ここでぼーっと立っているのも、あまり良くないですよね。適当なカフェにでも入りませんか?」
*
というわけで、奏詩と深冬は大手コーヒーショップチェーン店『バニーホウム』へとやって来たのだ。
奏詩はメニューの一番上に書いてあったオリジナルブレンド、深冬はカフェラテをそれぞれ注文する。
(女性の買い物は長いと聞いている。30分か、1時間かは不明だが、この待ち時間を有効活用しない手はない)
表情には出さずにほくそ笑む。
(思いがけず舞い込んだ深冬と2人っきりの大チャンス。このまま一気に距離を詰めさせてもらう……!)
程よい苦味で喉を潤し、いざ畳み掛けを開始する奏詩……の、はずだった。
が、ダメッ……! 動かないっ……! 始まらないっ……!
不動……! 硬直……! 無風……! 静寂……!
あまりにも重苦しい停滞……!
(……話題が、ない……だと……? いや、資料の中にあった情報……例えば弓道の話を振るとか……駄目だ。如月奏詩は設定上、紅葉月深冬のプライベートデータなど、何も知らないはずなのだから)
大枠の話題、好きなスポーツは何か、という方向などから如何様にも進めることは可能なはずだが、奏詩の思考はそこまで至れない。
何故ならコミュニケーション能力が低いから。
(伝達すべき事項もなく、共通の趣味嗜好なんか見つかるわけもない。こんな時、どうやって会話を弾ませるんだ……? 褒めるも共感するも何も、取っ掛かりすらないじゃあないか……)
思考がまとまらない。気ばかりが急いてしまって、焦燥感が押し寄せる。
(落ち着け……ナンパ師だのホストだのは、完全に初対面の状態から1時間足らずで女性を籠絡するテクニックを駆使していたと聞いている。つまり、決して不可能ではないということだ)
問題は、奏詩にそれが可能かどうかである。
(ぐっ……弱気になるな。このまま手を拱いていても仕方がない。なんでもいいからまずは口を開き、そこから足がかりを掴む!)
「い……いい天気ですね」
「え? あ……うん。そうだったね……ここからは見えないけど」
(バカかオレは!? よりにもよって、ベッタベタすぎるだろうが!? 死ね! 死んで詫びろ! あの世でオレに詫び続けろ!)
激しい自己嫌悪に陥り、自らへの激しい罵倒を繰り返す。
(……これじゃあダメだ。必要なのは会話のキャッチボールが続くこと。1往復で終わりになるようなものでなく、無数に枝分かれして、際限なく場が盛り上がっていくような……)
完全に悪循環に陥っていた。最適解を選ばなければいけない、などということは別にないのだから。奏詩は物事をあせりすぎる。
大抵の場合、重要なのは一発逆転の華麗な奇策などではなく、ほんの小さな事象の積み重ね。
他者から見れば奇跡にしか思えなくとも、当事者からすれば地続きに、堅実に進んでいった結果でしかない場合も多い。
一切の無駄なくスマートに解決させるアイディアなど、そうそう転がっているものではないのだから。
「み、深冬さんは……休みの日には何をされてるんですか?」
(お見合いか!? これはお見合いの場だったのか!? なんだこれは!? どうすればいいのだ!?)
焦りは迷いを生み、やがてそれは混乱へと変わっていく。
「……スケジュールは自分で決められるから、特に休みの日という概念はないと思うのだけれど……それに、1人の時も何かをしているということはないし……部屋のカドとかを見つめているかな……」
(しかもリアクションに困る返答来たんですけど!? スルーしといた方がいいのか!? それともこんな内容でも、一応掘り下げておくべきなのか!? 教えてくれ咲人!)
通信用のインカムなど付けていない以上、テレパス能力でもなければ、咲人のアドバイスが届くわけもない。
「部屋のカドをですか。それはなんというか、風流ですね。どんな魅力があるのでしょうか」
追い詰められた奏詩は、ついに暴走を始めていた。
「別に……何もすることがないだけだよ」
(はい、終了しました。お手上げでーす)
そしてあえなく袋小路にぶち当たったところで、奏詩の心は音を立てて砕け折れた。
(頼むよ~……早く来てくれ舞愛~)
以降は会話が弾むどころか、コーヒーとカフェラテをちまちま啜る音が断続的に巻き起こるのみだった。
*
「だいいっかい・そーたちゃんににあうこーでぃねーとけっていせーん……」
集合場所に一同が舞い戻ったところで、まるで覇気のない舞愛がタイトルコールを宣言する。
しかし奏詩は奏詩で、自分の限界を思い知らされたばかりの、ド凹み真っ最中。突っ込む気力など湧いてこなかった。
(さて……と)
試着室の中。
聖女専用として用意された、リクライニングスペースとしても活用可能なその中には、参加者それぞれの用意した衣類一式の入ったカゴが、ネームプレート付きで安置されている。
気になるものから着用し、皆の前にお披露目してくれ、とのことなのだが。
(めんどくせぇ……これ全部、いちいち着たり脱いだりしなくちゃいけないのか……こんなことして何が楽しいのか、理解に苦しむな……)
内心愚痴りながらも、やらなければ終わらないと諦めて、さっさと済ませるべく制服を脱ぎ、手近にあったカゴの衣服を身に付けていく。
「じゃあまずは……舞愛さんの選んだコーディネートですね」
試着室の扉を開ける。カーテンではなく、内側からのみ解錠できる鍵付きのものだ。
「おおー……これは、なかなかに……味が、あって……見事に、季節感が、うん……」
率先して場を盛り上げようと身構えていたのであろう文香が、先陣を切り……損ねた。
何パターンもの褒め言葉を準備していたと推察されるが、そのいずれも、この状況には似つかわしくないのだと、悟らざるを得なかったに違いない。
「舞愛さん、取り敢えずこのコーディネートのコンセプトを説明してもらえますか?」
「ぬわーっ! なんて非道い仕打ちをするの、奏詩ちゃんは!? 鬼! 悪魔! 船旅!」
「なんでいきなり、そんな罵倒されないといけないんですか……? というか最後のは罵倒なんですか?」
「うぅ~……あたしだって、最初はもっと可愛いの選んでたはずなんだよ~……」
舞愛は頭を抱え、ぐねりぐねりと身を捩る。
「だけどこのままじゃ普通すぎるんじゃないかなーって、疑心暗鬼になり始めたら、そこからはもうドツボだよ……何が王道で、何が奇抜なのかすらもわからなくなっていったんだよぅ……」
そして緩やかにOTLの体勢へと移行していった。
「スランプに陥ったベテランクリエイターみたいですね」
マナー講師とかいう、ハイパー失礼クリエイターもだ。
「で、このチグハグな組み合わせになったわけですか……事情はわかりましたが、一応最初なので、暫定最下位ということにしておきますね」
「なんでわざわざ!? 最初なら暫定1位でもいいよね!?」
「私はそれでも構いませんけど……舞愛さん的にはそれでいいんですか?」
200連まで回した後、無償石が底をついたほぼ無課金者のような逡巡を見せた後、舞愛は絞り出すように呟いた。
「……良くない……最下位でいいです……」
何か言葉を掛けてあげようかとしたけれど、何も言えはしないのだと結論づけた。
*
「2番目は、葵さんのものですね」
扉を開き、お披露目する。
「へぇ、今度は普通にいい感じじゃないか」
他意のない率直な翔子の感想が、舞愛の胸をぐっさり抉る。
「平民の暮らしを視察しに来た、良家の令嬢って感じがしますね」
きっちりとしたコメントを残す文香。多目的トイレの人の黄金期を彷彿とさせる手腕だ。
「若干引っかかる気もしますが、取り敢えず褒め言葉として受け取っておきます」
(麻薙葵自身のそれと同ベクトルの、清楚系コーデだが、滲み出る血生臭さは抑えきれないということか……或いは)
この格好を選んだ張本人である葵の様子も窺ってみる。
……にこやかな微笑みを返された。
(態度も柔和だし、他のターゲット候補と比較して、やはりクセは少なそうだ。リスク回避を念頭に入れるならば、積極的に狙っていくのも一考の価値あり、なのか……?)
*
「3番目、翔子さんのチョイスです」
「うん、思った通りだ。キミにはやはり、こういう服装が一番だろう。ボクと同じく、強さを求める者としてね」
翔子は満足げに頷いている。
ロック・ミュージシャンを思わせる攻撃性高めのコーディネートは、確かに今までの中では一番しっくりくる感があった。
(当然と言えば当然か。攻撃性というものは男性的イメージを伴うものだからな)
いくら女性を装っているとはいえ、滲み出る本質というものは隠しきれないということかもしれない。
(……となると、こういう服装は極力避けていく方が無難だな。わざわざバレるリスクを上げる必要はない)
「確かに2人ともカッコイイですからね。でも如月さんは可愛い服も似合ってましたし、どうでしょう? 折角の機会ということで、河嶋さんも新しい可能性を模索してみるというのは?」
文香はちょっとした切っ掛けから、会話の糸口を広げていく。
「つまり、ボクも可愛い服を着てみろ、ということかい?」
「あ、変な意味ではないですよ? きっと似合うなーって思っただけで」
「……やめておくよ。生徒会長としてのイメージもあることだしね」
(聖女が相手だからこそ、不用意に踏み込みすぎない……が、ほんの少しずつ、確実に関係は親密化へと向かっている……そうか。これが、そうか。文香の中にあるものが……コミュ力か)
計り知れない絶望を味わった直後であるからこそ、奏詩は素直に感心していた。
*
「あの……一応着てみたんですが……えと、影崎……さん? これで合ってます?」
そういえば今までに彼女を呼称したことはなかったな、と思い至る。
「肯定。携帯ショップから譲り受けてきた。ナイスキノコ」
それはもはや洋服ですらなかった。
マスコットキャラクターの着ぐるみだった。
「……ナイスキノコ」
「……うん、ナイスキノコ」
他の者たちもリアクションの取りようがなく、乾いた拍手とともに、同じフレーズが繰り返されるばかりだった。
それはまるで、某人気TVアニメシリーズの投げっぱなし最終回のごとくに。
「すまない、奏詩。朱音のファッションセンスはあまりに独特でね……流石にどうかと思うものばかりなもので、普段はボクがコーディネートを担当しているんだ」
「ああ、だから2人の意匠は似ているんですね……取り敢えずこれは流石に、暫定3位確定ですね」
「えぇっ!? あたしのコーデ、キノコにも負けちゃうの!?」
いいテンションで、きっちりとツッコミを入れる舞愛。
この安心感があるからこそ、気兼ねなく最下位へ置くことが出来るというものだ。
「っていうか、そんなのでも一応着てくれるんですね」
文香の締めも文句なしだ。
*
「予想はしてましたけど……やっぱり亜希さんが選ぶと、こうなるんですね」
「おー、ばっちし決まってんじゃん。超イケてるって」
(女装をして生きていくとは決めていたが……まさか、ギャルになる日が来ようとはな……オレは一体、何処に向かっているんだろう……)
「どしたんー? 折角明るくキメてるんだからさ、もっとテンションアゲて行こーって。ほらほら、1回、アタシのマネしてみ? ウェーイ! って感じで」
「……うぇーい?」
「いやいや、違う違う。もっと心の底から、人生超たーのしー、みたいな気分でさー」
(人生が楽しい……か。残念ながら、オレにはない感情だろうな。これまでも、そしてこれからも)
「諦めなって。如月さんはあんたみたいに頭空っぽじゃないんだから。ごめんなさい、ちょっとこのアホ黙らせてきますので、次のに着替えててください」
見かねて、亜希をがっちりホールドして退場を願う。
文香の絞めも文句なしだ。
*
「次のは……美優さんですね」
「えっ……?」
最後のコーディネートを披露すると、ほんの微かな戸惑いの声が聞こえた。
訓練した聴覚でなければ、きっと聞き逃していたであろうくらいにか細く。
「おおー、なんかすっごいしっくり来るー。ザ・奏詩ちゃんって感じがするよー」
「うんうん。変な言い方だけど、奏詩ちゃんのイメージってこういうのだったなぁって思えてくるねぇ」
舞愛と葵が、純粋に感嘆している。
鏡で見た奏詩自身も同様だった。如月奏詩というキャラクターのビジュアル力が、2段階ほどアップしているように見えていた。
(決して派手さはないが、地味とかダサいとかいうこともない。うん、こりゃあまさに、カジュアルウェアって感じだ)
好評を博す中、ただ1人だけ浮かない顔をしているのは、他ならぬ提案者の古鞘美優だった。
「……美優さん? どうかしたんですか? 何か着方を間違っているとか……?」
始めて袖を通すのだ。AYA STYLEになっている可能性も充分考えられた。
「い、いえ、あのっ、そうじゃ、なくて……」
吃りながらの返答が、要領を得ることは結局なかった。
言葉を探すように視線を宙に彷徨わせた挙げ句、俯いて押し黙ってしまったから。
「わー、すっごい可愛いー! やっぱり美優の見立ては間違いないねー」
茅部亜希をどこかに打ち捨てて来たらしい文香が戻ってくる。と同時に、美優がその腰にしがみつく。
「わ、私、じゃないっ……あれ、選んだの、文香ちゃんっ……」
「んー? そんなことないでしょ。ほぼアドバイス丸パクリだし。あれを私の名前で出したりしたら、手柄の横取りみたいになっちゃうじゃん」
2人の会話から察するに、このコーディネートはどうやら、美優の名義で文香が置いたものらしかった。
(……あの引っ込み思案な性格だ。参加を辞退しようとする美優を見て、文香が策を弄したということか。ま、選定眼は確かなようだし、腐らせておくのも勿体ないとは思うが……)
「あ、ごめんなさい。確かこれで最後のエントリーのはずですけど、誰のが一番良かったです?」
(そして余計なゴタゴタは長引かせず、さっさと次へ進行させる、か。場の流れを制するのが上手いな。聖神力こそが正義の時代でなければ、なかなかの傑物になっていたかとしれないな)
「そうですね……色々試してみましたが、今着ているこれかもしれません」
散々着替えを繰り返させられて、精神的に疲弊していたのであろう。特に思案することもなく、ありのままの答えを返していた。
「ほら、美優のコーディネートが1番だって。もっと自信持っていいんだよ」
文香が背中をぐっと押し、奏詩の前へと歩み出させる。
「うぁ、文香ちゃ……うぅ~……」
当の美優はほぼパニック状態に陥っていて、まともに会話が出来そうにない。背後で文香がさりげなく『お願い』のジェスチャーを示していた。
「……文香さんの言う通りだと思いますよ。こんなに素敵な洋服を選んでくださって、ありがとうございます」
少しでも落ち着かせるために、所在なく揺れ動く美優の手をそっと握り、可能な限り柔らかい声音で告げる。
「そ、そんな、私なんかに、勿体ない、お言葉……」
両の目に涙を滲ませながら、美優は耳まで真っ赤に染め上げる。
その反応を見て、奏詩は漸く、致命的な判断ミスを犯していたことに気が付いた。
(……これ、もしかして、手軽に好感度稼げる旨味イベントだったんじゃないか……? それなのに、聖女でもない相手を選ぶとか……着替え直す手間を考慮しても、これはありえない選択……完全にやらかした……?)
「じゃあ今日はその服を着てもらうということで、制服と他の服は如月さんの部屋に送ってもらうよう手配しておきますね。あ、着ぐるみは……携帯ショップに返しておきましょうか?」
「ああ、はい……そうしてもらえると助かります」
相変わらずの手際と段取りの良さで、文香がテキパキと進行させる。
「よーし、じゃあ服装もバッチリ決まったことだし、さくっとお昼食べて、その後は奏詩ちゃんに似合う髪型選手権の開催だねっ」
唐突に舞愛が、空恐ろしい世迷い言を吐き出した。
「あの……一体何を言っているんですか……?」
「色んな服を着てるところ見て、思ったんだよね。髪型も変えてみれば、もっともっと沢山の、可能性の扉が開けるんじゃないかって」
(そんなものを開けたいと言った覚えはまったくないのだが……しかしこうなった舞愛は止められないんだろうな……)
「うーん、どんなのが一番似合うかなぁ……今度は絶対に負けられない闘いだからねっ」
諦めの境地に至った奏詩は、それ以上考えるのをやめた。