だから、こんな動画を用意する必要があったんですね
オリジナルチャート発動好き
『聖女をぶちのめすRTA、はーじまーるよー。はい、よーいスタート』
「……おい、なんだこの編集は?」
泥のように眠り、シャワーを浴びて人心地ついたところで、真の仲間である涼風咲人から連絡があったので、彼が編集したという動画データの確認を始めたところ、速攻で文句を入れる羽目に陥った。
『折角だから作ってみたんだ。これだけでもクッソ時間掛かるのな。いや、動画投稿者ってホントすげーわ』
「……これを上に提出したのか?」
『まさか。奏詩に見せる用だっての』
「……なんて無駄な労力を……ヒマなわけでもあるまいに」
クレームを入れようと思えばまだいくらでも可能ではあったが、咲人の性格はよく知っているため、適当に切り上げて動画視聴を再開することにした。
*
「では、そろそろ始めますか?」
「そうだね。随分と久しぶりの決闘になるのだから、退屈はさせないでもらいたいものだけれど」
というわけで、早速ですが戦闘開始です。
河嶋翔子との決闘に持ち込む手段として、蒼汰は安っぽい挑発を行いました。
利用したのは、聖少女領域内で日常的に行われている男性への集団暴行・虐待行為です。
名誉女性の名の下に、聖少女領域内での生活が認められた、かなりのイケメン揃いですが、実際には奴隷扱いされている人たちですね。
彼らへの私刑に反対し、聖女の強権を振り翳して妨害した上で、文句があるなら決闘で白黒付けようと持ちかけたわけです。
河嶋翔子が負けた場合には、被害名誉女性への土下座謝罪というペナルティをチラつかせることで、更に敵愾心を煽ることに成功しております。
「バリアの準備も整ったようだ。そろそろ始めるとしようか」
「そうですね。いつでもどうぞ」
「さぁ、存分に高め合おうじゃないか!」
基本的に、普通の人間が聖女に勝つのは不可能とされています。
理由はいくつもありますが、まずはこの、常軌を逸した身体能力ですね。
聖神力によって強化された肉体は最新鋭戦闘機以上の速度で移動し、120mm砲弾以上の破壊力を持つ打撃を繰り出すというチート仕様。ちゃんとバランス調整ガバガバすぎんよ~。
因みに防御力もクッソ高く、神ハルコン製の武器でも、使い手が生身ならあっさり無力化されます。
まぁ、そもそもこんな化け物に攻撃が当てられるわけ、ないんですけどね。
「ぐっ……鬱陶しい真似を……ッ!」
「その闘志は見事ですが、ね」
「うっ……! ぐむっ……!」
しかし見ての通り、実際の戦闘は蒼汰の方が圧倒していますね。
これは別に、イカサマをしているわけではありません。
鳴海先生の開発した経口薬品『LGBT』によって、蒼汰は疑似聖女へと一時的に変身し、聖神力を扱える状態になっているためです。
身体能力の差さえ埋めてしまえば、格闘技術に関しては蒼汰の方が遥かに格上ですからね。おお楽チンチン。
あと、聖神力の強化は思考速度にも応用できます。通常の電気信号による伝達では、聖女速度の戦闘にはまるで追いつきませんので、これも必須でしょう。
それから、聖神力の影響は五感にも及んでいますね。まだ届いていない光や空気振動を聖神力で探知することにより、物理的には不可能な視覚・聴覚認識を擬似的に可能としています。
物心つく前から聖神力を使えていた場合、視覚等に変換して認識する必要がなくなる分、更なる情報処理能力向上が考えられるそうです。
「はぁ……そろそろ、終わりにしませんか?」
「ふふっ、何を言っているんだい? ボクはまだ、ロクにダメージを受けちゃいない。闘いはまだこれからじゃないか」
「何度やっても無駄ですよ。手に入れた力をただ振り回している貴方では……いえ、振り回されているといった方が正しいかもしれませんね」
ここで、更に挑発を重ねていきます。
今回の蒼汰の任務は、聖神聖衣を装備した聖女との戦闘記録取得なわけですから、このまま格闘戦で勝利したところで、意味は薄いんですよね。
聖女同士での、聖神聖衣を用いた戦闘は、禁止とは行かないまでも、非推奨という形になっているので、河嶋翔子には、本気でブチ切れてもらい、正気を失ってもらう必要があるわけです。
そのための挑発。あと、そのための拳……?
「弱い……だと……? この、ボクが……?」
「はい。クソザコです。ゴミクズです。無価値極まりない存在です。自覚なかったんですか?」
蹴り! 暴言! 蔑み!
「ああ……そうだね。確かにキミの言う通りだとも。こんな素手での殴り合いなんか、ボクたち聖女にとっては無意味な茶番でしかない」
意外と早く堕ちたな。そんなんじゃ甘いよ。
「……顕現せよ、『深淵より来たる風』……ッ!」
これが、河嶋翔子の聖神聖衣です。
超圧縮されて物質化した聖神力を身に纏うというのが、聖女の本気形態というわけですね。
形状や能力は聖女によってまちまちらしく、衣になっているとは限りません。見ての通り、河嶋翔子の場合も、白銀の翼ですしね。
しかし、そのスペックは間違いないぶっ壊れ性能です。生身の肉体を強化しただけでも、最新鋭兵器がゴミクズ同然となるのが聖神力ですからね。
「さぁ、早く見せてくれ。キミの聖神聖衣を、ね」
「……困ったものですね。そんなに期待されても、大したものはお見せできないのですが」
同種の能力は疑似聖女にも備わっていますが、残念ながらその性能は大分見劣りします。
完璧に再現するには、男性の魂では耐久性が不足しているそうです。聖神聖衣の顕現時に死んでしまっては無意味ということですね。
というわけで区別するために、疑似聖女のものは便宜上『邪神装甲』と呼称されています。
「因みになんですが、聖神聖衣同士で闘った経験は?」
「ないよ。これが初めてのことさ。だからこそ、心の昂りが抑えられそうにないんだ」
「……羨ましい限りですね」
性能差を考えれば、圧倒的に不利な状況なので、戦闘を楽しむ余裕なんて、あるわけないですよね。
「……? どういう意味だい? キミにはその経験があるとでも?」
「いいえ。まったくの初めてですよ」
性能テスト中に行ったのはあくまで、邪神装甲同士の戦闘ですからね。聖神聖衣での戦闘経験がないというのは嘘ではありません。
「殺せ──葬れ──無数の死骸を積み上げよう──『死者粗製』──」
呪文のように唱えていますが、これは別に蒼汰が厨二病というわけではありません。
聖女として覚醒した時点であっさり使えるようになる聖神聖衣と違い、邪神装甲を完成させるにはかなりの訓練が必要になります。
重要なのはより明確な形でイメージすることなので、特定のフレーズを言葉として繰り返し用いることで、補助の効果を発揮させているわけです。ルーティーンというやつですね。
今では実際口には出さなくても邪神装甲は使えるはずですが、初めての実戦ということで、より確実性を高めるために、詠唱したんでしょうね。
……でもわざわざこんなフレーズをルーティーンにするということは、結局のところ厨二病なのでは……?
「……どういうつもりだい? まさか、それで終わり……なんてことはないだろう?」
「ああ、やはり翔子さんのお気に召すものではありませんでしたか?」
「……当然だろう。そんなものが、本当にキミの聖衣なのか?」
「危惧していたこととはいえ、残念な質問ですね。見た目で物事を判断してはいけない、と教わったことはないのですか?」
聖神聖衣と邪神装甲とでは、扱える聖神力の総量に、越えられない壁があります。
それを補うために蒼汰が選んだのは、右腕以外を捨てるというやり方だったわけですね。
勿論他の部位は邪神装甲の恩恵を受けられないので、生身部分で聖神聖衣からの直撃を受けたりしたら、それはもう悲惨なことになりますね。ミンチよりひでえや。
「……やれやれだね、もしかして、力を出し惜しみでもしているのかい? 徒手格闘で圧倒していたから、聖衣を用いたところで高が知れている……つまりはボクを侮っている、と」
「いいえ、そのようなつもりは決して」
つーか、これが限界。
「構わないさ。そういうつもりならば、全力を出さざるを得ない状況へと追い込めばいいだけなのだからね」
こちらが河嶋翔子の聖神聖衣の能力になります。
聖神力製の羽根を使った超高速の広範囲飛び道具ですね。
「フフッ……やはりいい勘をしている。直撃ではなくとも、掠めるくらいは狙っていたのだけどね」
「一応確認しておきたいのですが、その羽根全部、使い捨ての飛び道具ではなく、自在に操作できるのですか?」
「当然だろう。ボクの聖衣なのだから、手足なんかよりも正確に操れるさ」
回避は困難、直撃すれば即死、しかもエネルギー消費も少ないとか、明らかに色々とおかしい性能しています。もっとちゃんとデバッグして、どうぞ。
「……段階の進め方、間違ってません?」
「問題があるのなら、早く本気を出したまえ。力を温存していたまま、気付いたらやられてました、なんて笑い話にもなりはしないよ」
というわけで、飛び道具の数が一気に10倍まで増加してしまいました
ここは流石に、身体能力強化だけではどうにもなりませんので、蒼汰も邪神装甲の能力を使用します。
「へぇ……やるじゃないか。それがキミの聖衣の能力かい? シンプル・イズ・ベストってやつかな?」
蒼汰の邪神装甲には無数の推進装置が付いています。
ここから聖神力を噴射して、その反動で高速移動するわけですね。
防御力はないに等しいので、回避力だけでも上げてなんとかしようということです。
ただ噴射した聖神力は使い捨てなので、考えなしに使いすぎると、使用制限に引っかかってしまいます。おお厄介厄介。
ここから河嶋翔子は更に飛ばす羽根の枚数を増やしてきます。
蒼汰は取り敢えず回避に専念するようですね。
聖神聖衣と比べて、邪神装甲が性能面で大きく劣ることを考えれば、相手が本気を出す前に仕掛けた方がマシなのですが、少しでも多くの戦闘データを取得しようとしているのでしょう。
「……面白い。本当に面白いよ、キミという存在は! そんなちっぽけな聖神聖衣でどこまでやれるのか、是非とも試してみたいものだ!」
「先程の10倍、といったところですか。流石にもう、防ぎ切ることは不可能でしょうね」
「そうなのかい? ならば本気を出すといい。聖神力噴射を全身から行えるようにすれば、機動力や敏捷性は飛躍的に上昇することだろうしね!」
だから、全身を覆う必要があったんですね。
「それもいいですが……折角ですので、こういった趣向はいかがです?」
流石にもう戦闘を長引かせるのも限界でしょう。ここで一転攻勢に出ます。
最大推力で突撃する蒼汰唯一の必殺技『スクライド・ザ・ブラッド』ですね。
あ、因みにネーミングは鳴海先生です。
「フ……フフ……流石だよ、如月奏詩。こんな隠し玉を用意していたとはね……『深淵より来たる風』の攻撃を掻い潜り、このボクに傷を負わせるだなんてさ……本当に、心から驚いたよ」
残念ながら一撃では倒しきれませんでした。この失敗は相当痛いですね。
疑似聖女の性能ではまだ、あの出力を使い放題というわけにはいきません。
通常戦闘での消耗も考慮すると、スクライド・ザ・ブラッドを撃てるのは1日3発が限界です。
「余力を残したままの戦闘なんて、退屈の一言に尽きる。初めての、全力を出すべき強敵との対峙に、激しく心が躍っているんだ!」
さて、困ったことに、河嶋翔子が守り気味な立ち回りに戦法を変えてきてしまいました。
格闘戦の時みたいにガン攻めしてくれた方が、蒼汰としてはやりやすかったでしょうね。
「いいんですか? 広範囲に高威力を展開させ続けている翔子さんと、必要最低限の動作と出力で防御に専念している私とで持久戦になった場合、どちらが負けるかは明白と思われますが」
「余計な気遣いだよ。今ボクはかつてない程に絶好調だ! あと数日くらいならこのまま撃ち続けられる自信があるくらいにはねッ!」
戦法を変えさせようと、ブラフを用いましたが、残念ながら不発に終わりました。
聖神聖衣と邪神装甲の絶望的な性能差の前では、持久戦に勝機などありえませんからね。
「……冗談に聞こえないのが怖いところですね。ただ、そう長々と付き合わされるのも面倒です。終わりにさせてもらいましょうか、次の一撃で」
「終わりにする、か。そこからでもボクの防御を突破する自信があるというのなら、是非見てみたいものだ。阻止することは容易だが……フフッ、無粋というものだね」
次の思考誘導は成功しましたね。スペック上では大きく不利なので、こういった駆け引き勝負に持ち込まないと、聖女を倒すのは難しいでしょう。
「くっ……やはり、とんでもない威力だね。だが、それでも……ッ! これで……終わりだッ!」
ええ、決定的だったのはこのターンだと思いますね。
連発の可能性も考えて、すぐさま次の防御態勢に入るべきでした。
まぁ、そうさせないために、思考誘導しておいたわけですが。
「フフ……どうしたんだい? この一撃で終わりにするはずじゃなかったのかな……」
「はい。そう言っておけば油断してくれるかと思ったので」
もしこの最後の連撃で失敗していたら、ギブアップでしたね。
もう勝ち目なんてまったくないので、潔く諦めて、どうぞ。
「至近距離……取らせて頂きます」
お、開いてんじゃ~ん。
「しまっ……最初から狙いは……ッ! が……あああああああっっっ!?」
工事完了です。おつかれちゃーん。
スタッフロールはないので、このまま締めに入りましょう。
まずは、完走した感想ですが……。
*
最後まで聞くまでもないかと漸く判断し、遅まきながら蒼汰は動画再生を停止した。
「……これ、ナレーションも2パターン撮ったのか?」
『勿論そうよ。すっかり寝不足だぜ』
「何やってんだよ、マジで……」
既に任務を完了している以上、聖少女領域を出歩くことにはリスクしかない。
(必然、部屋へ引き籠もることになるわけで、その間の時間潰しとしては別に悪くもない……のか?)
「いや、いやいやいや。やっぱおかしい。全力で間違ってる。そのまま動画提出すれば良くないか? 余計な編集作業とかしないで」
『あー、あーあー、わかってねぇな。わかってねぇよ。あのなぁ、上層部の連中なんてのは、指示出す立場のくせに、現場の状況とかまったく把握してねーじゃんか? だから……あ、ちょい待った」
咲人が一旦言葉を区切る。
気配から察するに、通信先の方で何やら会話しているらしかった。
「わりーわりー、えっと、なんだっけ……ああ、そうそう、上の連中が現場のことわかってねぇって話な」
1分も待たずに、咲人の声が帰ってくる。
「だからまぁ、丁寧な解説でもつけてやらねーと、蒼汰がどんだけ凄いことやってんのか、いまいち伝わんねーわけよ、これがさ』
「……そういうものか?」
『だから、こんな動画を用意する必要があったんですね』
「……不吉な構文やめろ。それじゃまるで、オレが変なやらかしでもしたみたいじゃないか」
不意に、咲人が押し黙る。
「おい、なんでそこで無言になんだよ。なんか問題でもあったのか?」
『いや、まぁ、なんていうか、良いニュースと悪いニュースがある』
「どうした急に。欧米か。じゃあ良いニュースの方から」
『えっとな、提出した動画の評価は上々だったみたいだ。東日本支部の戦力増員や、追加予算の支給も検討されているらしい。疑似聖女技術の正式採用にも、一歩近づいたみたいだ』
「……そうか。純粋に良いニュースとは言い難い気もするけど」
『ま、あのセリフを使ってみたかっただけだしな』
「だからなんでそう余計なことばかり……で、悪いニュースの方は? その調子だと、大したことなさそうだからいいけどさ」
『お、そかそか。前向きで何よりだ。オレも伝えるのが気楽になるってもんよ。実はな、今回の蒼汰の働きが好評ってことで、潜入任務の期間延長が決定されたんだよ』
理解が、遅れた。
どうやら人の脳というものは、受け入れがたい事象に直面した際、ありとあらゆる別の可能性を勝手に模索してしまうものらしい。
「期間延長って……なんだ? どういうことだ? オレはいつ帰ればいい?」
『いや、まだ帰ったら駄目だろ。まぁ、なんつーか、あれだな。蒼汰の頑張りすぎだ。聖少女学園転入の裏工作なんて、相当な手間と資金が掛かっただろうしなぁ。それがたった1日で終わっちまったら、なんか勿体ない気分なんだろう』
「ぐ……なんだ、そりゃ……こっちはバレるリスクを最小限に抑えるために、無茶な挑発行為を連発して終わらせたっつーのに……」
今にも爆発しそうな想いを必死に堪えながら、せめて愚痴を零すことでガス抜きを計る。
『だから言ったろ? 上の連中は、現場のことなんて全然わかってないんだって。聖女戦争前の日本では、仕事は適度に手を抜くのが当たり前で、生産性もダダ下がりだったらしいぞ。効率よく仕事を終わらせても、別の作業を押し付けられるだけだからって』
「なんだよそれ……クソすぎんだろ……」
『まぁな。年功序列時代のじーさんどもにとってみりゃ、上の立場から指示さえ出してれば、自分が優秀だと勘違いできるんだろうよ。それに従わされる方は、溜まったもんじゃねぇっつーのに』
咲人は咲人で、色々と不満を抱えているらしい。
取り敢えず、やってる感を出すためだけの、どうでもいい問題点を指摘するような行為はやめた方がいいと思います。
「はぁ……文句を言ってても始まらないか。切り替えていこう。で、オレはあと誰と闘えばいい? 河嶋翔子以外となると、やはり紅葉月深冬か? それとも、5人全員の聖神聖衣を確認しろとでも?」
『ああ、いや。もう戦闘データは十分だそうだ。そもそも最初から、本気で太刀打ちできるだなんて誰も思ってなかったはずだしな。現時点での性能差がどれ位か、の確認が主だったわけでさ』
「じゃあ尚更、このまま撤収でいいだろ……一体オレは何をすればいいんだ?」
『んーとな、誰でもいいから、聖女を籠絡してこいって』
理解が……遅れた。
なんて生易しいものではまるでなかった。
完全に、解読不能だった。
「咲人……その『ロウラク』というのは、殺害と同義語ということで大丈夫か?」
『全ッ然違うわ。えーと、辞書から引用するなら、巧みに手懐けて、意のままに操れるようにするってことだ』
「成程……しかしオレは催眠術の心得は持ってないぞ」
『それも違ぇ。恋愛感情を抱かせろっつってんの。実際そうなれば、情報とかも奪い放題だしな。ほら、聖女戦争前の日本では、風俗で体売ってホストに貢ぐ金を稼ぐ女、みたいなのが当たり前にいたらしいじゃんか? そんな風にさせりゃあいいんだよ』
「……そうか……聖女に恋愛感情を、ね……ロボトミー手術的な方法でいいのかな」
『良くねえ。普通に親交を深めて、自然にそういう流れに誘導しろっつってんだよ』
「誰が?」
『お前じゃい』
「咲人……これだけは言っておく。無理だ」
自分のことは、自分が一番よく知っている。極めて冷静で、正確な判断だ。
『うん、まぁ……そういう反応になるとはわかってたけどな……』
決死の覚悟でやってきた。
限りなく生存不能に近い死線を、紙一重の神業で潜り抜けた。
「あ、いいこと思いついた。そういう任務なら咲人の方が向いてるし、交代すればいいじゃないか」
ナイスアイディアとばかりに、蒼汰はウッキウキで提案する。
『出来るか、ぼけなす。転入してきたばかりの聖女が別人になってるとか、怪しすぎんだろがい』
すっかり安堵していた。
超弩級の危機はもう過ぎたのだと、安らぎに包まれていた。
「いやいや……やってみないとわかんないだろ。無理っていうのは、嘘つきの言葉らしいぞ」
どこかの社長さんが言っていた。
『先に無理って言葉使ったのは蒼汰だけどな』
「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
まぁそんなこんなで、蒼汰は崩壊した。
『うるっせぇな! どうしたいきなり!?』
「だって無理だし! こちとら恋愛経験なんてまったくのゼロなんですけど!? そんな奴がいきなり籠絡とか、高度な技術すぎるんですけどー!?」
めっちゃ早口で言っている。
もはや冷静さなど何処にも見当たらない。
『うん、気持ちはわかるけどな……石北さんも反対はしてくれたらしいけど、決定しちまった以上は、やるしかないだろ。オレも出来る限りのサポートは続けていくからさ。な?』
「嫌だぁぁぁ……恋愛やだぁぁぁ……闘いたい……戦闘したいぃぃぃ……」
『まるで戦闘狂だな』
「くっそ、こうなりゃヤケだ! やぁってやるぜ! あれだろ? なんかチンピラに絡まれてるとこ助けりゃいいんだろ!?」
『いつの時代の人間だよ。聖女に絡めるチンピラなんかいるわけねーし』
「いるわっ! 遅刻寸前でトースト咥えながらカドを曲がってくるモヒカンの肩パッドなんて、腐るほどいるわ! ばーかばーか! 大体ヒロインの好感度なんて、適当にジュースでも奢っとけば勝手に上がってくっつーの!」
『お前の情緒どうなってんだよ。こえーよ』
湧き上がるパッションのままに吐き出される蒼汰の怨嗟は、一切の要領を得ないまま、その後も暫く続いた。