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落第都市のキャバリスク

取り敢えず決闘から始まる一時期流行ったラノベアニメ、好きじゃないけど嫌いじゃないよ。

「聖女ドーム……始まりの聖女様の功績を称えるために建造された、巨大なスタジアム。かつてこの地域に存在していた東京ドーム30個分の大きさを有し、その用途はあらゆるスポーツの大会から、アーティストのライヴの開催まで多岐に渡る」


「……なんで舞愛さんはいきなり施設の説明を始めたんですか?」


 無駄にだだっ広い観客席から、必要以上にバカでかいフィールドを見下ろしながら、垂れ流される講釈に対し、やる気のない取り敢えずのツッコミを入れておく。


「あたしが言いたいのは、ここがどれだけ崇高な理念の下に建てられた場所なのか、ってことなんだよ! そんな場所で血生臭い決闘なんかしちゃいけないんだって、わかってほしくて……」


「理念が崇高かどうかは別として、河嶋さんとの決闘には私も反対かな」


 空回りの熱弁を奮う舞愛に水を差したのは奏詩ではない。背後から歩み寄っていた少女のものだ。


「深冬ちゃん!? どうしてここに!?」


「転入初日の聖女が河嶋さんと決闘するなんて噂を聞いたものだからね。数少ない聖女の1人として、看過するのもどうかと思った。それだけだよ」


「そうなんだ! あ、この娘が転入生の如月奏詩ちゃん。えっとね、それでね、こっちは紅葉月(くれはづき)深冬(みふゆ)ちゃんって言って、うーんとね、あのね、すごくカッコよくてね、密かにファンクラブとかあったりしてね!」


「多分ですが、今その情報はいらないと思います。はじめまして、如月奏詩です」


 深冬に向けて握手を求めてみる。が、相手はそれに応じようとはしなかった。


 潔癖症だろうか、とも一瞬考えたが、驚きの表情を見る限り、そうではなさそうだった。


「ああ……すみません。変な名前ですよね。響きだけ聞いたら男性みたいですし」


「あ……いや、そんな意味じゃないんだ。ただ……すまない。変な間が出来てしまったけれど、こちらこそよろしく。紅葉月というのも言いにくいだろうから、深冬で構わない」


 遅ればせながら、深冬は握手に応じてくれた。


「うんうん、なうしなだね。これで奏詩ちゃんも決闘なんてやめてくれるわけだし、何よりだよ」


 そして後方で満足気に頷く舞愛が、またも意味不明な供述を始めていた。


「決闘は普通にやりますけど……それになんですか、ナウシカって。風の谷ですか?」


「ちっちっちっ、なうしかじゃなくてなうしなだよ。仲良きことは美しきかな、の略だね。あと決闘は多数決で却下されたので、やっちゃダメなのです。民主主義なんだからねっ」


 自分と深冬を指でカウントし、得意そうに勝ち誇る。


「多数決は民主主義としては下策だと思いますが。議論の末に双方の妥協点を見つけられない場合に、やむなく行われるえげつない行為ですよ。一方の主張を強制的に握り潰すわけですから。いわば数の暴力でしょう」


「……深冬ちゃん……奏詩ちゃんが正論の暴力で殴ってくるよぅ……助けてぇ……」


「助けを求められても困るんだけど……たださっきも言った通り、決闘には私も反対だ。2年前、河嶋さんがここに入学してきたとき、当時の生徒会長も聖女だったんだけど、強引なやり方で決闘を申し込み、力づくで生徒会長の座を奪った……その結果、前生徒会長は学園を去ってしまったくらいだし……」


「ハハッ、随分な言われようだね。まるでボクが暴君か何かのようじゃないか」


 背後から近づいてきていた河嶋翔子が、深冬の言葉を遮った。


「天宮舞愛は恣意的に説明を除外した。聖女ドーム建造に於ける最大の目的。聖女同士を戦闘させ、互いの能力を高めること」


 半歩下がって随伴していた影崎朱音の説明に、翔子も同意する。


「そういうことだね。理念という観点からすれば、決闘はもっと精力的に行われるべき、というわけさ」


 欧米のような、両手を広げて肩を竦めるアクションを見せてから、翔子は深冬へと鋭い眼光を向ける。


「本来なら一番戦ってみたいのは深冬、キミなのだけれどね。どうだい? 彼女の後に一戦」


「遠慮しておくよ。私と河嶋さんとでは、勝負にもならないだろう」


「また謙遜かい? まぁいいさ。今日のところは……血気盛んな相手がいるわけだし」


 そこで漸く、翔子は奏詩に焦点を合わせた。


「では、そろそろ始めますか?」


「そうだね。随分と久しぶりの決闘になるのだから、退屈はさせないでもらいたいものだけれど」


 翔子は数百メートルの距離を軽々と飛び越え、バトル・フィールドの中央辺りへと降り立った。


 聖女の常人離れした身体能力からすれば、ほんの些細な事象に過ぎない。


 尤も、それだけであれば、既存の世界情勢がいともたやすく覆されることはなかったであろうが。


「奏詩ちゃん……」


 舞愛はまだ、不安そうな目で訴えかけてきている。


「申し訳ありませんが、決闘をやめるつもりはありませんよ。私としても、望むべき状況なのですから」


 口の中へ放り込んだ錠剤を乱雑に噛み砕き、翔子を追って飛び降りる。高さとしては30mといったところか。


「どうして……2人が戦わなくたって解決できるはずなのに……」


 一触即発で向かい合う両者を心配そうに見守りながら、舞愛が呟く。


「如月奏詩の意図は不明。一方、翔子は解決自体に興味なし。手段と目的が入れ替わっている」


「決闘すること自体が目的、というわけか……河嶋さんらしいと言えばそれまでだけど、影崎さん的にはそれでいいのかい? 生徒会長としては、あるまじき行為じゃないのかな」


「前後ともに肯定。同時に翔子の希望を極力実現するようにも思考。故にこれ」


 朱音は舞愛と深冬の前に、無機質な道具を差し出す。


「……腕輪? これなぁに?」


「聖女交戦時、外部への被害を防止するバリア・フィールド発生装置。要助力」


「あ、うん……本当は止めたいんだけど……あと、使い方とかわからないよ?」


「填めて聖神力を込める。微調整は影崎朱音が担当」


 3人が聖神力を放出することで、観客席と戦場とを隔てる不可視の障壁が形成される。


 聖女がその気になれば突き破ることはわけないが、余波や流れ弾を防ぐ程度の役割ならば、十全に果たしてくれることだろう。


「バリアの準備も整ったようだ。そろそろ始めるとしようか」


 障壁の展開を確認し、翔子が不敵な暗黒微笑を浮かべる。


「そうですね。いつでもどうぞ」


 翔子が片手を挙げると、それに呼応した朱音が装置を遠隔操作し、大型ディスプレイ上でカウントダウンが開始される。


「さぁ、存分に高め合おうじゃないか!」


 カウントゼロと共に鳴り響くブザー。


 その瞬間に翔子は地を蹴り、突撃。


 一応数十メートルほど離れた初期位置ではあるものの、さしたる意味は持たない。


 聖神力によって強化された肉体が生み出す速度は肉眼で捉えきれるものではなく、まるで瞬間移動でもしたかのように、奏詩の眼前へと肉薄していた。


 その途轍もない勢いのままに振るわれる翔子の拳。


 生身で受ければ肉片も残さず粉々に消し飛ぶであろう死の一撃を、奏詩は無駄のない動作で捌いていなす。


「いい反応だッ! けど、まだッ!」


 通り過ぎかけた翔子は虚空を蹴るようにして反転し、そのまま追撃を仕掛けてくる。これもまた常人には不可能な挙動だ。


「それは悪手でしょう」


 翔子の廻し蹴りが届くよりも先に、奏詩の裏拳がクリーンヒットする。


 コンパクトなモーションでも聖神力さえ込めてしまえば威力は絶大。


 突撃してきた時と同様の勢いで、翔子は後方へと吹き飛んでいった。


「体勢が整わないまま、強引に繰り出す大振りな攻撃。合わせるのは簡単ですよ?」


「……得意げに語るようなことでもないだろう。たかが一発入れた程度。ダメージも皆無なのだから」


 乱れた髪を軽く整えて、再び真っ直ぐに突撃してくる翔子。


 事前に入手していた情報通り、単純な力と力のぶつかり合いがご所望らしい。


「馬鹿正直に付き合う義理もありませんけれど」


 最初の攻防で、翔子の癖はある程度掴めている。


 現段階ではおそらくフェイントもなく、挙動を確認しておけば迎撃は容易。


 相手の攻撃を避けつつ、軽く二撃目を与える。


「ぐっ……鬱陶しい真似を……ッ!」


 綺麗にカウンターを決められても、翔子は諦め悪く、尚も攻撃を続けようとする。


「その闘志は見事ですが、ね」


 大振りの右フックをしゃがんで躱すと同時に、バランスを取り戻すための拠り所としていた両足を払う。


「うっ……!」


 聖女ならば空中での姿勢制御や再行動も可能ではあるが、意表を突けば話は別。


 礎を失った翔子の身体はほんの一瞬だけ硬直し、完全な無防備状態となる。


 そして、その隙をむざむざ見逃す奏詩ではない。


 全身の捻りを大きく加えた後ろ回し蹴りが、翔子の顔面へと突き刺さる。


「ぐむっ……!」


 鈍く短い呻き声とともに、翔子は地面を抉り、瓦礫と化した破片を巻き上げながら、吹き飛んでいった。


 数回のバウンドで徐々に減速し、100メートルほど離れた位置に着地する。


「フフッ……少しは効いたよ。なかなかやるじゃないか」


 僅かに溢れた鼻血を拭いながら、立ち上がる。


 生身の頭蓋骨であれば、跡形もなく消し飛んでいたくらいの衝撃であろうと、聖女の耐久力ならば、その程度だ。


「この程度で称賛されるとは、予想外です。随分と低レベルな相手としか戦ってこなかったんですね」


「言うじゃないか。その余裕、いつまで保っていられるかな!?」


 三度、翔子が奏詩に向けて突撃する。



「うわわわ、奏詩ちゃん、さっきから防戦一方だよ……」


 息を呑みながらその光景を観戦していた舞愛が、心配に満ちた感想を漏らす。


「いや、確かに攻めているのは河嶋さんの方だが、ペースを握っている……戦闘を支配しているのは如月さんだ」


「肯定。翔子の攻撃30発以上、すべて如月奏詩が迎撃。実力差は歴然」


 深冬と朱音が、冷静に分析して舞愛の感想を否定する。


「あ、うん、そうだよね。あたしもそうじゃないかと、常々思ってたところだよ、うん」


 そして恥ずかしげもなく、舞愛は自らの主張をゴミ箱に投げ捨てた。


「しかし、河嶋さんが弱いというわけじゃない。粗雑で荒削りではあるものの、容易く捌ききれるものとは言い難いはずだ」


「肯定。翔子は聖天騎士団との模擬戦に於いて勝ち越している。一方的に惨敗した経験もない。如月奏詩が異常」


「え……そんなに凄いの? 奏詩ちゃんって……」


「一切の無駄がない洗練された動き……どれ程の経験を積めばあんな芸当が出来るようになるのか……少なくとも、私には想像もつかない」


「それじゃあ、この決闘に勝つのは……」


 *


 僅かな観客が話し合っている間にも、熾烈な攻防は続いていた。


 尤も、翔子はすべての攻撃を受け流され、ただただやられるばかりであったのだが。


「く……何故だ……ここまでやって、一撃も入れられないなんて……」


 尊大な態度を崩さない翔子にも、流石に焦燥の色が浮かび始める。


「はぁ……そろそろ、終わりにしませんか?」


 翔子が足を止め、戦闘が小休止状態に入ったところで、奏詩は静かに提案する。


「フフッ、何を言っているんだい? ボクはまだ、ロクにダメージを受けちゃいない。闘いはまだこれからじゃないか」


「何度やっても無駄ですよ。手に入れた力をただ振り回している貴方では……いえ、振り回されているといった方が正しいかもしれませんね」


「……なんだって?」


「バカの一つ覚えで真正面から突っ込んでくるだけで、駆け引きも何もあったものではない。翔子さんが良くても、こちらはいい加減うんざりなんですよ。退屈で」


「……ッ!! 言ってくれる!」


 またしても翔子が突撃してくる。怒りに任せ、顔を真っ赤にして。


「これならッ!」


 しかし今度はこれまでとは異なり、奏詩の手前で急制動をかけて静止する。


 先程までと同様に回避やカウンター行動を起こしていたならば、空振りを誘発されて、付け入る隙が生じていたことだろう。


「だから、見え見えなんですよ」


 翔子が再加速するより先に、奏詩の方から間合いを詰めて、勢いそのままに掌底を叩き込む。


「猪突猛進を指摘された直後にフェイント行動なんて、どこまでお花畑なんですか? まっすぐ来ないと読まれてしまえば、余計な動作は隙を作るだけです」


「この……本当に、鬱陶しい……ッ!」


 苛立ちを顕にするものの、翔子は動こうとしない。


 この短時間の内に、もう何十回と攻防を繰り広げた末、そのすべてで敗北を喫しているのだ。


 1つ1つは気にするほでもない失点だったとしても、こうまで積み重なれば、悪いイメージはそう簡単に拭い去れるものではない。


 今の彼女の脳裏には、どんな攻め手を用いようとも、また迎撃されるのでは、という重苦しい不安が絡みつき、のしかかっていることだろう。であれば、軽々には動けない。


「もういいでしょう? さっさとギブアップしてください。そして先の男性に土下座して謝ってくれれば、この無益で無意味な茶番も終わるのですから」


「ふざけるな……そんな屈辱、受け入れられるとでも……」


「はぁ……それは困りましたね。貴方の心が折れるまで続けなくてはいけないなんて。性に合わないんですよね、弱い者いじめって」


「弱い……だと……? この、ボクが……?」


「はい。クソザコです。ゴミクズです。無価値極まりない存在です。自覚なかったんですか?」


 一切オブラートに包まない奏詩の挑発。


 そのターゲットとなった翔子の周りに、途轍もないエネルギーの奔流が鳴動しながら収束を開始する。


 *


「河嶋さん!? いくらなんでもそれはやりすぎだ!」


 慌てた様子で叫びながら、立ち上がろうとする深冬。


 しかし、それは叶わなかった。バリア・フィールド発生装置の腕輪から伸びたワイヤーが彼女の身体を一瞬で縛り上げ、身動きを封じてしまったが故に。


「え!? えっ!? 何これっ!? どうなってるの!?」


 拘束されたのは深冬だけではない。隣の舞愛も同様の状態へと陥っていた。


 パニック度合いは比較にならない程だったが。


「影崎朱音は隠蔽した。天宮舞愛と紅葉月深冬に渡した腕輪の中に細工。名称『自縛縄』、所持している当人の聖神力を利用して動きを封じるアイテム」


「力を込めれば込めるほど、耐久性能も上昇するということか? 随分と質の悪い代物だな……いや、そんなことより、何故こんなことをする? 早く止めないと、大変なことに……」


「影崎朱音は既に述べた。翔子の希望を極力実現」


「ど、どうしよう、深冬ちゃん……あたしたち、このまま見てるだけしか出来ないの……?」


 焦る舞愛。何かを逡巡する深冬。顔色1つ変えない朱音。


 三者三様に見守られる中、バトル・フィールド上では、緊迫感が際限なく高まり続けていた。


 *


「ああ……そうだね。確かにキミの言う通りだとも。こんな素手での殴り合いなんか、ボクたち聖女にとっては無意味な茶番でしかない」


「……普通の人間にしてみれば、天災クラスの威力はある殴り合いですけどね」


「一般人の尺度なんかどうでもいい。ボクたちが手に入れたのは聖なる神へと通ずる力。その中で互いに優劣をつけようと思うなら、もっとちゃんと、徹底的にやり合うべきだ。キミもそう思うだろう?」


「……さぁ、どうでしょうね。考えたことはありませんが、望むところではありますよ」


 奏詩は構え直し、戦闘継続に応じる意思を示す。


 *


「くっ……2人とも、これでもやめるつもりはないのか……影崎さん! 早くこれを解いてくれ! これ以上は見過ごすべきじゃないだろう!?」


「立場上は肯定。返答は拒絶。理由は先述の通り」


「河嶋さんの意思を尊重するというのはわからないではないけど……このままじゃ、場合によっては彼女だって、ただじゃ済まないかもしれないんだ。本当に、それでいいのか……?」


 繰り返しになる質問に、朱音はもう答えようとはしなかった。


 *


 外野のいざこざなどは気にも留めず、戦場の2人は互いだけを見つめていた。


 変化していることといえば、膨大に集められ、凝縮された聖神力の塊が、肉眼でも目視可能な形へと具現化し始めている点だろう。


「……顕現せよ、『深淵より来たる風(ヴァルデルヴェント)』……ッ!」


 臨界へと到達した超常なる力は、翔子の求めに応じ、一瞬の内に洗練される。


 それはもはや、神々しいと形容するしかなかった。


 聖なる女性、などという生易しいものではない。


 天使だとか、女神だとか、或いは悪魔だとかの、神話の時代の産物としか思えない御姿だった。


 翔子の背中には、巨大で鋭利で硬質な翼。


 眩いまでに白銀に輝く、三対の羽。


「さぁ、早く見せてくれ。キミの聖神聖衣を、ね」


 誠心誠意ではない。翔子が求めているのは土下座して詫びろといった、半沢的なものではない。


 聖女がそれぞれに持つ、固有の能力。


 往々にして、究極の闘法。


 戦術核を数十発撃ち込んだ程度では焼け石に水、という戦闘記録も残されている代物。


 嘗て世界を支配していた既存の権力者たちが、全面降伏を受け入れるしかなかった、絶望の象徴。


 それが────『聖神聖衣』。


「……困ったものですね。そんなに期待されても、大したものはお見せできないのですが」


 奏詩はゆっくりと、右腕を持ち上げ、宙へと舞い上がった翔子に向け、翳す。


「因みになんですが、聖神聖衣同士で闘った経験は?」


「ないよ。これが初めてのことさ。だからこそ、心の昂りが抑えられそうにないんだ」


「……羨ましい限りですね」


「……? どういう意味だい? キミにはその経験があるとでも?」


「いいえ。まったくの初めてですよ」


 翔子が訝しげに眉を顰める。


 しかし、そのことについて長々と問い詰めるつもりもなさそうだった。


「失礼。関係ないお話でしたね。忘れてください」


 奏詩は集中力を高め、これまでに何度も繰り返してきた工程を再現する。


 聖神力を扱う上で、重要なものはイマジネーション。すなわち想像力。


 精緻な物理法則だとか、理路整然としたロジックだとかは、さしたる問題ではない。


 理屈よりも感情を優先しがちな女性に相応しい能力……というのは差別に当たるだろうか。


「殺せ……葬れ……無数の死骸を積み上げよう……」


 言葉そのものは重要ではない。斬魄刀のような解号が必要なわけではない。


 それは単なるイメージの補助具。


 肝要となるのは、決められた詠唱を繰り返すこと。完成の日まで、自らの心に、魂に刻み続けたルーティーン。


 獰猛なまでの聖神力が集積していく。翔子がしてみせたのと同じように。


 異なる点があるとすれば、悍ましいまでの禍々しさを伴っていることだろう。


「──『死者粗製(デス・ブリンガー)』──」


 滞りなく、工程は完了する。


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