報告 生徒会宛て
ダンジョン委員は生徒の自治活動の一環ということになっている。はっきり言ってしまえば、軍隊で対処するには数が多すぎ狭すぎるからなのだが、建前は建前だ。
そして生徒の活動は、最終的には生徒会に集約される。
なのでダンジョンについて大きな変更があれば、当然報告におもむくことになる。余分なダンジョンを崩壊させたなどの大きな事柄なら、真っ先に生徒会長に知らせるのが望ましい。
「しっかし会長も人使いが荒いよなー。いくら人手が足んないからって、ボス部屋を二人で攻略ってありえないっしょ」
「まあ、あの人は武闘派だからね。正面戦闘で勝てると判断したら一人ででも行かせるよ」
「さーすがは中国の天才児ってとこかにゃあ」
全世界の中学、高校に相当する機関、つまりティーンエイジャーの教育機関になる施設に、例外無くダンジョンが開くようになって15年以上経つ。幹人や託美などは、生まれた時からダンジョンと隣り合わせの世代だ。
モンスターがひしめき、放置すればあたりの空間ごと人を引きずりこむ異常な穴は、容易に大災害を巻き起こす。
ダンジョンを生ませないようにする試みは例外なく失敗した。名前を変えてみても、場所を移転しても、妨害機械を隙間なく設置しても無駄。学校は自動的に戦場と隣り合わせになった。
問題なのは、日常の象徴とも言える学校に穴が開くことだ。まさか四六時中軍隊を常駐させておくわけにもいかない。学校の組織は抜本的な改革を迫られることになる。
教師を武装させる案は、早期に却下された。戦いの合間にやれるような仕事ではないし、数も足りない。大量に雇えば予算が枯渇する。
結果、生徒の活動として、ダンジョンの攻略が追加される。もちろん何の経験もない素人にできることではないので、専門の委員、ダンジョン委員がこれを行う。
あくまで生徒というのは名目だ。幹人たちのような現役の学生なんて半分もいない。元傭兵がカラシニコフを撃っていたりするし、海外から優秀な委員を招聘することもザラだ。
金城台高もその例の一つだった。生徒会の平均年齢が20歳を越えている。生徒会長を除いたら30近い。
そして生徒会紅一点にして、8歳の若さで飛び級した天才少女の生徒会長は、中国からの留学生。恐るべき功夫を持つ格闘家だった。
曲者揃いのダンジョン委員を束ねる生徒会の根城は、ドアからして違う。もはや動くだけの隔壁だ。
だいたい生徒会は物理的な意味での実力主義なので、生徒会室は学校で最も大きなダンジョンに通じていることが多い。したがって、この魔王城の門のような扉も実用本位なわけだ。
ドアベル代わりのダンベルじみた青銅の輪で扉を打つ。
「ダンジョン委員の戸隠と船山です。担当していたダンジョンの処理が終わったので報告に来ました」
「入るヨロシ」
所々で急に高くなる独特のイントネーション。鈴の転がるような声だった。苦労してドアを開くと、早めの夕食を取る生徒会長の姿が見える。
燃えるような赤金の毛並み。毛先が胸まで広がる様は、獅子のたてがみのよう。つぶらな黒い瞳は、幼さゆえの暴力的な活気に満ちている。
金城台高校生徒会長・王娘々。犬種、チベタンマスチフ。8さい。チベタンマスチフは東方神犬とも呼ばれ、虎にすら勝つという犬界最強種の一角である。
この犬種の代名詞とも言えるふさふさのたてがみを揺らし、ダンジョンで捕ったミノタウロスの肉を大腿骨ごと噛み砕いている。さすが学校の王者にふさわしい豪快な食事だった。
「アイヤー、不作法で申し訳ないアル。小腹がすいてしまたからダンジョンから引きずりだしたけど、思ったよりボリュームあったアルネ。失敗失敗」
椅子にふんぞりかえりながら、こつんと額を叩く。超大型犬らしからぬ器用さだった。
長々と横たわるミノタウロスの死体に、ただよう血生臭さ。そして全長180cmはあるライオンじみた犬が骨をかじっている光景。並みの学生なら卒倒してもおかしくない。
しかし幹人たちはダンジョン委員。たとえ会長がかじっている骨が人間のものだったとしても、平然と報告を続ける胆力はある。
「大丈夫です。会長はその筋肉を維持するのも大事な仕事ですから」
「そーっすよ会長オ!会長のダイナマイトボディは世界文明遺産っすから国連から金もらってもいいくらいっすよおおー!」
「今日もウルトラハイパーミラクルキューティーですぜえー!」
横からハゲ頭のむくつけき大男たちが賛美の声を上げる。明らかに十代ではない。二十代ですらないかもしれない。
彼らはニャンニャンのパーティー要員かつ生徒会役員なのだが、それぞれどの役職についているのか幹人も託美も知らない。たぶん本人たちも分かっていない。重要なのは最強の会長とそのお供という事で、後は雑なノリ十分なのだろう。
「ふぉっふぉっふぉ。ワタシってばまた性懲りもなく可愛い部下どもを魅力してしまったヨ。美しいって罪アルネ」
「それで、報告終わったら帰っていいっすか?」
託美がつまらなそうに呟く。ギャルとはいえここまで濃い空間には耐性が無いのだろう。長居したくないと顔に書いてあった。
「マ、そんなに焦ることはナイアル。そもそも今回ダンジョン攻略を急がせたのは理由あってのことネ」
「と言われますと、新しいダンジョンですか?」
「ソ。それも、たぶん人が閉じ込められてるものが、ネ」
二人の顔に緊張が走った。
ダンジョンは理不尽に、唐突に口を開ける。時期や場所の予想はつかない。ダンジョン入り口は厳重に管理され、新たな入り口は発見しだいの通報が徹底されているが、時たま人がいる真下に穴が開いて上にいた者が飲み込まれることがある。
その場合、できたばかりの浅いダンジョンゆえにボス部屋近くまで転がり落ちることが多く、脱出は困難だ。
こういった遭難者の救助は、ダンジョン委員の最優先事項だった。
「示治。説明ヨロシクネ」
「はい。えー、行方不明になったのは一年五組、駒門藤奈。一昨日から家に戻らないとのことで、家出かダンジョンか分からなかったんですが、昨日夜に新ダンジョンの入り口が発見され、まずここだろうと判断されました。ダンジョン監視を緩めることなく救出活動をするため、戸隠幹人と船山託美が担当していたダンジョンを破壊。調査に向かわせることに決定。と、質問は?」
ハゲ頭の一方が流暢に説明する。こういうところは文句なしに役員だ。
「なーし。今から行っといた方がいい?」
「いや、家に帰って八時間休め。そのくらいなら行方不明者も隠れられてるはずだ。もし我慢できずにうろうろするような奴ならとっくに死んでる」
逸る託美に、役員示治は冷静に指示する。残酷な言い方だが事実だ。ダンジョンで遭難した時にとるべき行動は、隠れる場所を見つけて、そこから絶対に動かないこと。これはダンジョン教育でも口を酸っぱくして教えられる事項だ。
訓練されていなければ、ダンジョンではまず生き残れない。じっとして運よく生きてさえさえいえば、ダンジョン委員は絶対に駆けつける。
そして、救出のためには委員の体力が十分でなければならない。途中で力尽きれば、犠牲者は三人に増えるのだ。
「了解しました。一旦帰宅して、九時間後、午前三時に新ダンジョンに潜ります」
幹人の返答に、会長が頷いた。
「よろしいワン。頑張ってネ」
二人は挨拶もそこそこに生徒会室を出て、ただちに家路についた。放課後の予定など頭にない。次の戦いは目の前にあった。