日誌 2月10日 任務完了報告2
「そんじゃあ……。いくぜミッキーいいいい!」
「ミッキー言うな!雑魚はこっちでやるから、ジェネラルに集中しろ!」
突っ込みながらも役割分担の指示は忘れない。小規模ダンジョンでもボスはボスだ。油断していい相手ではない。
オークジェネラルは腕を高く、肉切り包丁が天井をこするまで高く掲げ、それを落とした。ジェットコースターのような速度と唸り。技も何も無い。トラックをアクセル全開で走らせるのに技術など必要ない。
託美は彼女の大剣、相手の得物に比べればあまりに頼りないその武器で、肉切り包丁を迎え撃つ。
交錯は一瞬だった。火花が散り、太く長い肉の塊が落ちる。
オークジェネラルの指だった。
「グモオオオオオオ!!グオオオオオオオオ!!!」
豚の顔を持つ巨人が絶叫する。刃を合わせた瞬間、託美は相手の刃の下に潜り込み、剣を滑らせた。直撃ならば、為すすべなく粉みじんになるしかなかっただろう。だが重圧を相手に委託して、自分は残りの重みを支えるだけなら可能だ。
そして相手の速度を利用して、滑らせた剣で柄を握る指を、ハサミで断つように切り落としたのだ。
船山託美はパワーファイターだ。力を使う戦士なのだ。自分より大きな力を制する技術を持っている。
「おう、どうしたあ!情けないぞ、それでもエロゲかよ!」
「エロゲではないだろっ、と」
もちろん、指揮官がやられるのを黙って見ているオークたちではない。怒りの咆哮を吐き出しながら、戦士を囲んで殴ろうと走っていく。
その後ろで幹人が、オークの首筋をナイフで一突きする。完全に分離する必要はない。神経の重要な部分は、オークも人間も変わらない。延髄に鉄を埋めれば倒れるのだ。
一体は無抵抗で倒れ、二体目は振り向きざまに喉笛を裂かれた。三体目から、やっと防御をしだす。ナイフ自体は、鋭くても大した機能の無い、ただの武器だ。分厚い鉈によって、あっさり阻まれる。
それでもナイフはオークの側頭部に突き立って、その戦闘能力を奪った。魔法を使ったわけではない。ただ、ナイフは二つあっただけのこと。手数が多かっただけのことだ。
幹人の肘のあたりから、銀色の骨が伸びていた。海底のイソギンチャクのように、しっかりと骨と接合して固定されている。両腕に一本ずつ。つまり、幹人は合計四本の腕を持っていた。
オークたちは強靭ではあったが鈍重で、何より腕が二本しかなかった。人間型の敵は幹人と相性がいい。
数が多くても、それを集中させる速度が無ければ無意味だ。託美はオークジェネラルの攻撃を避けながら素早く動き回っていて、オークたちはそれを追いかけまわすことしかできていない。その後ろに忍べばいいわけだから、今回はかなり楽な仕事だった。
とはいっても、ボスはボス。簡単に片付くわけではない。何より体格が違う。指を切り取ることはできても、致命の急所に届かせるには脂肪が厚すぎる。物理的に不可能だ。そしてラッキーパンチの一発でも貰えば、洒落にならないダメージになる。
カウンターを警戒するオークジェネラルは、直接託美を狙うことをやめて、地面を削るような低い斬撃を繰り出す。判断力も野獣のそれではあるが、鈍くない。土を巻き上げて回避を難しくし、反撃を牽制している。
だがやはり理解していない。仲間の強さというものを。けしかけるだけの駒の集まりでない、パーティーの強さを。
「スイッチよろ!」
「了解!」
ジェネラルは託美を相手し、オーク兵たちは幹人を包囲しようとする。いつの間にかそういう流れになっていた。二人がそうなるように仕向けた。
だいぶ数を減らしたオークたちが、幹人を取り囲む。一重の包囲網だが、もちろんこのままではタコ殴りだ。
幹人は跳び、オークの肩を踏んでさらにジャンプ。大きめの杭のような手裏剣を取る。寄生する義手が手首の先まで移動し、手裏剣を掴んだ。
二倍の長さになった腕を、背中に隠れるまで振りかぶって、投げた。
ぱん、と濡れた布を叩くような音がして、オークジェネラルの右目が弾け飛ぶ。
「グオオオオオオオアアアアアアアア!!」
オークジェネラルが絶叫した。脳が直接揺れたような錯覚を覚える。激痛をまぎらわすために地面を刻みまくり、そのとばっちりでオーク兵たちがひき肉になった。
だが幹人はそんな惨状に目もくれず、相棒が決着の準備を終えたことを確認する。
託美は大剣を腰だめに構え、詠唱を始める。
『誓う!我は如何なる大敵有りとても、血潮の流れる限り戦うことを!』
戦士の基本スキル、宣誓。特定の行動をすると誓い、その通りに行うことで、超常現象を引き起こす。託美のものはその中でも単純なもので、どんな敵だろうと逃げずに戦うことで、武器の射程と威力を引き上げる。もちろん敵が強いほど効果は大きい。
単純だからこそ難しく、単純だからこそ強い。オークジェネラルの動きが止まった。自分の膝にも届かない小人を恐れている。
ジェネラルの肉切り包丁が果物ナイフに見えるような、巨大な半透明の刃が現れる。ごお、と刃風がつむじを巻き、180度回った託美が、後ろへと歩きだす。緑色の巨体はわき腹から肩までを真っ二つに裂かれて、床へと崩れ落ちていった。
「おーわり!っと。ミッキー、コア壊したらさっさと帰ろー!」
「報告を生徒会に済ませてからだよ」
大雑把なギャル戦士をたしなめながら、幹人はボスの死体から浮き出るバスケットボール大の歪んだ光を叩いて散らした。
これでダンジョンの深さ方向に引き伸ばされていた空間は重石を失い、現実の平面に戻る。その途中にあるダンジョンのもろもろは、量子のチリになっておしまいだ。
こうやってダンジョンを始まりから終わりまで管理して、社会に流出するのを防ぐのが、ダンジョン委員の活動だった。