日常3
バイトの時間は、朝の5時まで。
それが終われば次のシフトの人と交代して、帰宅する。
もちろんよく調教されたひきこもりであるところの僕は、寄り道なんてしない。
……まぁ寄り道しようにも、店とか開いてないのだけれど。
気が向けば早朝の綺麗な空気の中、ランニングとかをすることもあるが、今日はそんな気分じゃない。
ちなみに、自称ひきこもりであるところの僕は、割と散歩とかランニングが好きだったりする。
完全に自室に篭りきりだったのは過去の話で、今の僕は単なるフリーターと名乗るべきなのかもしれない。
社会に適合出来ず、逃げ出した結果を『自由』と呼んでもいいのならば。
なんだかネガティブなことを考えているうちに、我が家へとたどり着く。
築30年の古ぼけたアパートは、予算ではなく趣味で選んだものだ。
僕が住むのは、二階の角部屋。
廊下を歩き、鍵を取り出したところで、階段を登る音が聞こえてきた。
何気なくそちらを見ると、見知った姿。
「あれ?先輩?……あぁ、バイト帰りっすか」
なんて、軽い調子で話しかけて来るのは、バイト先の後輩。
肩にかかるくらいの黒髪を、一筋だけ赤く染めていたり、片耳に大きなリンゴのピアスをしていたりと、何かと特徴的な外見の美少女(本作に登場する人物は全て20歳以上です)だ。
そんな彼女に返事をしようとして、僕は少しだけその姿を観察する。
「うん。そっちは……あぁ、そっか、朝帰り……」
紅潮した頬に、少し乱れた衣服。
その姿に情事……もとい、事情を察した僕は、生暖かい微笑で言葉を濁した。
「ちょっ…!?何言ってんすか!セクハラで訴えますよ!?」
なんて、元々赤かった顔を更に真っ赤にして、ライブの打ち上げっす!
と叫ぶ彼女の背には、確かにギターケースがあった。
まぁ、わかっていてからかったわけなのだけれど。
「冗談だよ。ライブ、どうだったの?」
一頻り文句を言った彼女は、笑顔で大盛況っす!と笑う。
彼女ーー鈴木紗奈は僕の勤め先の後輩で、ついでに地元ではそこそこ有名なバンドのギターボーカルをやっているらしい。
白雪姫と七人の小人をモチーフにしたと言うそのバンドは、最初こそ色物扱いだったそうだが、確かな実力と、ボーカルである紗奈の容姿のよさも手伝って、今ではメジャーデビュー間近と言われているのだとか。
まぁ、そう言われてから一年以上経つらしいけれど。
人気と実力があっても、成功するとは限らないなんて、本当に難しい世界である。
なんて、そんなことをつらつらと考えているうちに、彼女は一つ大きく欠伸をして、
「ふぁ……折角なんで少し話をしたいとこなんすけど、もう眠くて……じゃ先輩、おやすみっす」
なんて言いながら手を振り、部屋へと入っていった。
それに僕もおやすみと返し、自分の部屋へと帰って、とりあえず1時間ほど仮眠をとることにした。